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第五話 マイケル・ブギーマン

「やけに静かだな――」


 マイケル・ブギーマンはすっかり静かになった廊下を歩きながら表情を引き締め独りごちた。

 召喚に携わった護衛の兵士が知らせに来たのは一刻ほどまえであろうか。


 その時は、近づいてきている魔王軍への対応を考えている途中であり、ついつい部下を叱咤してしまった。

 

 何せ今はそれほどまでに大変な状況だ。まさか魔王軍がここまで攻めてくるとは――本来ならばエルム帝国にとって要所とも言えるクルーガー王国側にて食い止めるべき案件であった。


 クルーガー王国は帝国の従属国であったが、その関係は良好であった。そもそもエルム帝国を統治する皇帝は時には冷血な人間であるようにも噂されることもあったが、それを上回るカリスマ性を有し、理知に富んだ盟主でもある。


 時には侵略とも取られかねない強引な手に出たこともあるが、そういった場合、背景にはそうせざるを得ない理由があり、またそのような時でも皇帝は非戦闘員には決して手を出さないよう軍に厳命を下した。


 更に言えばそういった武力で以って相手を下すということは滅多に起こさない人物でもあり、その殆どは巧みな外交手腕によって次々と週諸国を配下に加えていったのである。


 クルーガー王国はその中でも特に皇帝が懇意にしていた国であり、王太子の后として第一王女たるバースディ・エルム・ジェイソルを嫁がせその関係はより密なものとなった。


 なぜそこまで力を入れていたかといえば、クルーガー王国がまさに侵攻の最中である魔王軍が統治する魔国と国境を接していたからに他ならない。


 そしてクルーガー王国は地の利を活かした鉄壁の防衛ラインを築き、これまでなんども魔王軍の侵攻を阻止してきた実績もある。そのクルーガー王国とはエルム帝国も国境を接しており帝都も近い。その為魔王軍の侵略を阻止する上でも帝国と王国は手を結ぶ必要があった。


 こうして互いが協力し合いエルム帝国からも王国に軍団を駐留させ、その守りはより強固なものとなり、もはや魔王軍が攻めこむ隙など微塵もない、と、そう考えていたのだが――しかしそのクルーガー王国が魔王軍の手によって陥落させられたのは二〇日ほど前のことであった。そのことは帝国を震撼させるに足る事実であり、そして魔王軍は制圧したクルーガー王国を足がかりに兵を揃え、六六六万という圧倒的な兵力を以って今まさに帝都に攻め入ろうとしている。


 既に帝都に至るまでの城や砦は全て落とされてしまい、帝国の兵力も軒並み削り取られてしまった。


 魔王軍は後三日もあれば帝都にたどり着くことだろう。そのような大変な時期に――


「よもや勇者召喚に失敗するとは――」


 長い廻廊を渡りながらブギーマン将軍は苦みばしった顔で呟く。部下を叱咤したのは将軍の彼に持ってきた話があまりに突飛なものであり、おいそれと信じられるような話ではなかったからだ。


 何せ彼の話によると勇者の代わりにとんでもない化物が召喚され、その場で第二王女であるキャリー殿下を殺害、更にその侍女であるミザリーの身体も一刀両断にし、今は雷轟冥師であるダグラスが必死に食い止めようとしているとの事。


 こんな話、ブギーマンとて、はいそうですか、と納得できるものではない。

 だが――部下の表情は彼に叱咤されてからも真剣であり、必死に危険を訴えてくる。

 そこまで食い下がれると、多少大仰な話であったとしても看過できる問題ではない。


 ダグラスに限って万が一などということはないと思うが――とにかくブギーマン将軍は部下に命じ、城の警備を厳重にするよう伝達させるため走らせた。


 城にはブギーマンが目を掛けた腕利きの近衛騎士達がいる。兵士の練度も高い。

 

 しかし――


「やはり勇者召喚など試させるべきではなかったな――」

 

 元々ダグラスはこの儀式には懐疑的であった。何せ古文書に記されていた術式はもう何百年も前に試みられたものであり、それ以後誰も試していない以上、その術式が正しいのかも検討されておらず、不確定要素が多すぎた。


 確かに今帝国は危機に瀕している。先の魔王軍との交戦によって今動かせる兵力も六万六千程度と魔王軍に比べて百分の一程度でしかない。


 だが、それでもブギーマンが鍛え上げた精強な部隊だ。数では負けていても一人一人の実力は魔王軍の兵士などより遥かに優れていると自負している。


 そう、百倍の差があるというのならば、一人が百人倒せばいいだけだ。それならば決して不可能な数字ではないだろう。どこの馬の骨とも判らない伝説の勇者などより遥かに現実的である。


 ただでさでそんな考えを持っていたブギーマンだ。当然今回の召喚失敗が事実であるなら、やはり自分の考えは正しかったという他無い。


 どちらにしても――あの部下の様子を見る限り伝説の勇者とやらが戦力になる可能性はゼロだろう。


 むしろ化物が召喚されたのなら厄介事が増えただけだ。

 とは言え――ダグラスがいる。更に部下の話ではセイレーン部隊も話を知り様子を見に向かったという。


 本来であればそのような危険な状況で第二王女たるスカリー殿下を向かわせるなど考えられないことだが、しかし彼女は帝国の軍に入る道を選んだ。姫騎士として前線に立ちこれまでも幾多の戦歴を上げてきた。

 あのグランドオークとて彼女率いる第三騎士団セイレーンの前では為す術もなく打倒されたのだ。


 そんなセイレーンが、いくら化物とはいえたった一体の相手に遅れを取るようなことがあるはずもない。いや、それ以前にダグラスがいればその心配すら杞憂であろうが――


(しかし――本当に随分と静かだな)

 

 ブギーマンがあまりに奇妙な様相に眉を顰めた。水を打ったような静けさとはまさにこのことか。勿論陛下の居城でもある城内に於いて、普段からそこまで騒がしいようなことはないが――それにしても静か過ぎる。そもそもブギーマンの命により城内の警備は厳しくなっている筈であり、それであればこの移動の間も近衛兵や近衛騎士の一人や二人すれ違ってもおかしくはない。


 いや、それどころか城に仕えている使用人の姿すら一切ない。あまりにも不自然である。


 まさか――!? とブギーマンが歩く足を速める。このまま進むと廊下は二股に分かれていた。右は見張り用の尖塔に通じており、左を進めば城門側へ出る。


 なので躊躇うことなく左に折れるブギーマンであったが――その瞬間天井に歪な球体がぶつかり跳ね返ってブギーマンの足元に転がってきた。


 城に仕えていたメイドの頭であった。涙を流し絶望の表情をその顔に貼り付けていた。

 ドサリと何かの倒れる音。ブギーマンが音の方へ顔を向けると、首から上のなくなったメイドが倒れドロドロの流血が床一面に広がっていった。


 そこは既に血の海であった。メイドの死体一つ分の量ではない。数多の犠牲者の流した血が廊下の端まで達していた。

 

「使用人も、部下も、誰彼構わずということか――」


 既に誰のものかもわからないほどに千切れ、砕かれ、ぐちゃぐちゃになった肉片の絨毯を眺めながら忌々しげにブギーマンが呟く。


 急に城が静かになった原因は間違いなくこれだろう。そう、警備に回っていた騎士も含め、城内の主要な人物は全て惨殺されてしまっているのだ。


「……化物め。ふざけた格好しやがって」


 つい口調に地が出てしまった。だがそれもしょうのない事だ。今更行儀よくしても仕方がない。


 そう、夥しい骸の中心に、それは立っていたのだから――


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