わたしにできること
バレンタインの翌週――バレンタインから数えて、五日の時が経ちました。
あの日から、守谷くんは学校に来ていません。
連絡も取れないでいます。
担任の先生は、守谷くんは風邪でお休みをしている、と言っています。
聞いたところによると、家族の方からそのように連絡を受けているとのことです。ですから、失踪、とか、そういった事件に巻き込まれている可能性は低いと思われます。
しかし、守谷くん本人と連絡が取れない、というのが気にかかります。
そこまでひどい風邪なのでしょうか?電話はともかく、PINEで一言返すことすらできないほど重症なのでしょうか?
ですが先生曰く、守谷くんは体調も回復してきたため、もう少ししたら学校に来れそうだと連絡を受けているそうです。
ということは、現状守谷くんはある程度風邪から回復した状態にあるはずです。
だというのに、守谷くんからの返信はありません。
ならば、もしかしたら私からの連絡だけが意図的に無視されているのかもしれない、とも考えました。
しかしつい先ほど、珍しくもハルカさんが私のところへ来て、このようなやり取りがありました。
「ねぇ、天上院さん。もしかして、だけど…もりおのこと、なんか知ってる?」
「い、いえ?知りません、けど」
「う~ん、そっかぁ。はるかたちからもりおに連絡送りまくってんだけど、全部既読無視されてるんだよねぇ。最初はムカついてたんだけど、なんか、流石に心配になってきたってゆーか」
「え……あ、いえ、そうなんですね」
「それで、天上院さんともりおって、前に学生証拾っただかなんだかで絡んでたから、もしかしたら連絡とかしてんじゃないかなぁって思ったのさ」
その時は連絡先も知らないと誤魔化して終わりましたが、私の中の疑問はさらに増えるばかりでした。
普段仲の良いハルカさんたちとさえ連絡を取っていないという事実。つまり、私だけが連絡を無視されているという可能性は低い、と考えられます。
守谷くんのスマホの充電が切れている、ないしは、スマホに不具合が生じている、という可能性も捨てきれなくはありませんが、やはり低いと思われます。
PINEには相手がメッセージを確認したかどうか、送った側が判別できるという既読システムなるものが搭載されています。
ハルカさんも言っていましたが…守谷くんから返信はありませんが、既読だけはついているのです。つまり、充電が切れている可能性も、メッセージを受け取れていない可能性もこの時点で潰えます。
もし仮に、不具合で守谷くんからメッセージが送れなかったとします。ですが、皆から心配のメッセージが来ていることが分かっていて、はたして守谷くんは何のアクションも起こさないような、そんな方でしょうか?
そうではないと、思います。そうではないと、思いたいです。
ならば、何故?
どうして誰も守谷くんと連絡が取れないのでしょうか?
それも、一日二日ではありません。五日間も、です。
言い知れぬ不安が、私の心を揺らし続けていました。
―――――
夜、九時。
いつも、私と守谷くんが電話をしている時間になりました。
この五日間も、私はこの時間になると守谷くんに電話をかけ続けていましたが、ただの一度も応答してくれたことはありませんでした。
今日も、スマホで彼の連絡先を開きます。
コールボタンを押せば、指先一つ動かすだけで、守谷くんに電話をかけることができます。
ですが、怖いんです。
今日もまた繋がらなかったらと思うと、この指が、動かないんです。
私の中で、守谷くんの存在が思っている以上に大きなものになっていることを、こんな形で実感することになるとは思ってもみませんでした。
守谷くんと話したい。守谷くんと会いたい。守谷くんと、私は――
ピロリロリロリン♪
――ちょっと、人がシリアスな感じで悩んでいるときに何ですかいったい。
自分の手元に目をやると、スマホの着信画面が開かれていました。
相手の名前は…も、守谷くん!?
その名前が目に入った瞬間、私は応答ボタンを押しました。
「も、もしもし!守谷くんですか!」
『あぁ、天上院さん。俺だ、守谷郁男だよ』
うぅっ、守谷くん、守谷くんの声です。
よかったです、生きていましたか…いや、ご家族から学校に連絡はいってたわけですから、流石に生死には疑問を挟んだことはなかったです。あ、さては私、混乱してますね。とにかく、よかったです!
ですが喜んでばかりではいられません。まずは何があったのか聞き出さなくては。
「守谷くん、どうして私…たちからの連絡を無視していたんですか!?」
『そのことについては、本当にごめん。無視したくてしてたわけじゃなくて、ちょっと理由があってさ。それも含めて今から話すんだけど、ぶっちゃけ時間がないんだ』
「時間がない?どういうことですか?」
『えーと、何から話せばいいんだ…とりあえず、俺が学校を休んでいた理由は本当に風邪をひいてたからなんだ。でも、もうほとんど完治したからそこは安心して。明日には学校にも行けると思うから』
「な、なるほど、それはよかったです」
ひとまず、学校を休んでいた理由が本当に風邪であったことは分かりました。
ですが、質問の答えにはなってないです。
守谷くんはさらに続けます。
『それで、前に兄弟がいるって話はしたことあるよね?』
「はい、確か守谷くんの下に一人いると…それがどうかしたんですか?」
『そいつが…葵って言うんだけど、俺が風邪をひいている間は葵が面倒を見てくれていたんだ。今、親が出張中で家を空けてるからさ。けど、葵にはちょっと問題があって…』
「問題?」
『一言で言うと…葵は、ブラコンでヤンデレなんだ』
――ブラコンで、ヤンデレ?ブラコンはまだ分かりますが…え、ヤンデレ?
「ヤンデレ、というと、あのヤンデレですか?」
『そうだよ。あの、手に薙刀でも持ってそうな、目にハイライトがないような、そんな感じのヤンデレだよ』
随分ふわっとした説明ですが、なんとなく理解しました。
守谷くんがヤンデレなんて言葉を知っていたことにも驚きですが、その守谷くんの――ヤンデレというくらいですし、おそらく妹さんでしょうか?――妹さんがヤンデレだというのにも驚きです。というよりリアルヤンデレなんてものが存在することに驚きです。
『信じてもらえないかもしれないけど、本当なんだよ!俺が家で他の女の子の話題を出したら笑顔で首元にハサミを突き付けてくるし、何回変えても俺のスマホのロックは解除されてるし』
「え、ガチじゃないですか…ということは、返信もないのに既読だけがついていたのは」
『うん、葵が勝手にメッセージを見ていたからだと思う。俺の心配をしてくれたのはありがたいんだけど、その看病の仕方が過剰なんだ。身体に差し障るから!って言ってスマホを弄ることどころか、返信さえさせてもらえない。電話すらさせてくれない状態だったんだ』
「束縛系、ヤンデレ…」
『学校への連絡も葵が勝手にしてて…もう学校に行けるくらいには回復してるのに勝手に休みってことにされたんだ。無理矢理学校に行こうとしたらいつの間にか結束バンドで手足を拘束されてるし』
「こ、拘束?」
『今も、葵が風呂に入ってる間に電話をかけてるんだ。いつもは俺のスマホを風呂まで持ってかれてたんだけど、もう五日目だからか今日は油断して置いていったから』
「で、ですが、流石に葵さん、それはやりすぎではないですか?いくら親御さんがいらっしゃらないといっても、守谷くんも病人とは言え、一応お兄さんなのですから。なんとか窘められなかったんですか?」
『分かってくれ、天上院さん…』
守谷くんは一呼吸置いて、
『止められないから、ヤンデレなんだ』
…なにか、今までの苦労が偲ばれる一言でした。
守谷くんはさらに続けます。
『とはいえ、いつもの葵でも流石にここまでのことはやらない。今回は、ちょっと葵が意地になる原因があってさ』
「どうして、でしょうか」
『その…言いづらいんだけど、俺が天上院さんから貰ったチョコを見られちゃったんだよ。いつもは、その、貰えなく…じゃなくて、家にチョコを持ち帰ることはなかったんだけど、今回は嬉しくて、つい持ち帰っちゃて。それを葵に見られちゃったんだ』
「え…」
『葵には俺に彼女ができた話をしてなかったから、チョコを見られた上にそのこともバレちゃって、余計に怒り狂っちまってさ。それでこんなことになったんだよ…あ、でも別に天上院さんは全然悪くないからね!俺が迂闊だったんだ』
…確かに、私は守谷くんの妹さんがそのような方だとは知りませんでした。それに、守谷くんが葵さんに彼女がいるということを伝えていなかったことも、問題だったのかもしれません。私に非はないのかもしれません。
ですが、私と交際しているというその事実が、現在の守谷くんを半監禁状態に追いやっていることも紛れもない事実です。それに、守谷くんは葵さんの為人を理解していたが故に私のことを話していなかったのかもしれません。
なら、私にも。私が、守谷くんからの告白を受けていなければ?
『それと、もう一つ大事な話があるんだ。葵に彼女がいることがバレたとき、あいつは俺に彼女とデートしているところを見せろって言ってきたんだ。そしたら、今回みたいなことはもうしないって』
「…!それなら!」
『けど、また一つ問題があるんだ。俺がこんな、金髪にしたりピアスをしたり、そういう格好をするようになった時にさ、葵にめちゃくちゃ反対されたんだ。それでそのとき、葵を納得させるために、苦し紛れに嘘をついてしまったんだ』
「そ、それは…?」
『「俺はギャルが好きでお近づきになりたいからこういう格好がしたいんだ!だから許してくれ!」って』
「………」
――守谷くんはふざけているのでしょうか?今結構シリアスな話をしている場面ではないですかね?
『いや、これも本当なんだって!葵は、ヤンデレ特有と言ったらいいのか…とにかく、思い込みが激しいんだ。だからそのときの言葉を今も頑なに信じ込んでて「お兄ちゃんの彼女っていうくらいなんだから、当然ギャルなんだよね?そうじゃないと彼女だなんて信じない」って言いだす始末で…』
「その件については、完全に…」
『はい、完全に俺が悪いです。本当にごめんなさい。でも、そういうわけだから天上院さんといるところを見せても、あいつは納得しないと思うんだ』
…確かに、私の今の姿はギャルとは正反対にいるような、地味っこ仕様です。
守谷くんの言っていることが事実ならば、私と守谷くんがデートをしているところを葵さんに見せたところで、納得は得られないでしょう。
これからも、守谷くんに対して執着することは、止めないでしょう。
まったく。私には地味っこが好きと言っておきながら葵さんにはギャルが好きだなんて嘘をつくなんて…なんでそう正反対の嘘をつくことができるのでしょうか。
ですが、ということは…守谷くんの大事な話というのは…。
『だから、天上院さんには悪いけど、デートの日だけは…って、あ、葵!?もう戻って――』
「も、守谷くん?」
電話の向こうから鳴り響くのは、ガタガタという音と、何か言い合う二人の声。
やがて静かになったかと思うと、次に聞こえてきたのは明らかに守谷くんのものではない、やや高い声でした。
『――あなたが、お兄ちゃんの彼女、ですか?』
「――!あ、あなたは」
『お兄ちゃんは僕の、葵だけのものです。あなたなんかには渡しません。あなた、もしかして去年お兄ちゃんと一緒にいた地味っこさんではないですか?あなたみたいな人、お兄ちゃんは好きじゃないんです。お兄ちゃんはもっとキラキラした人が好きなんです。あなたは相応しくありません。もうお兄ちゃんにまとわりつくのは止めてください。お兄ちゃんもきっと迷惑しています。いいですか、もう一度言います。お兄ちゃんは、葵だけのものです。それでは』
――ブツッ。
わ、私が何か言い返す隙すら与えられず、一方的にまくし立てられてて電話を切られてしまいました。
今のが守谷くんの妹さんの、葵さん、なのでしょう。
…守谷くんの苦労が、少し理解できました。
それに、電話越しからでもわかる妄信的な愛情、思い込みの激しさ。疑っていたわけではありませんが、守谷くんの言っていたのはどれも本当のことのようです。
先ほど、守谷くんが私に言いかけていたこと。
それは恐らく、私の代わりにギャルっぽい子…いつも仲良さそうにしているハルカさんあたりに協力をしてもらい、デートの日だけ彼女の代わりをしてもらう、といった内容のものでしょう。
それはきっと、現状をなんとかするために最も有効な手段だと思います。
ですが…ですが私は、それでいいのでしょうか?
――いつも、教室でライトノベルを読みながら、私は見ていました。
ハルカさんが、守谷くんと笑い合っている光景を。
私は気づいていました。
ハルカさんが、守谷くんに向ける視線の意味を。
そのたびに、チクリと痛む、私の心にも。
…嫌です。
守谷くんの彼女は、私です。
守谷くんに告白されたのは、私です。
告白を受けていなかったら、なんて。そんなこと、今はもう、考えたくありません。
ならば、なら私が、わたしが、できることは――。




