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第七話 皇帝と皇后

「……一体どうしたというのだこれは?」


 皇座に腰を掛けながら皇帝デモンズ・エルム・ジェイソルが疑問の声を上げた。

 厳しい顔を更に険しくし眉間には皺もよっている。皇帝という立場故か為政を男なう気苦労が絶えないのか、まだ四〇そこそこといった年齢にも関わらず、見た目には一〇は上に見られる。

 厳かな口髭を蓄え厳格な見た目は流石の風格が滲み出ているが、魔族の大群がまもなく帝都に到達するとあってか余裕は全く感じられず、豪奢な皇冠を被ったまま頭を抱えている現状だ。


 ただ、皇帝が今発した呟きは現状考えられる危機とはまた別の事に関しての懸念だ。


 本来、魔王軍の侵攻が近づき対応に追われる城内は、今や一刻の猶予も許さず大臣を含め臣下の者達はいざという時の為の食料の確保や、装備品の調達、城内の兵士の配置から攻城兵器や攻城魔法への対策など考えることもやることも山程あり城内は騒然としていた――筈だったのだがそれが唐突に収まったのだ。


 つい先程までは皇帝への確認のため何度も往復してくる大臣も多かったのだが、いつの間にかそれすらもない。

 その事が非常に不気味ですらある。


「貴方、落ち着いて下さい。大丈夫ですよ、それにきっとキャリーが勇者召喚を成功してくれる筈です」

 

 后であるリング・エルム・ジェイソルが優しい瞳で語りかける。皇帝のデモンズとは違い彼女は実年齢より遥かに若く見える美しき后だ。背中まで達している金色の髪は痛みが全く感じられず、宝石のように美しい碧眼にふっくらとした唇、年齢の感じさせる肌ツヤの良さと、彼女を普段からみなれている女官やメイドであってもついついうっとりと見惚れてしまう美しさがある。


 その皇帝自慢の后から語りかけられ、うむぅ、と短い唸り声で返すデモンズである。

 だが彼も実際にそのような召喚が成功できるとは考えていない。ただどうしてもとキャリーが頼み込み、私も国の為に役に立ちたいと健気なことを言ってきたので許可したまでだ。

 

 そもそも伝説の勇者が召喚されたという話とて古代の文献に残されていたお伽噺のようなものであり、そのようなものに希望を見出すようではとても皇帝など務まらない。


 故に魔王軍を迎え撃つのはやはり帝国騎士団以外ありえないと、そう考えている。相手の数は帝国軍の実に百倍だが、エルム帝国にはこれまで培ってきた戦におけるノウハウがある。この程度の数の差など覆す底力が我が帝国にはあると、デモンズは信じて疑わなかった。


「しかし、確かに様子がおかしい気はいたしますね」


 リングの横に並ぶ近衛騎士のラッセンが眉を寄せ口にする。ラッセンは女性でありながらも男を圧巻する実力を有しており、その為、若くして皇帝直下の近衛騎士に選ばれたエリートである。


 釣り上がり気味の瞳は強気な性格がよく現れているが、目鼻立ちも整っており男の中に混じっているからと決して見目が悪いわけではない。凛々しいという表現がぴったりくる彼女は男からも女からも憧れの対象であった。

 

 そんな彼女は難しい表情で呟く姿も中々様になっているが――しかし彼女でさえこの異変を妙だと感じ始めているようだ。

 その様子に皇帝も再度唸り声を上げ、他の近衛騎士もどことなくその顔を引き締め始めているが。

 

「お、お父様! お母様! 大変です」

「む、なんだジュオン。この場では陛下と呼べといつも言っているだろう」


 謁見室の扉を押し開け一人の少女が飛び込んできた。母親譲りの美しい金髪を湛えた少女であり皇帝の四番目の娘、つまり第四皇女である。

 四姉妹の中の末女であり年も一〇になったばかりだ。まだまだ甘えたい年頃であり、その為についつい言いつけを忘れて呼び間違うことも多い。


 ただ、やはり父の甘さというか、末女故の可愛さというか、デモンズもそこまで強くに言えなかったりする。


「ご、ごめんなさい、で、でもそれどことではなくて、その、その――」


 ただ、今この状況においてはジュオンがいい間違えたことより、その慌てぶりが気になる。


「ジュオン殿下、どうかされましたか?」

 

 そしてその狼狽ぶりに同じく気がついたラッセンが、いち早くジュオンに尋ねた。

 すると、突如皇女の目に涙が溜まり、そしてヒックヒックと涙声を上げながら答え始めた。


「それが、それが――私が部屋を出たら、メイドやメイド長の皆が、し、死んでしまっていて、しかも見回りの兵士や騎士さんも――」

 

 そしてついに堰が崩れたようにわんわんっと泣き出してしまう。

 その様子に、デモンズの顔に緊張が走った。ジュオンは時折悪戯をして皆を困らせることはあったが、このような悪質な嘘をつくタイプではない。


 だが、それを本当とした場合、最悪な自体を想定しなければいけなくなってしまう。つまり敵の魔族が既に何人か侵入しているという可能性だ。


 そうなった場合は非常に厄介だ。侵入した相手が隠密行動に長けた相手だとすると、デモンズも下手には動けない。


 ただ、だとしてもこの城内には選りすぐりの兵士や騎士、それにかなりの高等魔法を使用できる魔導師も多数配置されている。

 

 いくら隠密行動に長けるといっても、それらを全部排除するのは不可能――と、考えたいがなにぶん情報が足りない。


 となると――と、不安そうな皇后をよそに黙考するデモンズの考えを察したように、ラッセンが口を開き。


「それでは、私共で一度外の様子を見てまいります。そこで一応念の為、扉を閉め内側から鍵を掛けておいて下さい。外の情報がはっきりしましたら、またお声掛け致しますので――」


 ラッセンの申し出はデモンズの考えていたことと一致した。危険ではあるが、このまま黙って指を加えているわけにもいかぬであろう。

 かといって状況もわからないのにデモンズ自ら出向くわけにもいかない。


 ならばやはりここはラッセン含めた近衛騎士達に任せるのが得策であろう。


「それでは、行ってまいります」

「ラッセン、気をつけてくださいね……」

「何、大丈夫です。私もこの者たちも腕には自信があります故」

「ラッセン卿は女性とは思えぬほどに勇ましいですからな」

「なんだ、あとでたっぷりしごいて欲しいのか?」

「おっとこれは口が滑った。くわばらくわばら」


 近衛騎士たちはラッセンも含めてそんな軽口を叩きながら、それでは、と部屋を後にした。それも泣き続けていたジュオンを少しでも安心づけようと思ってのことなのだろう。


 実際このやり取りを見て、ジュオンも多少は落ち着きを取り戻したようだ。

 そして重苦しい音を奏で扉が閉まり、リングが閂を掛け外側からは決して開けれぬようにした。


「無事に戻ってくるといいのですが……」

「何、心配はいらぬさ。ラッセンは女だが、その実力は折り紙つき。あの魔獣ベヒモスを倒したこともあるぐらいだからな」


 そう言ってデモンズは思いを巡らせる。以前帝都近くに魔獣が現れたと騒ぎになったことがあった。

 

 魔獣は非常に強力な力を持った獣で、高度な魔法の力を操ることのできる凶悪な存在でもある。

 しかもその当時現れたのは魔獣のなかでも特に凶悪とされるベヒモスで、見た目は黒毛の獅子といった様相なのだがその口は平民の家屋であればひと飲みに出来るほどに大きく、その爪は鋼鉄の鎧も難なく切り裂き、長大な牙は堅牢な城壁すら噛み砕く。


 それでいて土を自在に操る力も備えており、詠唱もなく一瞬にして大地を大量の槍のごとく変化させ相手を串刺しにしてしまう。


 そのような魔獣相手に――ラッセンは単騎で挑み、そして見事勝利を収めてみせたのだ。

 その当時はまだ一騎士でしかなかったラッセンであったが、そのことがきっかけとなり皇帝直下の近衛騎士にまで上り詰めたのである。


 そんなラッセンであれば、例え相手が隠蔽に優れた魔族であったとしても負けるはずがない。デモンズはそのことを信じて疑わなかった――

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