デートの締めはいつものように
うぅ、とんだ痴態を晒すことになってしまいました。まさか私が妄想の世界に旅立っている間によ、涎の処理まで任せてしまっていたなんて…。
まさかあんな魅力的な女性店員がいるなんて思ってもみなかったです。
なんですか、あの子は?
銀髪に青い瞳にロリっ子体形って、属性盛りすぎではないですか?パンケーキに乗ってるクリームじゃないんですから、なんて。
あとは姉妹じゃない方のシスター属性があれば完璧ですよ!大食い属性も加味されるとなお良しですね!
…はぁ、一時間ほど前に『オープンオタクの名にかけて!(キリッ)』とかほざいていたのはいったいどこの誰だったでしょうか、はい私ですね反省はしてませんが後悔でいっぱいです。
ここからは怒涛の甘々デート展開で守谷くんを脳内ブドウ糖飽和状態にしてやりますよ、ええ。
それにしても、なかなかお料理が出てきませんね。
やっぱりだいぶ繁盛しているようです、流石パンケーキ効果ですね。
「お待たせしてすみません、お料理の方お持ち致しました」
っと、ちょうどお料理が運ばれてきました。
運んできていただいた店員さんは先ほどの銀髪美少女ではありませんでしたが、これまたキャラの濃いお方でした。
薄緑色の髪をオールバックにまとめ、左眼にはモノクル…と言いましたか、漫画で執事キャラがつけていそうな片眼鏡をつけた高身長の男の方です。服装も執事服のようなものを着ていますし、これまた本当に二次元から出て来たかのようなお方ですね。興奮しますが、流石に自重します。
前評判に合った通り、まさに店員さんだけでも一見の価値があるお店みたいですね。
「こちら、塩キャラメルのパンケーキと、こちらはチョコバナナのパンケーキですね」
守谷くんの前には塩キャラメル味のパンケーキが、私の前にはチョコバナナ味のものが置かれました。
おおぉぉお!久しぶりにパンケーキというものを目の当たりにしましたが、相変わらずすごいインパクトのある見た目ですね。
焼きたてでフワフワのパンケーキの上に、暴力的なまでに積み上げられた生クリームの山。新雪が降り積もったかのようなその山は、色彩の対比を表現しているかのごとく黒色のチョコレートでしっかりとコーティングされており、山の麓には惜しげもなくバナナが散りばめられています。
すごいです!美味しそうです!アウスタ映えアウスタ映え、という奴です!…あ、アウスタ映えというのは写真投稿アプリ、『outstagram』から来ている流行語、らしいですが意味はよくわかりません。
とりあえず、写真を撮っておきましょう。先ほど店内での写真撮影OKの張り紙を見つけたので問題ないはずです。
スマホでパシャパシャとしていると、守谷くんが意外そうな口ぶりで話しかけてきました。
「天上院さんって、そういうことするんだね」
「そ、そういうことと、言うと?」
「その、食べる前に写真撮るのが意外でさ…俺のイメージだと、写真なんか撮らないですぐにパクパク行きそうだったから」
「ぐ…た、確かに私の女子力は漫画『銀多摩』のモラルよりも遥かに低いですが」
「例えがわかりや…わかりづらい」
「こ、これでも一応、JKですから。決して女子力皆無などではなく女子校生ですから」
「そ、そっか…なんかごめん」
ふぅ、分かればいいのです。
さて、写真も撮り終えたことですし早速いただきましょう。ぱくり。
――これは…!美味!圧倒的、美味!
パン生地が、口の中に入った瞬間にとろけていくようです。それに甘さ控えめなパンケーキと、甘々な生クリーム、チョコソースが絶妙なバランスを保っています。これなら生クリームの量の割に飽きずに最後まで食べられそうです。
ぬふー、この味にはこのお店が人気なのも納得です。
チラリと、守谷くんの方を見ると彼もとても美味しそうにパンケーキを頬張っています。
「も、守谷くん。お味はいかがでしょうか?」
「うん、とっても美味しいよ!天上院さんのも、美味しそうだね」
「は、はい!こちらも凄く美味しいです。」
…よかった。私から誘ったので心配していましたが、どうやら満足していただいているようです。
それにしても、守谷くんが食べている塩キャラメル味のものもとても美味しそうです。
少し食べてみたいですね…はっ!
こ、これはもしや、『あーんチャンス』というものでは!?
ここで私が『よかったら食べてみますか?』と一言声をかけることで、この生クリームよりも甘々な食べさせ合いっこ展開が繰り広げられるのではないでしょうか?
ここは、攻め時です!
「あ、あの、守谷くん!」
「ん?」
「あの、よ、よかったら、私の、あの、えーと…ナンデモナイデス」
あ、無理でした。
交際経験なしのオタク女子にはハードルが高かったようです。自分から『あーんして♡』と提案するなんてそ、そんなの無理です!キャラじゃありません!
うー、でもそれだとさっきせっかく新たにした決意というものが…、
「俺、天上院さんのも食べてみたいな。よかったら俺にも食べさせてくれない?」
…まさかの守谷くんからの攻め!
な、なんということでしょう。ヘタレの守谷くんにそんな勇気があったなんて!…いや、数秒前の私も十分ヘタレでしたね、はい。
しかし、この機を逃す手はありません。私は食べやすい量をフォークに刺して、守谷くんに差し出しました。
「わ、わかりました。そ、それではあの、あ、あー…」
「今店員さんに取り皿を持ってきてもら…あ、そ、そういう感じ?」
――硬直。両者、硬直。
わ、私はなんて恥ずかしい勘違いをぉぉぉぉぉ!?
そ、そうですよね!普通取り皿に分けてシェアするものですよね!今どきそんな、あーんだなんてしないですものね!他人が使った食器だなんて不衛生ですものね、ええ!分かってましたよ、守谷くんがヘタレだなんて分かってましたとも!逆切れ?そんなことありませんよ!
目をグルグル動かしながら固まった私の手から、ふと重さがなくなった感触がありました。
そちらに目を向けると、守谷くんが私の差し出したパンケーキを、た、食べていました。
「うん、美味しいよ。ありがとう、天上院さん」
「あ、え、あ、どういたしまし、て?」
「ほら、天上院さんも俺の食べなよ」
そう言って差し出された彼のパンケーキを、恐る恐る口に含みます。
「美味しい、です」
嘘です。味なんて、分かりませんでした。
――はぁ…わたしが赤くなっててどうすんの。
ごほん、流石は守谷くん。平然とした顔であーんされました。オタクっぽい格好のせいで忘れかけていましたが、一応彼はチャラ男でした…こういうことにも慣れっこでしたね。
ヘタレだなんて思ってしまってすみません。
もう、心は折れかけです。目的だけはしっかりと果たして、今日はもう大人しくしていましょう。
―――――
無。
俺の心は、無の境地であった。
天上院さんから突如差し出されたフォークとパンケーキ。
取り皿をもらって分け合うと思っていたら、まさかの食べさせ合いっこの提案。
この不測の事態に、残念な俺の頭はいつものようにフル回転を始めた。
――やべー、そういう意味か!天上院さん随分積極的だな!てかこれ恥ずかしすぎでは?いや、でも差し出したまま硬直してる天上院さんの方が絶対恥ずかしいよな?もうこれはぱっくと行くしか…いや、でも視線が、視線が!
…だが、ここで一つの気づき。
それが、無!
いつも考えすぎで失敗してるんだし、逆に何も考えなければ成功するんじゃね?という逆転の発想。
故の、無!
本能(ラノベのセリフを参考)に基づき無の心で対応をした結果、どうやらうまくいったようだ。
気付いたら食べさせ合いっこは終わっていた。
勝った!これは俺の勝利だろう、やったぜ!何に勝ったかはわかんないけど!
そうやって何かに対する初勝利の余韻に浸っていると、天上院さんが口を開いた。
「そ、そういえばですね。守谷くんは今回塩キャラメル味を注文したじゃないですか」
「ん?あぁ、そうだね。それがどうかしたの?」
「それって、あ、あんまり甘くはないじゃないですか?…あれ、甘くない、ですよね?」
「?天上院さんも食べたからわかると思うけど、そうだね、結構甘さ控えめかな」
「で、ですよね、そうでしたね!…それでその、もしかして守谷くんはあまり甘い物は得意ではないのでしょうか?」
「いや、甘い物は好きだよ。ただ甘ったるいと途中で飽きちゃいそうだからこれにしてみたんだよね」
「と、ということは、少量であれば甘くても大丈夫、ですか?」
「???そうだね?」
「そ、そうですか…目的は果たしました」
最後なんて言っているのか聞こえなかったが、どうやら天上院さんは満足したようでまた食事を再開した。何なんだろう、いったい?
疑問に思いながら、でも聞き返すのも野暮に感じられたため、俺も食事を再開した。
「食後のコーヒーの方をお持ちしました」
俺たちが食べ終わるタイミングで、銀髪少女の店員さんがコーヒーを運んできてくれた。小さいができるな、この子。
お礼を言いながら受け取っていると、ふと少女の顔に疲れが表れているように感じて、
「やっぱり、忙しいんですか?」
つい声をかけてしまった。
分かり切ったことを聞いてしまったかなとも思ったが、少女は一瞬目を見開いた後、俺との会話に応じてくれた。
「あ、すみません。顔に出てしまってたですか」
「いえ、その…まぁ少し」
「申し訳ございません。最近、立て続けに二人ほどアルバイトが辞めてしまいまして」
「それは大変ですね。こんなに繁盛してるのに」
「はい…土日のどちらだけでも入ってくれる人が増えてくれれば、それだけでだいぶシフト状況も改善されるのですが」
「アルバイト募集の広告とかは出してないんですか?ここまでの人気店ならすぐに見つかりそうなものですが」
「…ウチのお店のスタッフはその、個性的なメンバーが多くてですね」
…あぁ、確かに。
この子もそうだが、さっき料理を運んできてくれた男の人もすごく印象的だったしな。
募集をかけても気後れしてしまう人が多いのだろう。
「っと、ということは今も忙しいですよね。時間とらせてしまってすみません」
「いえいえ、いいんです。お客様とお話できたことで、私もリフレッシュできましたから。ありがとうございますです」
そう言って微笑み、去っていった銀髪少女。
天使か。
…と思っていると天上院さんにジト目で見られていることに気が付いたので、俺は目を逸らしながらコーヒーを飲むのであった。美味しい。
―――――
お会計を済ませて、私たちはお店を出ました。
パンケーキは美味しかったですし、目的も果たせましたし、結果的に食べさせ合いも叶ったため満足です。
満足、ですが…先ほどの店員さんの姿を思い出すだけでオタク魂が刺激されていることが、自分でも分かります。
うずうずします。あぁ、本屋さんに行きたいです。アニメショップに行きたいです。
ですが、自重しなければいけません。
ここでその類のお店に行ってしまったら、せっかくのデートらしいデートが台無しなのですから…。
「じゃあ天上院さん、今日はどこの本屋さんに行こうか?」
――!?
「さっきの店員さんを見て、きっと天上院さんのオタク魂が刺激されてるんじゃないかなって思ってさ」
「な、なぜそこまで!?で、ですが、そしたらまた、せっかくのデートが台無しになってしまいませんか?」
「んー、俺もそうだか…いや、なんとなく!なんとなくそうかなって!それに天上院さんの喜ぶ顔が見れなかったら、それこそデートが台無しだよ。だから、行こうぜ」
…なんなんですか、守谷くんは。
さっきのあーんは気づかなかったくせに、こういうことにはすぐ気づかんですから、もう。
こうして私たちは本屋さんに向かい、いつも通りのデートの終わりを迎えたのでした。
もうこれが、私たちなりのスタイルなのでしょうと、諦めながら。




