表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

最終話

 そして最後のバイトが終わった時。

 例の近道を通ると、突風が自分の帽子を吹き飛ばした。慌てて拾うと紙切れがついている。誰のものかは直ぐ判った。

「きのう れんしゅうしたら うまくいったの はやくきて」

 言われるがままに店の前まで行くと、窓の奥で象牙色のピアノが待っていた。自分は反対側の街灯に倚り懸かる。

 やがて歌が始まった。


 Even today we hear love's song of yore .

(今日も心に響く はるか昔の愛の歌)

 Deep m our hearts it dwells for evermore

(永遠に我らの心に 深く染みてゆく)


 そういえば、と自分は思った。あの時あげた楽譜に、歌詞はついていただろうか。あれこそ一番味わってもらいたい部分なんだけど。


 Footsteps may falter, weary grow the way

(へとへとの帰り道 足取りふらついて)

Still we can hear it at the close of day

(一日の終わりに この歌を聴くのだ)


 聴きながら歌の意味を思い出す。

 そうだ。君とマスターのーーお父さんとの事だけじゃない。今までの自分と君の事も、この歌に入ってるんだ。自分があの「月光ソナタ」をどんな思いで聴いたかも。君のピアノが教えてくれた事も、全部。


 So till the end, when life's dim shadows fall

(人生が最後まで 暗いものであっても)

Love will be found the sweetest song of all

(愛はきっと全て 優しい歌の中に)


 ずっと暗闇で眠り続けていても、君はピアノが大好きだったから。もしそうでなければ自分が出会う事も無かった。

 大丈夫。優しい歌の中に、君の探しているものはきっと全部見つかるさ。


 演奏が終わった。風の音に混じり、啜り泣く声が小さく聞こえた、気がした。

「弾いてくれて有り難う。大好きな歌だから、嬉しいよ。いつかまた来る」

 窓辺に置かれた最後一枚のメモを取り、自分は一礼してその場を後にした。ちゃんと気持ちが伝わっている事を祈りながら。

 帰りの電車で中身を見た。


「やさしい わたしのおきゃくさん

 いつも かえりにきいてくれたの とても うれしかった

 あなたがくるまで ずっと ひとりぼっちだった

 あなたが おしえてくれたうた とても すきになった

 わたしもずっと くらいかげのなか

 でも あなたのきもちが うたのなかにこもってた さびしくなくなった

 こんどはもっと うまくなってるね

 たくさんのひとに ひいてあげたいの

 またきてね」


 吊り革をぎゅっと握り、自分は最寄り駅まで泣くまいと懸命につとめた。


 大学に入ってからは、もう象牙色のピアノと顔を合わせる事はなくなった。あの店は通学路と反対側だったし、そっち方面にあった歯医者も引っ越してしまったからだ。

 ただ、午後九時半に聞こえるピアノ曲の噂は、前より広く耳にするようになった。一つは「月光のソナタ」、もう一つは「Love's old sweet song」。

 もしかして病院の眠り姫は、もっと音楽でつながりたいのかもしれない。いつか呪いが解ける日を夢見て。


 〈おしまい?〉

沙猫です。この度はこんなダラダラとした話を読んでくださり、有り難うごさいました。ブクマまでしてもらって泣きそうです。

元々新聞の見出しで、ピアノがどうたらとかいう小洒落た文句がありまして。それに感銘を受けて書いたのが拙作でございます。

劇中使った曲は、私自身も気に入っていて、是非CD借りるなりYouTubeで聴くなりしていただきたいものです。

なお、Love's Old Sweet Songの歌詞は下記ウェブサイトを参考にし、和訳は著作権も切れてたので自分で行いました。


Love's Old Sweet Song Lyrics." Lyrics.net. STANDS4 LLC, 2016. Web. 22 Feb. 2016. <http://www.lyrics.net/lyric/29014917>.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ