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アガタ村と掲示板

 グリメリア王国辺境の地の、小さな村、アガタ村。一方向を除いて深い森に囲われており、閉鎖的な印象を受ける。平地には、屋根が低く簡素な造りの木造住宅が点々と立っていた。


 この村の特徴を挙げるとするならば、とても貧しい、というところだろう。だからだろうか。道行く人は誰もが忙しそうで、突然の訪問者であるチル達に目を向ける余裕さえ無いらしい。たまに、キャラバンが目に入ったのかぎょっとする者がいてもすぐに訝しげな顔をして足早に去ってしまう。


 比率としては女性が多く、頭巾やショールで顔を半分隠していた。働き手となるはずの若い男はほとんど見かけない。代わりに子どもから老人まで労働に駆り出されているようだった。


「皆さんお忙しそうですね。……それで? この村に来て何をする予定なのですか?」


 行き交う人々を物珍しそうに眺めながら、ロイが問う。


「うんと。お金稼ぎ、かな。掲示板を探そう」

「掲示板?」


 キャラバンを置いたままチルは歩き始める。ロイも慌てて追った。


「あの、掲示板とは」

「……ロイ、知らないの?」


 きょとんとしたチルの顔に、ロイはしまった、と思った。きっと、誰もが知っている常識中の常識なのだろう。


「ええと、はい」


 言い訳を考えるも思い浮かばず、ロイは素直に頷いた。


「掲示板は、どこの町にも必ずあるもので、国や町からの依頼とか、懸賞金情報とか、いろいろ載ってる」

「はあ」

「まああたしも自分がいた町のしか見たことなかったんだけどね。多分、中央にあるはず。あ、ほらあれ」


 チルの指さした先を見れば、確かに掲示板らしいものがあった。想像より大きい。巨大なベニヤ板に所狭しと紙が貼られている。


「大きいな……」

「家より大きいかもね」


 ロイの呟きにチルがくくっと笑う。確かに、どの家もこぢんまりとしているため、巨大な掲示板といい勝負である。


「懸賞金稼ぎってことですか?」


 貼られた紙をまじまじと見ながらロイが聞く。


「うーん。懸賞金って、報酬が凄いんだけど、その分難しいのが多くて。特に罪人を捕まえるとかそういうのは、よっぽど腕に自信がないと」

「……お前一番の魔女になるんじゃなかったのかよ」

「そ、そうだけど……お金が無いと魔力も買えないんだから仕方がない」


 つまり懸賞金でどかんと稼ぐには魔力が心許ないが、魔力を買うためのお金が無いため手が出せないということだ。


「気の遠い話ですね」


 ロイは心底呆れた。こいつが何を持ってして一番になろうとしているのか知らないが、五十年かかっても無理だろう。


「だから、小さい依頼をこなして少しずつ稼ぐの。ほら、この薬草集めとか。今足りてないみたい」


 チルがそう言って一枚の依頼書を指差す。依頼書がまとめて貼り付けられたいわゆる依頼書コーナーの一角である。しかしロイはチルの方に目をくれず、反対側の手配書コーナーを物色していた。賞金首の似顔絵が描かれていたりと、ロイにはこちらの方が興味深く思えた。報酬も桁違いだ。


 ふと一枚の紙に手をやったロイは顔をしかめた。思わず舌打ちする。どうしたの? と依頼書コーナーを物色していたチルが寄ってきた。ロイの視線の先を見て、


「わあ、きれいな人」


 と声をあげた。似顔絵に描かれている人物は若く美しく、見るものをうっとりさせるような妖艶な笑みを浮かべている。だが、ロイは嫌悪をありありと顔に浮かべて言った。


「あの女に似てる」


 あの女。チルは記憶をたどり、思い至ったように言った。


「……ロイに呪いをかけた人? その人も綺麗な人だったんだね 」

「……」


 ロイは黙ったまま余計に顔をしかめた。眉間にシワを寄せる表情は、顔に被さった布がくしゃっとなる形で表現されている。


「こういう女は嫌いです。なんでも自分のものになると信じて疑わない」


 似ているのは容姿ではない。似顔絵の高慢な笑みがあの女と重なるのだ。若くて美しくて力のある自分の前では誰もが跪き媚びへつらうものだと信じて疑わない。いや、とロイは思う。あの女はそこまで若くないか。


 ロイは見ているのもいやになってとうとう似顔絵から目を逸らした。が、チルは逆に興味を持ったようだった。


「この人、魔女だ。魔女エリオラ。結構悪いことしてるみたい。懸賞金もすっごい」

「あなた、他人事じゃないですよ。一番になるんでしょう。この女も倒すってことです」


 まあ倒さずとも力が上回ればいい話なのだが、せっかく懸賞金がかかっているのだ。倒したほうが得というものだろう。ロイは思う。一番になれるなら、の話ではあるが。そして全く自分の知るところではないが。


「あ、そっか」


 チルは今気付いた、とばかりにぽかんと口を開けた。


「まあ精々頑張ってください」


 俺の知らないところでな、と心の中で付け加え、ロイはチルのフード越しの頭にぽんと手を置いた。


 そして物色を再開しようと顔をあげれば、奇妙な似顔絵が目をひいた。


「……なんだこれ」


 巨大なシルクハットのような帽子。おまけのようについたその下の顔は黒く塗りつぶされている。何より奇妙なのは、ほとんどが白黒な掲示物の中で一際鮮やかな帽子の色だった。赤。賞金首の大きな特徴だからだろうか、帽子だけが真っ赤に塗られていた。横から覗き込んだチルがうわあ、と声を上げる。


「誘拐犯だって! 神出鬼没、いろんな所で人をさらってるみたい。最後の履歴は……アガト村だ」

「よりにもよってここですか」


 確かに、詳細欄にはチルが言ったような記載があった。一週間前、ここアガト村で老人を一人さらっているようだ。


「こんな訳の分からない人物に出くわすのはごめん願いたいですね」

「まあ一週間前だし、もうここを離れてるかも。それに心配しなくても、ロイはさらわれないと思うよ!」

「そんな心配はしてねぇよ」

「あ、でも喋るカカシって珍しいからやっぱりさらわれるかも」

「お前は口閉じろ」


  ロイが背の低いチルの頭にゲンコツを落とす。さすさすと頭をこすりながら、チルは言った。


「とりあえず、暗くなってきたからお金稼ぎはまた明日しよ! 今は薬草が足りてないみたいだから、それを探して持って帰れば稼ぎになると思う」

「じゃあ明日は薬草集めですか。で? 薬草ってどんな」

「ナナコロ草っていう、そこそこ希少なものなんだけど。最近は特に見つかりづらいみたい」

「そんなもの、ちょっと探したくらいで見つかるのでしょうか」


 そうなら、とっくに大勢の者が報酬を求めて集め回っているはずだ。ロイがそう思って聞けば、チルは少しだけいたずらっぽい顔をした。


「そこは、少しの魔力で、ね」


 ああ、なるほど、とロイは思う。魔法を使うのだ。軽い探査くらいなら、それほど魔力を使わずに済むということか。少しの魔力で、それ以上の価値の薬草を見つけ出すことができればその分利益が出るというわけだ。


「……魔法は便利ですね。私の呪いも解いてくれればもっと便利に思えるんですけれどね」

「あはは、そうだね」


 チルの軽い返答にロイは青筋を浮かばせる。


「……皮肉だっつの」


 どこまでも脳天気なやつである。ロイの呟きが聞こえなかったのか、はたまた聞こえないふりをしたのか。チルはお腹に手を当てて言った。


「……お腹すいたな。何か買わないと」

「お金は持ってるんですか?」

「うん、少しだけど。パン一個くらいは買えるんじゃないかな」

「……本当に少しですね?」

「どこかにお店はないかな」

「キャラバンの近くに市場らしきものを見かけましたが」


 キャラバンから降りて中央まで来る途中にそれらしきものを見かけたはずだ。


「じゃあそこに寄って、キャラバンに帰ろう」


 元気よくそう言って、チルは返事も待たずに歩き出した。ロイは何度目かも分からないため息をはいて、その後を追うのだった。



 〇◎〇



 たどり着いた場所には、取ってつけたような造りの露店が並んでいた。ちゃんとした構えの店はほとんどなく、風呂敷をひいて商品を並べていたり、机にする前の木材のようなものを台にしていたりと、まるで旅人が思いつきで構えたような店ばかりだ。


 その中からパンを売っている店を見つけたチルとロイは、銅貨二つでパンを一つ買った。もう一つどうだい、と老齢の店主に言われたが、いかんせん今払った銅貨二枚は全財産である。たったパン一個だけを手土産に、チル達は市場を後にした。


 キャラバンへ帰る道すがら、チルがロイへ尋ねた。


「ねえ、今更なんだけど、カカシってご飯食べれるの」


 ロイは少し驚いたあと、考える。


「そういえば、何も食べていないのに空腹感がないです。でも多分……食べられると思います」


 恐らく、だが。


 ロイの返答に、チルはにっこりと笑う。


「ならよかった。……はい、これ」

「え?」


 チルは、手に持っていたパンをちぎって半分をロイに差し出した。受け取ろうとしないロイにチルは不思議そうな顔をする。


「食べれるんでしょ?」

「食べれるとは思いますが。食べなくても生きられるとも思います」


 ロイはそのことにたった今気がついた。カカシのロイには、食事の必要がないのだ。だがチルは手を引っ込めようとしない。


「ですから……」

「食べられるんなら食べよう? 食べるのが嫌いになったわけじゃないでしょ?」

「……」


 確かに、味のしなさそうなパン切れでも差し出されれば食欲がそそられる。ロイが人間だったなら、お腹がすいて仕方がないくらいに胃の中は空っぽになっているはずだ。すぐにでも飛びついただろう。そもそもロイは今までそういう状況になったことはないが。


「一人で食べるより、二人で食べたほうがパンもおいしいと思う」


 真顔でそう言うチルに、ロイは内心で笑う。どう食べようが、パンの味なんて変わらないと思うからだ。ただまあ、このまま渋り続けるのもそれはそれで面倒だ。ロイは、無言で差し出された半分のパンを受け取った。


「えへへ」


 異様に嬉しそうなチルを気味悪く思う。どこに喜ぶ要素があったのだろうか。


 まあいいか、と考えるのをやめ、先にキャラバンに乗り込むチルの後に続こうとしたロイの服の裾を、誰かが引っ張った。


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