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君の伝えてくれた世界

作者: 雨宮 怜哉

 昔、ネットでこんな記事を見た事がある。

 ――もしあなたが中途失明したなら、自殺しますか?

 今の僕ならその記事に対してこう思う。

 自殺しようにも、出来ないんだよ。今自分がどこに居るのかなんて、分からないんだから。

 そんな事を思っても、今ではそんなネットの記事すら目に写す事が出来ない僕には意味が無い。

 緑内障だったかな。そんな病を背負ってしまい、僕は世界を失った。

 今はまだ病院で入院中。寝ても覚めても真っ暗な病院で、ただただ生かされている。

「今日は、随分と外が賑やかだよ。鳥がたくさん飛んでる」

 そう呟いたのは、同じ病室に入院している女性だった。

 彼女は、いつも窓の外の風景を呟く。誰に言っているのかは分からない。彼女は僕に向かって言っているような感じはしないし、かといって独り言とも思えないのだ。

 だが、彼女が呟く外の世界は、とても綺麗なものだった。

「夕焼けがキレイだよ。空に絵の具を垂らしたみたい。あんな絵私には描けないだろうな」

「外は雨だね。雨って、室内から見ると、案外ウキウキするものだよね」

 彼女は、事あるごとに呟いた。

 いつしか、それは僕の生きる意味になっていたのかもしれない。

 僕は自分の世界を失った代わりに、彼女の世界をおすそ分けして貰っている。彼女にしか見る事の出来ない、綺麗な綺麗なその世界を。

 そんな毎日が適応してきた、ある雨の日。

 雨の日は、音で外の様子の判別が付く。僕にでも世界が分かる、唯一の天気だ。

 それでも、僕はいつも彼女の伝えてくれる世界を楽しみにしていた。自分で得る世界よりも、目が見えていた頃に感じていた世界よりも、美しい彼女の世界を。

 しかし、彼女の声が僕に聞こえる事は無かった。

 いつもは感じていた、そこにいる雰囲気すらも。息遣いすらも。

 思い切って看護師に彼女の事を聞いてみた。

「あの、隣の女性って、退院したんですか? いつも窓の外の景色を呟いてたんですけど、今日は聞こえないなって思って」

 自分の目が見えない事を配慮して尋ねた。

 看護師は、少しだけ考えたような素振りを取った後にこう言った。

「あ、はい、無事退院されましたよ。ですが、その……、隣に入院されていたその女性ですが、その方も緑内障を患っていまして、ですので……」

 次の言葉は、聞かなくても分かった。

 目が見えなくても、美しい世界を持っていた彼女の事を、僕は今日も忘れない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 女性の優しさにじんとしました。
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