王国の騎士団×歪んだ感情×決意の先に……4
絶望からの逆転を手にする為、二人の囚われ人は動き出す。
「奴等の行動は杜撰だ。さっきから、三十分に一回って感じの見回りだからな……」
見張りの動きを観察し、一人、一人の癖を確認する。
見張りの一人、大柄の男のベルトに鍵の束を確認した二人は真夜中に行動を開始する。
大男は決まって、キャトルフを嘲笑うように輸送馬車を覗き込み、酒瓶を手に笑いを浮かべている。
「惨めだな、お前みたいに、不器用な奴を沢山見てきたが、本当に愚かだな?」
大男は、上機嫌に笑いながら、その場を後にしようとする。
「……力がないから、僻むんだろ……どっちが惨めなんだか……此方が笑っちまうな」
キャトルフの言葉に、大男が怒りを露にする。
「テメェ!」
「仲間を呼べばいいさ、一人じゃ何も出来ない、大男なんて、滑稽だな……」
大男はキャトルフの輸送馬車の中に腕を伸ばし、掴み掛かろうとする。
その瞬間、伸ばされた腕を掴み、勢い良く、内側に大男が引っ張られると、鉄格子に大男の顔面が叩きつけられる。
大男が戻らない事を不審に思い、仲間の見張り役達が駆けつける。
大男が、輸送馬車の前で気絶している姿に驚き、慌てて剣を構える。
「何をしやがった!」
「おい、気を付けろ! 武器は見えないが、元副団長なんだ! 鍵は此処にあるんだ。いいからいくぞ」
大男を二人で担ぎ上げ、輸送馬車から離れていく。
その時、見張りの男達の耳に“ギィィ”と扉が開く音が聞こえてくる。
見張りが振り向いた瞬間、キャトルフの鋭い瞳と拳が突き刺さる。
「う、うわぁぁぁ!」
背後からの一撃は、一人の見張りの顎に命中し、気絶させた。
もう一人の見張りが慌てて駆け出すと、キャトルフの背後からの凄まじいスピードで風薙が駆け出し、そのまま、背中に飛び蹴りが炸裂する。
「ぐぁあぁぁ!」
見張り三人が気絶し、見張りが持っていた武器を手にする。
剣が二本、ナイフが二本、酒瓶、鍵の束があり、キャトルフは剣とナイフを一本ずつ装備し、残りは風薙が装備した。
「しかし、こんなに上手くいくなんて、驚いたな、見張り三人を倒せるなんてな」
そう呟き、キャトルフは風薙に視線を向ける。
「だろうな、まあ、最初に逃げ出しても良かったんだろうけどさ、直ぐに見つかるだろうし、何より武器が無いとな?」
風薙の提案で、見張りの大男を気絶させた後、鍵の束から、キャトルフと風薙の扉の鍵を抜き取り、元に戻す。
大男が意識を取り戻さぬように、キャトルフが首を両手で押さえた状態にし、見張りが近づくと同時に解放した。
見張りの男達が、大男を連れていくと同時にキャトルフが飛び出し、好戦的だった見張りを先に気絶させた。
更に冷静な見張りは仲間を呼びに逃げるだろうと、風薙は予想しており、キャトルフが攻撃を仕掛けたと同時に加速し、背後からの一撃を成功させた。
計画が上手く進み、武器を手にした二人は次の計画を実行する。
「風薙、逃げても構わないぞ? お前には関係無い話だからな」
「は? 関係大有りだから、奴等の顔面をボコボコのボコにして遣らないとだからさ」
風薙の言葉にキャトルフは、不安の表情を向ける。
「理解してると思うが、俺は今から、死ぬかも知れない。わざわざ巻き込まれるな」
「アンタ、優しいな? 心配するなよ。仲間の為に命張るんだからさ、オレってば、かなり律儀だからさ」
二人は真夜中の反撃を開始する。キャトルフは、見張りの配置を把握していた、団長ガルボア=デラムの元へと迷うことなく駆け出していく。
しかし、ガルボアの元へと向かう二人は違和感を感じずには要られなかった。
配備されていた筈の団員の姿は無く、団長用のテントまで、何一つ障害になるような物はなかった。
「おかしいんじゃないか……オレでも分かるぜ……これって、罠だな……」
「だろうな、だが、ガルボア団長が小細工をする意味がわからない、脱走を予想していたとして、ここまでするだろうか?」
キャトルフの言葉に風薙がある可能性を口にする。
「あくまで、仮説だけどさ、アンタの元ボスは“明日には引き渡しだ ”って言ってたよな? 普通に考えたら変だよな……明日堂々とアンタの身柄を誰かに引き渡すなんて、出来るのか?」
その言葉は、キャトルフの脳内に更なる可能性を与えると、迷う事なく走り出した。
「おい! キャトルフ……あーもう、説明してから走り出せよ! クソが!」
後を追いかけようとする風薙は一瞬、ガルボアのテントに目を向ける。
「チッ、待てって! キャトルフ!」
急ぎ後を追い、二人が合流すると走りながら、風薙は質問を口にする。
「どうしたんだよ! 何処に向かうんだよ!」
「団員用のテントだ! 今日の見張りは、俺の部下達だった、奴等が持ち場に居ないなんて有り得ないんだ!」
焦った表情を浮かべ、額から汗を流し、一心不乱に団員用テントに向かうキャトルフ。
「本気かよ! アンタが捕まったから、他の奴等に任されたんじゃないのか!」
「其れ丈じゃない! 依然も見張りが遊撃隊に変わった事があったが、その際も俺達の団員用のテントに襲撃があったんだ!」
「それって! まさか……」
「ああ、もし、今回も同様なら、俺の部下達が危ないんだよ!」
微かに焦げ臭い風が二人の会話を途切れさせる。
次第に熱風が二人の前方から吹き出し、目の前に真っ赤に燃え盛る炎の壁が立ちはだかる。
「おい、おい、マジかよ……キャトルフ……これって!」
「クッ、やられた……」
キャトルフと風薙の前には、争った痕跡と大量の大地に染み込んだ血液の跡が残されていた。
無惨に切り刻まれたテントが一ヶ所に集められ、荒々しく炎が蠢き、その中心に無造作に積まれた人だった者達を前にキャトルフは、目を見開き、無言のまま涙を流す。
次の瞬間、キャトルフ目掛けて、離れた森から無数の矢が放たれる。1本の矢が頬を掠めた瞬間、表情が一変する。
まるで獣のような鋭く荒々しい表情を浮かべると悩む事なく、弓矢が放たれた方角に目掛けて、足元に転がっていた槍を手に取り、力強く投げ放つ。
“フュンッ!”と、風を切り裂く音がなり、槍が止まった先で、敵となった元団員が絶命する。
「待ち伏せか……オマエ等ッ! 俺の部下に何しやがったァァッ!」
キャトルフの怒りが露になり、剣を握る手に力が入る。
離れた位置から弓を引く敵に対して、即座に反応する姿を前に風薙は身震いを覚えた。
夜目を有する獣のような俊敏さと動体視力で次々に離れた位置で弓を放つ敵に対して、槍とナイフを命中させていく。
誰もが予想だにしない、遠距離からの反撃に動揺が生まれる。
「狼狽えるなッ! 敵を前に動揺すれば、敗北を招く! 裏切り者、反逆者、逆賊、全ては我々の前に転がる石ころに過ぎん!」
聞き慣れた元上官の声に怒りが込み上げる。
「ガルボアッ! 出てこい、この卑怯者がァッ!」
その瞬間、キャトルフの顔面に目掛けて、凄まじい速度で槍が投げ返される。
ギリギリで回避すると、キャトルフは槍が飛んできた方向に剣先を向ける。
「見つけた……ガルボアッ! 堂々と戦え、臆病な卑怯者がッ!」
茂みを掻き分けるようにして、ガルボアが姿を現す。
「キサマ……この私に臆病だと、二度も卑怯者と罵りおって、死なぬ程度に手足を切り裂いて、私に逆らった自身の無力を呪え! アルベルム=キャトルフ!」
ガルボアの背後から次々に姿を現す、敵の姿に風薙は驚愕する、しかし、キャトルフは恐怖を微塵も感じさせぬ表情で剣を構えた。