表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

守谷くんはオチが読める

「守谷くん」



静寂が支配する薄暗い体育倉庫の中で、その小さな声はよく響いていた。



「守谷くん」



点々とした黄ばみが目立つ白濁色の体操マットの上で、俺は身動きが取れずにいた。



「守谷くん」



仰向けに倒れている俺の上に、一人の少女が四つん這いの姿勢で覆いかぶさっている。



「守谷くん」



野暮ったいほど長く伸びた黒髪がゆらゆらと揺れて、俺の顔を、耳を、頬を、鼻を、顎を、ゆっくりと撫でる。



「守谷、くん」



不意に、小窓から室内を照らしていた頼りない日の光が消えた。いや、消えたわけじゃない。遮られたのだ。


一体何に?暗闇の中にいると錯覚するほど真っ黒な、彼女の髪の毛に。

どうして?彼女の顔が、ゆっくりと俺の顔に近づいてきているから。


ゆっくりと、ゆっくりと。彼女の顔が近づいてくる。


相変わらず、その瞳は分厚いレンズに阻まれて見ることも叶わない。


けれど顔全体で感じる彼女の吐息は、確かにその接近を俺に知らせてくる。



「も………」



小さな桜色の唇がもぞもぞと動いたが、そこから発せられた小さな囁きを聞き取ることはできなかった。


しようとしなかった。


もぞもぞと動いて、最後には小さく突き出された唇に合わせるように。俺も目を瞑り、彼女の動きに身を任せる。たったそれだけの小さな動きに随分と気を取られてしまったからだ。



「…………」



柔らかな何かが、そっと触れたような感触。


唇越しに超過駆動を起こしている心臓の鼓動が伝わってしまいそうだ。


いつの間にかぎゅっと握られていた両掌から、じとっとした汗がとめどなく溢れてくる。



「………お」



ゆっくりと、ゆっくりと。彼女の顔が遠ざかる。


鼻腔を擽るバラの香りが薄くなっていくことに名残惜しさを感じながら、俺はいつの間にか閉じていた目を開こうとして――




…バラの、香り?




頭に浮かんだ疑念は、次の瞬間には確信へと変わっていた。



「もりお」



驚いて目を見開いた俺の眼前にいたのは、天上院さんではなかった。


視界を遮断していた野暮ったいほどの黒髪は、いつの間にか二房の茶髪に変わっていた。


校則順守を体現しているかのような着こなしの制服は、学校指定ではないカーディガンとギリギリまで短く折られたスカートになっていた。


目元を隠していた分厚い眼鏡は消え去り、つけまつ毛でコーティングされた丸っこい大きな瞳が俺の間抜け面をしっかりと捉えていた。



――え、なんで?



という声は出なかった。


声を発するその前に、彼女は俺の顔を両手でがっしりと抑えつけ、再び唇を奪ってきたからだ。


目を閉じ、俺とキスをしている彼女の――城嶋晴香の姿を自らの瞳に映しながらも、俺の脳内は驚くほど冷静だった。



――柔らかいな。


とか、


――可愛いな。


とか、


――冷たいな。


とか。



そんな単純な感想ばかりが頭の中に浮かんでは消えて、浮かんでは消えていって、



「………冷たい?」



強烈な違和感が浮かんで弾けた。


何が冷たい?触れ合っている唇が?俺の両頬を挟んでいる彼女の両手が?うん、どっちも冷たい。


生きている人の身体がこんなに冷たくなることなんてあるのか?いや、ないだろ。


というか俺、キスされてるってのになんでこんなに冷静なんだ?いつもはもっとテンパって突拍子のないことを言い出したりしてるのに。


現実にはあり得ないことばかりが――いや、冷静に考えられる自分もあり得ないとか言うのも癪なんだけど――起こっている。


ならばつまりこれはどういうことだ?そうだ、答えは簡単だ。






「夢 オ チ か」



ガバっと上体を起き上げると、視界に映るのは当然のごとく俺の部屋。


床には脱ぎ捨てられたTシャツが放置され、机の上には最近流行りだと聞いて買った新しいピアス、枕元には大量のラノベと漫画の山。点けっぱなしのテレビには、昨晩寝る前から見ていたラブコメアニメ『佐藤くんと101人の魔法少女』の1シーンであるヒロインと主人公とのキスシーンがズームアップで映っていた。


まだはっきりとしない意識の中で、思い出されるのは先ほどまで見ていた夢の光景。



「なんで、晴香が…」



天上院さんとキスしていたはずが気づいたら晴香とキスをしていた。何を言っているか分からねーと思うが俺も何を言っているのか以下略。


ま、まぁ?所詮夢の話だし?夢なんだからなんでもありだろ?うん。そう思うことにしよう。


先日のデートの最後でした、ラブ娘との…天上院さんとのキスを未だに強く意識していることは自覚している。


けど、いくら夢の中でとはいえ、まさか友達とのキスに脳内変換してしまうとは。


――なんだか晴香に申し訳ない気持ちが湧いてくるぞ。


と、ここにはいない晴香に対して懺悔を捧げながらふと時計を見ると、



「8時………10分?」



ふむ。朝のHRが始まるのが8時20分だ。これすなわち…



「新学期早々遅刻じゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



――高一の俺とは昨日でおさらば。


今日からこの俺、守谷郁男も遂に高校二年生。


今年度も隠れオタクのチャラ男としてブイブイ言わせていくぜ!






…とかドヤ顔モノローグ入れてる場合じゃねぇぇぇ!急げ俺!!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ