天上院さんはオープンオタクです
私こと、天上院 結愛のことを一言で表すならば、きっと『地味っこ』という言葉が適切なのでしょう。
乱雑に伸びた黒い髪と、化粧っ気の感じられない顔。それに、いわゆるおしゃれ眼鏡とは到底呼ぶことのできない、ガチ眼鏡。
せっかくの可愛い制服も膝下までスカートを伸ばしている上、常に猫背な私にとっては十分にその魅力を発揮してはくれません。
学校での私は、教室の隅でいつも読書をしながらニヤニヤしているような、そんな日陰の存在です。
今日も今日とて、教室の出入り口近くに位置する私の席で読書をしています。
読んでいる本が流行りの映画の原作小説だったら、もしかしたら私にも友達ができていたのかもしれません。会話の糸口になるかもしれませんし、本の貸し借りから友情が芽生える可能性もあったでしょう。
あるいは、読んでいる本が知的さを感じさせるような文庫本の類であったなら、もしかしたら周囲から私に対する評価も変わっていたのかもしれません。文学少女と呼ばれ、一目置かれる可能性もあったでしょう。今は浮きすぎて逆に一目置かれていますが、ええ。
ですが、どれもこれも仮定の話にすぎません。私が興味のある映画はアニメ映画オンリー(実写版はNG)ですし、読んでいて疲れてしまう文庫本にもあまり惹かれません。
そう、私がいつも読んでいる本は、ライトノベルと呼ばれるものなのです。
しかもブックカバーはかけていません。読んでいるものまで丸見えです。
私は自分がいわゆるオタクであることを周りに隠そうとはしません。つまり、オープンオタクです。私がオタクであることは曲げようもない事実ですし、それを隠す必要もないかなと思いまして。入学して初日のクラスでの自己紹介でも堂々とオタク宣言してやりましたとも。えっへん。
オタクといっても色々な種類の方がいますが、私は恐らく世間一般的に最もイメージの強いタイプのオタクではないかと思います。アニメ、漫画、ライトノベル、ゲーム。二次元をこよなく愛する高校一年生です。
今は『40代から始める異世界スローライフ』というタイトルのライトノベルを読んでいます。最近某web小説投稿サイトで密かな流行の兆しを見せているおっさんが主人公の異世界モノ、というやつです。
これ、とっても面白いんですよ!若いころから冒険者家業を続けていたものの昇級もできず長年報われることのないままついに40歳になってしまった主人公のおっさんが今までの生活に終止符を打つべく一念蜂起してスローライフを始めようとするも突如現れた謎の美少女に振り回されて結局は戦いに巻き込まれてしまいますがそれでもスローライフを続けようと長年の冒険者生活で得た知識と経験を活かしてなんとか生き残ろうと奮闘しますがそこに新たな美少女が現れしかもその子は主人公に一目惚れしてしまい紆余曲折を経て主人公と同棲を始めることになるのですが初めに現れた美少女がその子に嫉妬してしまい対抗心から私も一緒に住むと言い出して――
「えー、なにそれぇ超ウケんね!!」
「だろだろ!他にもさぁ…」
「ぷっ…あっはははは!!」
――おっと、いけません。自分の好きなものを語っているとついつい止まらなくなってしまいますね。
私を現実に引き戻したのは、教室の窓際から聞こえてくる大きな笑い声でした。
ちらりと目線だけをそちらに向けると、そこにいるのは私なんかとは対極に位置するような方々でした。
会話の中心でみんなの笑いをとっているのは金髪にピアスをしたチャラそうな男の子。
大声を出して笑っているのは茶髪ツインテールのギャルギャルした女の子。
これまた低音イケメンボイスで爆笑しているのはガタイの良いスキンヘッドの男の子。
控えめに笑っているのはカーディガンを腰に巻いてスラっとした足を惜しげもなく露出した黒髪の女の子。
いわゆるリア充集団。しかもチャラ男やギャルも混成。
彼らは休み時間になるといつも集まっては楽しそうに談笑しています。
あぁ、羨まし――じゃない、まったく、疎ましいです。
私は静かに読書したいのに、文字を追いながら頭の中で悶々と妄想を膨らませたいのに。
彼らのバカみたいに大きな笑い声が私の集中力を根こそぎ奪い取っていってしまいます。気になってしまってしょうがありません。
ですがまぁ、私では彼らに何も言うことはできません。こんな陰キャの体現のようなオタク女子から何を言われたところで彼らは聞き入れることはしないでしょう。というよりも、私にそんな勇気はありません。
こんなときは漫画やラノベでは定番の強気な学級委員長に咎めてもらう他はありません…あ、ウチの学級委員長は私と似たタイプでした。無理ゲーでした。
結局私たちのような社会的弱者は上位カーストの者たちの前では泣き寝入りをする他はないのですね、しくしく…なんてね。
放課後になりました。
全ての授業とホームルームが終わると、友達のいない私に残されたイベントは掃除のみです。
私の今日の担当場所は移動教室でたまに使われる隣の空き教室です。
教室自体が広くなく、机を移動させたりする必要もないため掃除を担当する人も3人と少ないです。むしろ大して使ってもいない教室なのに掃除する必要ってあるんでしょうか。
まぁ、きまりはきまりです。そそくさと隣の教室に移動し、掃除用具入れからほうきを取り出していると不意に後ろから肩を掴まれました。
何事かと後ろを振り向くと、そこには先ほどの休み時間に大笑いをキメていた茶髪ツインテのギャル子さんがいらっしゃるではないですか。それも満面の笑みで。怖いです。
「やっほー、天上院さん」
「はぁ」
普段は話しかけてくることなんかないギャル子さんが、私にいったいなんの用でしょうか。
「あたしたち、今日掃除当番だよね」
「そう、ですね」
「あたしね、今日もりおたちとカラオケに行く約束しちゃっててさぁ」
あ、この展開は察しました。
「だからぁ、あたし一人いなくても掃除くらい、できるよね?」
…確か今日は、もう一人の掃除担当の方が風邪でお休みしていたはずです。必然、私一人で掃除をすることとなります。それくらい分かっているはずです。つまり、分かった上でこう言っている、と。
この女、なんてことをほざくのでしょうか。しかもカラオケに行くためとか、まったく理由になってません。横暴です。理不尽です。こうなったらガツンと言ってやらなきゃです。
「あ……はい、大丈夫、です」
「やったぁ!天上院さんありがとぉ!」
はい全然無理でしたー。
だいたい、私みたいな対人スキルLv3(総経験値13)程度の人間がギャルなんてジムのリーダー格相手に反論なんてできるはずがなかったのです。ちなみに他のリーダーには洋服屋の店員、イケメンなどが含まれます。
そんなこんなで嬉しそうに帰ろうとするギャル子さんの前に、一人の男の子が立ち塞がりました。
「おい、ハルカ!別に急ぐわけじゃないんだし、待っててやるから掃除くらいしてけよ」
そう言ってハルカさん(ギャル子さん、漢字表記不明、というより名前初耳)の頭を軽く小突きながら彼女の帰宅を阻止したのは、これまた先ほど窓際で騒いでいたリア充集団の一人、金髪ピアスのチャラ男さんでした。
「いったぁぁい!何すんの!いいじゃん別に、天上院さんがやってくれるって言ってるんだからさぁ」
「そりゃお前、あんな言い方だと断れるもんも断れないだろ。それに、今日もう一人の掃除当番休んでなかったけ?お前が帰ったら天上院さん一人になっちゃうじゃねぇか」
「えーー、そうだっけぇ?覚えてなーい」
「はぁ、お前なぁ…」
ぶーぶーと文句を垂れるハルカさんを諫めようとする金髪ピアスのチャラ男さん、略して金ピラさん。なんだか美味しそうな名前になってしまいました。
どうやら金ピラさんは私のためにハルカさんを説得しようとしてくれているようです。見た目からは想像つかないけど、案外いい人、なんですかね。
この手のタイプの人はてっきり、「よぉし、じゃぁ行くか!」って彼女の肩を抱きながら帰っていってしまうのだとばかり思っていました。人はみためによりませんね…って、そんなこと、わたしが一番分かっているはずなのにね。
ですがまぁ、金ピラさんのお心遣いは大変ありがたいわけですが。
「あ、あの、私一人で、本当に大丈夫、ですよ。そ、そんなに広い教室でも、ないですし」
ぶっちゃけハルカさんと二人で掃除なんて展開、私のハートがもちません。私の心は剣というより割れ物注意なガラス製ですから、ギャルと二人きりとか死んでもご免です。嘘です。死ぬよりはマシですが嫌なものは嫌です。
私の言葉に金ピラさんも渋々納得してくれたようで、「悪いな、天上院さん」といい残し二人は教室を出ていきました。金ピラさんは何も悪くないのに謝ってくれるなんて、やっぱりいい人みたいです。
出ていく間際、ハルカさんが「ナイスアシスト♡」みたいな顔でこちらにウィンクしていったのが腹立たしかったです。別にあなたのためじゃありません。ツンデレでもありません。
はぁ、まさか今日あんなリア充たちと接触することになるとは思ってもみませんでした。疲れました。普段人と話すことさえないので余計疲れました。
これは癒しが必要です。さっさと掃除を追わらせて、帰りにショップに寄って新作ライトノベルのチェックをして帰りましょう。
そういえば、今週発売のライトノベルの中で気になっていたものがあったはずです。
タイトルは確か…『根暗・オタク・ぼっちの三重苦背負った僕が異世界転生した結果ww』、でしたっけ?






