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作戦と狂気

(鎌を奪うか。でも、どうやって)


 考えている間にもレッドキャップがまた接近してくるのが分かった。今度はただ駆けてくるだけでなく、大きく踏み込んで飛ぶようにチルに襲いかかる。迎撃する隙がない。

 勢いよく振り下ろされる鎌を迎えたのは、透明の半球だった。チルの放った防御魔法だ。ガキィン、と鎌の衝撃を一手に受けたそれは次の瞬間バラバラに砕け散った。その隙にチルは後ろへ飛ぶ。


「魔女様が逃げてばかりだなぁ?」


 鎌の柄で肩を叩きながら、レッドキャップが言う。何が楽しいのか、ヒヒヒヒ、と引き笑いする。



 〇◎〇



「劣勢だなぁ、おい」


 チルとレッドキャップの攻防を眺めていたロイはそう独りごちた。自信満々に下手くそな啖呵を切っていたのはなんだったのか。


(身の程知らずなのか、怖いもの知らずなのか)


 魔力を節約しているのだろうが、チルの魔法は小さなものばかり。レッドキャップはそれを全て跳ね返している。おまけに動きの鈍いチルに対し、レッドキャップの動きは俊敏だ。鎌の扱いも手慣れている。


(あれにやられたらひとたまりもねぇな)


 藁でできたロイなんて真っ二つどころでは済まないだろう。一思いに切り刻まれる様を想像してロイは身震いした。


 その時、手を置いたままだったクックの肩がピクリと動いた。視線はずっとチルやレッドキャップを挟んだ向かいのニカに縫い付けられたままだ。ニカは目を見開いて微動だにせずに立っている。目の前で始まった攻防に怯えているのだろうか。

 クックが引かれるように一歩前へ進み、肩に置いていたロイの腕が落ちた。


「おいーー」


 再びニカの元へ向かおうとしているのだと分かった。引き留めようかとも思ったが、レッドキャップは戦いに集中しているようだ。確かに今のうちに保護しておくべきだろう。そう考え、ロイも足を踏み出す。その瞬間。


 戦いに集中していたはずのレッドキャップの瞳がぎらりとこちらを向いた。縫い止められるような強い視線にロイは固まる。

 だが視線はすぐに外され、気のせいだったのかと思うほどにレッドキャップはこちら側を意識から外した。


(いや……外したように見せている)


 その実、戦いに身を投じつつ自分たちの動向にも目を光らせているのだ。ロイは駆け出そうとしていたクックの腕を引っ張った。


「まだだめだ」


 クックがロイを睨む。攻防を続ける二人を見やり、独り言のように言った。


「もう少しだけ、待つんだ」


(精々頑張ってくれよ)


 と、劣勢の魔女に向け心の中で付け足して。



 〇◎〇



(逃げるのにも魔力がいる……。小さい魔法じゃ効かないし、このままじゃ魔力が減るだけだ)


 大きく息をしながらチルは考える。

 実際、今までの攻防でチルの魔力は半分以上消耗していた。湖を横断する際、キャラバンを持ち上げたのも大きい。あれで予想外に消費してしまった。戦いが長引けば長引くほどチルは不利になる。


 鎌に流された魔力を上回るだけの魔法を打ち、鎌を壊す。それがチルに出来る最善の策だった。

 だが、確実に当てなければならない。外せばチルの魔力は尽き、チルは攻撃手段、さらに防御手段をなくす。つまり、負ける。今までのように無駄打ちはできない。


 今までのチルの攻撃は、全て鎌で弾かれていた。レッドキャップは弾けると思って鎌で受け止めている。今のところ避けようとはしていない。ならば真正面から撃つべきか。

 いや、今までそうだったからと言って次もそうだとは限らない。レッドキャップが避けない保証はない。


 それにもしかしたら、魔法の規模の違いに気付かれる可能性がある。鎌を上回る威力があると分かれば確実に避けられる。チャンスは一度きりなのだ。避けられないようにするには。……隙を狙う必要がある。


 レッドキャップが迫る。浮遊魔法で避けたところを下から抉るように鎌を振られる。


「っ」


 風を起こして後ろへ避けるも、被っていたフードがぴりりと大きく裂けた。そのまま着地に失敗して転げる。隠していた白髪が振り乱れた。


「なんだー? お前、きっしょくわるい髪の毛してんだな」


 チルの髪の色を見たレッドキャップが嘲笑う。


「……うるさい」


 立ち上がろうとしたチルだが、顔を上げた時にはレッドキャップが目の前まで迫っていた。鎌が下りる。


 ガキィッ


 防御魔法。先程よりも強めに調整したそれが鎌の貫通を阻む。


「身を守るので精一杯みたいだなぁ?」


 レッドキャップがニタニタ笑いながら鎌に力を込める。透明の膜にヒビが入る。チルは素早く周囲を見渡した。ヒビが広がる。

 そしてとうとう、パリン、とガラスが割れるような盛大な音を立てて防御魔法が壊された。勢いのままレッドキャップが鎌を振り下ろす。それと同時にチルは大きく後ろに飛んだ。


「あー? また逃げんのか。……あ?」


 顔を上げたレッドキャップの視界にチルの姿はなかった。



 開けた場所で戦っていたつもりが、気が付けば木々がそびえる森へ近付いていたらしい。チルは森に入ったのだろう。どこかの木の後ろに身を隠しているに違いない。


「怖気づいたかぁ? 出てこいよー、痛くしないからさー?」


 レッドキャップは笑いながら、一歩、森へと足を踏み入れる。その時、視界の隅で影が動いた。思わず鎌を構えるも攻撃は降ってこない。


「血ー採るだけだってー。できたら全部?」


 また一歩。今度は反対側で影が動く。だが攻撃の気配はない。錯乱させる気だろうか。


「なぁー出てこいよー? 早く済ませちまおうぜぇ。あんま逃げてると先にガキやっちゃうぜー?」


 一歩。背後で何かが動いた。振り返ればカカシとガキが駆け出している。誘拐してきたガキを保護するつもりだろう。


「ちょ、おいおい、そういうの困るんだよなー?」


 目掛けて駆け出そうと姿勢を構えたその時だった。


 木の上からチルが降ってきたのだ。


「は?」


 その手は鎌は向けて構えられている。チルの掌に魔力が集まる。迎撃の姿勢へ戻そうとするも、気付く。魔力量が桁違いだ。鎌に流した魔力を上回る規模の魔法を生成している。

 狙いが分かり今度は回避しようとするが、多くのロスがあり間に合わなかった。魔法が放たれる。白く輝くそれは、レッドキャップの鎌を狙い違わず穿った。


「くっそ」


 白の粒子が鎌を覆い尽くす。次の瞬間には、破裂音を立てて鎌が砕け散った。ぼと、ぼと、と鎌だったものが液体のようになって地面に落ちる。最早跡形もなかった。

 チルが少し離れた位置に着地する。

 その顔は、笑っていた。



 チルが使ったのは分解魔法だ。あらゆる物体を分解する術。この世の錬金術師には欠かせない魔法である。

 レッドキャップの鎌を壊すことに成功した。元に戻すだけの魔力を相手は持っていないだろう。チルの魔力は枯渇寸前だが、相手は攻撃手段を失った。勝ち、である。

 しかし。

 攻撃手段を失ったはずのレッドキャップはしばらく呆然としたあと、薄く笑い始めた。


「ひ、ひひ、ひひ。ひ、ひひひひひひ」


 それが段々と引き笑いになり、さらにどんどん大きくなる。


「ひ、ひひゃ、ひゃひゃひゃ、ひゃっひゃっひゃっ」


 異常な様子にぞくりとチルは鳥肌が立つ。自棄になっているのか。それともーー。

 やがて一通り笑い終えたレッドキャップは、興奮冷めやらぬままにチルに話しかけた。


「なぁ? この俺の帽子、すげー綺麗な色だと思わねぇか? 何で染めてると思う?」


 そう言って頭の上の帽子に手を当てる。

 帽子の色は赤黒い。とても綺麗とは程遠い色だ。むしろ、おぞましい。答えないチルに、にたり、と嫌らしく笑ってレッドキャップが言う。


「血だよ、血」


 ぞわわとチルは総毛立った。血で染めている。その血はつまり。


「血はいいよなぁ。美しい。特に鮮血は芸術だ。すぐに褪せちまうのがもったいねぇよなぁ? この帽子もさぁ、もうすっかり色が澱んじまったから、そろそろ上塗りしようと思ってさあ」


 とうとうと饒舌にレッドキャップは語る。濁った小さな瞳は心なしか輝いていた。


「この帽子を血に浸して染めてる時がいっちばん興奮すんだよねぇ。ヤミツキになっちゃうのよこれが。ああー想像すると涎が出る」

「なんで……」

「あぁ?」

「なんでそんなこと。その為に、誘拐を……? たくさんの人を……」

「あーなんでかって? んなの、決まってるだろ。己の欲望を満たすためだ」


 目をかっ開き下を出しながら吐き捨てるレッドキャップはまるで麻薬中毒者のようだった。


「きっかけはなんだっけなー。忘れちまったけどよぉ? この帽子を血で染め続けるのは、俺の何にも変え難い欲求なんだ。ってことで」


 に、と口端を歪に引き上げる。


「邪魔しないでもらえますかぁー!?」


 唾を飛ばして叫んだのち、レッドキャップはトレードマークであるシルクハットを頭から下ろした。


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