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3.異能犯罪

 ――“異能犯罪”。それは文字通り、異能という超常の力を用いての犯罪行為である。

 始まりは二○五七年、この国に謎の爆発現象が発生し、甚大な被害を齎した。不幸中の幸いと言えるのかは不明だが、少なくとも首都圏の被害は爆心地と比べればささやかなもので、ほぼ無事と言えるものだった。しかし災害の中心となった場所は酷いもので、焼けた荒野と成り果てた街は街としての機能を失ってしまう。

 災害跡地は時間が経った今でも復興の兆しが訪れることなく、未だ廃墟の街となった“未踏区域”がそこには広がっている。災害後の騒ぎもあって国から見捨てられることになってしまったその地は公式には人っ子一人いないとされている。

 この災害に対して人々は神がこの世に降りてくる前兆であるだとか、恐怖の大王がとうとうこの地に降ってくるだとか、あるいはUFOが空を通りすがったのだとか、様々な風説を飛び交わせたものの、しかしこれ以上の何かは起こることなくただただ謎と爪痕だけを残して災害は去っていった。後の世の研究者たちも結局何が原因で起こったのか結論付けることは出来ず、憶測とも言えぬ妄想のみが彼らの研究書には綴られている。

 何とも得体の知れないこの現象は未確認災害こと霊災と名付けられ、辞書には新しい単語が付け加えられることとなった。

 だが、この霊災が世に本当の意味で影響を与えるのは、災害による騒ぎが一先ずは収まってからすぐのことだった。

 人類にいわゆる超能力であるとか魔法であるとか、もはやその存在を否定されたはずのオカルト現象(・・・・・・)を扱える者たちが世界各地に現れ始めたのだ。これが果たして霊災の影響によるものなのかどうかは未だ判別つかないが、しかしそれ以外に原因となり得るものもないため現在ではこれが原因となって人類に新たなる変化が起きたのだと考えられていた。

 幻想は所詮幻想に過ぎないのだと、科学の進歩したこの時代にオカルトなど都市伝説で語られる以外に出番などないとずっと思われていた。だが現実として、それは世に現れてしまったのだから、世界は当初この超能力者たちに対してどう向き合うべきか大きな騒ぎになった。

 何せとっくに絶滅したと思われていた魔法使いの登場である。これを異端と称して狩るべきか、はたまた人類の新しい可能性であるとして歓迎すべき事態なのか。それは禍福のどちらに転ぶのか、慎重に議論を重ねるべきだったのだろう。

 しかし世間はそうではない。一般市民たちは早急な結論を求めている。彼らは自分たちの隣に突如としてわけのわからない力を振るう――怪人が現れたと思い、恐怖してしまった。だが、それも当然のことであるのかもしれない。

 例えば、悪の組織と戦う正義の味方がいる。彼らは悪と戦い、人の自由と平和を守るまさしくヒーローの鏡と言える存在だ。しかし、その力がもしも何かの切っ掛けで自分たちに向けられてしまえばどうなるのだろうと、少しでも考えてしまえばもう駄目だ。人は恐怖し、ヒーローたちに不安とそして迫害の意識を抱いてしまう。

 するとどうなる、どうなってしまう。人々は、つい昨日まで自分たちを守っていてくれたはずの彼らに対して攻撃を加えてしまうのだ。

 勿論のこと、この世に表立って活動するそんな悪の組織やヒーローはいないのでこれはあくまで推論に過ぎないが、しかし可能性の一つとしては考えられる話だ。

 もっと身近なところで例えれば、自分は剣すら持っていないのに隣人が銃を持っていればどういう気持ちになるかということ。その銃口が突然自分の方へと向けられたらと考えてしまえば、隣人に対して恐れを抱いてしまうのも無理はないということ。

 ましてや異能は未知の力だ。どんな恐ろしい力なのかわかったものではないし、異端は異端であるというだけで差別を受ける。

 必然的に、世間の目は彼ら異能者たちに対して厳しい目つきを向けることになる。石を投げられ、仲間外れにし始める。……決定的となったのは、ある事件が起きた時のこと。

 異能者が、自身に目覚めた異能の力で犯罪を起こしたのだ。異能に関してわかっていることがほぼゼロと言って等しい状態だった当時では、異能に対する防犯意識というものが欠如しており実に容易くその犯罪は決行されてしまった。

 結果として被害は甚大、多くの人々が殺害され異能への差別意識は決定的なものとなってしまった。

 そしてこれを機に、異能を用いた犯罪行為は激化の一途を辿り、警察組織は息をつく暇もなくその対処に明け暮れた。

 これが、異能犯罪の始まりである。

 警察は考える。これは、普通人に対応出来る領域を大きく超えかねない事態であると。未知の力に対して、力なき身では限界がある。そのため、彼らはこう考える必要があった。

 すなわち、目には目を、歯には歯を、異能には異能を――。異能犯罪には、同じく異能警察の力をもって対応するべきだと考えたのだ。

 そして現在、世に起こる様々な異能犯罪と対決し、これを解決するのが“公安部公安第五課異能犯罪特別機動係”――略して特別機動係であり、彼らはまさしく悪の怪人から人々の平和と自由を守る警察組織の新たなるヒーローと言えるのである。


「――そう、ヒーロー。彼らはヒーローだよ、本当に」


 始まりの異能事件のことはよく知っている。何せ自分の親の……友人の従弟の親戚の兄弟が勤めている会社の上司の妹の友人の彼氏のバイト先で常連だった男の知り合いはとあるアイドルグループの一員でその一人が懇意にしていた男性の祖父を道案内した女の連絡先に登録されていた一度会話しただけの相手とは全く関係のない者が起こした犯罪なのだから。

 ああ、つまりは彼と何の関係もない赤の他人が起こした犯罪である。しかし、そこに興味はあった。

 異能を使って犯罪を起こそうなどとなぜ思ったのか、どうしてそんなことをしようと思ったのか興味は尽きない。例え犯罪行為と言えど、この犯人は確かな第一人者であり、異能犯罪の道を切り開いた先導者であることは疑うべくもない。

 彼によって異能犯罪者たちが生まれ、そして未知なる力を使った犯罪行為が始まったのだから。


「悪党が生まれればヒーローが生まれ、更に次の悪党が生まれる。堂々巡りだけど、巡るその輪で構成されるのが世界というもの。僕もまた、その輪に住む一人に過ぎないというのが悲しいところではあるけれど……」


 仕方がない。大地の上に立つ以上、人は皆須らくこの世界の住人である。それは空を飛ぼうが宇宙へ進出しようが変えることは出来ない真実であり、人はどこまで行っても土の上から抜け出せない。

 自分も同じく人なのだから、それを否定することは出来ない。


「だがそれで良い。逆に、もしも僕が神や天使であったならこれほどつまらない勝負はない」


 勝負は対等である方が面白い。勝つか負けるかわからない勝負に必勝を用意して挑むからこそ楽しいのだと柔和に微笑みながら、彼は思考を続ける。ああひとまず、今は仲間が欲しいかな。

 暗い部屋の中で、男は静かに微笑み続ける。すべてを(ひかり)に染めるまで。

 異能、それは人の理解を大きく超えた力であり、この世の法則を裏切った外側にある力。つまりそれは領域外異端能力、人が人を超えた証。

 人が火を噴き、空を飛び、雷を操るような常識外れな光景を前にして、それを異端でないと言い切ることが誰に出来ようか。そして力を手に入れた人間が、その末に何に手を汚すのかも。


「だから、私たちみたいなのが必要になるのよねえ……」


 ため息をつきながら、女は自分たちの仕事を思う。共食いの警官、同族殺しの猟犬、公安部公安第五課。

 まだ若い身でありながらその部隊を任せられた重圧は当然重く、その両肩に強くのしかかっている。かといってその重圧を押しのける気は毛頭なく、これが自分のやるべきことなのだとも強く思っている。

 なぜならそれは、今の世界に必要なものだから、誰かがやらねばならぬことであるのならそれを引き受けたいと思う。


「私たちはヒーローなんて柄じゃないけれど、きっちりお仕事はこなしましょう」


 市民と平和を守るため、今日も彼女は笑顔を浮かべる。この対異能犯罪を引き受ける部屋の中で。

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