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僕と薬袋梢  作者: 七橋綴
7/7

封心演技

 例えばバケツをひっくり返したような雨なんて表現をするけれども、それは飽くまで誇張しているし、バケツをひっくり返したならあんな雨粒にはならない。ただ言いたいことは理解できるし、相手に伝えるために意図的に誇張していることが悪いと言いたいわけじゃない。でも本当に相手が欲しい情報なんてものは誇張しなくても伝わるし、逆にどんなに誇張したって伝わらないものだってある。

「ま、一言でいえば他人事ひとごと。興味がないとでも言えばいいんでしょうか」

 薬袋の履いた靴は所々塗装が剥がれかかったテーブルの脚に置かれ、自身の足はブランコのように定期的に前後する。僕はその動きを見ながら最後にブランコに乗ったのはいつだろうと回想してみるが、うまく思い出すことができない。

「韻を踏む必要はない回答だと思うけど」

「ちなみに”ひとごと”と”たにんごと”どちらが正しい読みなんでしょうね」

「さぁ、それこそ他人事のようにどうでもいい気がするけど」

 ずっと足を見ているのも失礼だと思い、視線を斜め上に向かうと薄らと断続的に雲がかかっている。もう講義は終わっているので、ただ帰ればよかったのに薬袋と偶然出会い近くの喫茶店でお茶を飲む流れとなった。

「よく打てば響く人って言葉使うけど、そういう人は他人事とは思わないだろうな」

「あれですね、ツーちゃん、カーちゃんですね」

それはミーハーのことだと思うけども、敢えて指摘はしない。それにツーカーの語源はそもそも人間ではなかった気がする。

「そういえば、何故お茶することになったのだろうか」

「さぁ、男女が出会うのに理由が必要でしょうか?」

「必要なんじゃないのか。というか、それって逆説、男女だからってのが理由になるのか」

「往々にしてそうです。男と男ならホモです」

「往々にしてそうじゃねぇよ」

 本当にそうだとしたら、そこら中にホモが存在するという話になってしまう。

「それによくよく考えたら、お茶をすると言いつつ珈琲なんだよな」

「細かいですねぇ。確かに珈琲ってお茶するって言葉に属するのでしょうか」

「紅茶の場合はティータイムだし、珈琲の場合は、ブレイクなんじゃないのか」

「あぁ、なるほど。ということは、正しくは珈琲休みでしょうかね」

 和訳にすると間違ってはいないだろうけど、なんだか腑に落ちない感じが残る。

「そういえば、ようやく寒くなってきたな」

「設楽さんは秋派でしたっけ?」

「そうだな、春か秋だな。でも秋の方が好きかな」

「ほう」

「秋は涼しいし、ホットコーヒーでいいし」

「言っている意味がよく分かりませんが、アイスコーヒーじゃ駄目なんですか」

「アイスコーヒーは作るのが面倒なんだよな、その点ホットコーヒーはドリップすればいいだけだし」

「割と現実的な観点からの判断なんですね」

「薬袋はどうなんだ?」

 会話が続かないので、適当に薬袋に質問を投げ返す。

「私も秋ですねぇ。春も温かくて好きなんですけど」

 それは少し意外な回答。薬袋のイメージからいって夏か春のイメージだった。

「どうだろう、言葉からイメージする温度って春の方が温かそうだけど、実際問題あまり変わらないんじゃないか」

「うーむ、どうでしょう。視覚的にも桜が咲いたり、木々が葉を付けたりと温かいイメージありますね」

 それに秋は植物が枯れたりと、心なしか寂れたイメージがある。だけども今年の春もなんだかんだ言って寒かったような気がしている。

「視覚的効果あるだろうな」

「視覚に限らず、聴覚もですね。風鈴なんていい例じゃないですかね」

 確かにこれは納得できる意見である。ただ風鈴の音で夏を感じるっていうのはもはや刷り込みのような気がしなくもないけれども。

「自己暗示に近いものはあるとは思いますが。あぁでも思い込みって馬鹿にできませんからねぇ」

「ある意味才能だよな」

「たまに嘘を付き続けて、本当になった。なーんて話ありますね」

「それは本人の嘘の付き方がうまかったんだろう。周りを巻き込むだけの発言力があったんじゃないか」

「そうですね。でも根本として嘘は嘘なんですから、事実は揺らぎないはずですよね」

「どうだろうな。その根本をすり替えることができれば本当になるんじゃないか」

「根本、つまるところは、過去ってことですね。つまりタイムマシンさえあればなんてことないですね」

 タイムマシンという発想がでてくる辺りはどうも薬袋らしい。

「タイムマシンネタについては古今東西諸説いろいろなものがありますが、過去に戻ると幼い自分自身がいるのでしょうかね」

「古今東西存在するかは分からないけど、ドラ〇もんってどうだったっけ」

 タイムマシンといえば、このアニメのイメージが強い気がする。なんといっても机の引き出しでいつでも未来過去へと行けるというお手軽仕様だ。そういえばタイムマシンといえば、過去に向かうというイメージが強いのだけど、実際にはド〇えもんでは未来にも向かっている。

「ドラえ〇んで議論するのはやめましょうよ」

「そもそも議論するつもりもないのだけど、持論としては平衡世界じゃないかと考えているから、過去の自分に会えると思うけどな」

「なるほど。つまり過去を変えたとしても、現在の自分の世界は変わることがないということですね」

「概ねそういうことになるな。自分自身は過去に行くことで多少の誤差はあると思うけど」

 過去に行ったことで培った経験だけは残り続けるので、そこだけは自分に対して影響が出る部分だと思う。他にも過去で当時自分が知りえない事実を知ることだってできるわけだし。

「極論を言うと、死んでしまった誰かを過去に戻って助けたとしても、自分の世界では死んだままであると」

「そういうことになるな」

 その平衡世界の中では生き続けていると思うけど。

「つまり、過去に戻ってデビューしなおすというのは不可能ですね」

「デビューって、高校生デビューとかの意味ってことか」

 それなら猶更不可能ではないだろうか。過去に戻るといっても、体が戻るわけではないし、当時の自分が存在している。当時の自分にデビューしたほうがいいと諭すのは難しいのではないだろうか。

「そうですよ、ホントの私、デビューってよく言うじゃないですか」

「よく言わねーよ。むしろ今までホントの私デビューしてなかったのかよって思うけど。どれだけ猫かぶっていたのかと」

「意外と辛辣なコメントありがとうございます。猫被りっていうと大人しく振る舞うことを指しますが、つまりは清楚ビッチってことですよね」

 お前のほうがよっぽど辛辣だけども。というか、猫被りって女性に限った例えじゃないはずだけども、どうしても女性のイメージが先行してしまうのは何故だろうか。これも刷り込みに一部だろうか。

 ですよね、と同意を求められているが、別に大人しくない、イコール性が乱れているには結びつかないだろう。何か恨みでもあるのだろうか。

「ただ設楽さんだって、内心めんどくさいと思いながらも、作り笑顔で対応するような人ですよね」

「時と場合によるけど。誰だってそうじゃないのか」

「それってホントの私ではないんじゃないですか」

「なんか、ホントの私がパワーワードになりかけてるけど、確かに一理あるな」

 ある意味、高校生デビューっていうのは本来の自分を変えてしまっているわけだし、元々の自分を変えてしまっているということになる。ただ元々の自分が本当かと問われれば、それが違う場合もあるわけだけれども。

「集団社会において、パワーバランス取るのって必要なことだと思うんですよね」

 したり顔で珈琲を飲みながら語る薬袋。

 無理矢理パワーという言葉をかけているような気がしなくもないけど、どうしてもホントの自分だけで暮らしていくのは難しいという点に関しては同意する。

「つまり、ホントの私とウソの私が混在しているわけですよ」

「何を議論しているのかもはや分からなくなったけど、ウソの私デビューなんて言われても困るだけだろ」

 僕も併せて珈琲を飲むけれども、もうかなり冷えてしまった。

「コンタクトレンズの話はさておき。高校生デビューっていうのも、本当の自分を偽ってウソの自分をデビューしている可能性がありますよね」

 誰もコンタクトレンズの話はしてないけど。これで売り上げが落ちても誰も責任はとれない。

「確かに実際には心を殺して演じている部分も否定できないな」

「皆は必死に友達を作って目立とうとしているのに、設楽さんに限っては一切そういったデビューなさそうですよね」

「現状維持が目標だからな。友達を作ることもまた、現状維持じゃなくなる可能性がある」

「設楽さんはタイムマシンというよりも、時そのものを止めたほうがよさそうですね」

「あくまで維持するということが目標なわけであって、時を止めたらそれは現状停止になるわけであって」

「意外と拘りますね、その目標。というか座右の銘になりかけてますけど」

 そんな大袈裟なものでもないし、そこは人それぞれだの理念が存在すると思うけど。

「ただその現状維持を打破する女―――それが私というわけですね。日々現状打破ですね」

「なんか睡眠欲を抑えるドリンク剤みたいな言葉だけども、間違ってはいない」

「でも逆に考えてくださいよ、もう短くない時間を過ごしているわけですから、つまりこれが現状となりつつあるのではないでしょうか」

 なかなかに鋭い意見だと思うけど、これを認めるのはなんだか負けを意味しているような気がする。

「おっと、設楽さん沈黙は肯定ですよ」

「肯定もしてないし、否定もしていない」

「何だかんだでこれまで付き合ってくれているのも、設楽さんの眼鏡にかなったからですね。眼鏡にだけに」

 誰も眼鏡の話もしていない。

「それは自分自身を色眼鏡で見てるのでは」

「いいえ、自分自身を眼鏡で見ることはできませんよ」

「鏡で見ればいいのでは。色眼鏡を抜きでな」

「おっと、これはブーメラン」


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