天上院さんの人生初デート
――月曜日。
今日は私にとって人生初となる、で、デートの日です。
お相手は私のか、彼氏であらせられる守谷くん。
地味っこの私とは相反する、チャラ男でリア充な男の子です。
朝、集合時間の30分前に駅に到着した私の目に映っていたのは、身体をくねくねさせ、時折叫び声を発する守谷くんの姿でした。
ドン引きしました。
あれが私のか、彼氏かと思うと私はいったいどこで人生の選択肢を間違えてしまったのか、はてロードボタンはいったいどこでしょうか、とまで考えてしまいました。
なかなか奇行を止めようとしない守谷くんに声をかけづらく、変人を後ろからこっそりと見守る私、という構図のまま30分が経過しようとしていました。
そろそろ約束の時間ですし、いい加減声をかけましょう。勇気をもって。私ならできます。ちょっと不審者と交流を図るだけの簡単なお仕事です。
そう思って守谷くんに近づいた時、私はあることに気が付きました。
冬休みに入った私たちは当然制服ではなく私服を着ているわけですが、今日の守谷くんの格好は、普段のチャラ男スタイルからは想像もできないほど地味なものでした。
派手な金髪をニット帽で覆い、ピアスなどのアクセサリー類は一切身につけていません。代わりに地味な黒縁眼鏡をかけています。
服装も上まで閉めたチェック柄のシャツの上に黒のピーコートを羽織り、下はベージュのチノパンと、なんだかちょっとオタクっぽさが出ていました。
きっとそれは、守谷くんなりの配慮だったのでしょう。
人が多く集まる駅で、交際していることを秘密にしている私たちがデートをするわけですから、学校の人に見つかっても守谷くんと分からないよう、いつもとは違う格好をしてきたのでしょう。
ですが、別にそこまでオタクっぽい恰好に振り切る必要はなかったはずです。
守谷くんはよく見たらイケメンというわけでもないですし、大きな特徴もない、一言で言うならば没個性を体現したかのような平凡顔です。普段はチャラい恰好と髪型でなんちゃって雰囲気イケメンを気取っていますが、それがない今の守谷くんはTHE・一般ピーポーという感じです。
金髪を隠して眼鏡をかけるだけで、十分人混みに埋もれることが可能でしょう。
もしかしたらいつもと正反対に振り切った格好をすることで、より完璧な変装を求めたのかもしれません。
でももし、もしもその格好に、別の意味があるのだとしたら、
『つり合いなんて知ったことか!つり合っていないのなら、つり合うように努力すればいい』
あの日、守谷くんが言い放ったセリフが頭をよぎります。
――そういうこと、なのでしょうか。
私は緩んだ頬を必死に引き締めながら、守谷くんに声をかけました。
―――――
そんな風に駆け出しからおかしな雰囲気で始まったデートは、とても楽しかったです。
映画館では守谷くんが私の見たかったアニメ映画を一緒に観てくれました。
アニメ映画なんて守谷くんにはつまらないかもしれないと思いましたが、『天上院さんが一番に観たいものを一緒に観ようよ』と言ってくれた守谷くんは、その、ちょっとだけ、かっこよかったです。
映画鑑賞は思っていた以上に白熱するものとなりました。
もしかしたら暗い映画館で手と手が重なってドキドキ、なんて乙女チックな妄想をしていましたが、実際に映画が始まると興奮でそれどころじゃありませんでした。
隣を見ると守谷くんもとても興奮しており…というより何故か私以上に興奮しており、映画を選んでいるときに言ってくれていた言葉が無理をして言っていたものじゃないと分かってほっとしました。
映画鑑賞後は某有名チェーン店でお昼を食べながら映画の感想を言い交しました。
なんだか守谷くんがすごく詳しそうにお話に乗ってくれたので、話していてとても楽しかったです。ネットで調べてまで話を合わせてくれていたみたいですから、守谷くんは本当に優しい人です。
私は今まで彼氏どころか友達すらいませんでしたから、そうしてアニメ映画の感想を語り合うなんて経験も初めてでしたが、興奮を人と共有できるということはとても嬉しいことなんですよね。そんな当たり前のことに、改めて気づかされました。
――さて、昼食を終えた今、私たちがいるのは一般的なデートの定番コースでありそうな小洒落たカフェでも、キラキラとしたお洋服が沢山並んでいるファッションショップでもありません。
本屋さんです。
…ええ、分かっています。
もっと他にあっただろというご意見はまさにその通りだと思います。
ですが、守谷くんにどこに行きたいかと聞かれたとき、とっさに出てきたのが本屋さんだったのです。
だって仕方がないじゃないですか!午前中にあんな、素晴らしいアニメ映画を見てしまったのですから!私の中の二次元熱に薪を与えてしまったのですから!流石に駅構内にアニメショップはありませんから、それなら漫画やライトノベルの置いてある本屋さんに行くしかないじゃないですか!
それに守谷くんも守谷くんです。
きっとデート経験も豊富な守谷くんのことです、デートスポットとしてもっと他に最適解を知っているはずでしょうに。
なのに守谷くんは『あ、あぁ!天上院さんがそう言うならしょうがないな!うん、しょうがない。しょうがないから本屋に行こうか』なんてやけに食い気味に同意してくるのですから。
だから、仕方なく。そう、仕方なく本屋さんに来た、ということなのです!
…これ、初デートとしていったいどうなのでしょうか。
私が漫画・ライトノベルコーナーに行きたいことを察してくれたのでしょう。
守谷くんは文庫本や参考書が置かれたコーナーには目を向けず、一目散に奥にある漫画・ライトノベルコーナーへと歩いていきます。私もそれに追随します。
「俺はこういうのあんまり詳しくないからさ、天上院さんのお薦めとかあれば教えてくれよ」
漫画コーナーに到着すると、守谷くんはそうお願いしてきました。
しょ、しょうがないですねぇ。頼まれたからにはしょうがないです、はい。思う存分私のお薦めをご紹介してあげましょう。
…と、まずは守谷くんの持っている漫画の知識を聞いてみましょう。
「も、守谷くんは、どんな漫画ならよ、読んだことがありますか?」
「んー、そうだな…この忍者が主役の『MENMA -メンマ-』なら読んだことあるな」
「『MENMA -メンマ-』ですね。まさに王道の少年漫画、といった感じですよね。忍者の頂点を目指す主人公のメンマが仲間たちとの絆とたゆまぬ努力で強敵たちと戦っていき、最大のライバルとは敵対しながらも最終的には協力してラスボスを倒す様子は圧巻でした。流石週刊誌で15年近く続いていただけはありますよね。最近だと続編の『NATTO –ナット-』がアニメ化されて人気はさらに急上昇していますね」
「あとは、『TWO PIECE』とか」
「これまた名作ですね。ふた繋ぎの大秘宝を求めて多くのパイロットたちが大空を飛び回る大航空時代を舞台に、怪しげな実を食べてガム人間になった主人公が仲間を集めながら秘宝を目指す、やはり王道の少年漫画ですね。近頃は子供たちだけでなく普段漫画を読まないような女子校生ですら知っているというほどの絶大な人気を誇っており、アニメ化は当然のこと実写版映画の製作が決定したということで更なる知名度の獲得を図っていますね」
「…天上院さんってさ、漫画とかアニメとか語るときは滅茶苦茶饒舌になるよね。全然どもらないし」
「はうっ…!す、すみませんすみませんすみません!こんな長ったらしい誰にも求められてないような解説、う、ウザいだけですよね」
あ、あああああ!やってしまいました…いつもは心の中に留めていた無駄に長ったらしい解説を、つい口に出してしまいました。
聞いてくれる人がいるかと思うとなんだか止まらなくて、ついつい口を滑らせてしまいました。
どどど、どうしましょう。これだからオタクは…(嘲笑)とか、幻滅されていないでしょうか?
恐る恐る守谷くんの表情を窺ってみ…あれなんだかとてもいい笑顔をしています。
ウザいとかキモいとか、思われていないのでしょうか?
「ウザくなんてない!むしろ聞いてるだけで頭の中で物語が再生されるみたいで、すげー楽しいよ!むしろ俺からお願い。もっといろんな作品のこと、聞かせてくれよ!」
まさかのおかわりを要求されました!
こ、これは予想外の反応です。目をキラキラさせながら私の解説を待っています。なんだか逆にやりづらいのですがそれは。
…いえ、こんなことで気後れしてはいけません、私。
私だってオタクの端くれ、頼まれたのならば仕方ありません。えぇ、仕方ないのです。
守谷くんに、沢山の素晴らしい作品があることを教えて差し上げましょう!
「天上院さん、あれは知ってる?」
「『弄り上手の高田さん』ですね!今話題の胸キュン日常系ラブコメ漫画です。隣の席に座る男の子をヒロインの高田さんが弄り倒す、という内容なのですが高田さんが心にキュン!と来るようないじらしい弄り方をしてくるので見ているこっちがいくら壁があっても足りない程壁ドン不可避となる漫画ですね。アニメ化も決定しているので注目です」
「そうだよね!俺も手の皮が剥けるくらい…ごほん。へぇ、俺も今度読んでみよう!あっちの漫画は?」
「『新見さんがコミュ強です』ですか、こちらも日常系の漫画ですね。コミュ力が強すぎるがゆえに浅い関係の友達ばかりたくさんできてしまい、心からの親友ができない新見さんのために主人公の男の子が色々とお世話を焼きながら徐々に親友の数を増やしていくというお話です。一癖も二癖もある個性豊かな登場人物たちとの駆け引きや、主人公とヒロインとの見ていてじれったくなるような恋愛模様がとても癖になります」
「そうそう!俺はあの独特のネーミングセンスが好…うおぉっほん。そ、そうなんだ。じゃあ、これは?」
「なんと『ポチポチ少女』ですか!また通なところをチョイスしますね!ゲームが大好きだという作者さんの実体験をもとに描かれているゲーム好きにはたまらない一作です。少し癖のある絵柄をしていますが、逆にそれがハマってしまうといいますか。私的には同じ作者さんの作品である『ロースコアボーイ』なんかもお薦めですよ!」
「うんうん、実際にゲームをプレイしたことが無くてもプレイした気にさせてくれるという…いや、読んだことはまったくないんだけどそんな感じがするよね。じゃああれは――」
それから私たちは、というか私は本屋さんにある漫画やライトノベルについての解説を延々と守谷くんにしていました。
自分が話すのに夢中になりすぎて守谷くんがなんて相槌を打っていたのかは覚えていませんが、私のこんなひたすらに長い話でも夢中になって聞いてくれる守谷くんには感謝の念が堪えません。
私のこんなくだらないお話を、こんなにも真剣に、こんなにも楽しそうに聞いてくれるのは、守谷くんだけです。
守谷くん、だけなんです。
だから、ありがとうございます。
とてもとても楽しかったです。
心の底から、本当に楽しくて。だから、
――わたしも、ほんの少しだけ報われたような気がするよ。




