第十四話 ヴェラの戦術
「……とりあえず、相手が強敵だったのは確実。トロマの死亡、それで確認――」
何せ三魔将が一人トロマとその軍勢六六万を単体で殲滅させたのだ。おまけにヴェラにしてもゴースト部隊があっさりと排除されてしまっている。
彼女たちが相手していたのが相当な化け物であったことは、そのことからも明らかであった。
「……帝都の消滅、作戦終了。とにかく一旦――」
そしてヴェラはそう独りごちた――その時であった。突如派手な爆発音にも似た響きと大地の揺れ。大気が鳴動し、そして――ヴェラの目の前でアレを飲み込んだはずのアンデッド軍の数万が空中へと吹き飛んでいった。
しかも――その形を一切残さない細切れの肉片として。
その様相に隠れていない方の右目をヴェラは見開く。アンデッドを主とした不死の軍団はその名の示す通り、元々が死体であったものに仮初の命を与え従わせた存在であり、基本死ぬことはない。
勿論世の中において絶対というものがないように、いくら不死といえど弱点が全く無いわけじゃない。それは基本物理も魔法もすり抜けてしまう霊体状態のゴーストを唯一消滅可能(例外をあの化け物が見せてしまったが)な聖魔法であったり、ゾンビやグール、スケルトンなど物理的に干渉可能なものに関しては魔法の炎で焼きつくすという手もある。
だが、いま相手しているそれにはどれも不可能だとヴェラは確信していた。何故ならそれの戦い方は確かに化け物じみているが、全て直接的なものであり、魔法の類などは一切披露していない。
故にあれは魔法が一切使えない、つまりアンデッドに対抗する手段など持ち合わせていない。そう結論づけた。
そしてその考えは概ね正しい。ただ、唯一アンデッドに対抗する手段がないという部分だけが誤算であった。
そう、例えアンデッドといえどここまで徹底的に粉々にされては不死といった属性すら何の意味もなさないのだ。ここまで細切れの肉片になってしまってはアンデッドとしての行動など最早不可能であり、それはある意味で不死の死であるといえる。
矛盾しているような話だが、しかし事実だ。現に今アンデッド達はその膂力によって次々と粉微塵に粉砕されている。有利なはずの圧倒的な数の暴力が、それらを超越した災害レベルの狂暴的な行動によって次々と暴殺されているのだ。
そう、相手が不死であることはその存在にとって、そう殺人鬼にとっては何の意味もなさない。殺人鬼は常に生に対して貪欲だ。生きとし生けるものは全て殺人鬼の殺意の対象である。そしてその理念は心臓が動いているか、息をしているかなどといった矮小な事実に反映されたりしない。
目の前で動いているものがいる。それだけで殺人鬼にとっては生あるものであり、殺意の剥ける対象であり、そして命を狩猟すべし獲物なのである。
殺人鬼は殺す、例え屍肉で構成されたゾンビであろうと、殺人鬼は殺す、例え骨だけになったスケルトンであろうと、殺人鬼は殺す、例え肉体を持たず魂だけの存在と成り果てたゴーストであろうと。
そして殺人鬼は殺すであろう。このアンデッドを指揮し後方で高みの見物を決め込んでいた妖艶な女を――
「……させない――これ以上!」
しかし、ヴェラは殺人鬼の凶行を目の当たりにしても恐れることはなかった。いや、むしろどこか血液が氷で出来ているのではないか? とすら思える感情の起伏の少ない淡々とした素振りしか見せていなかった彼女が、その語気が、唐突に強まった。初めてその表情に必死の感情が浮かび上がっていた。
結局ヴェラとてトロマと同じだ。魔王を助けるためならば、己の命を投げ打つ覚悟があり、その為なら感情だってむき出しにする。
そしてヴェラには秘策があった。かなり想定外のことをやってのけている殺人鬼であるが、例えその方法が聖魔法や火魔法によっての不死軍団の排除であったとしても、相手を絶望に追いやる手段はしっかりと用意されていた。
ヴェラは髑髏の施された杖を前に向け突き出す。すると髑髏の口がぱかりと開き、何かを大きく吸い込んでいった。そして同時に殺人鬼によって粉砕された不死軍団の肉片がその場から消失した。
「……例え何度死んでも、私の不死軍団は何度でも蘇る――【アンデッドリターン】」
そしてヴェラが魔法を唱えると、再び杖に施された髑髏の口が開き、中から大量のアンデッドが溢れ出てくる。
これは彼女が魔族に伝わりし秘宝、冥腐の杖を媒介としてのみ使用可能な魔法。消滅したアンデッドの残留魂を飲み込み元の状態にまで再構築して吐き出す――そうすることでヴェラの不死軍団は何度でも再生され、再び戦場を埋め尽くす。
しかもこの魔法は杖に依存している割合が大きいため、ヴェラ自身の魔力はほぼ使用しない。つまり何度でも再生が可能。つまるところヴェラの抱える三百万の軍団は、彼女がいる限り永遠に減ることはない。
例え殺人鬼の手によって倒されても、倒されても、倒されても、倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても倒されても――
何度でも再生する。それがヴェラの秘策。例え殺人鬼ではなく聖魔法や炎、聖なる刻印の施された武器などを準備していたとしても、この戦法、というにはあまりに力押しすぎる強引な手段だが、しかしアンデッドを扱うならばこれこそが定石とヴェラは考える。
このアンデッドの再生には殆ど魔力を使用しない。詠唱すらいらない。故に例え数多の手段を講じようと、いずれはヴェラが押し勝つ。魔法であれば相手の魔力が尽きれば終わり、刻印武器であっても捌ききれなくなれば終わりだ。
だからこそヴェラはこの戦いかたに絶対の自信を持っていたのだ。だが、それはすべて相手が常識の範囲内に収まるような者だった場合だけだ。
殺人鬼は常識の遥か外にいた。それは戦況を見守るヴェラが一番判っていることだろう。
ヴェラの戦法は確かに単純だが強力だ。並大抵の相手ではこの大量の不死軍団に抗うことなど不可能であろう。だが、全く欠点がないわけではなかった。それはヴェラが思いもよらない欠点だった。
ヴェラのアンデッドリターンは使用する際、再生したアンデッドは杖から放出されるようにして再生を遂げる。そう、つまり再生したアンデッドの位置は常に最後方だ。
つまりアンデッドの再生よりも相手の前進が早ければ、当然いつかはヴェラの方がジリ貧になる。しかしそんなこと例え思いついてもやるものはいない。
だが殺人鬼にはそれが出来た。殺人鬼に余計な思考は存在しないからだ。殺人鬼を突き動かすのは殺意のみ。殺人鬼の頭のなかは相手をどう殺すべきかそれだけで支配されている。
故に余計な事は考えない。迷いもない。ある意味愚直に目の前のアンデッドを殺し殺し殺し再生したならまた殺し、前へ前へと突き進む。
アンデッドには痛覚がない。だからこそ例え攻撃を受けたとしても怯まず相手に向かっていける。それを利点だと考えていたヴェラだが、そんなことは殺人鬼にしても同じ。いや、寧ろ殺人鬼の方がより如実であり、しかも殺人鬼の身体は異常なほどに頑強だ。
ゴーストの魔法による攻撃を受けてもスケルトンが剣を振るっても、ゾンビやグールがその身に齧りついても、殺人鬼に全く歯がたたない。まるで身体が伝説の鉱物、オリハルコンで出来てるのではないか? と思えるほどの堅牢さ。
しかも殺人鬼の一振りはそれだけで大量のアンデッドを屠るほどの威力を秘めている。武器にこだわりがないのか、時には素手であったり蹴りであったりスケルトンの持っていた剣であったりと手を変え品を変え突き進む、どれをとってもその破壊力は見ているウェラが思わず畏怖してしまうほどであった――




