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チャラ男と、ギャル子と、ハゲと、イケメン女子

「あ、おはようハル、モーリー」

「よう、お二人さん。今朝も相変わらずお熱いご様子で」



俺は窓際最後尾という、凡そ勉強が好きでもない人種にとってのベストポジションに席を構えている。


くじ運だけは昔から良かったからな。この特等席も席替えのくじ引きで正々堂々とゲットしたものだ。


そして、『ハル』こと晴香と『モーリー』ことこの俺、守谷郁男に挨拶をしてきたのは、俺の前の席に腰掛けている女の子である。


彼女の名前は椎名 杏子。


グレーのカーディガンを腰に巻き、冬だというのにそのスラっと長い足を大胆にも露出している。首にはチョーカーを付け、肩まで伸ばした黒髪の間からはきらりと小さなピアスが光る。晴香と違ってギャルギャルしさは抑えめだが、クールな風貌がカッコいいと女子からの人気も高いイケメン女子だ。ちなみに胸は平「モーリー、なんか変なこと考えてない?」なんでもない。


…どうでもいいが、モーリーという呼び名は『守』谷から来ているらしい。あなたたち、呼び方統一してくれませんかね。


そしてもう一人。杏子の側には大柄な男子生徒が立っている。

あいさつ代わりに俺と晴香が一緒に教室に入ってきたことを弄るこの男。


こいつの名前は八幡平 純。


180センチはゆうに超える高身長に加えて、制服の上からでもわかる筋肉のモリモリ具合。見た目に似合わない低音イケメンヴォイスに、なんといってもスキンヘッドが特徴的な…いや、改めてみるとこいつ特徴しかないな…そんな男である。



「おっはよーきょーこー!じゅんはうっさい!このひと振りで一日一センチ髪が伸びると噂の育毛剤をかけてやろうかぁ」


「おいやめろ、ハゲは俺のアイデンティティだといつも言ってるだろうが」


「杏子、純、おはよう。んで晴香、お前その胡散臭さの塊でしかない育毛剤わざわざ買ったのかよ」


「あはは、ハルはそういうよくわかんないもの買うの、ホント好きだよねぇ」



晴香と俺は二人に挨拶を返し、そのまま四人での雑談が始まる。


俺たち四人は入学当初から意気投合し、今でもこうしてつるむことが多い。


見た目のインパクトがわりと強い者同士、何かシンパシー的なものがあったのかもしれないな。チャラ男、ギャル子、ハゲ、イケメン女子って、これもう集団の個性強すぎるだろ。


けど、俺の求めていた変化はこういうことなのかもしれない。


中学まで、俺の周りには眼鏡の野郎しかいなかった。


それが今はどうだ、ピアスとハゲだ。変わり幅が凄い!


こいつらは当然、オタクではない。せいぜい流行りの漫画をちょっと読んでいる程度だ。ちょっとでもディープな話をした日にはドン引きされることは確定だろう。


だが、それでいい。


オタク談義はできずとも、こいつらとバカみたいな話をしているだけで俺は十分楽しいし、毎日が充実しているとも感じる。


だから、これ以上を求めるのは、贅沢な話だ。


俺はこれで、こんな毎日が続けば、それで満足だ。






放課後になった。


晴香の提案で、この後俺たち四人でカラオケに行くことになった。


正直、今日はさっさと帰ってラノベを買いに行きたかったのだが、晴香に半強制的に連れていかれることになった。


別にあいつらと一緒にいるのが嫌なわけではないが、カラオケという場所はチャラ男になった今でもあまり好きではない。


あの皆が一度は歌わなきゃいけないという雰囲気、選曲をミスった時のテンションの下がりよう、かといってまともに歌っていても高確率でスマホをいじっている周りの奴ら。


そして何より、俺は最近流行りの曲とか全然知らない。

アニメの主題歌とかゲームのテーマソングとかしか知らない。

むしろそれらも最初の方しか歌えない。

大体一曲一分三十秒程度しか歌えない。

必然、選曲が偏る。オタクの性。


こういった理由で、俺はカラオケが苦手だ。


だがチャラ男たるもの、いや、隠れオタクたるものそんな事情があいつらにバレるわけにはいかない。


当然、カラオケに行くことも想定して適当に流行りの曲をピックアップし、歌えるように自宅で練習済みだ。まぁたいして上手くはないが。


問題はその練習してきた曲が流行曲であるが故に、誰かと被る可能性も高いということだ。


曲が被ってしまうと困る。非常に困る。


なぜなら練習してきた曲数が五曲くらいしかないからだ。


流石に前の人が歌った曲と同じものを歌うわけにはいかないし、一曲被るだけでも俺の数少ないレパートリーには致命傷である。最悪カラオケ終了時間までもたないかもしれない。それはまずい。


「もう歌える曲ないわ」なんてチャラ男たる俺が言うことはできるわけがないし、なにより普通に恥ずかしい。多分死にたくなる。


けどまぁ、たぶん大丈夫だろう。


晴香と杏子は女歌手の曲ばかり歌うから俺の選曲とはズレているだろうし、純に関してはいつも演歌ばかり歌っているからな。


…それにしても、カラオケに行こうと言い出した本人である晴香の姿が見えないな。



「あぁ、ハルなら今日掃除当番じゃなかったっけ?ほら、隣の教室の」



教室内に晴香の姿を探していると、前の席に座る杏子が俺に声をかけてきた。俺が少し辺りを見回しているだけで察してくるこの洞察力、流石だ。


杏子は洞察力や観察眼に優れており、空気を読むのがとても上手い。


今朝も俺が杏子のその平らなむn「モーリー、またなんか変なこと考えてない?」俺が考え事をしていると分かったようだったし、たまに本当に心を読んでいるんじゃないかと思うくらいだ。


しかし掃除当番か…そういえば今日掃除当番のやつが一人、休みじゃなかったか?


ちょっと気になったので、俺は隣の教室まで様子を見に行くことにした。




「あたしね、今日もりおたちとカラオケに行く約束しちゃっててさ」

「だからぁ、あたし一人いなくても掃除くらい、できるよね?」



おいおい晴香さんや、お主はいったい何を言っておるのかね。


晴香は腕を組みながら一人の女生徒に向かって掃除を押し付けようとしているところだった。


相手は…げ、天上院さんじゃねぇか!


リア充がオタクに掃除押し付けるとか、テンプレ性悪リア充にも程があるだろ!


「あ、俺たちこれからデートだから掃除やっといてくんね?」と言われ雑用と敗北感を同時に押し付けられるオタクの気持ちが分からないのか!そして「あ……はい」としか答えられない被害者の気持ちが分からないのか!(実体験)



「あ……はい、大丈夫、です」


「やったぁ!天上院さんありがとぉ!」



あぁぁ、ほらもぉぉぉやっぱりこうなるぅぅ!


もう、見ていられない。


俺は晴香の頭を軽く小突きながら、二人の間に割って入った。



「おい、ハルカ!別に急ぐわけじゃないんだし、待っててやるから掃除くらいしてけよ」


「いったぁぁい!何すんの!いいじゃん別に、天上院さんがやってくれるって言ってるんだからさぁ」


「そりゃお前、あんな言い方だと断れるもんも断れないだろ。それに、今日もう一人の掃除当番休んでなかったけ?お前が帰ったら天上院さん一人になっちゃうじゃねぇか」


「えーー、そうだっけぇ?覚えてなーい」


「はぁ、お前なぁ…」



こいつ、悪びれもしないか。


どうしたもんかと頭を悩ませていると不意に天上院さんが口を開いた。



「あ、あの、私一人で、本当に大丈夫、ですよ。そ、そんなに広い教室でも、ないですし」



…あぁ、隠れた目元は見えないが、見える範囲の表情からでも彼女の思考は十分に伝わってくる。


――その子と二人になるくらいなら一人で掃除する方がマシです。


そりゃそうだよな。オタクが話したこともないリア充と二人きりだなんてそんなメンタル持ち合わせていないもんな。分かるよ。


オタク同士のシンパシーから天上院さんの意図を組みとった俺は、彼女に一言謝罪をし、晴香を連れて出ていった。




「だってだってぇ、今日はるかが掃除当番だったこと忘れててぇ、はるかからカラオケ誘ったのにもりおたちを待たせるのも悪いなぁって思ったんだもん!」



カラオケに向かう道中、さっきのことについて晴香にキツめに問いただすとこんな返事が返ってきた。


彼女にも自分が悪いことをしたという自覚はあるようで「なんか言い方キツくなっちゃったぁ」としょんぼりしており、杏子がそんな晴香を慰めていた。


…昔はギャルが人を傷つけることに罪悪感なんて感じるわけがないと思っていた。


でも、違う。晴香も杏子も見た目は派手だが中身はとても純粋で、いい子たちだ。


もちろん、どうしようもないようなギャルというのも沢山いるのかもしれないが、皆が皆そうとは限らないのだ。



「ほら、いつまでもウジウジしてないで元気出せよ。明日天上院に謝ればいい話だろ。遊びに誘った本人が暗かったら俺たちまでテンション下がるじゃないの」



純も茶化すように晴香を励ます。


本当に、こいつらはいいやつだ。こういう奴らじゃなかったら俺も仲良くするなんてできなかったかもしれない。


これは、俺がチャラ男になることで知ることのできた大切なものだ。



「ほら晴香、俺もちょっと言い過ぎたよ。明日一緒に謝りに行こうな。だからテンション上げていこうぜ!」


「もりおーー!うん…明日謝りゅ…」



こうして暗い雰囲気も吹き飛び、俺たちはまたいつものようにくだらない話で馬鹿笑いをするのだった。





それから俺たち四人はカラオケ、ボーリング、ゲーセンと遊びまくった。


ちなみにカラオケでは今日に限って純がJ-POPを歌い出したため俺は内心ハラハラしていた。


それにしてもいろいろと周ったおかげで今日は本格的に散在しすぎた。これは本気でアルバイトを探さなければいけないかもしれない。帰ったら『金髪 アルバイト 雇う』で検索してみよう。


最後に俺たちは本屋に寄りたいという晴香の希望により、最寄りの書店に立ち寄っていた。


大型の書店だけあって文庫本や参考書類だけでなく漫画や雑誌などのラインナップも充実していた。


そう、充実したラインナップの中には当然、ライトノベルも含まれるわけで。


――くっ、あぁ今朝サイトでチェックしていたラノベ『根暗・オタク・ぼっちの三重苦背負った僕が異世界転生した結果ww』が置いてあるじゃないか!でもこいつらと一緒にいる今、あれに手を出すことなんてできない…。



「もりお~?何見てるのぉ?」


「んんんんっ?な、何でもないぞ?」



遠目からぼーっとラノベコーナーを眺めていたら後ろから急に晴香に声をかけられた。あっぶねー。


誤魔化すために話を逸らす。



「そ、それより晴香は目当ての雑誌は見つかったのかよ?」


「え?あぁ、うん、見つけた見つけた!ほら見て!」



そういって俺の前にかざした雑誌の表紙には、THE・ギャルというような女の子の写真が大きく載っていた。


サイドテールでまとめたピンク色の髪は、ところどころに薄緑色のメッシュが入っており、耳には可愛らしいピンクのピアスを付けている。全体的に晴香のようなギャルっぽい恰好をしており、それがどこか蠱惑的な雰囲気を醸し出している。


顔は恐らく画像修正ソフトで加工されたものではあるのだろうが、それでも分かるほどの濃い、されど不思議と不快感を感じさせないような化粧がなされており、そんなギャルメイクがよく似合う綺麗な顔立ちをしている。


晴香は興奮したように俺に解説してきた。



「この子がねぇ、はるかが今イチオシのカリスマギャルの『ラブ娘(Love Co)』さんなの!二年前に颯爽と現れたかと思えばほとんどのギャル向け雑誌の表紙をかっさらってったんだよ。ヤバくない?めっちゃイケてない?」


「ほー、確かにすげー美人ギャルだな」


「でしょでしょ!最近は雑誌に載ること自体が少なくなっちゃったんだけど、載ったときには確実に表紙を飾るくらい人気なんだよ!はるかもラブ娘さんみたいになりたくて、チョー参考にしてるの!」


「あぁ、だから似たような格好してるのか。ラブ娘…『Love Co』と書いてラブ娘と読むと…ネーミングセンス以外は素敵な人じゃん」


「ね!ネーミングセンス以外は完璧だよね!」



満面の笑みでラブ娘さんを推してくる晴香だが、最後ナチュラルにディス入ってたんですが…いいのか晴香さんや。


そして「これ買ってくるぅ」と行ってレジに向かった晴香を追いかけようとして、ふともう一度ラノベコーナーに目を向けてしまう。


――くぅ、あのラノベ…一度帰って変装してから買いに行こうと思ってたけど、それまで待てないかもしれない。


ここみたいにいろんな人が来る書店じゃなくて、晴香たちが間違っても来そうにないようなところに寄って買っていこうかな。


そう思いながら俺はこっそりと財布の中の残金を確認した。


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