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異世界殺人鬼~連載版~  作者: 空地 大乃


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第十三話 三魔将のヴェラ

「……トロマ、油断した。愚か――」


 漆黒の長い髪を揺らしながら、女が一人呟いた。整った顔をしているが前髪によって顔の左半分は隠れてしまっている。


 女は胸がよく強調されたローブにその身を包まれていた。スタイルはかなり良い方だろう。そして右手には杖。先端には髑髏の装飾がなされており、その眼窩が不気味な光を放っていた。


 そんなどこか妖艶な雰囲気さえ滲む彼女は三魔将が一人、ネクロマンサーのヴェラである。

 彼女は同じく三魔将が一人トロマの後方より、いざとなった時には彼女の支援を担う役割を当てられここに立っていた。


 故にトロマの様子は終始己が使役するゴーストによって監視させていたのだが――しかしヴェラは結局トロマを助けには向かなわなった。


 理由は、たった一体を相手にヴェラまでもが応援に向かうなど魔王軍としてのプライドが許さなかったこと、そしてヴェラはそもそもトロマの事をあまり好いていなかったという部分も大きいか。


 三魔将は魔王に忠誠を誓い魔王のためにすべてを投げ出す覚悟がある、という意味では共通しているのだが、それと三魔将の関係は全くの別物であった。

 

 いや寧ろ魔王に次いでそれぞれ突飛した能力を持っている分、常に互いを牽制しあうような間柄であったとも言える。


 特に屍魂魔法の使い手であるヴェラと、闇の術式を複合させた数多の魔法を使いこなし、自ら魔王軍最強の魔導師を自負していたトロマはその傾向が強かった。


 ハチェットに関して言えばただの脳筋ということでこの部分だけはお互いの認識は共通しており小馬鹿にしていたふたりでもあったが――


 とにかくそんなトロマに義理立てする必要など全く感じることなく、ましてや単騎の相手にヴェラの抱える三百万のアンデッド兵までも援護に向かわせるなど恥ずべき行為とさえ思ったほどだ。


 だが――とはいえまさか本当にトロマがたった一人、いや、あれはとても人とは言えないが、とにかくたった一匹を相手に兵を全て失い側近達さえも皆殺しにされ。


「……トロマ自身も、殺された――でも、好機」


 トロマは魔王の許可も得ず帝都を消し去るほどの大魔法を行使した。もし生きていたならそれなりの罰を受ける覚悟はあったのであろうが、しかし相手はその魔法すら効かなかった――正に化け物と言って差し支えない存在。

 

 しかし、だからこそチャンスである。トロマが勝てなかった相手を、ヴェラが滅する事が出来れば魔王からの評価も相当上る。


 ヴェラには自信があった。魔王軍六六六万の軍勢、その内の六六万はトロマが預かりそして殲滅されてしまったが、残り六百万の内の半分、三百万はヴェラ直下のアンデッド軍である。


 そう魔王軍唯一の不死軍団――それこそがヴェラが勝利を確信する理由。

 何せ不死の軍団はその名の通り死ぬことはない。それに痛覚も無いためいくら傷つけられようと怯むことがない。


 相手も相当な力を持った化け物のようだが、それでもこれだけの大軍を相手に、しかも不死の軍団に阻まれてはどうすることも出来ないだろう。


 尤も、アンデッド軍の層が最も厚い本陣に辿り着く前に片がつく可能性は高い。

 何故ならトロマの様子を確認させていたゴースト達が既に動いているから。

 アンデッド軍の一部隊であるゴースト部隊はゴースト故に不可視、それだけに偵察にも当然向いているが、強い怨念を持った悪霊(フィーンド)は相手の身体に憑依し内側から相手の意識や肉体を蝕むことが出来る。


 悪霊は総数三百はいる。相手の数が多い場合は使えない手だが、一匹だけであれば問題ない。そして今ヴェラの命令により三百の悪霊たちが一斉にこちらに向けて突き進んでくる一匹目掛け憑依を行う。


 三百の悪霊が全て身体の中に入りこんだのだ。どれだけ化物じみた肉体を誇る物だろうと内側からの攻撃には耐えられない。


 そう思ったのだが――突如悪霊が入りこんだ化物の肉肌が、まるでマグマのようにグツグツと沸騰を始め、決して死ぬことはないと思われたゴースト部隊が全て気化し、断末魔の叫び声を上げ霧散してしまった。


「……そんな――ゴーストが、死ぬなん、て……」


 思わず狼狽するヴェラ。正確に言えばアンデッドにも倒し方はある。例えば今のゴーストであれは聖なる力の込められた魔法や、教会によって刻印の施された武器などを使用すればアンデッドであろうと倒されてしまう。


 ただヴェラには秘策があるため、例えそのような相手がやってきたとしても問題はないのだが――


 に、しても解せない。何故ならいまヴェラに向かって進行を続ける相手は、そのどちらも持っていないからだ。ましてや憑依した相手を肉体を沸騰させて消し去るなどそのような方法見たことも聞いたこともない。


 とは言え、そのようなことに悩まされてばかりもいられない。

 こうなったら少々泥臭くもあるが、人海戦術で決着をつけようとヴェラは考える。


 その為、相手がある程度近づくまでは余計なことはせずそのタイミングを待った。

 幸いなのは、敵があまり策を講じるようなタイプではないことか。

 なぜ把握しているかは判らないが、その動きもヴェラに向けて最も近いルートを選び、直線的に突き進んでくる。まるで猪のようである。

 

 ただ歩いている時の動きに関しては人間離れした速度を見せていた。ただ歩いているだけにも関わらず偵察させているスカルファルコンよりも遥かに動きが早い。下手すれば見失ってしまいそうになるほどである。


 直線ルートで突き進んでくる為、足場が相当悪いにも関わらずである。そんなこともまるお構いなしにどんどんと突き進んでくる。その身体能力はハチェットにも引けをとらないのではないかと思えてしまうほどだ。


 だが――それもここまでだ、とヴェラはいよいよアンデッド達を動かした。化物じみた相手が兵たちの前に遂に姿を見せる。そこは随分と開けた一画であり既に何十万というアンデッド達が集い、完全に相手を包囲していた。

 

 ゾンビにグール、スケルトンやゴーストによる混合部隊。タイプも人間タイプだけではなく魔獣タイプからドラゴンゾンビなんてものもいる。元々オーガやトロルだった魔物たちも勢揃いだ。ゴーストに関しては元は魔法使いだった魂を利用しているので支援には持って来いである。


 それらが何十万、それを例え上手く抜けられたとしても(あり得ないとは思うが)要所要所に壁のように大量のアンデッドが行く手を阻む。まさに人海戦術。所詮単騎では決して抗うことの出来ない物量の差。


 そしてまさに今、アンデッド達が津波のごとくその一匹に押し寄せ、飲み込んだ!

 これでもう決まりである。アンデッドのうち特にゾンビとグールは貪欲だ。獲物と見れば肉片の一つも残らぬほどに食い散らかすことだろう。


 例えその化物じみた力で暴れようと、痛覚のない相手は決して怯まない。次第に体力は奪われ、動く気力も失い、そして――喰われる。

 

「……やったわ。終わってしまえば、簡単なものね」


 勝利を確信したヴェラは、妖艶な笑みを浮かべつつ魔王さまへどう報告しようか考えるのだった――

アンデッドVS殺人鬼



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