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いきなりの異世界そして竜

アイリス大賞5応募作です。これから随時更新していきます。

 試験前で部活が休みだったので、香織はいつもより早めに帰宅した。何気なく郵便ポストを覗くと一通の封筒が入っていた。目を惹くほどに真っ白で、しかも真ん中に赤い塊がこびりついていた。封蝋だ。

 封蝋なんてアニメやゲームの中でしかお目にかかったことがない。好奇心を抱いた香織は封筒を手に取った。宛名を見るとなんと自分にだった。慌てて差出人を確かめようとしたがどこにも書いていない。

 これはぜひとも内容を確かめねばならない。香織が封筒を握りしめると家へと駆けこんだ。

 足音高く階段を上っていくと「姉ちゃんうるさい」とリビングにいた弟の繁樹が文句を垂れてきた。それを無視し、自室の扉を勢いよく開けた。机にかばんを放り上げると引き出しからカッターナイフを取り出した。

 あんまり手先が器用なほうではないので、刃先を慎重に動かす。なんとか封を切り、中身を取り出す。

 それはちょっと厚めの紙だった。開くと流麗な横文字が並んでいる。と、見る間にそれが日本語へと変わった。

 思わず目を見張ったが、それよりも突然文字が音声となって頭の中に響いてきたのには驚かされた。その内容はこれまた不可解な代物で「あなたを花嫁として迎え入れたい。ついては君を我々の世界へ招待する」というものだった。

 頭の変な人が書いたのだろうか。それとも悪戯? いぶかりながら手紙を畳もうとしたときである。突然、手紙が光りだした。それは強烈な明るさで、瞬く間に部屋を白色に染めた。思わず目をつぶった香織は吸い込まれるように気を失ってしまった。

 最初に感じたの身を切る風の冷たさだった。寒さに思わず身震いすると意識が覚醒し、視界が晴れた。自分はどうなってしまったのか。あたりを見回すと香織は思わず「えっ!?」と叫び声をあげてしまった。

 そこは峰々が幾重にも連なる山の中だった。山間に一本の石組の塔が建ち、そのてっぺんに自分はいるのだった。

「どういうこと」

 香織はおろおろと視線をさまよわせ、狼狽した。さっきまで自分の部屋にいたはずなのに。気が変になりそうで、頭を抱え、うずくまってしまった。

 どれくらいそうしていただろうか。この事態に呆然としている彼女の耳にふと耳慣れぬ音が聞こえてきた。何か大きなものが羽ばたいているような。

 香織は空を見上げた。そしてそのまま固まってしまった。雲一つない晴れ上がった空に大きな物体が翼をはためかせ、悠然と飛んでいるのだ。

「あれ、何」

 香織は空を凝視する。その間にも物体はずんずんこちらへ近づいてくる。そのため物体の正体が見極められるようになった。

 それは全身真っ白な竜だった。竜をこの目で見るのは初めてだが彼女にはなぜか竜に違いないと感じ取ることが出来た。しかし竜の目的は分からない。自分に害をなそうとするのか。それとも逆に……。

 香織は立ち上がり、竜を待ち受けた。不思議と心が落ち着いてくる。やがて竜は目前に迫り、その威容を露わにした。

 竜を間近に見て、香織は美しいと感じた。ただの獣とは思えない神々しさが全身に宿っていた。特にその深紅色の瞳には知性さえ感じ取ることが出来た。だから竜が口を利いても驚いたりはしなかった。

「香織姫、そなたを迎えに参った。さあ、私の背中に乗りたまえ」

 自分の名前を知っていることにいぶかしむこともなく、香織は竜の言に従った。梯子のように差し伸ばされた尾を伝って、背中に腰を据える。それを見届けた竜は鼻息一つ噴くと、天空へ駆けあがった。

もちろん竜の背中に乗るのは生まれて初めての経験だ。乗り心地は正直言ってあまりよくはない。竜の皮膚の鱗が腿に当たってちくちくするからだ。それでも空を飛ぶというのは何物にも代えがたい爽快感がある。香織は落ちないように背びれに掴まりながら空中飛行を目一杯楽しんだ。

 やがて気持ちがひと段落すると、これからの行く末に興味が移ってきた。

「ねえ、これからどこへ向かうの」

 風音に負けないよう声を張り上げて訊ねる。すると香織の頭の中に声が響いてきた。

「肌が触れ合っておれば口に出さずとも、念じるだけで会話を交わすことができる。それはそうと我らは青陵宮へと向かっておる。そこで婚礼の準備を執り行うことになっておる」

 結婚か。確か手紙には花嫁として迎え入れると書いてあったっけ。この歳で結婚とは早すぎる気もするが、まあ相手を見てからだ。イケメンならば前向きに考えないでもない。家族は反対するだろうが独り立ちが少し早まったと思って勘弁してもらうしかない。

 すると竜が笑っているのが心に感じられてきた。失礼な。香織は腹立ちまぎれに竜の背中をぽんと叩いた。

 やがて「ついたぞ」という竜の声がしたので香織は前方を見やった。行く手には剣のように尖った山が聳えている。足場もなさそうで香織はどこに降りるんだろうといぶかった。

「大丈夫だ」

 竜の声がした。するとそれに応えるかのように山の形が変容していった。宮殿が姿を見せ、充分なスペースのある広場が出来上がっていった。その変化の鮮やかさに香織は思わず感嘆の声をあげていた。それを竜は面白がっているのが伝わってきた。

 そうして竜は宮殿の広場へ降り立った。香織はかっこよく竜の背中から降りようとしたが、足が地に着いた途端、膝ががくんと折れてしまい、その場に尻もちをついてしまった。

 竜がふっと吐息を漏らして笑ったので、香織はむっと膨れた。

 さて結婚相手とは一体どこにいるのやら。香織は宮殿を見やると丁度正門らしき扉が開き、執事然としたロマンスグレーの男性がきびきびとした歩調で歩みでてきた。そして「ルーシャ様、お帰りなさいませ」と言って頭を下げた。

 あの竜、ルーシャって言うのか。でも竜に頭を下げるなんて不可解なと思っていると、竜は「花嫁を連れてきた。早速宴の用意を」と威厳ある口調で告げる。そして香織の方に顔を向けると含みのある笑みを浮かべた。

 なに、気になる。相手の意図が分からずまごついていると竜はいきなり吠えた。香織は思わず耳をふさいだ。だが、目が驚くべき変化を目撃して「えっ!」と大きな声をあげていた。 

 竜の姿がにじんだように歪んだかと思うとアメーバように不定形になり、ずんずん縮んでいった。しばらくそれはうごめいていたが、やがて二本の手足が生え、人間の姿になった。それから細部が整っていくと目の覚めるような美形の男性が出現した。

「姫、驚かせたようだな。しかし驚いた顔はあまり見られたものではないな」

 香織は顔を朱に染めた。醜態を晒して恥ずかしかったのか、ルーシャの顔に見とれて興奮していたのか、判断はつかなかった。

「いきなり変身するなんて卑怯よ。心の準備ってものが出来ないじゃない」

 憎まれ口を叩いたが、苦し紛れであるのは自分でもわかっていた。証拠に相手は全然堪えた様子がない。

「それより参ろうではないか、我が宮殿へ」

 最初に通されたのは大広間だった。全面ガラス張り、天井からは黄金のシャンデリア。のっけから豪華な設えに香織は圧倒された。

「ここは謁見の間だ。姫を持て成すにはちと貧相だが許されよ」

 これで貧相とは恐れ入る。大抵の人間が見たら腰を抜かすだろうに。靴音が辺りに反響し、ガラスに自分とルーシャの姿が映る。香織は映画か舞台の世界へ迷い込んだような錯覚を覚えた。

 どこまでも続くかと思われた大広間もやがて端にたどり着いた。重厚な扉が次の部屋への入口を示している。どんなところだろう。

「姫、さ、どうぞ」

 ルーシャが恭しく扉を開ける。興味津々で足を踏み入れた香織の目に飛び込んできたのは金色の洪水だった。床も天井も調度も全てが金で彩られていた。こうなると豪華を通り越して悪趣味だ。香織は知らず顔を引きつらせていた。

「気に入ってもらえたかな」

 ルーシャは自信満々だ。

「え、ええ……」

 声がかすれてしまった。

「ならば姫はどうされたい。晩餐でも湯あみでも望みのものを申すがよい」

 取りあえずお腹は空いていないし、お風呂も入りたい気分ではない。

「疲れたから休みたいわ」

「よろしい。ならば寝所へ案内しよう」

 ルーシャはポンポンと手を叩いた。すると部屋の一角の扉が開き、揃いの服をまとった侍女たちがするすると出てきた。そして香織を取り囲むと有無を言わさず連れ出していった。

 運ばれたのは寝所だった。ヴェルサイユ宮殿にあるような天蓋つきのベッドだ。そこで侍女たちに半ば無理やり寝間着に着かえさせられた。そして有無を言わさずベッドに寝かしつけられた。体重で沈みそうなほどのふかふかのマットレスで、思わず「極楽極楽」とおばあさん臭いことを呟いてしまった。

 あまりの気持ちよさにあっという間に眠気が押し寄せてきた。


 香織はふと誰かの気配を感じて薄目を開けた。こちらを見下ろしている人影がある。ルーシャかな。でも何か感じが違うような気もする。暗がりでよくわからない。誰だろうと思案しているうち、香織はまた眠りに落ちた。

 


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