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守谷くんの人生初デート

――月曜日、朝。



俺は一人、駅前で突っ立っていた。


時刻は午前9時30分を回ったところで、約束の時間まではまだ30分以上ある。


特に見たいものもなく、ただぼーっとスマホを眺めている俺の脳裏には、あの朝の日の光景が思い出されていた。



―――――



「だって私のような地味っこと、守谷くんのようなリア充のチャラ男では、つり合いなんて到底、とれていませんから」



朝の図書室。


天上院さんに連れられてこられたその場所で、彼女は寂しそうに、悲しそうに、そう呟いた。


相変わらず前髪と眼鏡のせいで彼女の表情は見えなかったけれど、それでも、彼女が悩んでいることだけは伝わってきた。


きっと彼女にも、俺と付き合うことに対して思うことがあったのだろう。


天上院さんは、地味っこだ。


恋愛経験があるのかどうかは不明だが、少なくとも、そこまで経験豊富なようには到底見えない。


彼女がどう思っていたのかはわからないが、それでも彼女にとって、俺と付き合うことがたいしたことなんかじゃないことくらい、分かっていなければならなかったのに。


俺は自分勝手に不貞腐れて、彼女に挨拶すらまともにできなかった。


俺の、せいで。

俺の軽薄な行動のせいで。

俺がヘタレなせいで。


彼女に言わせてしまったのだ。


『つり合わない』なんて。


オタクだからという理由で振られた俺が、今でも隠れてオタクをやっている俺が、絶対に彼女に言わせてはいけない言葉を、言わせてしまったのだ。


自分に腹が立った。


何がチャラ男だ。何がリア充だ。


こんなに悩むほど真面目に俺のことを考えてくれていた女の子のことを傷つけておいて、そんなでかいツラ、できるわけがないだろ。



「そんなことない!」



気付けば俺は、自分でも驚くほどの大きな声を出していた。


言わなきゃいけない。


いくらヘタレな俺だとしても。


俺は今、ここで、天上院さんに言わなければいけないんだ。


ただ――まだ、なんて言うか考えてなかった。


あ、やばい。とりあえずイキって大声出してみたけど、自分が言いたいこと全然まとまってない。


伝えたいことはある、が、なんて言葉にすればいいのか分からない。


あぁぁ、頼むよ俺の残念な頭!こんな時くらいちゃんと働いてくれよ!


あ、どうしよう、天上院さん顔上げた!俺の次の言葉待ってる感じだこれ!


やばいやばいやばいやばいどうしようどうしようどうしようどうしろと!


頭の中でぐるぐると思考が駆け巡る。


天上院さん、天上院さん、天上院さんにかける言葉、天上院さん、そういえば教室で天上院さんが読んでたラノベ面白いよなぁ、ラノベ、『根暗・オタク・ぼっちの三重苦背負った僕が異世界転生した結果ww』、第二章、第38話、タイトル『身分違いの恋』…閃いた!


佐藤くん(主人公の名前)、君の力を借りるぜ!



「つり合いなんて知ったことか!つり合っていないのなら、つり合うように努力すればいい。俺は、俺は何をしてでも、天上院さんとこれからも付き合っていきと思っている!誰に何と言われても、絶対にだ!何があっても絶対に、絶対に!君のことを離さないから!」



―――――



あの時は、「つり合いなんて関係ないってことをかっこよく伝えられたZE☆」とか悦に浸ってたけど…



「どう考えてもクサすぎるだろぉぉぉ!!!」



思わず叫んでしまった。


あ、ちょうど目の前を通りすがった知らないおっさんに睨まれちゃったごめんなさい。


でも、本当にどうしてあんな言葉を自信満々に言い放ってしまったのか。


あの時は思考が完全にスパークしてしまっており…というより、あの短時間で頭が現実逃避を始めてしまっており、何故か教室で天上院さんが読んでいた例のラノベ――いい加減長いから『三重苦』としよう――その原作であるweb版のあるワンシーンを思い浮かべていたのだ。


それは、『三重苦』の主人公、佐藤くんが自分を異世界転生させた王国の姫に向けて言ったセリフ。


王族と、平民。身分は違えどそんなものは関係ないと言い切る、『三重苦』屈指の名シーン。


それをパク…もとい、引用した結果生まれたのが、俺史上屈指の迷シーンを作り上げたあのセリフ、ということである。


あぁぁ、なんだこれ。後からじわじわくるタイプのこの恥ずかしさ。穴があったら入りたい。ねじ込まれたい。むしろ俺が穴になりたい(?)。


天上院さんはどう思ってたのかな?というか天上院さんもきっとweb版『三重苦』読んでるよね?「うわ、こいつラノベ主人公かよ、引くわ…」とか思われてないかな?ナニソレ辛み。



「…なに気持ち悪い動きしてるんですか、も、守谷くん」



自らのできたてホヤホヤの黒歴史に悶絶していると、不意に後ろから声をかけられた。


振り向くとそこには路傍に捨てられた排泄物を見るかのごとく引きつった表情をした天上院さんの姿があった…気づいたらもう10時になっていたのか…30分も悶絶してたのか、俺…。


髪はぼさぼさ、いつもの眼鏡、色気のないジーンズに、薄灰色のコートを羽織った彼女の姿は、相変わらずの地味っこ具合であった。


彼女はなおも引きつった表情で続ける。



「なんだか駅前にく、くねくねした気持ち悪い動きをしている人がいたかと思ったら、わ、私の待ち合わせ相手とか、全力で帰りたくなりました、よ」


「やめてくださいお願いします」



全力で懇願して引き留めたとさ。


そう、今日俺たちが何故駅前にいるかというと、そう!デート!をするためなのである!




あの日、図書室で新たな黒歴史を背負ったあの日から、俺と天上院さんは学校で関わることは一切なかった。


だがその代わり、俺たちは少しずつ連絡を取り合うようになっていた。


日中はトークアプリで連絡を取り合い、夜には短い時間だが電話もするようになった。


それで初めて分かったのだが、天上院さんは意外と毒が強い。


元々心の中では毒づいていたのかもしれないが、俺と話すことに慣れてきたおかげでそれが少しずつ表面化してきたのかもしれない。


おっと、話が逸れてしまった…とまぁ、そんな感じで連絡を取り合っていると、ある時こんなやり取りがあったのだ。



天上院:私たち、こうして連絡をとることにもだいぶ慣れてきましたね。


守谷:そうだね。もうそろそろ直で話しても違和感なく喋れそうじゃない?w


天上院:ですね。では、今度二人で会ってみましょうか。


守谷:お、デートってやつ?w 行こ行こ!w


天上院:では、ちょうどお休みにも入ったことですし、月曜日の朝10時ごろに駅前集合でどうでしょうか?


守谷:おっけーい!w



と、こんな軽いノリで俺の人生初デートの予定が決まったのである。


正直、超楽しみ。


今まで彼女なんかいたことなかったし、というより中学の頃に振られてからリアル女子なんて好きになるか!まで思っていたし。


けど、成り行きとはいえ実際に彼女ができてデートをする、となると、なんというか…言い知れぬ感動に心がぴょんぴょん躍動するね!



「で、では、守谷くん。い、行きましょうか」


「お、おぅ!」



天上院さんに促され、思考をストップする。


今はせっかく天上院さんといるんだから、余計なことを考えてないでデートを楽しもう。



―――――



俺たちが集合した駅はこの市で最も大きな駅であり、駅構内にはショッピングセンターやフードコートなどの施設が充実しており、果ては映画館まで完備されている。


デートにはもってこいの場所と言っていいだろう。


俺たちはまず、映画館へと向かった。


事前に天上院さんと連絡を取っていた時点で、月曜の午前だし人はあまり多くないだろうから、映画館に着いてから何を見るか決めようという話になっていた。


映画館に到着すると、俺たちは現在上映中の映画を確認した。



「け、結構種類ありますね」


「そうだね。『ブター・ウォーズ』、『DESTROY 安土桃山ものがたり』あたりはCMでもよく見るね。純も見に行きたいって言ってたよ」


「た、確かにそうですね。で、ですが…」


(…でも、俺が一番観たいのは)


「わ、私的に一番観たいのは」


「(『ガールズ&パンダー』)」



おぉ、流石は天上院さん!パンダに乗って戦う美少女たちを描いた名作『ガールズ&パンダー』、その劇場版をチョイスするとは!


やばい、内心にやけてしまう。


チャラ男の見た目で隠れオタクなんてやってたから、なかなかこういう劇場版のアニメ映画を見に来ることができなかったんだよね。


断腸の思いでオタク時代に着ていた地味服を解禁してきてよかった。


と、そんな風にウキウキしている俺の横で、天上院さんは申し訳なさそうな顔をしていた。



「す、すみません。守谷くんはこ、こんなアニメ映画になんて興味ありませんよね」



――まずぅぅぅい!


これは天上院さんが申し訳なさからアニメ映画を諦める流れのやつだ!

俺に合わせて天上院さんが見たくもない、流行りの作品を選ぶ流れだ!


これは阻止しなければいけない。


俺だって金払ってまでたいして興味のない流行りの映画なんて見たくないんだ!『ガールズ&パンダー』で心をパンツァーフォーさせたいんだ!俺たちの気持ちは本来、同じ方向を向いているはずなんだ!


考えろ、考えるんだ、俺。天上院さんを上手く誘導する口実を。


…いや、ダメだ。考えちゃダメだ。この間、余計な思考を働かせた結果失敗したばかりだろ。


考えるな、考えるな。とにかく口だけを動かすんだ。大切なのは勢い、それだけだ!



「何言ってるんだよ。せっかくのデートなのにお互いが面白いと思えるものを見なきゃ、つまんないだろ?」


「で、でも、守谷くんがた、楽しめません」


「いーや。俺は天上院さんが楽しむ姿を見れないと、楽しめるものも楽しめなくなるよ。それに、天上院さんが勧めてくれる映画なんだから、きっと面白いに決まってる!」


「そ、そうですか、ね?」


「そうだよ。だからさ、天上院さんが一番に観たいものを一緒に観ようよ」


「え、えへへ…じゃ、じゃあ私と一緒に『ガールズ&パンダー』、観てくれます、か?」


「もちろん!」



…決まった!


なんだか滅茶苦茶な理論を雰囲気で押し通した気がしないでもないが…決まった!


やったー!これで久しぶりに映画館でアニメ映画が鑑賞できるぜ!



――このとき、俺はアニメ映画をみることができる喜びで頭がいっぱいになっており、俺を見る天上院さんの顔が赤く染まっていることには、まったく気づいていなかったのだった。



―――――



余談だが、これは『ガールズ&パンダー』鑑賞後、昼ご飯を食べようと入った某ピエロが経営するハンバーガーショップ内での俺たちの会話の一部である。



「最高でしたね」


「最高だったな」


「まず作画が」


「神」


「私、オープニングから鳥肌がと、止まりませんでした」


「楽曲、映像、構成、どれをとっても最高だったな」


「コミカルな日常シーンもた、たまりませんでした」


「にやにやが止まらないよな」


「そ、そしてなんといっても新キャラですよ」


「あぁ、あのカップリングは尊い、尊すぎる」


「……ず、随分とよく観ていたんですね。というか詳しいですね」


「……さっきネットで見た感想そのまま言ってるだけだよ」


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