王国の騎士団×歪んだ感情×決意の先に……1
貴族の奇襲から数日、キャトルフは悪夢を見続けるようになっていた。
悪夢は決まって、過去の争いを再現して始まる。
リアナ王国、特別輸送護衛騎士団にキャットルフは配属されていた。
食料、支援物資の運搬の際に盗賊や義賊といった、リアナ王国に害を為す存在の駆逐を目的としており、戦場に物資を届ける際の重要な王国騎士団の一つであった。
特別輸送護衛騎士団は、騎士団長を筆頭に、三人の副団長が率いる部隊から構成されている。
各隊には、違った役割りが存在する。
第一部隊、クラウス=ドルム副団長指揮の斥候部隊。敵の有無を確認し、安全確認を目的とし、敵に遭遇した際には、輸送隊の剣となり、盾となる存在。
第二部隊、シアノフ=ジェフリ副団長指揮の遊撃部隊。本来は護衛に参加するが、奇襲などの際には護衛を離れ、敵の殲滅を行う事を許可された攻撃特化の存在。
第三部隊、アルベルム=キャトルフの指揮する護衛部隊。本来の護衛の他に、避難経路の確保、積み荷と輸送隊の人数確認も含まれる全体把握を目的とした存在だ。
しかし、同等の立場にあった騎士団副団長、シアノフ=ジェフリとキャトルフは口論が絶えなかった。
食事の際に決まり文句のようにそれは始まる。
「おい、キャトルフ? また、俺達のお陰でタダ飯が食えるな、本当に護衛部隊の連中は羨ましいぜ、なあ?」
ジェフリの言葉に遊撃隊の面々が“クスクス”と笑い出す。
「…………」無言のまま、食事を続けるキャトルフ、その態度がジェフリの怒りに触れる。
「は、言い返せねぇなんて、指揮する奴が此だから、部下が死ぬんだろうな?」
キャトルフの食事の手が止まる。
「うちの隊は誰も死んでないぞ? それより、遊撃隊の被害が甚大なんだが? ジェフリ副団長、指揮に問題はないのか?」
護衛部隊と遊撃隊の面々が凍り付く。普段反論などしないキャトルフが反撃に転じたからだ。
「キャトルフッ! テメェも、護衛部隊の連中も、守られてる奴が調子にのるなよ!」
立ち上がり怒鳴り声をあげるジェフリに対して、キャトルフは嘲笑うように笑みを浮かべた。
「護衛部隊は、遊撃隊に守られているワケじゃない。各隊に持場があり、その任を果たすのが目的だ。勘違いはやめろ。ジェフリ副団長」
「……表に出ろ、広場だ。そんだけの口を叩いたんだ。キャトルフ、絶対に赦さねぇ、決闘を申込む!」
拒否する事も出来たが、キャトルフは決闘を受け入れた。
夜更けの広場、松明を手に団員達が円を作るようにして、取り囲む、中心に剣を構えた二人の副団長の姿があった。
睨み合う二人、決闘開始の合図は団員の一人が行う事となる。
緊張に包まれる最中、団員の指から天高くコインが弾かれ宙を舞う、地面にコインが落下すると同時に激しく剣をぶつけ合うキャトルフとジェフリ。
拮抗した力と力のぶつかり合い、激しい金属音と火花が弾け合う。煽るように声をあげていた団員達も、次第に沈黙していく。
団員達は、二人の激しい打ち合いに釘付けになり、静まり返る広場……その場に居た全ての団員が勝負の結末を見守っていた。
「ハアァァ──ァッ!」
「ヌワアリャァァ──ッ!」
“ガギンッ!”
片方の剣頭に亀裂が入る。
その瞬間、誰もがキャットルフの敗北を予感した。
既に巨大な剣に入った亀裂、それでも、止まぬ激しいぶつかり合い、亀裂から悲鳴が上がる。
「あははッ! ほら、ほら、ほらぁッ! 最初の勢いが失くなってるぞ? キャットルフゥゥヨオゥゥ──ッ!」
笑いを我慢できなくなったのだろう、勝利を確信したように笑い声と共に勢い良く剣を振り下ろすジェフリ。
“ダギンッ!”
鉄が砕ける音と共にキャットルフの大剣の亀裂が限界を告げる。
剣先が砕け折れ、鉈程度の長さになった剣だけがキャットルフの手に握られていた。
「くっ……」
最悪の状態となった決闘、勝敗は明らかに見えた、しかし、ジェフリは剣を収めようとはしなかった。
団員達も、決闘の意味は理解していた。普通ならば、命までは取らぬだろうと団員の誰もが考えていた……が、ジェフリは違っていた。滾る怒りと欲望は我慢を打ち砕き、目の前で風前の灯となったキャットルフを潰したいと言う殺意に支配されていた。
「終わりだ……噛みつく相手を間違えたな、キャットルフよッ! 去らばだ、ウリャアァァッ!」
大振りなジェフリの大検がキャットルフの頭上から振り下ろされる。
キャットルフは一瞬、悲しみの表情を浮かべる、その直後、酷しい覚悟の表情を浮かべた。
「ジェフリ、すまない……」と互いにのみ聞こえる声で呟くとキャットルフは、折れた大剣を確りと握りジェフリの手首に目掛けて押し上げた。
本来の大検では、間に合わなかったであろう位置からの予期せぬ反撃。
逃げる事を赦されぬ決闘、反撃の手など無いと判断していたジェフリの大剣は勢いを止める事は出来ず、鉈状になった砕けた大検に向かって手首を振り抜いた。
「ギャアァァ──ッ! 手が……くっ……キャットルフッ!」
ジェフリの片手は大剣を握り締めたままの状態で腕から離れ、斜めに地面へと突き刺さる。
広場に流れ出した真っ赤な液体、ジェフリの怒りに震えた叫び声、そして、砕けた大剣を手にジェフリへと問い掛けるキャットルフの姿に団員達は固唾を呑み込んだ。
「ジェフリ……敗けを認めてくれ、お前を殺したくない」