二人を繋ぐはエロイラスト
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。関係ありませんとも。
――はぁ、まさか財布にお金が全く入っていないとは思ってもいませんでした。所持金18円って、今どきの小学生でももう少し持ってますよね。
一人で掃除を終わらせた私は帰りにライトノベルを買って帰ろうとして、一応残金を確認しておこうと財布を開いて…ほとんどすっからかんなことに気づきました。
これでは何も買えません。黒い稲妻的な駄菓子でさえ買えません。これで買えるのはせいぜいうまさの主張が激しい棒的な駄菓子程度です。
銀行のキャッシュカードも家にありましたし、一度帰らなければなりませんでした。
そして家に帰ると母親から明日のお弁当用の食材の買い出しを頼まれる始末。
ATMでお金を下ろし、スーパーでお遣いをすませ、目的のアニメ好きなソウルメイトの集う某有名店に辿り着くころには、日はとっくに落ちきっていました。
大通りから少し逸れた場所にあるビルの二階に、そのお店はあります。
お店に入ると、私は慣れた足つきで店内を周ります。
目的であるライトノベルが置いてあるコーナーはお店の奥の方にありますが、まずは手前の漫画コーナーから物色します。
まずは新刊から…ほうほう、アニメ化もされて乗りに乗っている少年向け漫画の『英雄学校』の最新刊が出ているではありませんか。私は少女ですがこの『英雄学校』のようなアクション漫画も嫌いではありません。買いです。
それから私は、漫画コーナーの中でも奥の入り組んで見えづらいほうへと向かいます。
こちらにあるのはあまり一般向けではない…いわゆるマイナー作品が集まった棚です。
私は別に通ぶるわけではありませんがメジャーどころではない漫画もよく読みます。何故これがマイナーなんて評価なのか、というような掘り出し物も少なくありません。もちろん地雷も少なくありませんが。
ふむふむ、『あびゃびゃびゃ』ですか。タイトルはぶっ飛んでいますが、表紙の女の子の絵がとても可愛いですね。その横に描かれた男の子もとても私好みです。買いです。
こういった未知の漫画との遭遇は、書籍のデジタル化が進んだ昨今においても変わることのない、本屋を周る醍醐味ですね。
――さて、ある程度漫画コーナーの物色も終わりました。それでは目的のライトノベルコーナーに向かいましょう。
今私がいる位置はお店の端の方になります。ライトノベルの新刊はお店の入り口からまっすぐ向かうことのできる中央側に面していますので、お店の壁側を沿って外側から向かいましょう。
もちろんその間もライトノベルの物色は怠りません。
色々なライトノベルを手に取り、夢中になりながら見ていきます。
おや、これは昨年アニメ化したことで一躍有名になったライトノベル、『この旨すぎる蕎麦に喝采を』、通称『このそば』ではないですか。タイトルから感じられる駄作臭が逆に話題となり、シナリオ自体もコメディーに特化しているのかと思いきやたまに挟まれるシリアスな展開が泣かせに来ていると、とても評判でした。試しに一巻だけ買ってみましょうか。
そうこうしているうちに新刊コーナーに辿り着きました。目的のライトノベル、『根暗・オタク・ぼっちの三重苦背負った僕が異世界転生した結果ww』は…っと、あ、
「ありました!」「あった!」
セクシーな女の子が表紙を飾るそのライトノベルに伸ばした私の手の上には、もう一人の方の手が重なっていました。
驚いて横に目を向けると、そこにいたのは、
「…金ピラさん?」
先ほど学校で始めてお話をした、あの優しいチャラ男さんでした。
―――――
おいおいおいおいおいおいおいおい、どうしてここに天上院さんがいるんだよ。
いや、いるよな。オタクだもんな、彼女。
むしろ俺の方がどうしてここにって感じですよね、本当にすみません。
あのあと、本屋を出た俺は「ちょっと寄るところあるから先帰っててくれ」と晴香たちに別れを告げ、迷わずこのアニメ好きのソウルメイトが集う店へと向かった。
この店なら晴香たちや、学校のリア充たちに見つかる可能性はぐんと減るだろう。そう考えての行動だった。
入店前に、俺はこっそりと店内の様子を窺った。
見渡す限り、どうやら見知った顔や俺と同じ学校の制服を着ているやつはいないようだった。
それでもモタモタしていたら後から俺のことを知る者が入ってくるかもしれない。俺は一目散にラノベの新刊コーナーへと足を運んだ。
はたして、目的のラノベはすぐに見つかった。
表紙の女の子が布面積の小さい卑猥な服装をしている、モロなラノベ『根暗・オタク・ぼっちの三重苦背負った僕が異世界転生した結果ww』である。
その一冊を手に取ろうとして、
「あった!」「ありました!」
声と手が、重なった。
どうやらラノベの表紙に夢中で隣から同じく手を伸ばす人に気づかなかったようだ。
なんだこれ、なんか気恥ずかしいな……ん?というかこの声、なんだかついさっき聞いた、よう、な…?
恐る恐る視線を隣に向けると、
「…キンピラさん?」
何故かごぼうで有名な料理名を口にする天上院結愛の姿が、そこには、あった。
――あ、あ、あ、あかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!!
天上院さんいたのかよ!全然気が付かなかったよ!多分、奥の方から来たのだろう。ということは漫画コーナーをぐるっと一周してから来たのか、流石に慣れてるな……いやいやいやいや、今はそんなこと考えている場合じゃなぁぁい!
彼女がなんでこんな時間にここいいるのかとか、その手に抱えている数冊の漫画もセンスいいですねとか、そんなことは今はどうでもいい。
問題は、この状況についてどう弁明するのかということだ!
『やぁ、天上院さん。君も『英雄学校』買いに来たんだ。これ、超面白いよね』
これならどうだ?『英雄学校』は非オタの男子でも読むような一般受けする漫画だ。これを買いに来たことにすれば…いや待て、冷静に考えろ。
俺は未だに天上院さんの右手の上にある、己の左手に目を向ける。
――これ、完全にラノベ買おうと伸ばした手だよぉぉぉ!
完全に言い訳できないよ!手に取ったところを見られたとかそんな次元じゃないもの、しっかり手と手が重なっちゃてますもの!
何故かカラオケで晴香が熱唱している姿が思い出される。君の手と僕の手が触れ合うときドキドキが止まらない~ってか、やかましいわ!確かにドキドキは止まらないよ!でもこれ、確実にボーイミーツガール的な胸のときめきじゃないよ、困惑と危機感がビートを刻んでるよ!
『あぁ、これラノベっていうんだ?なんだか表紙が気になってつい手に取ろうとしたんだよ』
これなれどうだ?相当苦しいが、ギリギリ誤魔化せる範囲の言い訳ではないだろうか。これなら…いや待て、表紙をよく見ろ。
俺が重なっていた天上院さんの手を離すと、彼女はさっと手を引っ込めた。その隙に俺はラノベ『根暗・オタク・ぼっちの三重苦背負った僕が異世界転生した結果ww』を手に取る。
――これ、これ、表紙エロすぎるだろぉぉぉ!
イラストレーターさん、素敵な絵をありがとうございます!…いや、違う、そうじゃない、落ち着け。
これが気になって手を取った、なんていった日には俺はチャラ男とか隠れオタクとか、そういった諸々を通り越して人として、男として何か大切なものを失ってしまう気がする。
一人悶絶する俺のことを、天上院さんは不思議そうな顔で見ている。
――あぁ、くそっ、くそっ、どうすればいいんだ。
脳裏に浮かぶのはあいつらの姿。
晴香。杏子。純。
もし、もし俺の隠れオタクがバレたのならば、もしかしたら俺はあいつらと一緒にいることが、できなくなるかも、しれない。
失恋から決めた覚悟も、今の俺の立場も、友達も、何もかもを失うことになるかもしれない。
そんなの嫌だ。
俺は、俺は今の自分を捨てたくない、何も捨てたくないんだ。
考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。
この事態を丸く収めることのできる、この状況を打破することのできる一言を。
何か、何か……はっ!
一つのアイデアが浮かぶ。
この案が、良策か愚策かはわからない。吟味して考えている時間はない。もうこうなりゃヤケだ、勢いだ!
なんか周りにいる他の客たちもこっちを見ている気がするが、関係ない。
大きく息を吸い、困惑した表情の天上院さんに向けて、叫んだ。
「お前のことが好きだ!付き合ってくれ」
「え、無理なんだけど」
それは俺の短い人生において、二度目の玉砕であった。