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魔女とカカシ

 グリメリア王国。広大な土地を持つ、世界有数の大国である。蒸気機関に加え、独自の機関である魔法機関の発展も近年目覚ましく、各国からは一目置かれている。


 そんな大国の、辺境の地。小さな村の外れの、なんでもない田舎道。閑散とした小道に、ぎしり、ぎしり、と金属の擦れるいびつな音が響いた。


 不規則なその音はどんどん大きくなる。どうやら近付いてくるようだ。がしゃん、と一際音を響かせたそれは、その盛大な音を最後にして動きを止めた。


 不可解な音の正体は、何やら大きな機械のようだった。ガラクタをぺたぺたと貼り付けたような風体のそれは、田園の広がる穏やかな田舎道にはいささか不釣り合いだ。


 何かの乗り物だろうか。丸っこく、進行方向に長細いおかしな形をしている。まるで不自然に背中がこんもりしたイモムシのような見た目のそれには、金属製のがっしりした脚が六つついていた。



 しばらく静まったまま動かないでいたそれだが、やがてガチャガチャと金属を叩き合うような音を立て始めた。そして、何かが飛び出した。


 茶色いショートブーツが軽い音を立てる。身長からして子どもだろうか。真紅のローブを目深に被ったその人物は、進行方向をさまたげているものに近付く。狭い小道を通せんぼするように、何かが倒れていたのだ。


 両足をそろえてしゃがみ、それを覗き込んだ人物は少女のような声でつぶやいた。


「……かかし?」


 どうやら通せんぼしていたのはカカシのようだった。一瞬人が倒れているのかとも思ったが、違うようだ。形ばかり着せたような服の布は薄汚れ、束ねられた藁の手足が投げ出されている。背中に長い竿をくっつけて、うつ伏せに倒れていた。


 少女は小さな手を伸ばし、道の脇に避けようとそれに手を伸ばした。指先が触れた途端、カカシがびくんっと大きく跳ねた。竿が地面に叩きつけられ硬い音を立てる。少女は驚いて手を引っ込めた。


 そのまま見ていると、さっきまでぴくりともしなかったはずのカカシがもぞもぞと動きはじめた。そして、やっとこさといったようにゆっくりと転がり、うつ伏せからあお向けの状態になった。造られた顔がこちらを見る。口が開いた。


「やあ、お嬢さん」

「ひっ」

「驚かせてしまって申し訳ないのですが、お願いを聞いてもらってもいいでしょうか?」

「カカシが! 喋った!」

「あの……」

「誰かの魔法?」

「お願いを……」

「操ってる人が近くにいるはず」

「聞いて……」

「でも人の気配はない。いったい」

「聞けって言ってんだろうがこのチビっ!」

「ひっ」


 少女は慌てて口を抑えた。カカシは、しまった、という顔をした後、気を取り直すようにこほんと咳払いをした。


「失礼。よければこの背中の竿を取ってはくれないでしょうか? 親切なお嬢さん。こんな長い竿がくっついていると、歩くこともままならないのです」


 そう言ってカカシは藁の手でしおらしく背中の竿を指さした。


「あ、竿。確かにそうだね。ちょっと待って」


 少女は恐る恐るカカシに触れ、断りを入れてからごろんとひっくり返した。


「あのお嬢さん? もう少し丁寧に」

「けっこう固く縛られてるみたい。焼き切ったほうが早いかも」

「焼き……!? お嬢さん、私は藁でできていまして」

「これくらいなら残ってる魔力でなんとかなりそう。大丈夫、すぐ終わるから」

「だから私は……アッチィ!!」


 カカシの背中でバチバチっと火花の飛ぶような音がした。同時に、チチチ、と何やら不吉な音がする。


「あ、やばい」

「アチ、アチ、これ、火ついてない? 火、ついてないですか?」

「ついてる」

「死ぬ死ぬ死ぬ、消し炭になる!!!」

「大丈夫! すぐに消すから」


 次の瞬間、バッシャン、と派手な音を立ててカカシは水を被っていた。放心状態である。


「あ。魔力を使い切ってしまった」


 隣でそう独りごちる少女に、カカシはぴくぴくと顔を痙攣させた。


「……だから」


 息を吸い込む。


「話を聞けっつったろうが!! こんっの、どチビがっ!!!」


 閑散とした田舎道に、カカシの怒鳴り声はひどく響き渡った。



〇◎〇



 片方の藁の手で顔をおさえ、カカシは深く息を吐いた。手の先からは未だに水が滴っている。麻でできた長袖も、緑色のベストも、水を含んで重たくなっていた。


「……助けを求める人選を間違えた」

「ご、ごめん。喋るカカシって初めてで、ついテンパっちゃって」

「私もこれほど話を聞かない人間は初めてです」


 そう返すとカカシは再度ため息を吐いた。


 人っ子一人通らない道に放り出され、歩くこともできず、途方に暮れていた時に通りかかったこの少女。最初で最後のチャンスだ、と下手に出て助けを求めればこのザマだ。とんだ人選ミスである。


「ところでカカシさんはどうしてあんな所に倒れてたの?」


 赤茶の瞳をくりっと不思議そうに丸めて少女が問う。


「カカシさんはやめてください。私はロ……。ロイ、です」

「ロイ」


 自分の名乗った名前を繰り返す少女を見つめ、カカシはそっと息をつく。うっかり本名を言いそうになったが、ここで明かすのは得策ではないだろう。


(この俺がこんなザマになったなど、知られる訳にはいかねぇからな)


 そんなカカシの心中など知る由もなく、少女はニッコリと笑った。


「ロイ。カカシのロイ、ね。よろしく!」

「カカシの、はいらないと思いますが」

「あたしはチル。魔女のチル」

「こいつほんと話聞かねえな。……ん、魔女? あなた、魔女なのですか?」

「うん」


 きょとんとした顔で答えるチル。そうだ、こいつはさっきも魔法を使っていた。魔力がなんとか、とも言っていたはずだ。


 魔女。その言葉を心の中で呟けば、焼けるように身体中が熱くなる。この俺をこんな姿にしたあの女こそ、魔女だった。よりによってカカシなんぞに変えやがった。俺の美しい姿に惚れ、振り回されたあの女が。


「……許さねえ」


 元の姿に戻った暁には、必ず復習してやる。せいぜい腹をくくって待っていればいい。


 っといけねえ、とロイは放っておけば無限にループしてしまいそうな思考を止めた。いつか来るその時の為にも、今は上手く立ち回らないといけないのだから。


 ロイは自分を律し、チルに問いかけた。


「魔女、というと。人の姿を変える、といった魔法も使えるのでしょうか?」


 言葉だけでなく表情もいつものように取り繕い、ロイは笑いかけた。


「んー。どうして?」

「私は人間です。悪い魔女に、姿を変えられてしまったのです。そして元に戻りたいと願っています。あわよくば」


 その先の言葉をロイは飲み込んだ。復讐、という言葉を使えば、残忍なやつだと思われてしまう可能性がある。屈辱だが、ここは可哀想なふりをして同情を買わなければならない。まあ実際理不尽な目にあっているのだから、ふりでもないか。


 そう考えを巡らせつつ口を閉ざしていると、チルがやっぱり、と呟いた。


「やっぱり?」

「うん。ロイから魔力のようなものを感じる。誰かが魔法で操ってるのかと思ったけど、誰もいない」

「だから私は、魔法で姿を」

「人や物の姿を変える魔法はあるけど、それはかけた魔力が切れるまでしか持たない。ロイについてる魔力は、そういう一時的なものじゃない。これ、多分呪いだと思う」

「呪い!?」


 ロイは思わず頓狂な声を上げてしまった。てっきり、魔法の一種だろうと思っていた。ロイは魔力を持たないから、魔法のことはよく分からない。魔女が、呪い、といったものを扱うということも知らなかった。


(そんな大層なものだとは……)


 布でできた額に冷や汗がつたる。


「魔法は、魔法で解除できる。でも呪いは、本人じゃないと解けない」

「そんな……じゃあなんだ。俺は、のこのことあの女の所に行ってこの醜い姿をさらして、呪いを解いてくれって懇願するしかないってのか」

「それか倒すかだね。呪いはかけた者とかけられた者、魂で繋がってるから。あっちの魂が無くなれば、呪いも消える」

「じゃあ倒すしかねえな」

「……ねえ、手伝ってあげよっか?」

「は?」


 思わず聞き返せば、にんまりと笑ったチルの顔がロイを覗き込んだ。


「あたし、一番の魔女になりたいの。その過程で、ロイのことも人間に戻してあげる。だから、あたしと一緒に旅しない?」


 ロイはゆっくりと瞬きをした。元の姿に戻るには、あの女を倒すしかない。懇願するなどもってのほかである。そして、このチルというガキは一番の魔女になりたいという。一番の魔女になるには当然、あの女も超えなければならないだろう。


(こいつがどのくらい強いのか知らねえが……)


 どの道、今の俺にはこの船に乗るしか道はねえ。見込み違いなら途中で降りればいい。


 ロイは、チルの瞳を見てにんまりと笑い返した。


「よろしくな、チビ」


 こうして、小さな魔女の一人旅に、しがないカカシが加わったのである。



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