守谷くんは意気地なし
新学期が始まって早二週間。
天上院さんとの初デートから数えると既に一カ月が過ぎようとしていた。
その間、PINEでのトークと毎晩の電話は欠かさなかったが、実際に顔を合わせて話すことは一度もなかった。
何故かって?HAHAHA!
――それは俺がヘタレだからさ!
…はぁ、無理にテンション上げようとしたけど全然上がらなかった。余計さげぽよ。あ、これもう死語か。
俺ってやつはどうしてこんなにもチキンハートなのだろうか。
初デートの最後、天上院さんの素顔を初めて見たあの時からずっと。
彼女のあの顔が、あの目が、頭から離れないでいた。
滅茶苦茶美人で、俺の好みド真ん中な顔立ち。
彼女の顔を思い出すだけで心臓はバクバクと活動意欲を高め始める。
ずっとそんな調子だから、俺は天上院さんを次のデートに誘うどころか、彼女と顔を合わせて話すことすらできずにいた。
しかもその間にはクリスマス、初詣だなんて数多のカップル御用達のリア充イベントも目白押しだったというのに。
俺はというと、それらのイベント事は全て晴香たちいつものメンバーで過ごしてしまった。
いや、それはそれで楽しかったけども!でも一応彼女がいる立場としてそれってどうなんだよ?
せめてクリスマスくらい、俺から誘うべきだったよな?俺から誘うべきだったよね?
本当に、自分の愚かさというか、ヘタレ具合というか、そういうのを嫌でも認識することになってしまって…
「辛い…」
「なぁ、モーリー。真に辛いのは便器の前からまったく動こうとしないお前のことを律義に待ち続ける俺の方だと思うぜ」
低音イケボでそう抗議してきた純は、トイレの入り口で呆れ顔をしながら俺のことを待ってくれていた。
そうだ、俺は純と一緒にトイレに来ているところだった。
そして小便器の前でひたすら考え事をしていたというわけだ。丸出しのままで。きゃっ、恥ずかしい。
…マジで何してんだ俺は。
さっさと用を足し、手を洗ってから俺は純と二人で教室に戻り始めた。
―――――
「なぁんか最近、ぼさーっとすること多くなったよな、お前。何かあったのか?」
教室への道すがら、純にそう言われた。
確かに近頃、考え事をしていてぼーっとすることが多くなった気がする。
けど、その考え事というのも、大部分が天上院さんのことであって。
天上院さんと俺との交際は未だ秘密のものであるから、純には申し訳ないが相談することもできないのであって。
…あ、また天上院さんの顔が思い出されてきてしまった。
「はん?なーんで急に赤くなってるんだお前は?」
「な、なんでもないよ」
いかんいかん、落ち着け守谷郁男。
一旦天上院さんのことは忘れるんだ。
純は結構鋭い奴だし、俺もどこでボロを出すか分かったものじゃない。
ここは晴香の話でもして話題を逸らそう。
「そ、そういえば新学期に入ってから晴香から遊びに誘われることが多くなったんだけど、純は何か知ってるか?」
「あん?何も知らねーよ」
「あ、そ、そうですか」
ただ話題を変えようとして晴香の名前を出しただけなのに、なんか純が超怖かった。思わず敬語になってしまった。
いつものおちゃらけた態度からたまに忘れそうになるけど、純は高身長でガタイもイイ上に声も低いから『あん?』とか言われると普通に怖いんだよな。威圧感がすさまじい。
何に怒ってるんだろう?晴香と純は幼馴染らしく仲が良いので話題に出してみたんだけど…選択肢間違えたかな、俺?超怖い。
「あぁ、悪かったな。別に怒っちゃいねぇんだ」
俺がガクガク震えているのに気付いたのか、純は頭をポリポリと掻きながら謝ってくれた。
彼はそのまま続ける。
「ハルといえばむしろ俺が聞きたいんだけどよ、モーリー。最近あいつからなんか聞かれたか?」
「えと、何かって?」
「ほら、なんか隠し事してないのかー、とか?」
「い、いや?何も聞かれてないけど?」
訳も分からず正直に答えると、純は「あいつ…本来の目的忘れてやがったのか」と呟きながら天を仰いだ。
隠し事?何のことだろう?
ももも、もしかして、俺が天上院さんと付き合っていることがバレたのか?
せっかく天上院さんに隠してもらうようお願いしたのに…。
天上院さんに…天上院さん…またしても彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
「…なぁ、モーリー。もしかして風邪か?また顔が赤くなってるぜ」
「え、な、い、いや、何でもない!何でもないから!」
またも紅潮した頬を隠しながら慌てて誤魔化す。
くそっ、思い出すだけで逐一赤くなっててどうすんだ、俺は。少し冷静になれ。
それよりも今はさっき純が言っていたことについて問いたださないと。
「そんなことよりも純、さっき言いかけてた隠し事がどうのって、あれは――」
「わぷっ」
軽い衝撃と共に言葉が遮られ、俺の胸元には誰かがもたれかかっていた。
どうやら横を歩く純の方を見ながら歩いていたから、前から来ていた人影に気が付かなかったみたいで、誰かにぶつかってしまったようだ。
「あ、すまん――って」
なんだか、聞き覚えのある、声の、ような?
「て、ててててて天上院さん!?」
うん、期せずして俺の胸に飛び込んできてしまったのは他でもない、天上院さんでしたとさ。
ぼさぼさの髪から漂うバニラの香りは、彼女の使っているシャンプーの香りだろうか?いい匂いだなぁ(現実逃避)。
「あ、あの、守谷くん?」
「――!うわ、ごめん!」
天上院さんに声をかけられてようやく我に返り、彼女から身体を離した。
あ、危ない。あのままだと俺は永遠と天上院さんの髪の匂いを嗅ぎ続ける変態に成り下がるところだった。
ん?もう片足突っ込んでるって?HAHAHA、気のせい気のせい。
彼女は相も変わらず分厚い眼鏡と前髪で目元をがっちりと覆っており、あの時見た彼女の瞳は、今はまったく見えない。
これなら彼女ともまともに話せるかもしれない。
けど、なんだろう。
今度は暫く話してなかった気まずさから話しかけづらい。
あぁ、もう!俺のヘタレ!なんでもいいから声かけろよ!コミュ強チャラ男キャラはどこいったんだよ!
「おーい、モーリー。謝ったんならもういいだろ?さっさと教室戻ろうぜ」
「あ、あぁ」
やべ、横にいる純のことすっかり忘れてた。
…てか、そうだよな。天上院さんにぶつかったのはたまたまだし、別に今話す必要なんてないんだよな。
久しぶりに彼女と接して、予想以上に浮かれている自分がいることに気が付いた。
もしかして、俺は彼女を…い、いやいやいや。そんなことあるわけない。
だいたい俺はギャルっぽい子がストライクゾーンなのであって、天上院さんみたいな地味っこは球種で例えるならカーブ寄りというか…いやカーブってちゃんと投げればそれストライクゾーン捉えられるじゃん!そういうことじゃなくて、
「…モーリー?」
おっと、また思考がスリップしてしまっていたようだ。
と、とにかく、もうこれについて考えるのはやめよう。
俺は天上院さんに別れを告げて、彼女の横を通り過ぎ――
「あ、あの、守谷くん!私、も、守谷くんにお話があるんです」
――通り過ぎようとした俺の制服の袖を握り、彼女は俺を呼び止めた。
…え、な、なんだろう。彼女から話しかけて来るなんて嬉し…じゃない、喜び…でもない、珍しい。
それに、なんだか真剣そうな表情をしている…気がする。顔の下半分しか見えないからそんな気がするだけだけど。
「えと、なんの用かな?」
ドキドキしながら彼女の返事を待つ…いや、ドキドキしてどうすんだ俺は。
告白の返事待ちの男子か俺は。
…あ、なんか昔の記憶が蘇りそうだからこの例えは止めよう。
天上院さんは唇を一度軽く噛んでから、ゆっくりと口を開いた。
「さっき職員室にいる先生が守谷くんのことを呼んでました」
…って、そんなことかよ!
なんか真に迫った感じで呼び止めて来たから、重要な話があるのかと勘繰っちゃたじゃん!
はぁ、久しぶりに話せたってのに、こんなもんか。
もう少しだけ、話したかったな。
「分かったよ。純は先に教室戻っててくれ」
「了解」
純には教室に戻るように言い、俺は反対方向にある職員室に向かおうとする。
振り向きざまに一瞬、純が微妙そうな顔をしたのは気のせいだろうか。
俺はそのまま職員室へ、天上院さんと一緒に向かって歩き…ん?あれ?
「て、天上院さん?別に俺についてくる必要ないよ?」
「守谷くん、先生は先生でも、どの先生に呼ばれたのか、分かってないです、よね?」
…なるほど。だから一緒に付いてきてくれてるのか。でも、
「それなら誰に呼ばれたのか教えてくれたら――」
「それに」
俺の言葉を遮って、彼女は俯きながら、小さな、小さな声で一言呟いた。
「久しぶりに守谷くんとお話しできたから、もう少しだけお話ししたかったん、です。ダメ、でしたか?」
――そっか、俺だけじゃなかったんだ。
彼女も、俺と同じ気持ちでいてくれたんだ。
俺は彼女と並び、話をしながら職員室へと向かった。
たいした話はできなかったけど、それでも久しぶりに彼女と話すことのできた俺の心は、とても晴れやかだった。




