王国の騎士団×歪んだ感情×決意の先に……3
【奴隷】と言う、予想だにしない言葉に驚きが露になる、それと同時にリアナ王国の法がキャトルフの脳内を駆け巡る。
リアナ王国ては、人身売買を禁止しており、奴隷制度は廃止されていた。即ち、少年が語る話は法に触れると言う事になる。
「リアナ王国に、奴隷制度は存在しない、何かの間違いだろ? 捕虜であるお前を脅す為の嘘だよ」
冷静にそう語るキャトルフ、少年はその言葉を聞き、危機感の無さに苦悩した。
「アンタさ、さっきから俺が捕虜だと、思ってるみたいだけど、俺は捕虜じゃねぇからな?」
「な、捕虜じゃないのか……話がややこしいな、詳しく話してくれないか」
「構わないぜ、だが、余り時間が無いんだよな……取り敢えず自己紹介からだ。風薙 颯彌、アンタは?」
「俺はアルベルム=キャトルフ……宜しく、風薙」
時間が無い……その言葉の意味をキャトルフはすぐに知ることとなる。
目覚めた瞬間から風薙の話は始まる。
風薙は目覚めると、キャトルフ達の世界に迷い混んでいた事実を口にし、自身の世界は別に存在していると語った。
本来ならば、信じられない事だろう、しかし、キャトルフは過去に“空から異界の者がやって来た”と言う話を耳にした事があった。
そして、リアナ王国には、異世界からの漂流者を保護の対象とする法律が実際に存在している。
しかし、風薙がキャトルフに語った真実は余りに酷いものだった。
虚ろな意識の中、人の気配を感じ、立ち上がる。
見知らぬ土地で目覚め、右も左もわからぬまま、孤独感を感じていたのだろう、悩むことなく声がする方向に駆け出していく。
しかし、それが大きな間違いだったのだろう、お互いの世界で常識がどれ程に違う物なのかを理解していなかった。
人の価値は、体に刻まれた魔法文字により変化する。
経歴や経験、正義感、罪悪感、鍛練、多くの思いと事実が文字となり体の一部に浮き出る。
魔法文字は身分証明となり、自身の強さを示す為のステータスであった。
逆を言えば、ステータスは自身の価値を他者に示す為の有効手段であり、それが無ければ、人間以下の存在として扱われる。
魔力文字は、魔法による攻撃が一定時間与えられ、限界を超えた際に消滅する。
魔力文字の消失……即ち、身分の消滅を意味している。そうなれば、貴族や王族であろうと例外無く人生を失う事になるのだ。
風薙が出会った者達は、人攫いのメンバーであり、抵抗をする間も無く拘束され、次に目覚めると輸送馬車の中だったと悔しそうに語った。
「おい、ちょっと待て、本当に異世界からの漂流者なら、リアナ王国に保護を申し入れれば、なんとかなるぞ?」
キャトルフの言葉に、微かな笑い声が返される。
「本当に何も知らないみたいだな? 俺を人攫いから買ったって奴が、この集団の中にいるんだぜ?」
「名前が分かれば、俺が他の団員に話をつける。わかるなら教えてくれ」
真剣な口調でそう語ると、諦めたような声で風薙が返答する。
「ガルボアって呼ばれてた……かなり偉いみたいで、アンタみたいに捕まるような兵士じゃ、なんも出来ねぇよ……それより本題だって、聞いてんのか!」
ガルボアの名を聞き、目を見開くキャトルフ。特別輸送護衛騎士団に“ガルボア”と言う名は一人しか存在しない。
そんな時、輸送馬車に向かって、複数の足音が近付いてくる。
キャトルフの振り向いた先には、月明かりに照らされた団長ガルボア=デラムの姿があった。
「やあ、アルベルム=キャトルフ元副団長……気分はどうかね?」
輸送馬車の目の前へと歩みを進め、何時もと変わらぬ、冷静な口調でガルボアが語り掛ける。
「は、気分は異常ありません」
「ふむ……そうか、それは良かったッ!」
突然の激痛がキャトルフの腹部を襲う、輸送馬車の床に膝をつくと、その膝目掛けて、ガルボアの剣が突き刺さる。
「うわぁぁぁッ!」
耐え難い激痛が膝と腹部から全身を駆け巡る。
「此れで話しやすくなった……アルベルム=キャトルフ……喜べ、貴様に買い手がついた。さて、始めるぞ!」
ガルボアの指示に、複数の団員が馬車に乗り込み、キャトルフを押さえつける。
服を破かれ背中が露にされる。そして、ガルボアの剣が魔石により、真っ赤に燃え上がる。
「よく、今まで尽くしてくれたな……実に素晴らしい働きだった、キャトルフ……本当に残念でならないぞ」
キャトルフの口に布が噛まされた瞬間、ガルボアの剣が背中を焼き斬っていく。
意識が無くなる程の激痛が全身を切り裂くと、回復魔法で傷が塞がれ、再度、剣で切り裂かれる。
薄れる意識が激痛により呼び起こされ、限界に達した瞬間、キャトルフの背中に書かれていた魔力文字に亀裂が入る。
ガルボアが下卑た笑みを浮かべ、キャトルフに囁いた。
「貴様は、魔力文字を失った……即ち、人では無い……人から物に変わったのだよ……意味はわかるな?」
人ではない存在……物となった事実を突きつけられる。
リアナ王国は、人身売買を禁止している、しかし、人権その物を失ったキャトルフはその対象外となったのだ。
絶望、悲しみ、怒り、そんな感情すら赦されぬ存在になった事実にキャトルフの心は凍り付いた。
ガルボアは「商品価値を下げるな、明日、引き渡しだからな」と口にすると、キャトルフに回復魔法を掛けるように命令を出し、その場を去っていった。
抵抗する力すら無いと判断されたキャトルフの輸送馬車の前には見張りすら居なかった。
見張り達は、少し放れた位置で、焚き火を囲みながら、酒を飲んでいる。
過去にも同様の行為が度々行われており、魔力文字を失った直後の者達は抵抗すら出来ない状態だと、見張り達は完全に安心しきっていたのだ。
キャトルフ一人ならば、全ては終わっていただろう、しかし、状況は違っていた。
絶望するキャトルフに向けて、声を掛ける存在がいた。
「おい、聞いてんのか? キャトルフ……俺の住んでた国には、奴隷とかいないから、このまま……奴隷になれば、後悔する。いいのかよ、悔しいだろうが、答えろよ……バカヤロウ……」
最後には力なく呟く風薙の声に、微かに返答が返される。
「いいわけ……ない……俺は……こんな終わり方を望んじゃいない……」
その瞬間、キャトルフの人生の歯車が逆回転を始めた。決められていた運命の歯車が微かに動きを鈍らせた。