団長の帰還×奇襲の宴×始まりの夜
すべては此処から紡ぎ出される……
「全員、魔力追尾ゴーグルを装備、誘導部隊に続け!」
先頭を掛けていた一騎の馬から男が声を張る。次第に先頭を誘導部隊と呼ばれていた集団が走り抜けていく。
視界ゼロの暗雲と霧が支配する闇の世界──バルメルム大陸。
その最果てを荒々しく馬に跨がった百人程の一団が走り抜けていく。
彼等は傭兵【黒猫の団】である。戦場を飯の種とし、雇い主を勝利に導く戦争屋であった。
貴族通しの小さな諍いがあり、雇われた彼等は、敵を駆逐し拠点への帰還を急いでいた。
剣術、武術、魔法、索敵、弓、と有りとあらゆる戦闘に対して勝利を手にする彼等は【戦場の戦鬼】と称される。
敵に情けを掛けず、対象の首を奪い取る荒々しい戦いで戦果を手にしていた。
恐れを知らず、勇猛果敢な戦いを高く評価されていた彼等は【黒猫の団】と呼ばれ、夜の闇に紛れた奇襲も平然と行う残忍性を持ち合わせた戦闘集団であった。
真っ赤な旗に満月と黒猫が描かれた可愛らしい旗を掲げるが、戦場でその旗印は死を意味する。
【黒猫の団】──団長 アルベルム=キャトルフ。
──魔導師でありながら、元リアナ王国の特別輸送護衛騎士団の副団長と言う異色の経歴の持ち主だ。
外見は、御世辞にも凛々しいとは言えない。
ボサボサの手入れなどした事ないのではないかと疑いたくなる短めの黒髪。
魔導師でありながら、体を鍛える事を忘れない変わり者として、団員からも認識されている。
二十代後半でありながら、十代にしか見られない容姿、戦闘になれば、0か100でしか物を考えぬ性格、いつも遠くを見つめるような淡い翠玉色の瞳、全てがキャトルフを実際の年齢より幼く写し出していた。
一団は霧を抜け、拠点である古城へと帰還する。
団員の一人が松明で合図を出すと古城内の留守番組が、深い堀に橋が掛けられる。
更に別の合図が送られ、内側の巨大な扉が開かれる。
黒猫の団の団員が次々に古城に入っていく最中、最後尾となり、周囲を見渡すキャットルフの姿があった。
そんな団長の姿を呆れ顔で古城の窓に座り、橋を見つめる一人の青年。
「相変わらずだな……団長ってば、不器用すぎじゃね?」
その言葉に軽く首を傾げる獣人の少女。
「う~ん、寧ろ優しさ、かな?」
団員が全員が古城内に引き上げた事実を確認すると橋が上げられる。
古城では、勝利と団員の帰還を喜ぶ宴がひらかれる。
中心部分で、出陣した団員を囲み留守番組の団員達が陽気に持ち帰った酒を飲み歌い出す。
キャトルフは、中心から少し離れた位置に腰掛け、飲み掛けのボトルの栓を抜き、グラスに酒を注ぐと静かにそれを口に運ぶ。
その横には、留守番組のリーダーを勤めた副団長、風薙 颯彌と、獣人の少女、アルガノ=カヤンの姿があった。
宴が終盤に差し掛かる頃、悪酔いした風薙がキャトルフに絡んでいく。
「なぁ、団長? いつも思うけどさ、あの日から、ずっと悲しげな瞳のままだぜ?」
「…………いや、そんな事は……相変わらず、酒癖が悪い奴だな、顔が近いぞ風薙」
困った表情を浮かべながらも、風薙の言葉に優しく頷いて見せる。
そんな、二人の様子を怪しげに見つめ、顔を火照らせるアルガノ。
「……その、マスター、男同士は……アブノーマル……だとボクは思う……」
「おい、カヤン! 何処でそんな言葉を、たく、そんなに飲んだら、はぁ……仕方ない奴等だなぁ」
酒に酔い潰れたアルガノに、上着を掛け、悪酔いした風薙に水を進めるキャトルフ。
「俺はまだ飲めるぞ。団長!」
「いいから騒ぐな、取り敢えず、カヤンも寝たしな」
水を一気に飲み干し、風薙はゆっくりと息を吐き出す。そして、過去の出来事を徐に語りだした。
「団長と初めてあった日を思い出すな、まあ、最初の出会いは最悪だったけどな」
「ちっ……相変わらず、酒に酔うといつも、その話を持ち出すな、いい加減、その癖はやめ……」
「やだね、だって団長と俺が“黒猫の団”を作るって決めた日のことなんだからよぉ……」
黒髪の青年はそう口にすると団長に笑みを浮かべ酒につぶれた。
団員の半数が酔い潰れ、キャトルフも酔いを覚まそうと、古城のテラスに移動する。
たった数歩の移動、が、その瞬間、一瞬にして、キャトルフの酔いが吹き飛び、古城の内部に掛け戻る。
「全員起きろッ! 城に向けて……な、此れは……やられたな……はぁ」
溜め息がキャトルフの口から吐き出される。
普段なら掛け声、1つで酒すら吹き飛ばす酒豪までが深い眠りについていた。
明らかに、報酬と共に渡された酒に何か仕込まれていた事実を前に呆れる他なかった。幸いだったのは、団員達は寝ているだけであり、息をしている事実だった。
「参ったなぁ、相手さんは俺らの事を確りと調べてるらしいな? はぁ……面倒くさい連中だな」
団員が口にしていた酒からは、微かに睡眠作用のある植物の香りが残されていた。
今回の仕事は貴族同士の諍いを終息させ、敵貴族の戦力を削りきると言う内容であった。
黒猫の団は、貴族の兵士に混じり、停戦を装い、酒樽を馬車に乗せ運び込む事から、開始された。
貴族同士の諍いはどちらかのプライドを捨てた謝罪があれば終息する。
その為、十数台の馬車が用意され、最初の馬車、五台には大量の酒樽が積まれ、次に和解金と金品が積まれた馬車が贈られる。
最初は怪しんでいた相手貴族も、罠がないと分かると、全てを自身の陣に受け取り始める。
和解成立と同時に、雇い主の貴族が宣戦布告の合図として敵貴族の旗に火矢を放つ。
それを合図に黒猫の団が敵貴族を内側から食い破る。
自陣と敵陣から突然の奇襲を受ける形となり、敵貴族側は為す術無く沈黙した。
黒猫の団は、敵貴族の戦力を削りきる事が目的であり、略奪と殺戮に関しては一切、関わらなかった。
数時間後には、敵貴族の領地に兵士が踏み込み、敵兵、領地、民、有りとあらゆる命と物が削り取られる事となる。
不快な光景と言う他ないだろう、しかし、それこそが世界なのだ。
雇い主の貴族は報酬と成功報酬の上乗せを行い、他言無用を約束させると大量の酒樽も黒猫の団に渡した。
貴族とは、プライドの塊であり、貴族同士の争いに傭兵を雇う行為を意味嫌う。
自身の領地の兵のみで力を示す事に美学を感じているからだ。
そして、今、古城の周囲には雇い主であった貴族とその兵士達、【黒猫の団】を討ち取る為に雇われた複数の傭兵達が作戦開始の合図を待つように古城を包囲している。
呆れた表情を再度浮かべ、古城の周りを見渡すキャトルフ。
「何人動ける?」
キャトルフの言葉にあくびを浮かべながら、風薙とアルガノが目を覚ます。
「何人も要らねぇだろ? 留守番組は酒を飲んでねぇからな、と、言っても……徹夜続きで寝ちまってるがな」
「いいよ……ボク、一人で十分だと思うし……マスターの宴を邪魔する奴なんて、擂り潰す……原形を留めない程グシャグシャに……」
アルガノの発言にキャトルフが軽く手を打ち鳴らす。
「そこまで、カヤン、遣り過ぎるな……それに、傭兵の頭と貴族様の首だけ取れば終わるだろうし、只、残念だ……一晩に二つの貴族がバルメルム大陸から消えるなんてな」
キャトルフ、風薙、アルガノ、酒を口にしていなかった団員が装備を確認する。
二千を越える敵戦力に対し、動ける者は百人に満たない黒猫の団、勝敗は明らかと思われた真夜中の戦いが開始される。
この戦いが黒猫の団にとっての分岐だったのやも知れない。
深い霧の中で、キャトルフは探知魔法で敵の位置を把握し、その情報を団員に伝える。
そこからは一方的な虐殺が繰り広げられる。
霧の中で真っ赤な血飛沫が上がり、艶かしい鉄の臭いが充満する。
古城の周囲を囲む鬱蒼とした森に叫び声が響き、敵は怯えながら剣をがむしゃらに振るう。
草木が微かに引き千切られる音が獣人達に居場所を教え、鳴りやむ頃には血飛沫が舞う。
「ど、どうなってやがる! 奴等は寝てるんじゃなかったのかよ!」
「ボス、落ち着いて下さい! それより、今は逃げましょう!」
敵傭兵の頭が怒りと只ならぬ状況に声をあげ、部下達は逃亡を口にする。
そんな時、“ガサガサ”と草むらが音を発てる。
緊張感が傭兵達を襲う最中、獣人の少女、アルガノが姿を現す。
「な、あはは……脅かしやがって! だが、いい手土産が出来たぜ、どうせ、逃亡したら、後払いの報酬はなくなるんだ。コイツを足しにするぞ!」
「「あいよ!」」
醜い笑みを浮かべた傭兵達がアルガノを囲むように詰め寄る。
十数人に囲まれると、アルガノは下を向き、震えていた。
その姿に傭兵達が下卑た表情で近づいていく。
一歩、また一歩、と距離が短くなるとアルガノは草むらに突っ込んだままの片手を振り上げる。
その手に握られていた巨大なバトルアックスに傭兵達の表情が凍り付く。
「擂り潰ッす!」
軽く振るわれたアルガノのバトルアックス、風が駆け抜けたと同時に傭兵達の胴体が無造作に落下する。
「ひ、ひぃ……許してくれ! 許してくれぇぇッ!」
傭兵の頭が声をあげる。
ゆっくりと近づくとアルガノは、仕方ないといった表情を浮かべる。
「ん~~やっぱり駄目。だって……ボクの大切なマスターの宴を邪魔したんだから……潰れちゃえよ」
一つ、また一つと傭兵団が悲鳴をあげる最中、元雇い主の貴族は馬車に乗り、逃亡を開始していた。
「くそ、くそ、くそッ! どいつもこいつも、無能が、金だけ無駄にさせやがって!」
傭兵と兵士達への罵倒を口にする。
次の瞬間、貴族の目の前を輝かしい閃光が通り抜ける。
馬車の前方が吹き飛び、後輪だけになった馬車が横転すると貴族が地面に投げ出される。
「がはっ、うわぁぁ、足が、足が!」
落下した際に叩きつけられた足があらぬ方向に曲がり、貴族は痛みに悶絶する。
その様子を冷たい目線で見つめるキャトルフは、退屈そうに声を掛ける。
「あのさ、貴族様が何しにきたんだ? 自殺したいなら、他に当たってくれよ」
礼儀などない、粗暴な態度に貴族が顔面を歪ませる。
「一度しか言わないぞ、生かしてやる、此れに懲りたら、馬鹿な事を考えるな、いいな?」
キャトルフの言葉にゆっくりと頷くと、貴族は壊れた馬車に凭れ掛かる。
背を向けた瞬間、貴族は懐から【炎の魔石】を取り出しキャトルフに向ける。
「くたばれッ! 糞がッ!」
炎の魔石が砕け、凄まじい炎の塊が放たれるとキャトルフの背中に被弾する。
「あはは……やったぞ、私が打ち取った! あはは!」
「誰を打ち取ったってんだ? 嗚呼?」
全身を燃やし尽くすほどの炎が突然消え去り、キャトルフの背中が露になる。
「な、その傷は……お前、あはは……まさかあの黒猫の団長が……下の下だな、どちらにしても、貴族にキサマのような下賎の存在が手をあげたんだ、覚悟しろよ!」
態度を一変させ、キャトルフを脅すように強い口調でそう言い放つ貴族。
魔石の炎で、自身の位置を示し、兵士達が集まれば勝てると考えての行動であった。
しかし、キャトルフは冷静に口を開いた。
「忘れたのか糞貴族……許すのは一度だ……」
その場に転がっていた、護衛の剣を手に取り、躊躇すること無く貴族の頭上から剣を振り抜く。
「ま、待て、待て! ギャアァァ……」
醜い断末魔が霧に混ざり何も無かったかのように静かに消えていく。
剣をその場に突き立てる、それと同時に風薙とアルガノがキャトルフの元に到着する。
「マスター……大丈夫……」
心配そうなアルガノに優しく微笑むキャトルフ。
「いいから、先ず、何か羽織れ団長。見せたくない過去は確りと隠しとかないとだろ?」
風薙の言葉に頷くキャトルフ。背中を隠すようにと渡された上着を身に付ける。
背中には、王国騎士団のタトゥーが刻まれており、その上からバツ印が剣により刻まれた跡が確りと残されていた。
「取り敢えず、帰ろうぜ団長、敵さん、全滅しちゃったみたいだし? まぁ、逃げた連中も含めてだけどさ」
「そうだな……死体は朝になれば、獣達が片付けてくれるだろうしな」
「それより、マスターの手当てが先、死体は、あとでボクが全部潰しとくから、早く早く!」
一晩で、二つの貴族と四つの傭兵団がバルメルム大陸のリアナ王国から姿を消した。
この夜、起きた惨劇は後の争いの火種となる。
運命の歯車は静かに動き出していく。