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第三話 第三騎士団セイレーン

(一体何が起きているというの!?)


 報告を受け、エルム帝国第二皇女たるスカリー・エルム・ジェイソルは神殿の前まで赴いていた。

 いまこの中では妹であり第三皇女たるキャリーが召喚魔法の儀式に望んでいる。


 キャリーは魔法の才能に長けた妹であった。彼女の教育係でもあった雷轟冥士であるダグラスも一目置くほどであったのだ。

 それでいてとても優しい心の持ち主でもあった。今上皇帝である父を溺愛し、どんなものにも分け隔てなく慈愛を持って接する。

 

 そんなキャリーは、侍女でもあり、時には護衛の役目も担うミザリーからも慕われており、キャリーはキャリーでまるで実の姉のようと慕ってもいた。


 それに少し嫉妬したこともあるスカリーでもあるが――しかしそれも仕方ないのかもしれない。

 スカリーはエルム帝国の姫という立場にありながらも同時に第三騎士団セイレーン(美声たる歌騎士)の団長も任されし姫騎士なのである。


 故に普段から気を張り常に自らに課題を与え、規律を重んじて生きてきた。だからこそ常に沈着冷静、部下や他の兵士にも舐められないよう、厳格な態度さえも貫いて生きてきた。

 

 だが、それは見ようによっては冷たくも映るものだ。だからこそ妹とも必要以上に接することなく、愛想笑いすら浮かべることもなかったのだ。


 だが、それは別にキャリーのことが嫌いだったからというわけではない。むしろスカリーは妹のことが大好きであった。

 ただ騎士という立場を意識するばかりそれを態度に表すことが出来なかっただけだ。


 しかし、そんな姉であるにも関わらず、

『お姉様の声はとても美しく聞いているだけで安らげてしまいます』

とキャリーは彼女を褒めてくれた。時には場が凍りつくような声とさえも言われたことのあるこのボイスを誇りとさえも言ってくれた。

 

 そのことは今でもスカリーの支えになっている。そしてだからこそこの誇りあるセイレーンの団長として責務を全うすることが出来るのである。


 だが――神殿に近づくに連れ疑念は核心に変わっていく。伝えに来たのは一人の兵士であった。神殿にはダグラスや彼の部下である魔導師の他にも念のため護衛の兵士もつけていた。

 

 その一人が護衛の任務を放り出しやってきたのを見て、最初はスカリーも咎めの言葉を述べたものだが、よく聞くとそれはダグラスに命じられてのことだという。


 そして更に続けられた言葉、それはスカリーにとっては信じられないことであった。


「キャリー殿下が召喚によって現れた化物に殺されました!」


 その伝令を聞いた時、スカリーは目の前が真っ白になる思いであった。思わず兵士の胸ぐらを掴み、嘘をつくな! と取り乱してしまったほどだ。


 だがこれは今思えば騎士としてあるまじき行為だ。しかしそれだけ信じられない出来事だったとも言える。


 結局その兵士はそのままブギーマン将軍の下へと慌てた様子で向かってしまったが――やはりスカリーは自分の目で見るまではどうしても信じる事ができず、セイレーンの部隊にも命じて神殿の前までやってきたわけである。


 だが――神殿に近づくにつれ、確かに死の匂いはより濃いものへと変化していた。

 血の匂い、腐肉の匂い、それが織り交ざってなんとも言えない臭気を神殿の外にまで漂わせている。それも一つや二つの臭いではないことは確かだった。

 

 そして同時に生の鼓動も全く感じられない。つまりこの神殿の中には生きているものはいない。セイレーンの団長たるスカリーにはそれが判ってしまうのだ。


「だ、団長――」

「言うな、何も、言うな……」


 頬を伝う一筋の涙。それを目にした女騎士が心配そうに声をかけてくる。だが、団長としてこれ以上自分の弱さをさらけ出すわけにはいかない。


 ならば次にするべきは何か? そんなことは既に決まっていた。 

 そう、その召喚されたという化物を――殺す。最愛の妹を死に至らしめた報いを受けさせるのだ。今スカリーの気持ちを少しでも晴らすにはそれしか考えられない。


「スカリー殿下! 何かが、何かが近づいてきます!」


 すると別の歌騎士である女が神殿の中を指さし大きく叫んだ。

 それにスカリーも入り口を注目する。


「何だ――こいつは?」


 呻くように零す。思わずその整った顔が崩れた。太陽の恵みをふんだんに受けたような金色の髪が揺らぎ、何故か見ているだけで冷たい汗が滲み出てきた。


(あいつからは死の音色しか感じられない。あれが勇者召喚で呼び出されたというのか? あんな悍ましい物が――)


 スカリーは剣を抜きすぐさま臨戦態勢を取った。目でセイレーンの騎士達にも合図すると、それぞれが彼女に倣い、剣を抜き、槍を構え、弓を引き絞る。


「こんなことなら私が立ち会うべきだった……こんなのが召喚されたなら、私がその場にいたならすぐにでも切り捨てたものを――」


 神殿から現れた化物を眺めながら、後悔の言葉を漏らす。セイレーンの団長たるスカリーは音で相手がどのような性質を持っているのかもある程度判断することが可能だ。


 その能力で彼女は今こちらに向けて少しずつ進行してくる存在を危険と判断した。その化物の身体には死の気配が纏わりついている。神殿の中だけの話ではない、そう、それどころではない万を超えた死の気配が染み付き、そして溢れかえった死臭が隠すこともなく外に漏れ出している。


「お前たち油断するな! 全力でいくぞ、フルコーラスだ!」


スカリーが声を張り上げ号令を送ると、全員が申し合わせたように広がり、そして口をあけその美声を披露した。


 その澄んだ歌声は風とダンスを踊っているがごとく、周囲に万遍無く広がり、当然彼女らが敵と定めたその存在の耳にも届く。


 すると大地に足型を残しながら進むその動きがピタリと止まった。まるで目の前で繰り広げられる歌姫たちの合唱に心を奪われたように――


 そう、これがエルム帝国第三騎士団セイレーンが一目置かれる戦法、彼女たちの声は魔力を帯び発する歌には特殊な効果が付与される。


 セイレーンのフルコーラス、これには数多くの効果が重畳する。相手を魅了する誘惑、仲間たちの戦闘力を向上させる強化、更に敵対する相手を弱体化させる呪い――これらを一度に発動させる。

 

 この戦法によってこれまでも数多の敵軍を女騎士だけで構成されたセイレーンが駆逐していった。

 だが彼女たちのこの戦い方は相手にとっては幸せとも言えるものだ。何せ殺される直前まで敵は美しい歌騎士の姿を目に焼き付け流麗たる歌声を耳にし、高揚感に包まれたまま死に至るのだから――


「射て!」


 スカリーの合図で後ろに控えていた騎士たちが一斉に矢を放った。勿論歌を途切れさせることもなく、そして同時に飛び出したふたりの騎士――それぞれの手にはロングスピアが握られ、放たれた矢と並列して化物の左右からの強撃を仕掛ける。


 本来矢と人間が同じ速度で動くなど不可能な事、しかし歌による強化はそれを可能とした。


 今だ化物は動くこと叶わず、その熱い胸に全ての矢が吸い込まれるように命中し、そして左右に立った女騎士達から鋭い突きが放たれる。


『な!?』


 しかし、驚愕の声はふたり同時に発せられた。それを見ていたスカリーも思わず目を剥いてしまう。


「ば、馬鹿な――」

「ど、どうして動けるのよ――」


 驚愕せしは槍による攻撃を仕掛けたふたりの女騎士。そしてその手から放たれた槍は――その丸太のような両腕に、岩のような両手に、しっかりと掴まれてしまっていた。


 しかし、何故動けるのか? 愚問である。殺人鬼がそもそも歌を愛でる気持ちなど持ち合わせているわけがないのだ。

 

 どれだけ綺麗な声であっても心を魅了する歌であっても、殺人鬼にとっては不快な雑音でしか無い。彼女たちの行為はただ無駄に殺人鬼の殺意を呼び起こさせただけだ。


「う、動かない」

「そ、そんな、こんなことって――」

「落ち着け! 歌を止めるな! お前たちも誇りあるセイレーンの一員なら、どんな時でも決して歌を止めるな、聞かないのならより心をこめて魔力を込めて、そう魂の叫びで――」


 スカリーが畏怖するふたりを叱咤する。だが、その瞬間殺人鬼の腕が振り上げられ、キャッ! という短い悲鳴を上げ女騎士の身がふわりと浮いた。


 そして頭蓋からつま先まで二人揃ってピーンっと糸を張ったように伸びきったところで――殺人鬼が槍を掴んだまま腕を力強く交差させる。刹那――左右の女騎士から、ぐふぇっ! と鈍い悲鳴が発せられ、それぞれの咽喉に互いの相手の穂先が突っ込まれた。全長二メートルを超える長柄の槍は、殺人鬼の膂力によって瞬時にして喉を越え、胃を貫き、腸をずたずたにしながら肛を破壊し貫通した。


 互いが互いの無残な姿を捉えながらビクンビクンと痙攣し、血反吐を撒き散らす。眼球が上を向き確実な死が訪れていた。その姿はさながら豚や牛を丸焼きにするかの如くである――

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