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推名杏子の憂鬱

短めなので、連続投稿。



「お前ら…いったい二人揃って何してたんだ?」


「「すみません…」」


「守谷はともかく天上院まで一緒なんて…お前が天上院をそそのかしたんじゃないだろうな」


「ちょ、先生!その言い方はヒドくないっすか!」



モーリーの大げさなリアクションで、教室が笑いに包まれる。


あの後――天上院がモーリーを引っ張っていった後――二人が帰ってきたのは朝のHRが始まってからすぐのことだった。


二人は息を切らしながら教室に駆け込んできたが、残念ながら既に担任の先生は教室に到着しており。


後はあの通り、二人揃って先生からお叱りを受けている、ということだ。


幸い、というべきか。いつも真面目な天上院も一緒だったということで、先生からの小言は少なくすんでいた。


あたしは――椎名杏子は、頭を掻きながら席に戻ってきたモーリーの方へと振り向き、小声で話しかける。



「ねぇ、モーリー。随分と見せつけてくれたじゃないの」


「きょ、杏子…いや、違うんだ、聞いてくれよ」


「先生にしてた言い訳なら、ちゃんと聞いてたわよ。学生証を落として、それを拾ってくれたんですってね。で、教室で渡すのが恥ずかしいから思わず連れていったと…随分と苦しい言い訳じゃない」


「いや、言い訳じゃないんだって!本当のことなんだよ!昨日学校で学生証を落としてたみたいなんだけど、偶然天上院さんが拾っててくれてたんだって!」


「…ふーん、そうなのね」



モーリーはしどろもどろになりながらも、一応ありえそうな言い訳をしていた。


先生も教室の皆もそれで納得していたみたいだけど、あたしは二人の言をまったく信用していなかった。


もちろん、根拠がある。


昨日、あたしとジュン、ハル、モーリーの四人でカラオケに行ったとき、彼はしっかりと自分の学生証を店員に提示していたのだ。


昨日の放課後に、だ。


もしかしたらハルは気づいていないかもしれないけれど、少なくともあたしにはモーリーが嘘をついていることだけは分かった。なんでなのか、まではわからないけど。


二人の間にいったい何があったのだろう。


…いや、何があったとしても、だ。


ちらりとハルの席に目を向けると、ハルは恨めしそうな目線をモーリーに向けていた。ちなみにモーリー本人はまったく気づいている様子はない。


――はぁ。


ハルを応援しているあたしとしては、モーリーと天上院の間に何があったのかは知らないけれど、あまりハルを落ち込ませるようなことはして欲しくなかったわね。



「どうしたんだよ杏子、ため息なんかついて」



…当の本人はハルの気持ちどころか、現在進行形で嫉妬されていることにすら気づいてないようだけど。



「何でもないわよ、この金髪エセ陽キャ」


「は?な、え、ええエセちゃうわい!」



…エセ関西弁使ってる時点で()()()()、できていないのよね。






「よぉよぉモーリーさんよぉ。今朝はあっつあつだったじゃないの」


「眩しっ!おい、やめてくれよ純。ちゃんと俺の説明聞いてただろ?」


「あぁ、天上院を空き教室に連れ込んだって話か?」


「ち、ちっがうわ!何も聞いてなかっただろこのハゲ!」



休み時間に入ると、さっそくジュンがモーリーを弄りに来た。


ジュンは人を弄るのが大好きな意地糞が悪い性格をしている上、そういうときに限って頭頂部に蛍光灯や太陽の光を反射させてくるので眩しくて余計イライラするという、ウザさの二乗値を弾き出している男だ。


そんな彼がモーリーのスキャンダル(笑)だなんて美味しいネタを逃すはずがなく、存分に弄り倒していた。


そして、もう一人。



「もーりーおーーー!!天上院さんとな、何してたのよぉ!」


「うわっ、晴香!さっきも言ってただろ!別に何でもなかったんだって!」


「本当にぃ?んー、なーんか怪しいなぁ」



今度はハルがモーリーに対して絡みにきていた。


…案の定、ハルはモーリーの学生証の嘘については気づいていないみたいだけど、何か怪しそう、ということだけは勘付いているみたい。


女の勘、ってやつね。分かるわ。


ハルとモーリーが言い合いを始めたため、あたしはジュンと会話をすることにした。



「ねぇ、ジュンはどう思う?」


「どうって、どういうことよ?」


「モーリーが言ってたこと。分かってるでしょ?学生証失くしたっていうのが、嘘だってこと」


「えぇ、そうなのか?そりゃあ初耳だな」



ジュンは大げさに驚いたふりをして惚けている。


…こいつはいつもそうだ。勘が鋭いくせにそれを隠し、さりげなく気遣いをする。


時にはバカみたいに弄って、時には気づかないふりを貫いて。


今だってそうだ。



「へいへーい、お二人さんよ。イチャイチャするのもその辺にしときなさいよ。嫉妬のあまり俺の毛根が活発化しちまったらどうする」


「「いいことじゃん」」


「おいぃ!ハゲは俺のアイデンティティだっつってんだろうが!」


「あははは!じゅん、今日も育毛剤かけてあげよっかぁ?」


「こら、やめなさい!」



今、目の前でハルとモーリーの関係を弄っているのだって、ハルの気持ちを知っていてやっていることだ。


ハルが天上院とモーリーのことで落ち込まないように、彼なりにハルを元気づけようとしてやっているのだ。


二人がぎくしゃくしないように、さりげなく話題を変えようとバカを演じているのだ。


…こいつは、誰よりもハルのことが好きなくせに。

たまに、寂し気な視線をハルに送っているくせに。


そんな気持ちはおくびにも出さず、二人を気遣っているのだ。



ジュンがハルを好きなのは、多分あたししか知らないことだ。


ハルもモーリーもそういうところ、鈍いから。


だから、二人はジュンの気遣いに気づかない。


気付いていても、その理由までは気づけない。



こいつは、ジュンは、本当に損な性格をしている。損な生き方をしている。


でも――



「ねぇねぇ、きょーこもそう思うでしょ?」



不意に、ハルから話題を振られた。


既に話題は天上院のことから離れ、ジュンの育毛剤の話へとシフトしていた…どうでもいいけど、こいつらいつも育毛剤の話してるわね。



「そうねぇ――」



そして、あたしもやっぱり、知らないふりをしながら彼らのバカみたいな会話に入り込んでいく。


ジュンの気持ちを汲んで。


彼の気遣いを、せめてあたしだけでも理解してあげているんだと教えてあげるために。




――でも、そんなジュンに淡い気持ちを寄せているあたしの方こそ、きっと損な生き方をしているのでしょうね。


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