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守谷くんと天上院さんは付き合ってみた

「お前のことが好きだ!付き合ってくれ」


「え、無理なんだけど」



――あ、やば。つい素で返事しちゃった。


いや、でもしょうがなくない?


今日まで喋ったこともなかった奴から急に告られるとか、予想つかないってーの。それもまさか、今のわたしに告ってくる奴がいるなんて思ってもみなか……こほん、思ってもみませんでした。


私なんて髪はぼさぼさでおしゃれでもなんでもなくて…取柄なんてなにもない、ただの地味っこなのに。そんな私に告白なんておかしいです。


何かの間違いでしょうか。それとも、ま、まさか、これが漫画やラノベでよくある罰ゲーム告白、というものなのでしょうか?


それなら確かに納得です。


脳裏には先ほどのハルカさんや、教室でいつも一緒にいるお友達の方々の姿が浮かびます。彼らのようなリア充集団でしたら、そんな遊びをして楽しんでいるのも納得です。


と、いうことは私が告白をお断りしたことも間違いではなかったのでしょうか。それにしては金ピラさん、なんだか唖然とした表情のまま固まっています。


…あ、復活しました。なんだかとても下手な笑顔で話を続けようとしています。



「い、いきなりこんなこと言っちゃって驚かせちゃうのも無理ないよな。で、でも、答えを出す前に、もう少しだけ俺の話を聞いてほしいんだ」


「はぁ」



どうやら金ピラさん、まだ私に言いたいことがあるご様子です。もう少しだけ聞いてあげましょう。



「確かに俺たち、話したのは今日が初めてだよな。でもさ、俺、前から天上院さんのことがずっと気になっていたんだ。ずっと天上院さんと話してみたいって思ってたんだよ」


「そう、なんですか?」



思わず疑問形。


だって、そんな素振り、今まで見たことありませんでしたから。



「そうだよ!毎日君のことを目で追ってたんだ。それにその、君と話をしてみたかったから、俺は今ここにいるんだ。俺はオタクでもなんでもないからこういう本のことはよくわからないけど、それでも君と話すきっかけが欲しくて、これを買おうと思ったんだよ」


「な、なるほど。理屈としては、確かに理解できます」



見た目や教室での振る舞いを見た限り、金ピラさんはこの手のサブカルチャーに縁がある人とは到底思えません。


そんな方がどうしてこのモロオタク向けのラノベを手に取ろうとしていたのか疑問でしたが、そういう理由なら一応納得はできます。


ですが、もっと根本的に理解できないことがあるのですが、



「そ、そもそも、どうして私、なんでしょうか?」


「え?」


「私なんて、可愛くも綺麗でもない地味っこ、です。正直、私があなたに、その、好かれる理由が思い当たらないんです」


「それは、その、せいか」


「私の性格、とか、優しいところ、とか、そういったものを理解されるほど、私たちはお話した経験も、ありません。だから、余計分からないんです…ところで今、何か言いかけていませんでした?」


「いえ、なんでもありませんです、はい」



…急に何故敬語に?


ともかく、私は、今のこの私が好かれる理由が分かりません。


私はオタクで、可愛くもなく、友達もおらず、金ピラさんとの接点もありませんでした。ないない尽くしの癖に余計なバットステータスだけはしっかりとついています。こんな私の、どこがいいというのでしょうか。


もしも、恋は理屈じゃない!などと言われてしまえば、納得せざるを得ないのでしょう。確かにその通りだと思います。


しかし、そんな類の答えではこの胸のモヤモヤが晴れることはないように感じます。


少しの間の後、金ピラさんは再び口を開きました。



「そうだね、じゃあ正直に言うよ。僕は、君の生き様と、君のその姿が好きなんだ」


「生き様?姿?」


「そう。君の、オタクであることを隠さない、好きなものを憚らずに好きと言い切る、その生き方に憧れているんだ」


「はぁ」


「オタクには世間一般的にあまり良いイメージがないことは、天上院さんだって分かってるはずだよね。それを承知の上でも、君は逃げなかった。隠れてオタクだってできたはずなのに。それでもアニメが、漫画が、二次元が好きなんだと言い切れる君のことを、心底カッコいいなって、思ったんだ。僕には到底、できなかったことだよ」


「……」


「それに、君のその姿も好きだ。そのぼさぼさの黒髪も、前髪で隠れた顔も、キュートな猫背も魅力的だよ」



――なんだか前半、真面目に聞きいってしまったというのに最後の一言ですべて台無しになった感じが凄いです。



「た、たしかにその、生き様?についてはなんとなく分かりましたけど、最後のは一言はなんですか!ちょ、ちょっと私のこと、バカにしてませんか?」


「そ、そんなことないよ!僕は、あ、いや、俺の好みの格好をしているのが君だったってことを言いたかっただけで」


「本当ですか?あなたには、その、あのギャル子さんがいらっしゃるじゃないですか」


「ギャル子…ハルカのことか?い、いやいや、ハルカと俺は別にそういう関係じゃないから!それに、俺はあんな感じのギャルっぽい子よりも、天上院さんみたいな垢抜けない地味っこが大好きなんだよ!超タイプなんだよ!」


「そ、そうなん、ですね」


「そうだよ!ギャルなんて全然好きじゃないぜ、うん。なんていうのかな、自分とは対極にいる存在っていうのかな。そういう子が気になっちゃうんだよ。そ、そういうわけで俺は地味っこが大好物なんだ!」



――こここ、この金ピラさん、大声でなんて恥ずかしいことを言うのでしょうか!聞いているこっちまでなんだか恥ずかしくなってきます。


でも、どうしてでしょう。


私の好きなところを言え、なんて我ながら無茶な要求をしたと思っていましたが、それでも真剣に考えて語ってくれた彼の姿は、罰ゲームだからと適当に答えているようには到底思えませんでした。


それに…そうですね。


こんな私のことを、好きだと、カッコいいと、魅力的だと、そんな風に言い切ってくれたことが、純粋に嬉しかったんです。こんな私のことを、好きだと言ってくれたことが、嬉しかったんです。


だから、私は――



「だから、天上院さん。俺は、そんな天上院さんのことが好きだ!俺と、俺と付き合ってください!」


「…わかりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します。」



――つい、オーケーを出してしまったのでした。





それから、何故か他のお客さんからの拍手喝采に包まれるアニメショップから買うものだけ買ってそそくさと撤退し、私はすっかり暗くなった町で帰路についていました。


金ピラさん…改め、守谷さん、とはアニメショップを出た後、連絡先を交換して今日はお開きということになりました。


守谷さんには送っていくと言っていただけましたが、流石に時間も時間ということでご遠慮させていただきました。


一人とぼとぼと歩きながら、先ほどの守谷さんがおっしゃってくれた言葉を思い出します。



『君と話をしてみたかったから、今日は君の好きそうなこういう本を買ってみようって思ったんだよ』

『それでもアニメが、漫画が、二次元が好きなんだと言い切れる君のことを、心底カッコいいなって、思ったんだ』

『天上院さんみたいな垢抜けない地味っこが大好きなんだよ!超タイプなんだよ!』

『だから、天上院さん。俺は、そんな天上院さんのことが好きだ!俺と、俺と付き合ってください!』



…お、思い出すと、なんとも恥ずかしいセリフばかりです。


公衆の面前でこんなセリフを臆面もなく言えるなんて、流石はチャラ男の守谷さん。私なんかとは一味違います。私はああはなりたくないです。


守谷さんがそんなことばかり言うから、私もつい告白も受け入れてしまいました。今思うと、少し軽率な判断だったかなとは思います。勢いって怖いです。


でも…嬉しかったのは本当です。


私なんかにこんな歯の浮くようなセリフを口にしてくれるのは、きっと守谷さんだけですから。


だからこれからの交際を、少しだけ、楽しみにしている自分もいます。


ですが…



『そうだよ!ギャルなんて全然好きじゃないぜ、うん』




私の心の、片隅のさらに端っこに。


ほんの少し、ほんの少しだけ、チクリと胸が痛んだわたしがいました。


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