4.馴れ初め
1話ちょびっとだけ書き直しました。それに伴い、聖染の名前も変更してます。理由は「み」と「はく」が他のキャラとちょっと被ってるなと思ったからです。
廻珀→善空
――改めて室内を見渡せば、メンバーは自分も含めて全体的に若い。ほぼ自分と同年代か近い年齢で、明らかに年配の方だとわかるのは一人だけだ。リーダーだと名乗っていた無ですらが、自分とそう大して変わらない年齢だろう。
彼、火純は自分が配属されたこの特殊機動係に自分が馴染めるのかどうか多少の不安を感じていたのだが、杞憂になりそうで一先ずの安心を覚える。
黒い特注のスーツを着用する六人の面々、これが現特別機動係のメンバーである。
「えっと、それじゃ藤咲くんは、そこの空いてるデスクを使ってね。わからないことがあれば何でも聞いていいから」
無はデスクを指さすと、自分のコンピュータに向かい何かの作業に戻っていく。火純は指された場所に座ると、早速質問をする。
「えっと、自分は何をすればいいでしょうか?」
彼が訪ねたのは魅波だった。まず同じ年代の同僚から親交を深めようと思ったが、蓮慈はどうやら質問されたくないようだったし自己紹介が終わった途端に寝ている女もいる。よって残された選択肢は彼女だけだったので、火純は彼女を選んだ。
「ため口でいいよー、同い年だし。えっと、仕事? それなら、適当にゆっくりくつろいでいればいいよ。それが仕事と言えば仕事かな」
そう答えられ、彼は一瞬何を言っているのだろうと疑った。同い年とはいえ先輩にあたる以上は敬語を使った方が良いかと思ったのだが、向こうがため口でと言うなら砕けて話すべきなのだろうか。
しかし、何もしなくていいとはどういうことか。仕事らしい仕事はないのだろうか、そう彼が疑問に思うと。
「いやまあ、何もないわけじゃないけど……基本的にはゆっくり過ごすのが仕事だよ。ホントはいけないことなんだろうけど、暗黙の了解ってヤツ? 許されてるのよ、私たち」
何か起こった時のために、本店で待機はしていないと駄目だけどね。そう付け加えると彼女は「他に何か聞きたいことはあるか?」という顔をして火純を見つめている。
さてどうしたものかと火純は思う。いきなりくつろげと言われても、勤務時間中にそうするのは気が引ける。しかし、ぐうすかと眠りこけている者すらいるのだから、本当にだらだらと過ごすのが仕事だったりするのだろうか。
「えーと……ありがとうございます?」
あ、また敬語。そう笑うと彼女は万能携帯機を取り出して画面に集中し始める。
「いえいえ~、どういたしまして。あ、本格的に仕事が始まったら、その時はもっとちゃんと教えるからね」
この時間に誰かと会話するのは考えにくいが、まさかゲームでもしているのだろうか。火純はとりあえず彼女から視線を外し、同性である蓮慈を見る。読書中であった彼は火純の視線に気づくとプリンを一つ手に持ち。
「食べるか?」
火純の方へと差し出した。
「あ、どうも」
つい受け取ってしまったが、食べて……いいのだろう。先ほど魅波も食べていた。第一声からしてもっと取っつきにくい人なのかと思ったが、どうやらそうでもなさそうだった。本当に、ただ質問をされたくないだけのようだ。
蓋を開け、スプーンでプリンを一口掬う。ぷるりと揺れるそれを口に入れれば、甘い味わいが口に広がる。美味しい。
初日からだらりとした雰囲気になってしまったが、郷に入っては郷に従えとも言う。彼らがそう言うのなら、自分もまたそうするべきなのだろう。火純は疑問を放棄してプリンを味わっていく。
「何をしていいのかわからないなら、過去の事件や犯人について学ぶ時間にしてみてもいい。俺たち……俺以外は、お前が何を聞いてもすぐに喜んで答えてくれるだろう。することがなければ、知識を吸収していくのも大切なことだ」
どうやら質問をするという形を取らなければ良いらしく、蓮慈は火純の疑問に答えてくれていた。やはり取っつきにくい人ではないようだ。
「勿論何もしなくても、それはそれで構わない。質問ではなく雑談でも俺たちは話に付き合うし、とにかく常識外れの行動でないのなら自由にしていればいい。……どうせすることも今はほとんどないからな」
彼の言葉に火純が礼を言おうとすると、彼はそれを遮る。
「ああ、俺にも敬語は要らん。歳の近い男に丁寧に話しかけられるのも気持ちが悪い」
どうやら無礼講な職場らしい。火純は気を楽にして、最後の一口を放り込む。確かに、過去について学ぶのも良いかもしれない。どうせ時間があるのなら、勉強するのも有意義だろう。
今は資料を閲覧するのも楽な時代だ、仕事中に自由な学びが出来るというならお言葉に甘えさせて貰ってもいいだろうか。
「何々、随分口数多いじゃない。同性が入ってきたのがそんなに嬉しかった? 他に九頭城さんしかしばらくいなかったもんね、男」
横から魅波が会話に参加してくる。からかうような彼女の言葉を、蓮慈はすぐさま否定した。もっとも、しばらくの間は男二人に女三人という状態が続いていたため肩身の狭さを感じていたのは、もしかしたら事実であったのかもしれない。
「違う。後輩に物を教えるのは当たり前、というより事前に色々と教えておくべきだろうこういうことは。適当が過ぎるぞ泡末」
いくらだらけていい時間とはいえ、先輩としての務めまで放棄していいわけではないだろう。
そう蓮慈が注意すると。
「んー、まあ現場でいきなり教えるのも確かにまずいカモだけど、でも藤咲クンだってここに来るまで何もしてなかったわけじゃないでしょ? だったら現場で教えた方が話は早いかなって」
どうやら彼女も彼女で、何の考えもなくくつろいでいろと言ったわけではないらしい。真面目と言えるほど真面目ではないかもしれないが、不真面目でもないのだろう。が、そんな言い訳は通じぬとばかりに蓮慈と魅波は言い合いを続ける。
「だいたい適当なのはどっちよ。時計とプリンが同じなわけないでしょうが、常識を考えなさい常識を」
唐突な正論だった。当たり前である、その二つが同一のものであるわけはなく、片方は食べ物ですらない。これらを同じものだと最後まで言い張る者がいたといるとするなら、その人物はよっぽど頭が狂っているか目の機能が終わっているかのどちらかだろう。どちらにせよ、まじめに病院へ行くことを勧めなければならない。
「俺に質問をするのが悪い」
「すごいな、ここまで堂々と自分の適当さを開き直る奴は初めて見た」
なぜこんなにも質問されることを嫌うのか逆に興味が湧いてきたが、これを聞いてもはぐらかされるだけなのだろう。質問することになってしまうので、まともに答えてはもらえないことはわかっている。
何を聞いても駄目なのだろうか、それとも昨日の夕食程度のことなら聞いてもいいのだろうか。
「待て藤咲、俺は適当なわけではない。ただ何を聞かれても答えられないだけだ。その言葉が最も相応しいのは、毎朝毎朝出勤するなりぐうすかと眠りこけているあの女の方だろう!」
蓮慈が指さした先にいるのは未だ眠りこけている薫流だった。どうやら彼女が寝ているのは今日だけのことではないようで、いつもこうであるようだ。
そんな真似が許されていることから、適当なのは連慈や魅波といった個人ではなくこの部署そのものであるのではないかと火純は思ったが、口には出さず胸の中に留めておくことにした。言わなくてもわかりきったことであるからだ。
「浅間ちゃんはねー、まあいいんじゃない? 朝ちょっと多めに寝るくらい許されても」
「ぐぅ……すや……」
取り留めのない会話を続ける三人を見ながら、九頭城はコーヒーを啜り微笑んでいる。無も彼らの様子を見て安心しているようだ。
「一先ず人間関係は問題なさそうだなァ。上手くヤっていけそうで良かったよ」
「何もない時はゆるーくやってるだけだもの、コミュニケーションに難のある人でなければなければ、ね。泡末さんも人間関係を円滑に進めてくれるのは得意だから、安心して任せられるし」
「ま、何かあったら嫌でも嫌ぁな気分になる仕事だ。何もない時間くらいは、誰だってゆっくりしたいもんだからな」
彼らもまた、国民の守護と治安の維持を目的とする警察組織の一部である。ゆえにそれは誇るべきことであり、その中でも彼らにしか出来ないことを任せられているのだから。
しかし人を守ると言えば聞こえは良いが、その実態はどこまで行っても薄暗い部分を孕む仕事だ。誇りを持てないわけではないが、積極的に自慢できるような仕事ではないという自覚も彼らにはあった。だからこそ、それ以外の時間、こうしてまったりと過ごしても良いという時間を設けているのだ。
「初日ですから、まずは少しずつ覚えてもらって――」
そこで鳴り響く、鈴のようなサイレンの音。――それは、異能犯罪が発生したという合図だった。