第五の関所×領主の所有物×優しい声……1
奴隷商人に対して、直ぐにでも、掴み掛かろうとするグリム。
そんな青年を背後からモディカが凄まじい蹴りを入れる。
「落ち着きな! たく、ガキじゃあるまいし、いちいち身長の事でキレてんじゃないよ!」
さっきまでの狂気じみた雰囲気が消え、キョトンとした顔を浮かべるグリム。
その隙に二人から、慌てて距離を取ろうと走り出す奴隷商人。
後ろを振り向き、二人が追ってこない事実に安堵の表情を浮かべた瞬間、奴隷商人の顔面に拳が打ち込まれる。
「ふがっ! 鼻が、私の鼻が……」
奴隷商人は目の前に立つ男を睨み付ける。
「なんなのよ……アンタ達? 何が目的なのよ!」
キャトルフは悩んだ、この時点で目の前の肉塊が奴隷商人である事実を知らないのだから、理由など存在していなかった。
「なんでだろうな? 取り敢えず逃げたからかな?」
理由にならない理由、キャトルフの言葉に混乱と恐怖を感じる奴隷商人。
その時、グリムが一言呟く。
「…………あ、団長。そいつ奴隷商人みたいっす。リストに似顔絵があるっす。“人買いのサリス”って賞金首っすね」
奴隷商人は驚いていた、自分が賞金首だと知らずに殴られた事実もそうだが、何より理由もなく、争いを始める神経に只ならぬ恐怖が再度、全身を駆け巡っていく。
「理由が出来たな?」
「そうっすね、それに……この先には小屋しかないっす。つまり、あの兄妹が狙いって事で間違いないと思うっす」
キャトルフとグリムの会話が終わろうとした瞬間、地面が激しい一撃により若干へこむ。
二人が振り向いた先には、奴隷商人の股の間に足を振り下ろしたであろう、“ブチッ”と言う嫌な音とワーリス=モディカの姿があり、奴隷商人サリスが泡を吐きながら気絶していた。二人の青ざめた表情を見つめ、微笑みながら美しい悪魔が口を開いた。
「何? こんな奴の物を1つや2つ、潰してもかまないでしょ、私は痛くも痒くもないもの。それより、兄妹の所有権を記した書類を探すわよ」
泡を吹いた奴隷商人の腰袋から、兄妹の書類を抜き取ると、気絶した奴隷商人を無理矢理、起こしモディカが直接話し合いを開始する。
奴隷商人は自身の睾丸が片方、潰されている事実に絶句した、それと同時にモディカが今にも残る片方を潰さんとする仕草に恐怖を感じて、身を震わせた。
「なんなのよ……アンタなんかに、私が、キィィ! 私は人買いのサリスなのよ! 私が本気になれば、アンタ達なんてね!」
逆上した奴隷商人が声をあらげる。
「ふ~ん、で? だからなに」
落ち着いた表情を浮かべたモディカは、不自然なまでに明るい笑みを浮かべると、心の奥に突き刺さるような冷たい眼差しで目の前にいるそれを直視した。
「私は……私以下の存在と会話する事が嫌いなの……黙ってうなずけない奴も、逆らう奴も嫌いなの……でも、一番嫌いなのは……私を自分より下に見てる奴なのよ!」
理不尽だ、単なる理不尽でしかない言葉に男性達は恐怖した。そして、始められた無限の暴力は見る者の心すらぶち砕いていく。
「ほらほら、言いなさいよ? アンタが本気になったらどうなるのかしら? ほら、ほら!」
容赦ない暴力は、奴隷商人の顔面を歪めさせた。
「ずびばぜんでじだ……ゆるじでぐださい……」
その瞬間に到達するまで、何度も口にされた謝罪、しかし赦される事は無かった。
「兄妹は私が引き取る、文句はないね?」
「はひ、もんらいありまふぇん」
モディカは正式な親権を暴力で自身の物にした。その事実をキャトルフとグリムは何も言わず眺めていた。
「相変わらずっすね、キャトルフ団長、良く、モディカ隊長を仲間にする気になったっすね?」
「まあ、色々あったからな、それよりも兄妹を一緒に連れてくなら、急がないとな、野宿なんてしたら、モディカとゲルダ婆に本気でキレられる……」
「それはマジにヤバイ案件っすよ、団長……」
人買いのサリスから、兄妹の親権を“譲り受けた”キャトルフ達は急ぎ、荷物を整理し、持ち運べない物に関しては放置する事となった。
兄妹が黒猫の団と行動を共にする事に皆は賛成し、その日の夕方【シスイ】の関所へと向かっていく。
第五の関所【シスイ】と第四の関所までの間には複数の町や村が存在する。その為、夕暮れに関所を出発しても次の村まで行けば野宿の心配などないのだ。




