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第六話 将軍の誤算

 無残に殺されていった骸の中心にいる者、話には聞いていたが、いざ目にして改めてブギーマンもそれを化物と形容した。


 そしてそれは彼にとって随分とふざけた姿でもあった。化物と言っても胴体も四肢もその姿は少しばかり図体がでかいだけの人間の漢だ。

 尤も顔はそれこそふざけた袋を被ったままなので性別に関してはそれ以外の要素で判断するしか無い。だがこんなにもいかつくでかい女がいるわけがないので彼の中では男と判断している。尤も実際は人間の性別なんてものがあてになるかも不明だが。


 その化物は袖の千切れた服を着ており、所々穴の空いたズボンを穿いていた。だが服にしろズボンにしろ、そのガタイのでかさにあっておらず、はち切れんばかりの状態だ。


 胸板がやたらと厚く、まるで分厚い鋼鉄の壁のようであり、腕に関してはそれ自体が巨大な槌のような迫力を兼ね備えており、そこでブギーマン将軍は、男の持つ剣に注目した。

 

「あの剣はスカリー殿下の……まさか貴様! 殿下とセイレーンまでその手に掛けたというのか!」


 憤怒の声が廻廊を突き抜けた。ぎりぎりと砕けんばかりに歯噛みし、稲妻の如く視線で貫いた。


 だが、目の前の男はその手に持った形見の剣を挑発するようにブラブラさせるだけである。

 その所為に益々将軍の怒りが高まった。


「貴様が何者で、なぜ呼び出されたかも判らぬが、間違いなくここで排除せねばいけぬ相手であるのは確か! 我が剣を以ってキャリー王女及びスカリー王女の無念、晴らわせてもらう!」


 重厚な全身鎧の背中に括りつけられた大剣を抜き取り構えを取る。刃渡り百五十センチメートルを優に超えるそれは、異様なほど幅も広く、見ようによっては長大な盾であるタワーシールドといった様相だ。


 帝国でも希少とされるアダマンタイト鉱石を惜しみなく使用した業物だが、その外観の豪壮さに見合った重量があり、抜身の状態でも百キロを超える。


 当然だがそのような武器を使いこなせるのは帝国内でもマイケル・ブギーマン将軍だけである。

 

 千人斬りの武将――それがブギーマンの二つ名として浸透していた。だがこれは、決して一人で千人を斬り殺したからという意味ではない。

 一振りで千人を斬り殺したというのがこの二つ名の由来である。これは誇張したわけでも比喩でもなく、実際にそれだけの偉業を成し遂げたからこそ尊敬の念をこめてそう呼ばれているのである。


 元はしがない傭兵でしかなかった彼だが、ある大戦に参加した際に、敵国の五万の騎馬隊相手に単騎で挑み、その妙技、千馬斬りを以って一撃のもとに馬を千頭両断したのはあまりにも有名な話である。


 今、ブギーマン将軍が男に向けて斬りかかる。重厚な全身鎧、更に優に一〇〇キロを超える大剣。それらの装備を身につけていながら――それでも将軍は驚異的な身のこなしを発揮し、一つ呼吸する間に十数メートルはあった距離を一気に詰めた。


「その剣は貴様が手にしていいものではないわ!」


 暴風一閃、嵐のような風圧を周囲にばら撒きながら、将軍の巨大な剣戟が男が手にしていた剣を粉々にする。


「力を入れすぎたか――だが、貴様などに持たれるよりはマシというものよ! さあ、武器をなくしたぞ。どうする? とは言え、貴様の選択肢など死以外にはないがな!」


 人外を超えた人外、その圧倒的な怪力を刃に乗せ、ブギーマン将軍の巨大な刃が、今目の前の化物に振り下ろされた。


 その瞬間、彼の脳裏に化物が一刀両断される姿が浮かび上がる。


 だが――その程度の攻撃が殺人鬼に通じるわけがない。

 

「ば、馬鹿な! 白刃取りだと!?」


 思わず驚嘆し、ブギーマン将軍が目を剥いた。一〇〇キロを超える大剣に、己の体重とありったけの力を込めて振り下ろされた斬撃だ。例え伝説のドラゴンの首であろうと一振りで斬り落とす自信のある最高の攻撃だ。


 だが、その剣戟すら殺人鬼は余裕の体で受け止め、そして両手で刃を挟み込んだ状態で、彼の怪力を上回る剛力で、巨大な刃を押し戻していく。


 将軍の顔には明らかな焦りが見えていた。必死に抗おうとするも殺人鬼の圧倒的なパワーの前では抵抗がままならない。


「あ、ぐぅ、くぉ、くそっぉおぉおおおぉ!」

 

 強く奥歯を噛みしめる。大量の汗が額に滲み、息も荒くなり、背骨もミシミシと悲鳴を上げ始めていた。

 彼の上半身は大きく反られ、自らが振るったはずの刃が己の肩口にまで迫っている。


「ま、まさか、貴様――」

 

 近づけば近づくほど不気味に感じられる頭陀袋の中身が。その奥に浮かび上がる相貌が、まるでこれから起きることを愉しんでいるようですらある。


「し、仕方ない!」


 いよいよ進退窮まる状態にまで追い詰められ、ブギーマン将軍は意を決し、大剣を手放そうとした。そうすれば己の愛剣は失うこととなるが、少なくとも今の状況を打破し、改めて対策を興じることも可能だろう。


 そう、思ったのだろうが、そんな浅はかな考えを殺人鬼が見逃す筈がないのだ。


「なに――!?」


 二度目の驚愕。将軍が大剣から手を離そうとしたその時、なんと殺人鬼の左手が伸び、柄を持つ彼の両手を握りつぶしてしまった。

 嫌な擬音がブギーマンの耳に届き、思わず表情を歪める。それでも悲鳴をあげなかっただけ大したものだが、しかしそれ以上に殺人鬼の行為の方が驚異的であった。


 何せ白刃取り状態から片手を放したのである。本来であればその時点で刃を押さえることなど当然不可能。


 だが、殺人鬼は残った右手だけで手が切れることなど恐れもせず、その大剣を握りしめたのだ。


 そう殺人鬼は本来両腕など使わなくてもブギーマンの攻撃ぐらい余裕で跳ね除けられたのである。


 それを察したブギーマンの表情は、絶望に満ちていた。千頭の馬を上に乗っている人間ごと一振りのもとに斬り殺す、それほどの腕と膂力を併せ持った彼の一撃が、目の前の殺人鬼の前では全く通じず、まるで赤子の手をひねる程度の力であっさりと反撃に転じられてしまった。


 悔しい――そんな感情がブギーマンの心を支配する。だが、既にそれどころの話ではない。将軍の刃は遂に肩口にまで達し、デタラメとも言える力で無理やり押し当てられ、ズブズブと刃がめり込んでいき、肌を切り裂き、筋肉を断裂し、骨を砕き、更に侵食を続けていった。


 ここまでくると流石の将軍の顔色も変わる。しかしそれでも目は見開かれ、己に起きている悍ましい現実を認め続けた。

 

 鍛えに鍛えた肉体、本来人間ではとても到達し得ない限界を超えた身体能力。しかしそれが逆に災いしてしまった。並の人間であればとっくに死を迎えていてもおかしくない状況でありながら、マイケル・ブギーマン将軍はまだ意識を保ち、命の灯火も消えていない。


 究極の肉体故にその生命力も常識外、故にどんなに傷つけられても死なない、いや、死ねない(・・・・)


「ぢ、ぐじょ、う、が……」


 血反吐を撒き散らし、怨嗟の炎を燃やし、だが、どうしようもない。殺人鬼を前にしては、いくら人外級の将軍といえど、その殺意の前に抗うすべなどあるはずもないのだ。


 肩口から袈裟懸けに切り進む刃は、胸部を越え、そして腹筋にまで達す。硬い鎧に包まれていても関係がない。鎧ごと切り裂いていく。


 内臓が破れ、腸が裂け、さしもの将軍もジタバタと暴れだす。しかし構うことなく殺人鬼の押し付ける刃は遂に腰にまで達し、そしてマイケル・ブギーマン将軍の身体は見事に斜めに断裂された。


 最後に絶命の声を上げ、分断されたその巨躯がドサリと地面に落下した。

 その骸を、憎しみを貼り付けたまま固まっている上半身を、そのギョロリとした双眸で一瞥した後、殺人鬼は再び城内を歩き始めた。


 そう、次の命の気配を求めて――己の殺意を満たすためだけに……。

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