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12.浅間薫流の華麗なる活躍 後編

『おはよう、火純くん!』


『おはよう、■■』


 それは遠い昔の記憶。まだ、日々が輝いていた頃の僅かな時間。

 もう取り戻せないあの頃を思いながら、■■は生きている。もはや己にそのような資格はないと知りながら、それでもその思い出に縋るしかないから。


『それじゃあ火純くん、後で家に行くから!』


 自分はあの頃の愚かな少女のままで、一歩も進んでなどいないけれど。

 それでも、これだけは譲れないのだ――。



***



 異能(アビス)を開帳した帰冴(きさき)の周囲に浮かんでいるのは、鱗を模した小さな水の結晶――それが数十枚以上。

 数を揃えているという点では雨羽の≪蜂軍(ハグン)≫にも似ているかもしれないが、路面を砕いた先ほどのパワーを見れば彼の異能(アビス)とは違う種類のものだということは容易に想像出来る。

 問題なのは、それが具体的にどんな力なのかということだが……。


「ねえ藤咲、あれがどんな能力なのか知ってる?」


 結晶をどう使うのか、何となくの想像はつくが、だからと言ってそこで思考を停止すれば痛い目に会うかもしれないことを彼女は知っている。

 だからこそ、そのことについてこの女の知り合いらしい火純に尋ねたのだ。そして断る理由も無いので、彼はその質問に答える。


「そうだな、難しい能力じゃあないし、一言で説明も可能なくらい簡単な力だよ。お前なら理解も容易だろうから、説明の手間も省けるというものだ」


「ふーん。なら一言で説明してもらおうかな、敵の目の前でベラベラと会話を長続きさせたくないし」


「同意見だ。話が無駄に長い男は嫌われるものだしな。あいつの能力は、そう、一言で言えば……“這う水の竜の力を得る”ことだ」


「ごめんもうちょっと詳しく」


 それ本当に分かりやすいか? そういう意味を込めた視線で火純を射抜きながら、しかしそこは自他共に認める特別機動係の切り込み隊長役である。 


「……蛇?」


 それでも大よその答えを推測する彼女は、流石に経験が違うと言ったところか。もっとも、相手の方が分かりやすく(みずち)と叫んでいたからでもあるが。

 しかし。


「いや違う。もっとごついやつ(・・・・・)だ」


「ごつい?」


 しかし、それを彼は違うと言った。ならばいったいどのような力だというのか、蛇以外に蛟と呼ばれるような生物がいただろうかと考えを巡らせる薫流だが、それを無視して火純は言葉を続ける。


「まず見ての通り、膂力の上昇。単純な力だけなら俺たちよりも上だな。硬くもなっているから、柔い攻撃じゃ傷もつかない」


 それは近くに寄って戦うタイプの異能(アビス)使いが持つ、典型的な特性だった。彼らの多くは近くに寄って戦うために、その影響が肉体面にも表れている。それだけならごく普通のパワーファイター、警戒には値しないが……。


「あの青くて小さいのは知らん。俺が前に見た時は……と言っても、もう随分前のことだが、その時は使っていなかった。成長したということだろうから、俺の予想を超えた馬鹿力を持っているかもしれない」


 異能(アビス)は成長する。一人一種(いちにんいっしゅ)という基本原則は決して変わらないが、応用が可能になることで予想もつかない能力の使い方をする者もいる。

 あの青い結晶に関してはその使い方も何となく想像がつくため、彼にとって予想外の成長と言うほどではないが。


「まあ、一番の特徴はやはりこれだな。“自分の攻撃”と“別の何か”で相手を挟んだ時、その威力を数倍以上(・・・・)に跳ね上げることだ」


「…………あー……あれ(・・)だね」


「そう、あれ(・・)だ」


 それだけで得心が行ったのだろう。帰冴(きさき)がどんな異能(アビス)を使うのか、その予測がついたようだ。戦闘に関して、彼女の洞察力は侮りがたいものがあった。

 ごつくて、挟む力が強く、水に関連する、蛇……ではなく爬虫類(・・・)。すなわち、水に通ずる大蛇(ミズチ)ではなく水に通ずる地竜(ミズチ)


「ホントにごつくて薫流ちゃんビックリ」


「ちょっとごつごつし過ぎだよなあ」


 主竜類正鰐亜目、中生代に栄えてから現代まで生き残っている数少ない“幻想ならざる竜”の力。だがそれも、彼らにしてみれば「ごつごつしている」の一言で済ませられるものらしい。

 余裕があるのか、それとも呑気なだけなのかは分からないが、どちらにせよ負ける気が欠片も無いことだけは確かだろう。


「そういえば私、ワニ肉って食べたことないなー。泡末(あわすえ)が知り合いの食べてるって写真を見せてくれたことはあるけど」


「俺もないな……鳥の味に似ているんだったか?」


「蛇じゃなかったそれ? 確かに蛇は鳥っぽかった気がするかな。食べられれば何でもいいの精神で、細かい味は気にしたこともなかったから細かくは覚えてないけど」


「蛇は食べたことがあるんだな。やっぱり珍味って印象が強いんだが、どうだったんだ」


「昔ちょっとね。足元に蛇がいて、ビックリして思わず叩き潰しちゃって勿体無いから食べたんだよ。丸焼きにしたんだけど、骨のことを忘れてて調理に失敗したんだよねえ」


「君ちょっとワイルド過ぎない?」


 ……やはり、ただただ呑気なだけかもしれない。


「ふ、ふふふ……この私を無視して火純(かすみ)くんとあんなに仲良く話して……私だって、私だって……あぁあぁ、許せない許せない許せないぃ。今! 私の気分は、十年間放置してドロドロに腐った缶詰の中身みたいに最悪に真っ黒! 嫉妬で溶けてしまいそう!」


 しかし現在進行形で無視される形となった帰冴からすれば当然面白いわけもなく、執着している火純と仲良さそうに話している薫流(かおる)の存在は、彼女にとって非常に気に食わないものだった。

 それゆえに殺意を隠そうともせず溢れさせているが、二人は特に気にしている様子もない。


「ああしまった、思わず長話をしてしまった。これじゃあ女に嫌われてしまう」


「私ふじさきのこときらーい」


 だが、軽口を叩き合っている彼らをそれでも攻撃することが出来なかったのは……。


(なんなんだこいつら……!?)


 雨羽が背に冷や汗を流しながら、目の前にいる二人の一挙一動を見逃すまいと注目している。先ほどから、嫌な感じが止まらないからだ。

 敵の目の前でベラベラと雑談を続けている様は間抜けを通り越して、もはや不気味に見えてくる。隙だらけの姿を晒しながら、それが分かっていて尚会話を続ける彼らのことが、雨羽には到底理解出来なかった。

 隙だらけの姿を見せているということはつまり見せても問題ないと判断しているということで、それは彼らにそれだけの余裕があるということ――なのではないか。今の雨羽はさっきまでの戦闘で大きく消耗しており、余裕が無いこともあって不安に駆られてしまう。

 つまり、自分たちの勝機はこの悪竜にかかっているわけなのだが、果たして彼女がこの二人に勝てるだけの実力を有しているのか否か。だが、それを見極めるための時間はない。

 彼は蜂で自分の姿を覆い隠すと、そのままその場を離脱した。正しい判断だろう。この場に残っているよりも、隠れて機を伺う方が今は断然味方の役に立つ。

 蜂の群れに火純は特殊裁定銃(ハウンド)を撃つが、既に男は残っていない。


「……チッ」


 自分も異能(アビス)を使うべきか?

 その考えを一瞬で振り落としながら、火純はドローンでこの場を監視している泡末に連絡を取る。――じっと、こっそりと、見ていた二人から視線を外しながら。


「それじゃ、私もそろそろ行こうか――」


 な。と薫流が言い切る前に、帰冴の振り下ろす掌撃が二人を襲う。攻撃そのものは簡単に避けられる程度の大雑把なものだったが、左右に分かれて回避したために二人は分断されてしまう。

 あるいはそれこそが狙いだったのかもしれないが、元々分かれて戦うつもりだった彼らにとってそれは不都合に値しない。

 火純の方は放置していても問題ない――雨羽は重傷を負っていた身なのだから、そんなものに負けるほど彼は柔ではないだろう。よって、薫流は帰冴の相手に集中する。


「ふぅぅぅ……私、ネタバレは良くないと思うのよ藤咲火純。ほら、楽しみを奪うって、人間的に最悪の行為でしょう? 警察のくせに、泥棒するのは良くないんじゃないかな」


「今から命を奪われる女が何言ってんの?」


 そう言いながら、薫流はさっきの攻撃を頭に思い浮かべ冷静に相手を観察している。


(速くはあったけど、でも単純に速いんじゃなくて脚力で無理やり加速した感じかな。短距離走は得意でも、長距離走は苦手なタイプと見た)


 であれば、速さは自分に分があるだろう。ならば気を付けるべきは、火純も忠告していた彼女のパワー。

 迫る帰冴の腕、その一撃一撃に自分以上の力を感じながら、彼女は考える。――この程度の殴り合いしか出来ないならば大した脅威ではないな、と。


「ふっ――!」


 攻撃の間隙を縫って(つるぎ)を振るう。帰冴の周囲に浮かぶ多数の水結晶、それは単なる氷というわけではなく水の結晶としか呼べぬもの。竜の鱗を模した、帰冴の刃にして盾ともなる武装である。

 本来はこの結晶が敵の攻撃ことごとくを邪魔して阻み、その大部分を削ぎ落とすという役目を負っていたのだろうが、ここで相性は逆転する――紅影は、あらゆる防御を無視出来る。

 盾であれ、結界であれ、大いなる能力であれ、それが防御という概念を宿すものなら硬度も厚みも関係ない。そのすべて(・・・)を、彼女の刃は完全に無視する。雨羽との戦闘では多数の生物という防御ではないものが邪魔をしていたが、しかし盾であるならいくら数を揃えたところで無駄だ。

 水の結晶をすべて通り抜けて、紅影は振るわれる。

 防御に優れた相手ならば、刃が迫ればまずは守ろうとするだろう。いいや仮に守りの分野で自信が無くても、凶器が迫っているならば自分の身を守ろうという意識は働くはずだ。

 速さに優れているならば躱そうとするだろうが、しかし帰冴は前者である。速度よりは、防御に優れた者。ならば防御という選択をまずは考えるだろうが、しかしそれこそが罠なのである。あらゆる守りを無意味化する彼女の剣に、その思考は致命的という他ない。

 ――だが、ここで。


「ハァァッ!」


 帰冴はここで、回避でも防御でもなく、彼女はここで攻撃(・・)を選択する。

 それは正答だった。躱すことも守ることも出来ないのであれば、もはや選択肢は一つしかない。それが防御でないのなら、刃に触れることは可能なのだから――。

 紅影は弾かれる。迎撃という、迫る刃を逆に攻撃するという手段を以て。

 まさしく、攻撃は最大の防御ということだろう。守るという意識を排除し、撃ち落とすという殺意で迎え撃てば、彼女の刃を防がずして防ぐことは可能。その腕を防御に回していれば、腕ごと彼女は両断されて終わっていたが、しかしその未来は訪れなかった。

 剣が下がり、がら空きになった薫流の胴へと帰冴が攻撃。薫流はバックして避けようとするものの、しかし何か(・・)にぶつかった。


「――っ?」


 それは、帰冴の水結晶(うろこ)が集合して作られた小さな即席の壁。まずいと思った時には、遅く。


 ――“自分の攻撃”と“別の何か”で相手を挟んだ時、その威力を数倍以上(・・・・)に跳ね上げる。


 刃にして盾。守りにも攻めにも使える水結晶(うろこ)が、彼女の挟撃をサポートする。

 ただの一撃で路面を砕くほどの衝撃を伴う彼女の一撃が、数倍以上に跳ね上がるのだ。間違いなく、まともに食らえば最低でも命の危機。だが、後ろにはもう躱せない――ので(・・)

 薫流は地面に触れている剣に力を込めながら、跳ぶ。棒高跳びのように、ポールのような弾性は無いが剣を軸にし彼女は上に回避する。そのまま地面に着地すると、彼女は一つ頷いて。


「うん、ちょっと舐めてた」


「だったらそのまま舐め死んでくださる?」


「え、やだよ。薫流ちゃんより弱いじゃん、君」


「……いちいち癇に障る女……っ」


 さて、どうしようか。薫流は思案する。この攻防、彼女は油断していたわけではないが、しかし全力だったわけでもない。相手を見下すことも、見上げることもせず、自然体のまま戦った。

 相手の実力を見誤っていたかもしれない。だが、それでも、自分の方が上だなという意識を薫流は崩さないし、評価を上方に修正してそれで終わりだ。

 あとはどう戦い、どう勝つかなのだが……。


「弾けて潰れて死んでしまえ、真っ赤な柘榴みたいにさぁ!」


 水結晶(うろこ)が彼女の手に纏わりつく。それは鉤爪のごとき武装として、竜手のごとき形となって、彼女の力を底上げする。

 鋭い爪が突き刺さればその血肉は簡単に引き裂かれるだろう、硬い鱗が触れれば骨すら容易に削られるだろう、それはまさしく伝説に語られる竜の腕――を模したもの。硬く鋭い魔性の武器にして、彼女の殺意そのものである。

 間違ってもそのまま受けるわけにはいかず、仮に素手で受けてしまえばどれほど上手く捌こうとしても皮膚がズタズタに裂かれることは避けられない。それが竜の手、竜の鱗。

 逆立つ鱗に触れたモノは、何であれ地獄の責め苦にのたうつ定めなのだから。

 だが、幸いにも彼女の武器は剣である。自分の手と相手の手で紅影を挟まないよう、受け方には気をつけねばならないが逆に言えばそこに注意すればいいだけのこと。

 周囲を漂う小さな青い壁に気を払いながら、竜の手を待ち構え――そして、飛んできた蜂弾を反射的に切り落とす。


「……これだから狙撃って嫌い」


 はぁ、と溜息を吐きながら彼女の体がガクン(・・・)と下がる。


「な……っ!?」


 空振りに終わった帰冴の腕は、倒れるように脱力した薫流の上を通っただけ。薫流は背と膝を曲げたまま、しかし倒れてはいないという体勢を維持している。

 その体勢のまま帰冴の腕に向けて紅影が振るわれ、両断せんと刃が迫る。帰冴は自分の掌の先に小壁を作り出し、壁を押して自分の体を後方に飛ばすことで刃を回避する。

 起き上がった薫流はそれを追うが、小壁が集まった障壁がそれを阻む。彼女の剣はあらゆる防御をすり抜けるが、彼女自身は壁を通り抜けられるわけではない。

 壁を躱している一瞬で帰冴は既に立て直しており、水結晶(うろこ)と共に薫流の迎撃にかかる。

 竜手と影剣がそれぞれ攻防を繰り返す中で、帰冴は一つの疑念を抱いた。――ひょっとしてこの女、全く本気になっていないのではないか?

 いや、少し違うか。本気ではないというより、この戦いに集中しきっていないと言った方が適切だろう。心此処に在らずというほどではないが、自分だけを見ているわけでもないことに帰冴は気づいた。

 だが薫流も集中したくないから集中していないというわけではなく、むしろその逆。目の前の相手にだけ集中するわけにもいかないからこそ、意識を半ば他のところへと向けているのである。

 彼女にとって今一番警戒すべきことは、帰冴の噛み砕く一撃(はさむこうげき)をまともに受けてしまうことであり、それだけは回避しなければならない。負ける気などはさらさら無いが、だからこそ自分を敗北させかねない可能性が最も高いものは警戒してしかるべきだろう。

 地を這う水の竜――その最も目立つ特徴である長く強靭な顎による地上最上級の咬合力を再現した一撃。無論、威力は通常種の鰐とは比較にならないが、共通しているのは一度でもまともに受けてしまえばそこからの逆転は困難であるということ。

 そして、だからこその集中欠如。

 帰冴の≪這邪滝(しゃがみずち)≫による噛み砕きは強烈だが、相手を挟むためのものというのは自分以外のもので補うしかないのだ。例えば壁、例えば地面、建造物や置き物などだ。

 だから周囲に何もない場所だと、地面くらいしか相手を挟めるものがないのである。水結晶(うろこ)で小壁を作り出す方法は、その弱点を補うためにも編み出したと言っていい。

 しかしここは住宅街、柵や塀など挟めるものはそこらにある。つまり、壁に背をくっ付けるような真似だけはしてはならない。

 ゆえに、出来るだけ壁や塀を背後にしながら戦いたくはないという心理が働くのだが……しかし、それはつまり開けた空間を背にするということであり、それはそれで背中が気になる(・・・・・・・)

 現にさっきも――今また新しい弾丸が発射された――今も雨羽による支援が薫流の邪魔をしている。

 そしてあまり考えたくないことだが、二人目――(いや)、三人目がいないという保証もない。それはつまり、完全な遠距離からこちらを狙っている狙撃手の存在を懸念しているということである。

 帰冴自身、突如として乱入してきた人物なのだから二人目の乱入者がいないとは言い切れない。いちいちそんなことを気にしてどうするのかと言われればその通りだが、しかしそれを連想させやすい異能(アビス)と状況ではあるのだ。

 見るからに防御に優れた異能(アビス)使いが、紅影をわざわざ躱すか迎撃するかを選んでいるあたりこちらの情報をどこかで得ていたかさっきの戦いをどこかで見物していたのは明白――いや、間違いなく見ていたのだろう。であればまだ、見ている人間がいるのではないかと怪しんでしまうのは仕方のないこと。

 彼女、いや、彼女と彼はそれを警戒しているのだ。

 まあ、もっとも。それを理由に、薫流に隙が出来るということもない。

 雨羽に関しても、捕まるのは時間の問題だろう。すぐに遠くまで移動出来るタイプの異能(アビス)使いではない以上、泡末がいるのだから探索ではこちらに分がある。蜂に関しては、彼が捕まるのを待てば勝手に止んでくれるのだから。


「……あなた、」


 ――――だが(・・)


「私を、私を……この私(・・・)を……ッ」


 どんな理由があろうと関係ない。どんな事情があろうと関係ない。どんなわけがあろうと関係ない。関係ない、関係ない、関係ない。

 この屈辱には(・・・・・・)関係がない(・・・・・)

 女の雰囲気が変わり始める。


(来る)


 彼は言っていた。霏宵(ひなづき)帰冴(きさき)と言っていた。それが彼女の名前だと。ああ、知っている。知っているとも。何せ、それ(・・)異常者たち(・・・・・)の名前なのだから。

 そいつら(・・・・)は出身地も、苗字の当て字も、趣味も趣向も人格も性格も好物も服装も背丈も性別も年齢も、血筋すらもがバラバラだ。

 血が、繋がってすらいないのだ。にも関わらず、彼らは“一族”だと一纏めにされているという事実がある。彼らは皆ある時唐突に目覚め、その時からその名を名乗るようになる。当て字はバラバラだが、しかし読み方は同じその名を。

 すべてが異なるそんな彼らには一つだけ、たった一つだけ共通項があった。


 ――絶対に、見下される(・・・・・)のを許さない(・・・・・・)


「一度、ならず、二度までも……よくも私を見下した(・・・・)なアアアアアァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」


 攻撃の威力が突然上がる。理由は不明だが、しかし彼らはそういう存在なのだ。見下された瞬間に、理性と肉体制限(リミッター)を外してしまい暴走を開始する。しかもその基準は完全に彼らの中にあるのだから、どれだけ気を付けていてもいつ地雷を踏むのか分からないという理不尽さ。

 今回の場合、自分との戦いに集中せず二度も眼中から外したことが、彼女を見下したことになったのだろう。

 実に、実に面倒な一族である。ある日、それまではごく普通に大人しかったはずの子供が、教師に怒られたことを切っ掛けに覚醒しそのまま教師を半殺しに変えて教室を赤濁に変えたこともあるという。

 制御不能な凶刃血族。


 其の名をひなづき(・・・・)


 凶気と憤怒に憑り憑かれた、血縁なき血族。可能性の刃たち。この国に巣食う魔血の一つ。

 その一人である帰冴は、怒りのままに竜腕を振るう。


「ごめんごめん――イケメンがいたからそっち見てた」


 だが。人の体など一撃で木っ端に変える魔業の雨に晒されながら、しかしそれでも薫流に余裕は絶えない。

 根元から電柱を引っこ抜いた帰冴が、その巨大な棍棒を叩きつけて来ようとも。決して、余裕の絶えた姿を薫流は見せない。噛み砕きが発動し、圧倒的な破壊力が地面そのものを壊れた果実に変えてしまっても、落ち着いたまま対処する。

 散弾となった破片を斬り落とし、時折撃ち込まれる蜂弾を斬り落とす。たった一度のミスも、己に許すことはない。

 ああ、相手がひなづきで逆に助かった(・・・・)


(警察も楽じゃないよね)


 彼らは見下されることを極端に嫌うために、見下してきた者を完膚なきまでに粉砕しようとする。つまり、それ以外には目もくれなくなるのだ。

 ここは一応、市街地である。都民の住まう場所である以上は、出来るだけ……そう、出来るだけではあるが、可能であるなら守った方が良いのは確かである。

 ゆえに彼女は相手の習性――遠回しに、相方から教えてもらった――を利用し、照準を自分だけに向けることで被害を出来るだけ拡散しないように努めた。もっともそれ以上のことをするつもりはなく、被害を抑えるよう最善は尽くしましたと言い訳するためのポーズではあるが。

 ……なのだが。


(……あんまり意味なかったかなぁ)


 巨棒を振り回されてしまえば、どれだけこちらが気遣ったとしてもいくらかの被害出てしまう。すぐに相手の武器を切断したが、被害をゼロには抑えられない。住居が幾つか欠落し、建築業の仕事が増えた。

 武器を失っても腕力だけでコンクリートも、あるいは鋼鉄すらも砕ける女が暴れ狂っているのだから、被害が出ないはずもないだろう。


「死ね、死ね! 勝手に呼吸しているんじゃない、生きていいと誰が言った! 私を見下したのだから、地面に這い蹲って死ねッ!!」


「出生届が出された時に言われたかなぁ……」


 怒り狂う(りゅう)の猛攻。並の人間ならば、もう既に軽く数十回は死んでいるだろう嵐のごとき猛攻。

 彼女もまた、ある意味で防御不能の一撃を持っていると言えるかもしれない。腕力が強いため単純に一発一発が重く、物を使って受け止めようとしても下手な受け方をすれば噛み砕きが発動する。

 薫流の紅影ほどではないが、防御困難な異能(アビス)だろう。水結晶(うろこ)の盾を動かして逃げ道を限定しながら必殺を狙ってくる戦い方は、単純ながら一度の失敗すら相手に許さない。

 当てるだけで骨を砕き、肉は爆ぜる。分厚い岩盤すら容易く向こう側まで貫通せしめる、パワー特化の近接戦闘型能力――ゆえに、決して当たることはない。

 躱す、躱す、すべて躱す。当たらない、当たらない。どれ一つとして当たらない。

 当たるはずがないだろう、彼女を誰だと思っている。怒ったから、キレたから、それで潜在能力を解放したから、だから何だ? それがどうした?

 何一つ、彼女に勝てる根拠とならない。なぜなら――彼女が浅間薫流だからだ。


「……あー」


 薫流はボソリと、しかしわざと聞こえるように。


「そういえば私だけプリン食べてなかった……終わったら帰りにコンビニ寄ろっと」


「――――ッッッ」


 何度見下せば気が済むのだろう。何度馬鹿にすれば収まるのだろう。許さない、肉片一つこの世に残してたまるものか。

 決意を新たに、怨敵を粉砕すべく全力を込めて――。


「はい間抜け」


 瞬間、攻勢が逆転し帰冴は斬られた。傷は浅いが、しかし気づけば斬られていたと錯覚するほどの斬撃は少なくない衝撃を彼女に与える。


「怒りって推進力(ねんりょう)に変える分には良いけど、それ以外の用途にはまるで適していないエネルギーだから、使い方を間違えるとむしろ邪魔になるんだよね」


 挑発に乗って、帰冴は怒りすぎたのだ。そのせいで余計な力が入ってしまい、動きがほんの僅かに鈍ってしまった。

 猛攻と猛攻の隙間に挟まった、一瞬の歪み。それは薫流にとって十分すぎる隙であり、そこを突くことなど彼女にとっては造作もない。


「君は、もういい」


 単調な攻撃しか能のない、普遍的な能力者。つまりは、己の格下である。

 それが確認出来たから、ならば自分が負ける要素は存在しないと確信したので、後は速やかに対象を執行するのみだと彼女は判断した。


「もう殺す」


「やってみなさいよ……ッ!」


 言われなくても――瞬間、薫流の姿が掻き消えた。


「っ!?」


 否、消えたのではない。ただ、高速で移動したのだ。

 再び帰冴の体から血が走り、傷が増える。≪這邪滝(しゃがみずち)≫による肉体強化の恩恵、つまりは肉体そのものの防御力が上昇しているのにも関わらずそんなことは関係がないとばかりに斬り裂いてくる。

 防御という概念であるなら、それが強化効果であっても無視出来るというのだろうか。

 攻撃が来た方向へと腕を振るうものの、既に薫流はそこから消え去っており、次の瞬間には全く違う方向から斬撃が走る。それが、次々と繰り返される。

 全く反応出来ないというわけではない。帰冴とてそれなりの数の修羅場は潜り抜けているのだから、殺意が来る方向を推測して読み、そこにこちらの攻撃を合わせて迎撃はしている。

 防御無視という相性の悪さから今はそうしていないが、本来彼女は水結晶(うろこ)を使い自らを守りつつ反撃のカウンターを行うという戦闘態勢(スタイル)も得意としているのだから。だが、それでも。

 今度の敵は、彼女の予想を超えていた。


「ふっ――」


 速くて、早くて、それはまるで獣のようで。

 帰冴が威力に優れた異能(アビス)を持っているとすれば、薫流の優れている能力はまさに、まさにこの速度である。それも、彼女の能力は防御を無視するというものなのだから彼女の速さは異能(アビス)に関係のない、彼女自身の速さである。

 特別機動係内においてもトップクラスの身体能力、運動力を持つ彼女は全力で走ればそれだけで下位の速度系異能(アビス)に追いつけるほどに速い。六つある型の中でも、肉体強化の恩恵がそこまで高くはない方である召喚使役型の異能(アビス)使いだというのに。

 瞬間移動を繰り返してると見紛うほどの速さで飛び跳ねるように走りながら、斬撃を繰り返している。反撃(カウンター)を恐れているのか深くは斬り込んでいないため傷は浅いが、しかし少しずつ血は流れていく。

 帰冴は、確信せざるを得なかった。こと近接戦において、間違いなく。


(この女、私よりも格上だ……!)


 不守(まもれず)の刃。この異能(アビス)を活かすために、薫流がまず考えたことは何か。自分はいったい、どんな剣を習得していくべきなのか?

 己の力を伸ばすためには己の優れたる部分を伸ばすことが重要なのは言うまでもないが、まだ幼かった頃の彼女はその優れた部分を補強するための武器を生み出すことが肝要だと考えた。

 剛剣――力で断ち斬る無双の鋼鉄、却下である。自分の細い体では筋力を手に入れるにも限界はあるだろうし、そもそも始めから相手の守りを無意味にする刃を持っているのだから盾ごと相手を斬るような力に頼る必要がない。

 柔剣――技で截ち斬る無欠の流線、却下である。理由(わけ)あって誰にも師事出来ない環境であることに加え、そもそも始めから相手の守りを無意味にする刃を持っているのだから守りの隙間を縫うことなく真っ直ぐ斬ればいいだけのこと。

 力でもなく、技でもなく、なればこそ彼女が修める剣の形は最初から決まっていたと言えるだろう。

 それは速剣――純粋に、ひたすら速く、最短最速の道を往く無謬の彗星。雨羽の蜂弾をすべて斬り落とせたのも、この剣速あればこそ。

 元々の優れた身体能力は更に研ぎ澄まされ、彼女は瞬きのうちに十重二十重と相手の守りをすべて無視出来る斬撃を振るうことが出来るという、魔剣の領域に至ったのである。

 追いつけない。どれほど速く反応しようとしても、努力でもどうにもならない限界はある。

 次々と斬り刻まれ、未だに致命傷こそ負ってはいないもののそれも時間の問題だろう。


「……そう、か。悪名高い警視庁特別機動係でも、剣をメインに使っているのは一人しかいない……!」


 その女の勇名は、昨日今日出来上がったものではないが、一朝一夕で作られたもの。とある異能犯罪組織に、味方の静止も振り切って――なぜ様子を見る必要があるのかわからなかったため無視したとも言う――乗り込み、そのまま単身で一組織を斬り捨てた。――だけに、彼女は納まらなかった。

 彼女は組織の頭である男の喉元に刃を突き付けながら、このようなことを言ったという。


『君たちのリーダーと、本隊がどこにいるのか教えて』


 彼女は、彼らを末端の兵士だと思い込んでいた。力の差がありすぎて、こんなにも弱いこの人たちはきっとただの構成員に過ぎないのだろうと思った。そして聞き出した後はそこにも乗り込んで、もうひと暴れするつもりだった。

 もうとっくに、そんなものは自分が潰しているというのに。

 そしてたった一夜で彼女の異名は裏の世界に知れ渡る。曰く、血塗れの剣星。曰く、狂剣士(バーサーカー)。曰く、美刃薄命。


「幸いを断つ紅き刃――人呼んで“薄紅美刃(はっこうびじん)”! 浅間薫流とはあなたのことか!」


「やだなあ、薫流ちゃんってばすっかり有名人? 犯罪者の間で有名になっても、ちっとも嬉しくないんだけど」


 薄紅(はっこう)とは、すなわち薄幸。美刃薄命――薄命を呼ぶ紅の美刃。

 敵の幸いを悉く斬り捨ててきたことからそのような異名で呼ばれ始めたその戦闘力こそが、彼女が切り込み隊長と扱われる所以。


「ま、薫流ちゃんは最強だから仕方ないか」


「戯言を――」


 水結晶(うろこ)の大半を帰冴は自分の腕に集め、大きく振りかぶって。


「いつまで言ってんのよォ――!」


 地面に、叩き付ける。足場が陥没し、立っている地が崩れれば僅かながら足も止まる。最大の武器である速度が奪われれば、帰冴の一撃を防げるものはない。


「そ、こォ!! ――獲った!!」


 だから、防げないなら必要ない(・・・・)。薫流は不安定によろめきながら腕を引き絞って、そして持っていたもの(・・・・・・・)を真っ直ぐに投げ捨てた。

 砲弾の如く飛ぶのは、彼女の異能(アビス)。つまり≪薄刃紅影(うすばべにかげ)≫そのものである。


「なっ、馬鹿じゃないの!?」


 飛んでくる剣そのものは体を捻ることで回避したが、そのせいでこちらの攻撃も中断されてしまった。しかし、唯一の武装を当然のように捨て去ってどうするというのか。

 そう思った彼女の顔面に、衝撃が走った。


(……えっ?)


 頭が回る、脳が鈍る。何が起きたか判断がつかず、その間に何度も体中が打たれている。走る痛みにようやく自我を取り戻し、目の前の現実を認識した。

 片足を一歩前に出しながら膝を軽く曲げてステップを刻み、拳で顔を守るように両腕を構えている薫流の姿を。


(……拳闘(ボク)(サー)……!?)


 世界で最も有名な格闘技の一つ、拳闘(ボクシング)。そのオーソドックスな構えで、彼女は悪くなった足場をものともせず帰冴に近づき拳を振るったのだ。

 なぜ、拳闘士(ボクサー)なのか。帰冴の疑問はもっともだが、しかし薫流は一言も自分で自分が剣士などとは言っていない。彼女が剣を使うのは、自分が最初に握っていた武器がたまたま剣だったからで、敵を倒せるのなら武装の種類に拘らない。

 だがなぜ、拳闘士(ボクサー)なのか。理由は簡単、拳闘士(ボクサー)にはそれ(・・)がある。

 格闘技界最速候補の拳。拳闘(ボクシング)において重要な役割を持つ基本技術の一つであり、小刻みに打つべし拳。


 それ(・・)とは、即ち――――“閃拳(ジャブ)”。


 一秒間に十発ものジャブを撃つ者もいるというが剣という重しから解放された彼女のそれは、速さという運動能力に特化している彼女の体が繰り出すそれは、プロボクサーのそれとすら比較出来ない。

 異能(アビス)ではないため防御が可能になっているのに、速すぎて守りが間に合わないほどに拳が速い。盾の操作と並行しながらの攻撃は、打ち合うことに長けた格闘技の移動術に翻弄されているのもあって難しく、下手に竜腕を振るっても反撃(カウンター)のブローを受けることになってしまう。

 ゆえに焦らない。焦らず、ジッと機を待つ。何度も何度も体が打たれダメージが蓄積していくものの、辛抱強く待たなければ勝機は見えない。

 待って、待って、拳の雨を耐え続けて……薫流の放った渾身のブローを、水結晶(うろこ)を集め強度を上げた盾で防いだ。

 ここだ、この瞬間である。この時を待っていた帰冴は、水結晶(うろこ)で薫流の手を捕らえたまま最短距離で竜腕を突き出す。薫流の胴を腕が貫く姿を幻視して、再び頭蓋に衝撃。

 無言のハイキック――彼女は、拳闘士(ボクサー)ではない。

 手が使えないなら、当然足を使うに決まっている。吹き飛ばされながら、閃拳(ジャブ)とすら比較にならなかった謎の魔高速の正体を考える……暇もなく。

 離れられたならこれ幸いと体勢を立て直そうとして、そして薫流が何かを構えているのに気づく。

 ――特殊裁定銃(ハウンド)異能(アビス)を解除し、銃を手元に戻した彼女がそのまま連射を開始する。


「こ、の……クソ女ァァ……ッ!!」


 所有者のエネルギーを弾丸に変えて放つその銃は特性上、そこまで高い貫通力を持っているわけではない。弾丸の数は多いが、水結晶(うろこ)を集めドーム状に構築した守りで防御は十分に可能である。

 濛々と粉塵が舞う中で、防御(・・)に徹する――という、最も愚かな選択をしていることに気付かずに。

 ついさっきの連続攻撃を受けた記憶が、彼女に防御を選択させた。蓄積しているダメージは決して少なくないためにこれ以上のダメージを受けたくないということもあるが、連弾に捕まってしまえば容易くは抜け出せないと印象付けられたばかりであること、そして――今なら防御が可能であるという心理が働いた。

 それを愚かだと詰ることは出来るだろうが、しかし無理もないだろう。一度異能(アビス)を投げ捨てているという事実があり、以降の攻撃は防御が可能だと刷り込まれていること。そして守らなくては段々と敗北に追い込まれるだけの速さを、その連撃は持っていたこと。

 ――加速。

 これらのイメージを振り切るには、あまりにも時間が足りない。速いということは、相手から時間を奪うということでもあるから。だから、視界を覆った粉塵の向こうから突如として現れた薫流へ、帰冴が全く反応出来なかったのは……ただ純粋な、力の差だ。


 ――特別機動係のメンバーは、浅間薫流が負けるなどとは微塵も思っていない。なぜなら、浅間薫流は強いから。


 切っ先を相手に向けながら、再起動した紅影を上段で構えている。高速移動の邪魔にならないよう、そしてすぐに斬撃へ移行できるように。

 距離の空いた敵へ、瞬時に迫る方法を彼女は持っていた。どこまでも速さを伸ばした彼女だからこそ、走る以上の加速法を編み出しているのは自然なことである。

 帰冴からすれば、いつの間にか目の前にいた薫流からいつの間にか斬られていたと記憶障害を疑うしかないだろう。もはやここに、斬滅は確定した。

 影は重力を持っている。なぜなら影とは、常に大地に縛られている。それが頭上から降り注ぎ続ける光によってそう在るしかないと定められていることだとしても、影は大地に沈むものだとそう定義されている以上、それは間違いなく重力である。

 そして、紅影は影の性質を持つ。よって、仕手(つかいて)がその気になった場合、重力の枷に囚われて下へと一気に加速を始める。その加速に乗って振り下ろされた紅影は、まさしく眼にも止まらぬ紅い風。

 ――再加速。

 帰冴はまだ、自分が斬られていることにも気づいていない。気づくのは、斬られ終わったその後で――――まだ(・・)である。


「ねえ、影には浮力もあるって知ってる?」


 言葉は届かない。届く頃にはもう既に、この戦いは終わっているから。

 影は、浮力も持っている。影とは、常に大地に浮き上がっているものだから。影の中には、浮き上がるための力があると……そう、薫流の中では定義出来る。

 なぜならば、そうでなければ矛盾を起こしかねないためだ。

 接地した紅影が地に……(いや)、影に沈んでいく。影の性質を持つために、紅影は他の影へと干渉することが出来るのである。もっとも、干渉出来るだけで影を操るなど能力の範囲を逸脱するような真似は出来ないが。

 だが、ここで矛盾が発生する。影とは本体の姿をそのまま写し取ったものであるため、本体の形が変われば影の形も変わる。ということは、影の形が変われば本体の形が変わってしまうという逆説が成り立ってしまう。

 ゆえに、影は交じり合うことはあっても混ざり合うことがあってはならないと彼女は思っている。そのために混ざってしまった影を速やかに排出すべく浮力が働き、影同士が反発して紅影は外へと飛び出す。

 ――再々加速。

 振り下ろした剣をすぐさま反転させて連続で斬るその技は、燕返しと呼ばれる技に酷似しているが、加速と紅影という二つの要素がその本質を全く異なるものへと変えている。

 一瞬で距離を詰める加速、重力に乗った再加速、そして浮力を利用した再々加速。計三段階に加速する刃から逃れることは出来ず、そして元より、紅影は防御不可能である。

 体力を奪い、余裕を奪い、選択を奪い、視界を奪い、距離を奪い、そして最後には命を奪う。敵の輝きを、己の朝日(ひかり)で剥奪し尽くす魔剣兵法。

 其の()を――。


「――月蝕(つきばみ)


 特別機動係のメンバーは誰も、浅間薫流が負けるなどとは微塵も思っていない。その実力への信頼から、大事な戦いを彼女に任せることも、もう珍しくなくなっている。

 ブイの字に斬られた竜は倒れ、立っているのは黒衣の騎士。


「ね、だから言ったでしょ」


 警察の定めた危格色別等級(ハザードカラー)における、精々が肆級程度の異能(アビス)でありながらエースとなった女。

 これが、これが、警視庁公安部公安第五課異能犯罪第一対策室特別機動係切り込み隊長“薄紅美刃(はっこうびじん)”。


「薫流ちゃんが最強だって」


 これが、浅間薫流である――!


「――執行完了」














主人公と因縁あり気に登場した新キャラを空気も読まずボコボコにする浅間パイセンの図。

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