前世の想い人は今世で先輩で同性で。
焼け落ちる調度品、歴史的価値のある骨董品…。全て、炎の海に溺れていく。
守ることができなかった、この城を、王を、全てを…。
自責の念駆られながらも、自分の傍にいる愛しき人に声を掛ける。
「姫様…お逃げ下さい。」
「この火の中、何処へ行くと言うのですか。もし逃げるとしても、貴方と共に出ないのなら嫌ですわ」
「今は、冗談を言っている場合ではっ…」
もう助からないであろう傷を負い、歩く事もままならない自分を置いて逃げろと姫に言った瞬間、自分の頬に温かな雫がはらりと落ちるのを感じた。
「冗談だと…思うのですか?」
悲しそうに微笑む姫様の顔に、場違いながらも自分は美しいと思ってしまった。
「身分が違うのだと、自分にずっと言い聞かせていました。…けれど、その身分も今やこの炎の中……騎士様、」
唇に落とされた柔らかな感触に、目を見開く。それは慕っていた…恋慕の情を抱いていた姫様の唇だと分かった瞬間に、身を焦がすような嬉しさと共に歯痒さが込み上げた。
「姫様、何故…」
「ずっとお慕いしておりました、騎士様。……ふふ、今言われても、困らせるだけと分かっていながらも口にしてしまった私をどうかお許し下さい」
今の自分では、彼女の涙を拭う事も抱きしめる事もできない。何て役に立たない騎士なのだろうか。
「もし、次の世でお会いすることが叶うのならば…その時は貴女をきつく抱き締めても宜しいですか…?」
「えぇ、抱き締めて絶対に離さないで下さいませ。」
「姫様」
「はい」
「私も…ずっとお慕い申してました」
炎の中、もうすぐ死が訪れると言うのに二人の表情は何とも穏やかだった。
決して少なくはない出血により薄れゆく意識の中、騎士はこう願った。
もし次があるのならば、平和な世に姫と共に生まれ落ち、二人で行きたいと…。
* * * * * * * * * *
中央高校
何処にでもある普通の私立校に、俺は通っていた。
俺の名前は内藤公、成績は万年平均以下のごくごく普通な一般生徒。得意なのと言えば中学からやっている剣道くらいだ。
そんな俺には悩みがあった。大きな、悩みが。
それは………
「ナイト!」
その声に、俺はまたかと溜め息を吐く。
「ほら内藤、姫様がお呼びだぞ!」
「姫じゃなくて姫野だろ!?」
「騎士がそんな口聞いていいのかよ〜?」
ああ言えばこう言うクラスメイトに頭を悩ませながら、教室の扉で笑顔で俺を待つ姫様こと一年上の先輩である姫野蓮の元へ向かう。
「…何スカ」
「お弁当を作って来たので、渡しに来ました」
そう言い手渡される綺麗な柄が入った弁当袋を、俺はどうもとなんて言って受け取る。
ここでいらないです、とはっきり言って仕舞えばいいのだが…。
俺には、前世の記憶というものがある。前世で、俺は騎士でそして目の前にいる姫野は俺がずっと慕っていたあの姫様なのだ。しかし、そんな事は今の俺の大きな問題ではない。問題なのは…
「それじゃ、私は失礼しますね」
「姫野先輩、可愛いよなー…男だけど。」
「毎日姫野先輩の激ウマ手作り弁当とか羨ましいぜー…男だけど。」
「なぁなぁ、内藤。ぶっちゃけ姫野先輩となら付き合えるとか思って…」
「俺はホモじゃねぇぇぇぇぇ!!!!」
そう、前世の想い人である姫様は、今世の先輩でそして男なのだ。
初めは男ということが信じられなかった、何故なら姫野は前世が姫だからなのか顔が滅茶苦茶可愛い。ファンクラブができるほどに可愛い。
そして何より今世でも金持ちの家庭…つまりおぼっちゃまとして生きている。
なんて事だ、そんなのフェアじゃないと何度か姫野を羨んだ事もあったが…もうそれは過去の事だ。
「俺まじで姫野先輩なら抱けるわー」
「分かる。そこらの女より可愛いしなぁ…」
「でも先輩結構手慣れてそ…」
こそこそと下世話なことをいうクラスメイトに、俺は一瞬のうちに竹刀を向け口を開く。
「貴様…今何と言った……?」
「ちょ…じょ、冗談だって内藤!!」
「え…あぁぁぁ、俺またやらかしたぁ!!」
頭を抱え、その場に膝から崩れ落ちる。
姫野に出会ってから、前世と今世の記憶の混濁が酷く、偶に前世の様な行動を取ってしまうことが最大の悩みだ。
そしてそれを知らないクラスメイトは皆、口々に「内藤は姫野絡みになると人が変わる」と言われる始末だ。
「くっ……絶対に離れてやる……!」
「なら内藤ー、俺が先輩の弁当食べても…」
「それは無理」
「何なんだよお前!」
頑張れ内藤、君の未来は明るい!
実は姫様先輩は腹黒とか、内藤君は一年にして剣道部のエースとか色々細かい設定あるけれど、長編で書ける自信が今のところないので短編で…。もし要望があれば書きたいとは思いますが…はい。