信頼
「後悔してからじゃ遅い。そう言ったお前の言葉が今の俺を苦しめてるよ」
汗なのか涙なのかわからないものが顔を伝う。
いや、これは血か。右目はもう見えない。当然の報いを俺は受けたのだ。
「後戻りはできない。そして俺の憎しみも消えることはない」
目の前で瀕死の親友を背に歩みを進める。するとふと走馬灯のように三人で遊んだ風景が思い浮かばれた。
懐かしいあの頃を胸に、そして決別の旗を掲げ、疲れきった足を引きずりながら、光のない道へとその足を向けた。
シルベーヌ修剣学院。マゼル王国内の一地方、辺境に価する場所にあるシルベーヌという名の田舎町。マゼル王国の首都が大きくなり、盛んに他国との交易が行われるようになる前は、とても活気のある町であった。しかし、道の整備や交易路の確保が首都近辺で行われると、皆そちらに上京し、仕事を求めるようになった。今では当時の面影は少なく、唯一修剣学院だけが人の賑わいを見せる場所となっていた。シルベーヌ修剣学院は、将来シルベーヌの騎士となる者が必ず通るという、由緒正しき剣士となるための学院である。今となっては他方の学院に人を取られてしまって少し廃れてきてしまっているが、昔はここからドラゴンの討伐騎士や王国直属の騎士を出したほどであったという。しかし、今でも実力は折り紙付きで、シルベーヌの名を知らぬ者はどこにもいない……。
「クレイ!腰が入ってない!しっかり姿勢を保て!ジル!前に出すぎだ!もっと距離を保て!」
実剣での総合訓練。始めてから数ヶ月は経つが、まだ剣の重みに慣れることができない。
「はぁはぁ、どうしても腰が引けちゃうな……」
「そんなんで、ホントに俺と一緒に上がってこられるのか?」
「お前だって攻めすぎって言われてんだろ!」
「男はがつんと行かねぇとダメなんだよ」
「おいこら、二人とも、駄弁ってる時間なんてあるのか?」
「「すみません……」」
僕は剣を上段に構える。狙うは眉間。しかし、簡単に決められるほどジルは弱くない。
まずジルが駆けてきた。かなり姿勢が低い。右から斜めに切り上げてからの連撃に入ろうとしているのかもしれない。
目前まで迫ってきた瞬間、右手で順手に持っていた剣を左手で逆手に持ち替え脛を切りつけようとした。だが、僕の目は見逃さなかった。右手で小型のナイフを投げつけようとしていることを。
脛を狙った一撃は跳んで避け、剣を横に向けて幅のある方でナイフを防ぐ。カンッと高い音が鳴った。足を下ろすと同時にそのまま剣を下ろし、打撃しようとするが、ジルは身体の動きに合わせて左に身体をなげうち避けた。
「よく読めたな今の」
「動きにムラがあるんじゃないの?」
「言ってくれる!」
再び剣を右手へと持ち替え順手にして、大きく横凪ぎをしてくる。僕は両手持ちに替えて攻撃を受けきる。甲高い金属音が心地よく鳴り響く。当たった跳ね返りを利用してジルの首筋を狙い横に凪ぐ。ジルもその反動を利用して間合いを取った。
今度はこちらが攻めに転じる場面。右足を一歩前に出し、強く踏み込み間合いを一気に詰める。そして間髪いれずに左膝蹴りを行う。
「ごふっ!」
鳩尾に入ったか。左足を下ろし、ジルの右腕を押さえつけ、掲げた剣で切り伏せようとしたとき、訓練の終了を伝える笛が鼓膜を震わせ、僕はその場を飛び退いた。
「終了だ!ご苦労だったな。しばらく休んでいいぞ」
女教官の指示に従い、剣を鞘に納め、その場に仰向けに倒れ込む。
「ジル、強くなったなぁ。入った頃のお前とは比べ物にならない」
「よく言うぜ。常に俺がナイフをどこに隠し持ってるか分かってるのはお前ぐらいだぞ……。一回も場所は教えてないし、訓練前にだって伝えてねぇのに」
「男の勘ってやつだよ」
「そんなんで理由になるかよ。最後だって俺が膝蹴りを受けたように見せた演技だって分かってたろ」
「さぁねぇ。右腕が怪しい動きしてたような気はしたかな」
「観察眼が素晴らしすぎるっての」
例えそうだったとしても、ジルの切り替えの早さは随一だ。戦況が負けに寄っていたとしても、機転を利かせてすぐに好転させる。そのために今は技術を磨いていると言っていたが、暗器なんていつ覚えたのやら。
「おつかれー。さすがだな二人とも。やっぱ主席と次席は格が違うね」
「キースだって訓練じゃ負けなしだろ?」
「訓練って言ってもまだ木刀レベルだぞ。お前らみたいに実剣であんな動きはまだできねぇよ」
「望みを叶えるためにもこんなところで立ち止まるわけにはいかないからね。なぁジル?」
「ん、あぁ、そうだな……」
なぜか口を濁すように言うジル。僕らの望みは同じはず。でも、訓練が終わってからのジルはただ一点を見つめるようにまっすぐ前を見続けていた。
キースとジルと共に着替えに戻ろうと部屋に戻ろうとしたとき、向かいから来る生徒と肩がぶつかった。
「次席さんよ、周りにもっと気をつけろよな」
その生徒はそれだけ言ってその場をあとにしたが、角を曲がる直前に「アネミス人の分際で……」という声を耳にした。
「あの野郎……」
駆けていこうとするジルを引き止める。
「やめとけ。ことを大きくしても意味はない。それに後悔するだけだぞ」
「だけどな!」
「後悔してからじゃ遅いんだよ。僕とジルが一番よくわかってるだろ……」
「なんかごめんな、クレイ、ジル……」
「いや、キースは悪くない。ありがとうキース」
「くそっ」
ジルはまだ苛立ちが止まらなかったようだが、抑えてくれた。
こんなことは正直、日常茶飯事だった。僕たちはアネミスという今はない国の人たちの血を継いでいる。黄色の目を持った人種はアネミス、濃い緑色の目をしたのがマゼル。マゼル王国内であるだけあって、周りの人たちはマゼル人が多い。僕たちはその中でも珍しいアネミスでありながら、主席と次席を貰っている。疎まれて当然ではあった。
「すまん、今日は用事があるから先に戻っててくれ」
「あれ、そうなの?」
「まぁあれだ。今日の復習を教官としようと思ってな」
「あぁ、暗器使いの教官のとこか。わかった。いってらっしゃい」
「またな」
ジルはそう言って足早に向かっていった。なんだか今日のジルはいつも以上に殺気立ってる気がするのは気のせいだろうか……。
辺りもすっかり暗くなり、虫の音がそろそろ聞こえてくるぐらいになってきた。食堂での食事の時間。毎日の一番の楽しみはこれかもしれない。ここのご飯はとてもおいしく、バランスのいい食事ができるため、身体はすこぶる調子がいい。食堂のおばちゃんありがとう……。
今食堂は人でごった返した状態で、明日も訓練があるのに酒をがぶがぶ飲んでいる知り合いや愚痴を言い合う教官たちの姿が目に入った。
僕は席を適当に確保し、今日の料理を配っている先に行って、その皿をお盆に乗せていく。席に戻ってきたときには僕のお腹は我慢できないというように音を鳴らした。
「今日は肉のシチューか。いただきます……うん、おいしい。今日もおいしいよおばちゃん!」
「ありがとね!毎日感謝してくれるのはクレイだけだよ!いくらでもおかわりしてもいいからね!」
「ありがとう!」
そうして黙々と食べていると、前にジルが座った。
「あれ、ジル、料理取ってこないの?」
「それならもう食べた。それより、少し話がある」
「早いなぁジル。でも話がある?なんかあったの?」
「まぁ話というか質問なんだが、お前は両親とアリアを殺したマゼル人を許せないと今でも思ってるよな」
「何を今さら。そいつに復讐するために僕たちはシルベーヌ修剣学院に来たんでしょ?」
そんなこと改めて訊かれなくても思いは変わらない。親と幼なじみを僕たちの目の前で殺したあいつを許すことなんてできるわけがない。あれからもう三年は経つが、その思いはより強くなっているほどだ。
「そうか。それならいいんだ。食事の邪魔したな」
「どうしたんだジル……。変なやつだな」
僕は疑問に思いながらも、大して重く捉えずに、明日のための栄養補給をしっかり行った。
二人一部屋の寮まで歩く。食後の散歩をしていたのだが、夜風が気持ちよく肌を撫でる。
「おー、クレイじゃないか。今日の訓練素晴らしい動きだったぞ」
寮に続く廊下で今日の訓練を指導してくれた鬼の女教官ことサラ教官が挨拶してくれる。
「サラ教官お疲れ様です。訓練では教官のご指導があったからこそできました動きです」
「相変わらず人を立てるのがうまいな。だが、あれはお前の才能の一つでもあるさ。私の指示をそのまま再現できるやつなんかそういない。より精進すればお前はきっと私なんかよりももっと強くなれる。期待してるぞ」
「ありがとうございます。その言葉を胸に努力します」
「うむ。また明日にでも実剣での修行に付き合ってやる。またな」
サラ教官は後ろ手にひらひらと手を振ったが、ふと振り替えって。
「そうだ。今日はこれからちょっと出かけるから、学院をよろしくな」
そう言って再び食堂の方へと歩いていった。
実は最近教官に少しの間だけマンツーマンでの修行に付き合ってもらっていた。どうしても早く強くならねばならなかった。復讐を果たすために力が欲しかった。だから僕はこの学院で最も実戦経験のあるサラ教官に実戦のための戦い方を教えてほしいと必死に懇願した。了解をもらうまでにかなり時間がかかってしまったが、今では週に二、三回教えてもらうことになっている。その間に、サラ教官は誰よりも皆のことを心配してくれているとても優しい教官であることを知った。
「教官には感謝しかないな……。明日も早いし、今日は早めに寝てしまうか」
そういえば出かけるって言ってたけど、サラ教官の出かけるは不穏な何かが起こり始めてる証拠だから不安だな……。警戒しとけってことなんだろう。
自分の部屋の番号の前まで行き、扉を開ける。ジルは既に寝入っているようであった。ジルもジルで修行してるとか言ってたし、僕と同じで早いのだろう。
今日の訓練でも使用した剣を枕元に置き、布団に潜り込む。すると想像以上に疲れていたのか、瞼がすぐに重たくなり、僕はゆっくり目を閉じた。
「はぁはぁはぁ、ん、く、はぁはぁ!」
僕は走っていた。息が切れ、足はがくがく、心臓ははち切れんばかりに鼓動していた。
僕はなぜ走っているのか。わからない。だが、頭の中では急げ急げという思考で埋め尽くされている。急がなくては大変なことが起こる。大変なこととは何だ、何なのだ。
無我夢中に走り続けていると、先に何か見覚えがある建物が見えてきた。あれは……。
そうだ。僕の家だ。でも今はもうないはずなのに。なんで家があるんだ。
『きゃあぁぁぁぁ!!』
女の子の叫び声が聞こえた。忘れられないあの子の声にとても似ている。いや、そのものではないか。間違えるはずもない。この声は。
「アリア!!今行くから!!」
僕はなりふり構わず扉を開けた。隣にはいつの間にかジルがいたが、見た目がとても幼かった。
「アリア!!」
そこには両親の血溜まりの中に沈む幼なじみのアリアの姿があった。側には返り血で赤く赤く染まったフードをかぶった男がいた。精細に覚えている。頬に大きな傷を付けた男。そいつは黄色い目の色を持った僕たちアネミス人とは違い、濃い緑色の瞳をしたマゼル人に違いなかった。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
憎しみだけが脳裏を支配する。目の前の男を殺す。殺して殺して殺し尽くす。殺す。ただ殺す。僕は意識を憎しみに任せ、駆け出した……。
「うぁぁぁぁ!!」
がばっと布団を蹴飛ばし、僕は飛び起きた。
息が荒くなっている。汗がじっとり身体に付き、気持ち悪かった。
「夢か……。久しぶりにこの夢見た気がする……」
頭が痛い。気分も悪い。一つの映像のように脳内に焼き付く光景。不快でしかなかった。
「水でも飲もうか……」
立ち上がり、食堂に向かうために扉を開けようとした。だが、何か違和感を感じた。おもむろに時計を見る。日付が変わってからかなり時間は経とうとしている。しかし、普段なら静かなはずの学院が騒がしい気がする。嫌な予感がして、枕元の剣を手に取り、扉を開けた。
「う、うそだろ。おいおい冗談きついぞ……」
寮の廊下に学院の生徒が一人腹部から大量に血を流して倒れていた。
「おい、大丈夫か!おい!」
彼は既に事切れていた。嫌な予感が全身を駆け巡る。
僕は他の生徒のいる寮の部屋をノックもせず次々と開けていった。ほとんどというか皆布団をかぶって寝ているように見えた。だが、明らかに異常に赤く染まった布団ばかりが目に写った。
この学院には生徒と教官含めて二百人ほどはいるはずである。この状況を誰も確認しに来ていないのか。警備をしている者もいる。修剣学院に対してあまりいい感情を持っていない者もいるからこその警備体制だ。誰も気づいていないなんておかしい。
「ど、どうなってる……。そ、そうだ。ジル、ジル!」
自室を開けたが、ジルはいなかった。一瞬安堵したが、自分のように水を飲みに行った先で殺されてしまっている可能性は否定できない。
「行くしかない」
部屋に戻り、訓練時にも着用した鎖帷子を着込み、実戦用の籠手などを取り付ける。そして、訓練用の刃が丸い剣を置いてベッドの下に隠していた鋼鉄の剣を手に取る。
僕は周囲を警戒しながら慎重に進む。とりあえず食堂の方に向かってみるか。
騒がしいように感じたのは気のせいだったか。やけに静かだ。
普段なら何も思わないだろうが、この状況では何も思わないわけがなかった。
背中を壁につけ、振り向きながら食堂を除き込む。そこには酔いつぶれたように倒れているキースがいた。
「き、キース……」
妙に明るい月の光が雲の隙間から流れ込み、食堂の窓から入り込む。
そこには安らかな顔つきで眠るキースや食堂のおばちゃんたちがいることが確認された。もう手遅れであった。
「くそがっ……!」
また僕は間に合わなかったのか。ここの人たちはおそらく暗殺されてしまった。争った形跡はない。考えてみれば寮の皆もそんな感じであった。寝込みを襲われたのだろう。一人だけ気づいたのかどうかはわからないが、その人だけ少し廊下まできて抵抗し、格闘したのかもしれない。
もしかしたら生き残りは僕だけになっているかもしれない。いっそのこと寮で殺してくれていたらこんな気分にはならなかった。そう思ったが、何がなんでも復讐すると決めてここまで来たのに、また共に切磋琢磨に強くなることを誓い合った仲間たちに申し訳なく、情けないと感じた。顔をバシバシはたき、気合いを入れる。後悔してからじゃ遅い。今できることをしていこう。助けられる人を助け、討ち取れるなら暗殺者を獲る。
ゆっくりと壁づたいに廊下を進む。月明かりのおかげで辺りはとても見やすいが、それは向こうも同じ。どこの部屋を見ても状況は似たり寄ったり。生存者は確認できない。一撃で仕留められている。剣士は背後を取られるとあまりに無力だ。
中庭までやって来た。中庭で教官が数名倒れていた。先の騒々しく感じたものはここでやりあっていたからかもしれない。ここでの音は学院全体に届くほどだからだ。
「あ、あれは……。誰かいる」
中庭の真ん中の方月を眺めるように佇む人がいた。ようやく倒れ込んでいない人を見つけた。近寄ろうとするが、不穏な空気を感じる。なんでそんなところに突っ立って無傷な様子なんだ。
「ここまで来るのに時間がかかったな、クレイ。待ちくたびれたぞ」
「ジル……なのか」
腰に剣を下げ、鎖帷子を着込んだ男が振り向く。その顔を見間違えるわけがなかった。
「なぁクレイ、昨日食堂で聞いたよな。マゼル人を許せないかどうかって」
「あぁ、そうだな」
「それを聞いて俺は安心したよ。勝手に動いて申し訳なかったが、主力の剣士どもがいないタイミングは今日しかなくてな。動かざるを得なかった」
「お前がこれ全部やったのか」
「そうだ。まぁかなりレイ教官に助けてもらったがな。お前がサラに教えを乞うてる間、俺は暗器使いのレイ教官に教えてもらっていた。正攻法だけでは勝てないと思ったからな」
「その結果がこれと」
「ここのやつらは正々堂々でないと力を発揮できない。無様なもんだったぜ」
「なぜ……殺す必要がある」
「そんなもん聞かれるまでもない。マゼル人は全員復讐の対象だからだろうが」
「そういうことか。確かにあの男はマゼル人だった。だが、ここの人たちはあいつと関係ないだろうが」
「おいおいどうしたよ」
「まさかお前がそこまでイカれたやつだとは思わなかった。関係ない人を無差別に殺す殺人鬼だったとはな」
僕は静かに持っていた剣から鞘を外した。
「はは、イカれたやつか。そうか。そうか……。なら俺にとってはお前もイカれたやつだよ。普段からアネミス人と揶揄され、あんな目に合ってもなおやつらの肩を持てるお前のくそったれな偽善がな!」
ジルも勢いよく剣を抜く。そして間断なく、音もなく、間合いを詰めてきた。
だがこちらも懐に潜り込むつもりであった。臆せず両足を強く踏み込み、剣と剣とがせめぎ合った。
ギイィィィン!!
火花が目の前に弾け飛ぶ。刹那に写ったジルの顔は復讐すると決めたあのマゼル人の男に似ている気がした。
「お前は必ず僕が終わらせる。このままではただ復讐の連鎖が続くだけだろうが!!」
「お前は何も解っちゃいない!!復讐は終わらせるものじゃない、果たすものだ!!」
一旦間合いを取り、間髪いれずに踏み込もうとした時、月明かりに煌めく何かを捉えた。右に跳んでそれを避ける。それはチャクラムと呼ばれる飛び道具だった。
近付かせないつもりなのだろう。あらゆる飛び道具を次々と投げてくる。剣しか持ち合わせていない僕ではこの流れを断ち切るのは難しい。月が雲に隠れ始めると一瞬攻撃が止んだ。
かさっと足下で音が鳴った。まずい!
右肩に鋭い痛みが走った。あまりに早すぎて反応できなかった。
「ぐあぁぁぁ!」
剣が深々と抉るように刺さっていた。地面に押し倒される。
「悪いがここで消えてもらうぞ親友」
振り下ろされるダガー。このままでは死ぬ。当たり前だ。だが、ここでくたばるわけにはいかない……!
左手に握りしめていた投げナイフでジルの右目を縦に切った。
咄嗟に飛び退くジル。それと同時に右肩の剣も引き抜かれる。
「俺のナイフ……。いつの間に」
「さすが暗器だ。暗闇では全く視認できないな……」
満身創痍。自分に至っては右腕が使えなくなってしまっている。万事休すかな。
足下に転がる自分の剣を拾い左手で構える。利き手ではない。うまく振れる自信はない。
「もう終わらせよう。お互いこのままじゃじり貧だ」
「よく言うぜ。両手の使える俺の方が有利だろ」
武器を構える。結局最後は剣で決めることになるのだ。僕たちは剣士。剣を扱う戦士だ。
お互い同タイミングで駆け出す。僕は右から左に横凪ぎを行う。ジルは反対に左から右に横に凪ぐ。ぶつかり合うかと思ったが、それらはすれ違い、互いの腹部へと向かっていった。
手応えは少なかった。だが、こちらの方は……。
「いく、な……ジル」
全身から力が抜け、前に倒れ込む。乾いた音を鳴らして剣が手から滑り落ちる。僕の意識はそこで途絶えようとする最中、ジルが何事か話しているような気がした。ジルごめん。お前を止められなかった。学院の皆、そしてサラ教官すみません。僕では力不足だった。
「アリ……ア……」
意識が消える直前、目から一筋の涙が流れたのを感じ、僕はそこで全てを失った。
読んでくださった方はありがとうございました。この作品はバトルが書きたくて書いた作品になります。しかし、雰囲気は私の過去作の「救済」に似ているかもしれません。ハッピーエンドとはどこにいったのか…。でも、私らしい作品ができたと思うので、お楽しみ頂けていたら幸いです。