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バレンタインとヤンデレと

「ぶえっくしょなぁぁ」


「…なんつー掛け声のくしゃみしてんのさ、もりお」



2月も中旬に差し掛かったが、まだまだ気温が低い日は続いている。


教室の中は暖房が効いていて温かいと言っても、寒さがあまり得意ではない俺にとってキツい時期だというのは変わりないようだ。朝からくしゃみが止まらん。


そして、そんな俺を心配そうどころか何処か引いた様子で見ている晴香。


しょうがないだろ、くしゃみの時の声が変なのは昔からなんだから。



「てか、もりお~!今日が何の日か分かってるのぉ?」


「?なんだ?小テストでもあったっけ?」


「マジメか!じゃなくてぇ、今日はいったい何月何日でしょーか」


「???2月14日、だな」


「ふふふ、ということはぁ?」


「…………………………………あ、バレンタインか」


「間ぁ長っ!え、もしかしてガチで気づいてなかったの?」



そうか、言われて初めて気づいた。


今日はお菓子会社の陰謀、血をチョコで洗う戦の日とも名高い聖バレンタインデー、というやつか。


…去年までの俺にはまったく縁遠いイベントであったが故に、存在自体をすっかり忘れてしまっていた。


だって、しょうがないだろう。去年までの俺はただの不潔なキモオタだったんだから。家族以外から貰うことなどありえなかったんだから。


でも、そうか…チャラ男となった今なら、ワンチャン貰える可能性があるってことか!


あ、そう考えてきたらなんか急に緊張してきた。すげーソワソワするし無意味に髪の毛をくねくねしたくなるし胸元のネックレス見せびらかしたくなる。こ、これがバレンタイン効果という奴なのか。



「…ねぇじゅん。なんか、もりおが急にキモくなったんだけど」


「ほっとけよ。どうせバレンタインだってこと自覚したとたんチョコが貰えるか気になって仕方がなくなったんだろ」


「…ねぇじゅん。はるか手鏡持ってるけど、自分の姿見てみる?冬なのに半袖で筋肉アピしまくってる自分の姿見てみる?」



…あ、待てよ。ということは、もしかしたら天上院さんからも貰えるかもしれない、ということか!


彼女からのチョコ…ということは、つまり本命チョコ、ということになるのでは?


いや、天上院さんは俺の勢いだけの告白に押されてとりあえず告白を受け入れたって感じだったし、ということは義理チョコになるんじゃないか?それでも十分嬉しいけど。


いや、逆に…俺が本命だと思って受け取れば、それはもう義理チョコではなく本命チョコということになるんじゃないか?そうすれば逆に本命チョコになるんじゃないか?


いかん、初めてチョコを貰えると考えた途端、なんか思考がおかしくなってきた気がする。


落ち着け。まだ貰えると決まったわけじゃない。Coolだ、Koolになるんだ、守谷郁男。



「…でね、もりお。なんか今のもりおちょっとキモいからあんま渡したくないんだけど…はいこれ!はるかからのチョコだよぉ」



いいいいいいいいいぃぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


Coolとかもうどうでもいいわ、超嬉しいんだけど!!!


家族以外の女性からの、人生初のチョコレート…!


可愛くラッピングされた小さな袋の中には、ハート型の小さなチョコレートが数個入っている…って、もしかしてこれ、



「晴香、これ手作りなんじゃ?」


「ふっふっふ、そのとーり!はるかちゃん自家製チョコレートだよ!あ、でもでも、勘違いしないでよ。もちろん義理、なんだからね!」



おいおいおいおいおいおい…なんだ、女神か?晴香は実は女神だったのか!?拝んどいたほうがいいのか!?



「ありがてぇありがてぇ」


「ちょっ、ツンデレっぽく渡したのにスルー!?っつか拝まないでよ!フツーにお礼してよぉ!」


「おい、ハルよ。俺にはないのかよ」


「ん~、じゅんにはこれ」


「おいこれティロルチョコじゃねぇか。しかも一つだけって」



だがそれでも純は嬉しそうだ。ニヤケ面が隠せていない。てか、純のニヤケ面はちょっと怖いのだが。



「きょーこにも、はるかの手作りチョコだよぉ」


「ありがとう、ハル。はい、これはあたしからのお返し。あたしは手作りなんて柄でもないし、既製品だけどね」


「うぅん、それでも嬉し~!ありがときょーこ!」



純の横ではキャッキャッと女子同士でのチョコレート交換が繰り広げられていた。友チョコってやつか。


でも、杏子は顔も胸も男みた「モーリーなんか私の胸に文句でもあんの?」いや、とてもスレンダーなので、見ようによってはこちらも男女のチョコレート交換に見えなくもないな。


だからだろうか。



「ほら、ジュンとモーリーにもあげるわよ」


「おう、ありがとな」


「本当か、ありがとう」


「…ハルから貰った時とは随分リアクションに差があるじゃないの」



なんか、女子からチョコを貰った感が薄いというか。いや、嬉しいんだけどね?貰えるだけでどちゃくそ嬉しいのには違いないんだけどね?


…ん?ちらっと杏子のカバンの中が見えてしまったが、もう一つチョコが入ってるな。しかも俺たちに渡してくれたものよりも一回り大きいサイズの箱だ。他に誰か渡す相手がいるんだろうか?



「…ん、おぉ。ティロルも久々に食うとうめぇな」



純が早速貰ったチョコを食べ始めたので、俺も一緒になって食べ始めた。


まずは杏子から貰ったチョコ…うん、美味しい。ビターチョコか。杏子のイメージ的にぴったりって感じのチョイスだな。


そして次は晴香から貰ったチョコ。なんか、横から晴香が凝視してくるからちょっと食べづらいんだが…これはっ!



「美味い、美味いぞ晴香!」


「ほんとっ!?やったぁぁ!」



晴香のことだからベタに塩と砂糖の取り違えでもしているかと思ったが、普通に美味しい。それに手作りをしてくれたというプライスレスなポイントも加味すると…



「最高だよ、晴香…ありがとうな」


「ちょ、ちょっと褒めすぎだよぉ、もぅ」



晴香は珍しく顔を真っ赤にして、縮こまってしまった。


チョコの出来を褒めただけで照れるなんて、晴香もこんな格好してるけど意外と初心なんだな。



――このとき、純と杏子が複雑そうな表情でこちらを見ていたことに、この時の俺は気づいていなかった。



―――――



そして、放課後。下駄箱の前。


あれから俺は特に他の女子からチョコを貰うこともなく、いつも通りに学校は終わってしまった。


…うん、分かってた。脱オタしたところで、俺の顔がかっこよくなったとかそんなわけではない。所詮粋がっているだけのフツメンに過ぎないのだから…ぐすん。


それに比べて、純はちょくちょく女の子からチョコを貰っているようだった。確かに見た目はちょっと厳ついけど、気遣いもできるし基本高スペックだからな。


ちなみに杏子は紙袋二つ分が一杯になるほど貰っていた。だろうな。


それにしても…俺は天上院さんからもチョコを貰えずにいた。


朝からPINEはちょこちょことしているが、そういったことが話題に出ることもない。


学校ではいつも通り特に顔を合わせることもなかったし、放課後に会う約束もしていない。


高望み、しすぎたのだろうか。


さっきも思ったが、天上院さんは別に俺のことが好きで付き合い始めたわけじゃない。


あの頃に比べたら多少は仲良くなれたのかもしれないが、それが異性として好きの領域に達しているかと言えば、きっとそんなことはないのだろう。


そんな相手にチョコを送るなんて、天上院さんなら考えもしないのかもしれない、な。


俺はため息をつきながら自分の下駄箱を開けた。



「……あ」


「もりお~?どったのぉ?」


「い、いや、なんでもないよ」



驚いて声を出してしまい晴香に聞こえてしまったが、俺はとっさに誤魔化した。


だって驚くだろ?下駄箱の中にチョコなんて、ベタな展開が自分の身に起こったら。


可愛く包装された袋の中に入っていたのは、少量のチョコと一通の手紙。


手紙には天上院さんらしい丁寧な字で、俺へのメッセージが書かれていた。



『ハッピーバレンタインです、守谷くん。


あまりたくさんあると飽きてしまうと思ったので、少しだけですが、手作りチョコです。

私一応、彼女、ですから。

要らなかったら捨ててくださって構いません。


渡す機会がなさそうだったので、失礼ですが下駄箱に入れさせていただきました。

ちゃんと袋に防臭加工をしてあるので、安心してください。


天上院結愛より』



…そういえば、前にパンケーキを食べに行った時もそうだったが、天上院さんは結構ベタな展開とか、好きだったな。


俺は晴香たちに見つからないようにチョコを一粒だけ口に含み、残りは手紙と共に大事にカバンの中に仕舞った。


天上院さん手作りのそのチョコは、ほんのり塩味がした。


だから、ベタかって。



―――――



「ぶぇっくしゅぉん!うぅ、ただいま」



うーん、やっぱりくしゃみが止まらない。気温のせいかと思っていたが、もしや風邪をひいてしまったのだろうか。


後で熱でも測ろう。



「おかえりなさい、お兄ちゃん」



自宅の玄関で靴を脱いでいると、後ろから声がかかった。


振り向くと、そこには金髪ドリル縦ロールにモノトーンのゴスロリファッションという、なんともアレな格好をした葵の姿があった。



「葵…お前、家でその格好はどうかって、お兄ちゃんいつも言ってるよな」


「えぇ、いいでしょ?可愛いんだもん」


「そういうことじゃ…ふぁっくしょぃぃん!もういいや、母さんたちは?」


「今日からまた出張だって。一週間は帰ってこないって言ってたよ」


「うへぇ、じゃあ晩御飯用意しなくちゃだなぁ…面倒くさい」


「ふふふ、お兄ちゃんと二人きり。お兄さんと、一週間、夜まで、二人きり…ふふふふふ」



葵が何かぶつぶつとつぶやいているが、俺は取り合わずにリビングに向かった。


あー、ふらふらする。本格的に身体の調子が悪いみたいだ。


とりあえず、カバンから弁当箱を取り出し水につけておく。


それから、あー、それから熱だ。熱を測らなきゃ。体温計はどこだっけ?



「……お兄ちゃん、これはいったい、ナニ?」



ふと、後ろを振り返ると、葵は俺のカバンの中にあった天上院さんから貰ったチョコを手に持っていた。


…あ、さっきカバンを開けっぱなしにしていたから。



「葵!お前人のカバンを勝手に」


「質問にコタエテ!!!」



鼓膜が破れるんじゃないかと錯覚するほどの、叫び声。


それを発した葵は、ただでさえ大きな目を限界まで見開いており、その瞳孔には一点の光も見られなかった。



「お兄ちゃん、もしかしてこれ、バレンタインのチョコレート?今まで一つも貰ったことがなかったのに?僕以外の子から、初めて貰ったチョコレートってこと?それも、もしかしてこれ、本命チョコ?」


「あ、葵?ちょっと落ち着――」


「僕だけのお兄ちゃんなのに。お兄ちゃんには僕以外の子なんて要らないはずなのに。もしかして、あの時に見た小娘なの?あんなぱっとしない小娘がお兄さんの彼女なわけないよね?お兄ちゃんはギャルっぽい子が好きだって言ってたもんね。僕はギャルっぽい恰好が似合わないから泣く泣く諦めたっていうのにお兄ちゃんがあんな芋っぽい女がいいだなんてそんなわけないものね。お兄ちゃんがそんな嘘を僕につくはずがないものね。もしかしてお兄ちゃん、あの小娘にストーカーでもされているのかな?きっとそうだよね?大丈夫だよ、僕がしっかりとお兄ちゃんのことを守ってあげるから。お兄ちゃんの味方は僕だけなんだから、ネ?」



葵の手には、いつのまにかチョコではなく細長いナニカが握られていた。


嫌な予感がして、というより、その気迫に恐怖して、俺はゆっくりと後退する。


首を傾けながら迫りくる葵に合わせてじりじりと後退するが、後ろはもう、壁だ。


退路のなくなった俺の前に、ケタケタと笑う葵が立つ。


そしてその手の中にあるソレを、思い切り振り上げて――。


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