レッドキャップと足跡
「ロイ、行こうっ!!」
「え!?」
チルがロイの手を取ってキャラバンを駆け出した。
「ちょ、ちょっと」
非力なカカシは、例え少女相手だろうと逆らえない。ロイは何度目か分からない舌打ちをして、チルに引かれるがままに足を動かした。
「あっちの方角から聞こえます」
「民家のほうだ!」
チルたちが走っている間にも、子どもの声は聞こえ続けていた。
「誰か! 誰かっ! 開けて! 助けてください!!」
近づくにつれドンドンと戸を叩く音も聞こえてくる。叫んでいるのは明らかに子どもだ。子どもが助けを呼んでいる。だが叫び声が止まないということは、いまだ誰も応えていないということだ。
夜明け前のこの時間。寝ていたとしても、住人は叫び声に目を覚ましているだろう。聞こえていないということはないはずだ。離れた場所にいたチル達にも聞こえたのだから。夜の闇に、子どもの叫び声と戸を叩く音だけが残酷に響き渡っていた。
「あっ、あそこ!」
チルが前方を指さす。子どもがいた。立ち並ぶ民家のうちのひとつの家の戸をこれでもかと叩きながら叫んでいる。簡単な造りの家が壊れてしまわないか心配なくらいに何度も何度も拳を叩きつけていた。
「だ、誰か……」
が、突然に勢いを無くし、子どもはその場にへたりこんだ。掴んでいたロイの腕を離し、チルが駆け寄る。
「ねえ、どうしたの!?」
もしかしたら今はチャンスなのかもしれないな、と頭の片隅で思いながら、ロイも近付いた。
「あ……」
突然現れたチルに、少年は目を限界まで見開いた。口元が痙攣している。見開いた目のままチルから後ろにいたロイに目を移した少年は、再度驚いたように「かかし……」と口を動かした。
少年と目が合ったロイが、あ、と声を出す。
「こいつ……」
「知ってるの?」
「乞食だ」
キャラバンに乗り込む前、物乞いをしてきた子ども。ぼろ切れを見にまとい、手足は骨のように細い。十にも満たない、恐らく七歳かそこらだろう、確か、後ろに小さな女の子を連れていた。
ロイが話しかけようとしたその時、少年が言った。
「た、助けてください!! 妹が……妹が、さらわれて……っ!!」
〇◎〇
「くそっなんでこんなことに」
ロイの独り言は盛んに動く機械音にかき消された。動かしているのはロイである。ロイは運転席で、足と手を使ってキャラバンを前に進めていた。全速力で。
後ろにはチル、そして先程の孤児の少年が落ち着かなそうにキョロキョロしている。名をクックというらしい。そばかす顔にぼさぼさの茶髪、細すぎるという点を除けばどこにでもいるような少年だ。
「本当にこっちの方向で合ってる?」
チルが少年にたずねる。クックは顔を見せないチルに少し警戒しながらも、おずおずと頷いた。
「合ってます。あいつは、妹をつれて、この奥へ行きました」
年齢にしては丁寧すぎる物言いだ。
チル達は、クックの懇願を聞き入れ、妹を取り戻すべくキャラバンを動かしていた。ロイとしてはこれ以上の面倒ごとはごめんだったのだが、あれよあれよという間に運転手役に駆り出されてしまった。「それでは私はこれで」とは到底言い出せるはずもなかった。
やはりカカシは非力だ。休むことなく足を動かしながら、ロイは恨みのこもったため息をはく。
チルは、思った通りというべきか、どうにも馬鹿なほどお人好しな性格らしい。それだけならいいのだが、空回って人に迷惑をかけることになるタイプだと、燃やされかけた経験を持つロイは考える。実際、今現在も自分に多大な迷惑がかかっている。
「助けにいこう!」と一も二もなく自信満々に言ったチルだったが、その自身はどこから来ているのか。チルは、魔力のない魔女なのに。
そんなロイの心情などつゆ知らず、後ろではチルが質問を重ねていた。
「誘拐犯は、どんな風貌だった?」
クックは思い出したのかぞくりと肩を震わせた。そして口を開く。
「……赤い……帽子をかぶっていました」
ロイは思わず振り向いた。チルもこちらを見ていた。
「「レッドキャップ」」
二人の声が重なる。
「え?」
クックが分からないという顔をする。掲示板を見ていないのだろう。村人なら知っているかもしれないが、孤児ゆえに情報が伝わらなかったのかもしれない。
「各地に出没している誘拐犯です。少し前にこの村でも誘拐を行っています」
ロイは声を張り上げて説明した。けたたましい機械音にかき消されないように。
「常習犯……手強いな」
チルが独りごちる。懸賞金がかけられているということは、それだけの罪を犯してもなお捕まっていないということだ。あれだけ目立つ帽子を被っているにも関わらず。手口が巧妙なのか、逃げ足がはやいか、強いか。そのどれかだろう。どちらにせよ、クックの妹を取り返したいチル達からすればやっかいな相手だ。
それに、前回は老人、今回は幼女、ターゲットの層がバラバラだ。誘拐の目的が掴めない。
それまで全速力で走っていたキャラバンが、突然急ブレーキをかけるように止まった。日が昇り始め、薄い太陽光が仄かに地面を照らし始めた頃だった。チルとクックが大きくよろける。
「ロイ、どうしたの?」
「分かれ道です」
チルが後ろから覗き込めば、続く道が二本に枝分かれしていた。どちらも同じような道だ。これまでずっと一本道だったため迷いなく走ってこれたが、これではレッドキャップがどちらに行ったか分からない。
「チル、魔法は」
確か、魔法を使って探査ができるのではなかったか。それができるだけの魔力なら残っているような口振りだった。だが、残念そうにチルは言う。
「目標が分からないと、できない。レッドキャップも、クックの妹も、見たことないから」
面識が無いと追えないということか。ロイは歯噛みする。何か糸口でも掴めないかと見回せば、奇妙なものが目に入った。
「あれは……」
「え?」
ロイの目線を追ってチルも身を乗り出す。
「足跡?」
チルの言う通り、ロイにも足跡に見えた。ただ……。
「大きいですね」
巨大すぎる。チル達の乗るキャラバン程ではないが、少なくとも熊の足跡よりは遥かに大きく地面が陥没している。それが、左の道へ点々と続いていた。振り返ってみれば数十メートルほど前から同じような陥没が確認できる。
(気付かなかった)
前だけを見て全速力でかけてきたのだ。ロイが気が付かなかったのも無理はない。
「もしかしてこれが……レッドキャップ?」
「まさか」
チルの呟きに口では否定しつつも、ロイはその可能性も捨てきれないと思った。いや、それにしてもでかすぎる。もし本当にレッドキャップの足跡なら、やつは化け物の類いだ。捕まらないわけである。ロイは逃げてしまおうかと本気で思った。
こんなところで死ぬ訳にはいかない。カカシの状態でどうなったら死に至るのかロイには分からないが、少なくとも握りつぶされ、引っ張って胴体を切り離され、ずたんずたんに踏みつけられれば確実に死ぬだろう。いやだ。まだ死ぬ訳にはいかない。
チルの後ろから覗き込んで足跡を確認したクックが、はっと息を飲んだ。あまりの大きさに驚いたのだろう。だが、しばらく口を噤んだのち静かに言った。
「……左の道です」
ロイはやけくそになって言った。
「だろうな。てかあんだけデカイなら、お前も手配書も教えてくれっての」
「違います。あいつは、普通の大きさでした。これはレッドキャップの足跡じゃありません」
チルとロイが驚いてクックを見る。
「じゃあなんで」
「左です。左に進んでください」
チルの言葉を遮り、クックが言う。
「おい、レッドキャップじゃねえんならなんで左って言える? あれの正体知ってんのか?」
「……」
ロイが詰め寄るも、クックは口を引き結んで俯いたままこたえようとしない。ロイがチッと舌打ちする。
「……分かった。左に行こう。ロイ、交代するね」
チルはきっぱりとそう言い、先程までロイが座っていた運転席へ移動した。その時、ロイはクックがほっと息をついたのを見た。