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チルの魔法とクックの妹

「クック、この足跡を追えばいいんだよね?」

「……はい」


 ハンドルを左に傾けながら、チルが声を張り上げる。クックは明らかに巨大な足跡に心当たりがあるようだった。だが、頑なにチル達に話そうとしない。恐らく何か事情があるのだろう。今最優先すべきは、クックの妹の救出である。


 チルはキャラバンを駆動させながら、残りの魔力量について思考を巡らせた。体内に入れた分は昨日全て使い切ってしまった。残りは瓶二本きっかり。旅に出る時、奮発して瓶十本は買ったはずなのだが、思ったより減りがはやい。むむむ、とチルは顔をしかめる。


(二本かあ)


 二本で、どれだけ戦えるだろうか。そもそも相手がどれだけ強いのかも分からないのだ。三体一とはいえど、チルの魔力はあと少しだし、クックは子ども、カカシのロイに戦力があるようにも思えない。


 割と行き当たりばったりで生きてきたチルには、特に作戦があるわけでもない。できるのは、残りの魔力で出せるだろう魔法を頭の中で指折り数えることくらいだった。


「あ」


 突然、チルが声を上げ全速力で進めていたキャラバンの速度を緩めた。


「どうしました?」


 分かれ道以降、チルは巨大な足跡を頼りにキャラバンを進めていた。その後もいくらか分かれ道があったのだが、足跡は必ずどこかの道に続いており、それを追うことでここまで問題なく来れたわけである。もしかして足跡が途切れたのだろうか、とロイが考えている間にも、キャラバンは緩めていた歩みを完全に止めた。


「湖……?」


 チルが呟く。ずっと、木々が立ち並ぶ森の中を走ってきた。が、木々が開けたと思ったのもつかの間、チル達を出迎えたのは一面の湖だった。まさに、一寸先は湖。行き止まりである。

 横から回り込むにも湖が広大すぎる。出来ないことはないかもしれないが、かなりの時間を要するだろう。なにより。


「おい、足跡が」


 ロイが声をあげる。道標として追ってきた巨大な足跡は、湖に入っていくようにして途絶えていた。まるで湖を突っ切ろうとでもしたかのように。


「どうすんだよ」


 ロイが頭を抱える。


「クック、本当に、この足跡の先に妹がいるの?」

「……はい。絶対います」


 チルの問いにクックは少しだけ間を置き、力強く頷いた。チルは考える。


「このキャラバン、泳げたりとかしないんですかねえ」


 ロイが投げやりに言う。


「そんな機能はない」

「でしょうね」

「ないけど……」

「けど?」


 チルが顔をあげる。そして、まるで子どもが今日は何して遊ぶかを決めるかのように無邪気な声で言った。


「よし。飛ぼっか」

「はっ!?」


 ロイが声を上げ、クックも目を丸くする。


「ちょっと待ってて」


 言うなり、チルは運転席から退きキャラバンの後方へてててっと走る。物置のように大小様々な荷物が積まれたそこから麻袋を探し当て手を突っ込む。取り出したのは、透明の液体が入った小さな瓶だった。


「それは……」

「魔力だよ」


 半分確信を持ちつつも問いかけるロイに、チルはにっこりと笑ってこたえる。


「正しくは魔法エネルギーだけど」


 瓶にたっぷり入ったどろっとした液体、それは魔法エネルギーと呼ばれるものだった。魔法機関の動力源として流通しているものだ。チルはそれをお金で買っていた。本来、瓶に入れて持ち歩くようなものではないのだが。


 チルはコルクを開け、グビリとそれを飲んだ。続けてもう一本。ロイがあっけにとられる。常識破りの酒豪でも見るかのような目だ。もちろん、飲むものでも決してない。


 魔法エネルギーは魔力を変換してつくられるものだ。故に、純粋な魔力に比べると魔法を使う際の燃費は劣る。が、まあ仕方のないことだ。魔力なんてものは流通のしようがないのだから。必要とする物好きは、そして他人のものを扱えるのは、国中探してもチルくらいだろう。


 チルは例外だが、魔力は普通、その者の魔力の器から無限に生み出される。その量は器の大きさに比例するが、使ったら使っただけ、新たに再生されるのだ。故に魔力保持者は、魔力が切れても時間が経てば元あっただけの魔力を取り戻せるということだ。


 その点チルは、魔力を生み出すことができない。元々魔力がないのだから、再生のしようがないわけだ。魔女として、埋めようのない欠点である。だが、魔力のないチルだからこそ。チルにしか出来ないことがあった。


 それが、他人の魔力を取り込む、ということである。普通、魔力の器に自分以外の魔力を入れることは許されない。すれば、どうなるか。死である。強い拒絶反応が起こるのだ。脆い魔力の器は反発し合う魔力に耐えられず、最終的には爆発すると言われている。


 だがチルには元々魔力がない為、別の魔力を取り込んだところで魔力の反発は起こらないのである。魔法エネルギーの元は他人の魔力の寄せ集めだが、同種類のエネルギーとして変換されている為反発し合うことはない。チルがいくら取り込んでも害はないわけだ。


 ちなみにチルは、器の限界まで魔法エネルギーを取り込んだことがいまだ無かった。魔力を買うお金がないというのがひとつ。魔法エネルギーの燃費が悪いというのがひとつ。

 チルは自分の器の限界をまだ知らない。


「あの、飛ぶってまさか」


 ごくんと液体を飲み込んだチルにロイが問う。


「うん。魔法で、キャラバンを浮かせようと思って」


 チルがおもむろに両手を前に出す。ロイとクックは思わず身構えた。やがて、キャラバンの内部からカタカタと金属がぶつかる音がし始めた。地鳴りのような音も聞こえる。ガタガタと地面が揺れる。いや、揺れているのはキャラバンだ。


 ロイは突然襲った浮遊感に息を止めた。外を見れば地面が離れている。キャラバンが浮いているのだ。よろけないよう、足にぐっと力を入れた。クックを見れば這いつくばっていた。さすがに立っていられなかったのだろう。


 チルが掲げた手を小さく動かせば、キャラバンが前進した。湖に乗り上げるように、しかし沈むことなく、水面スレスレを滑るように移動する。


「……なんでこんなスレスレなんですか?」


 時折飛沫が飛んでいるのを目にしながらロイが言った。


「節約。あと、重い」


 チルが真面目な顔でこたえる。確かにキャラバンは鉄の塊だ。おまけに自分たちも込みである。


(浮かせられるだけですごいのか)


 ロイは魔法に詳しくないが、浮遊魔法は何度か目にしたことがある。比較的簡単な魔法なのだろう。だが、これだけ大きな物を浮かせるところは見たことがなかった。


 キャラバンは、水面を滑る白鳥のようにスレスレを浮遊しつつ前進していた。クックは恐る恐る窓を覗き込み、ロイはこの状況を少しだけ楽しんでいた。だが、ふと恐ろしいことに思い至る。


「チル、途中で魔法が切れたりとかは……」


 チルの魔力は有限だ。湖の真ん中で全て使い果たしてしまえば、自分たちはキャラバンごと沈んでしまうだろう。だがチルは首を振った。


「大丈夫。ほら、向こう岸が見えてきた」


 見れば、確かに岸まであと少しだ。ロイは恐ろしい考えが杞憂だったことにほっとした。


 キャラバンが地面に着地する。ぷつりと消えた浮遊感に、ロイ達は不思議な心地がした。ともあれ、無事湖の横断に成功したわけである。振り返ればやはり広大な湖が広がっており、ロイは夢でも見ていたかのような気分になった。

 これが魔法か。なんでも出来る、というわけではないとは思うが、便利な代物だ。畏怖されるのも分かる。


「さて」


 両腕を降ろし、チルは改めて周りを見渡す。


「……足跡はないな」


 湖に入っていくようにして途切れていた足跡。キャラバンは直線的に進んできたつもりだが、続くものは見当たらなかった。湖に入って溺れたのだろうか。それとも泳いでどこかへ行ったのか。少なくとも、チル達は道標を見失ってしまったことになる。


「どうしようか?」

「て言っても進むしかないでしょう。幸い一本道なようですし」

「そうだね。……クックはどう思う?」

「……進みます」


 クックは俯きがちに一言だけそうこたえた。


「そっか。よし、じゃあ進もう!」


 チルが明るく声を上げる。ロイに交代を言い渡し、面倒くさそうにロイが了承する。


 運転席へ行こうとクックの横を通った時、「ニカ……」と小さく呟くのが聞こえた。

 恐らく妹の名だろう。ロイの記憶では、珍しい髪の色をしていた。紫。熟れたブドウのように濃い紫色の髪を二つにくくっていた。あの髪の色じゃあ、狙われても無理はない。レッドキャップは珍しいものが好きなのかもしれない。


 ロイは口を引き結んで考える。チルは魔力さえあればそれなりの魔法を使えるようだ。今はとっとと妹とやらを取り返すのに協力して、一刻も早くあの女を殺す方法を考えねば。

 カカシはキャラバンを前進させるべく非力な足を振り上げた。


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