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僕と薬袋梢  作者: 七橋綴
6/7

演繹

「そういえば文化祭も終わって、心なしかクリスマスモードとなりつつありますね」

「嘘をつけ、まだ三か月近く残ってるけどな」

 文化祭も研究室で過ごしたので、達成感やら連帯感やら、何かと得るものはなかったのだけれども、薬袋の言っていることは正直分からないことでもなかった。

「失礼、クリスマスよりも冬休みですかね」

「ほぼ同義だよ、それ。ま、間違ってないけど」

「それにしても、この時期になるとイベントも特にありませんし、暇と言ったら暇なんですよね」

「そもそもイベントありきの思考じゃないと、その考えは浮かばないだろ」

「ですね。ですが、残ったイベントといえば試験ぐらいしかないんですよね」

「イベントに含めるかどうか微妙なところだけどな」

 院生になってからは論文ありきなので、正直なところ定期的な試験というイベントは発生しなくなってしまった。その代り、緊急でお願いされることなど強制イベントの数は増えたような気がする。

「そうですね。ただ一学生としては試験期間中は割と早く帰れるので、悪いイメージはないですね」

「意外だな、試験ってもっと嫌がりそうなイメージを持ちそうだったのに」

「正直なところ苦手な講義はあったりしますが、単位をあげるためのテストなんで、だいたい単位取れちゃうんですよね」

「まぁ、確かにそんなもんだよな」

「ある意味、高校の頃より楽かもしれませんね」

「大学ってなんのためにあるんだっけ」

「そうですね。義務ではなく勉強するために大学に来ているのに、勉強しなくても単位が取れてしまうとは」

「そもそも勉強するために来ているのに、勉強しないってところが、そもそもズレてる気がするんだが」

「遊びに来ているんですよ」

「そういえば、お前の大学入学も不純なもんだったな」

「なんのことでしょうか」

 都合の悪いことはことごとく避けていく性格のようだ。それでも話を聞く限りは薬袋の成績は悪くないらしい。今更気が付いたのだが、初めて出会ったときの電子回路の話題も、あれはあの時点でよりも先で学習する内容だったはずだ。

「まぁ、将来的に就職できればいいんだけどな」

「そういえば設楽さんは院生ですが、就職はどのようにお考えで」

「実際のところあんまり考えていない。今後研究を続けていって、同じジャンルの研究職につければとは思うけど」

「ほほう。ま、私は既に内定済みですけどね」

「どこに?」

「設楽さんにです」

「何の内定か知らないけど、出した覚えもないんだけどな」

「この場合、エントリーシートは婚姻届でしょうかね」

「分からない振りするのも面倒になったからコメントするけど、その場合はラブレターとかになるんじゃないか?」

「そうかもしれません。では婚姻届は辞令といったところでしょうか」

 誰がうまいことを言えと。

「以前も専業主婦はサービス業であるなんて話をしましたが、主婦って勤務時間ってどうなるんでしょう」

「さぁ、かなり不規則になりそうだけどな」

「ある意味ブラックですね」

「どうだろうな。融通は利きそうだけど」

 その専業主婦の仕事範囲がいまいち僕には想像がつかないので、正確なことは言えないのだけれども。

「でもまぁ、無職よりかはましですよね。色がついている分」

「無色ってか。笑えないけど」

「そうですか。でもまぁ、無色ってなんだか何にも染まってないって感じで素敵ですよね」

 確かに無色透明と言われると、清潔感というか、どこか透き通った神秘的なものを感じてしまう。物理的に言い表すのならばクリスタルが近いだろうか。

「言わんとしていることは分るけど」

 それに無職―――つまるところ、どこにも属していない、染まっていないといったところか。

 言葉遊びにしても少し後ろ向きだけども、ブラックユーモアと言えばいいのか。

「こう何にも染まらないって、一匹狼みたいでかっこいいですね」

「そのうち飢え死にしそうだけど」

「孤独死ってやつですかね。でもまぁ生まれた時点で何かには属しているものですよ」

 属するってことは、つまり囲うグループが存在するということだ。そのグループが一体どんな粒度で組まれているのかにもよるだろうけど。だけども、薬袋のその解釈は僕も共感はできる。

「生まれた時点で親子だったり、家族だったり、極論人間って部類に属してますよね」

「それこそ地球に属しているけどな」

 それこそ極論。いや、曲論と言っても違いない。

「そういえば、季節感のない話で申し訳ないのですけど、設楽さんって半袖を着ないですよね」

 季節は秋から冬へと向かう最中の会話だけれども、特に謝られる理由はないと思う。ただそういったある種の気遣いというか読みができる部分は薬袋の美徳とも言えるだろう。

「いや半袖も持ってるけどな」

「確かに半袖を持ってるかもしれないですけど、長袖のカジュアルシャツを着てますよね」

「あぁ、確かに。半袖だけだとなんか心細いんだよな」

「なんですかその思考」

 確かに特に意味はないけれども、無意識のうちに半袖を着ないようになっていた。

「逆に冬場でも必ず腕まくりしてますよね、ポリシーですか」

「いや、ファッションに関してのポリシーなんてないんだけども。ただ腕まくりしているのは、単純に作業し易いからだな」

「なるほど。それに設楽さんって時計しないですよね」

「人生で時計を買ったことってないな。欲しいと思うことはあるけど」

「まぁ、携帯電話ができてからというもの時間を確認する意味での時計って必要なくなってきてますからねぇ。よっぽど睡眠針が飛ばしたり、サッカーボールを召喚する必要がなければですけど」

「そんな時計、そもそも存在してねぇよ」

 いつも疑問に思っているのだけども、あの時計って飛行機の搭乗検査で捕まらないのだろうかと思う。睡眠成分はともかく、針は入ってるわけだし。そのほかにも突っ込みどころはいろいろとあるけども割愛する。

「スマートウォッチも出てきてるけど、まぁ必要は感じないかな」

「ふぅん、あれってメールとかも見れて便利そうですけど」

「もうそうなってくると、逆に逆に食うか食われるかの世界になってくるよな」

「どういうことでしょう、詳しく」

「つまり、時計でメールが見れるようになるということは、逆に携帯電話がいらなくなるかもしれないだろ」

「なるほど。つまりコンビニでドーナツを売り始めた結果、とあるドーナツ店が廃業の危機になるってことですね。あっ、今のって食うか食われるかにかかってて面白いですよね」

「ドーナツ店としてはおいしくないだろうけどな。ただ例えはあってる」

「つまり融合した結果、どちらか片方がいらなくなるということですね。物やサービスとしての共存はできますが、会社は共存できないってことでしょうね」

「ま、合併すればいいんだろうけど、そうはなんないだろ」

「えぇ、淘汰される運命ですねぇ」

「それでも時計だってファッションとしての価値は持っているわけだから、完全に消えるわけじゃないだろうけど」

「つまり設楽さんは携帯を持っているのに、時計をしている人を見たときって、ファッションだけで付けてるんだなー、とか思うんですか」

「いや、そこまで深く考察しないけど。それにファッションを否定しているわけじゃない」

 確かにそう捉えられても仕方がない部分ではあるけれども。

「まぁファッションとして価値は分りました。ただ時計に限らずいろいろなものが合成されて淘汰されていってるんですよね」

「そういうことになるな」

 だけどもそれ単体で価値があるものならば生き残る可能性は高いのだろうけど。

「まぁ、けど理解はできます。人間って無駄なものにも投資したくなるときってありますね」

「ロボットじゃないからな」

 あれ、この件は以前にもやったような気がするけど。

「ただそういった物ができているってことは、やっぱり効率化の流れが来ているってことでしょうかね」

「それもあるだろうけど、単純に技術が進歩してってことなんじゃないか」

「なるほど、でも例えば技術力が高い人がいたとして、その人が何もアイディアを持ってなければ何もできませんよね」

 それは逆の場合も言えることだろう。両方揃っていることがもちろん理想だけどそうはいかない現実はある。この世に完璧な人間はいないのだから。

「先日、アニメを作る人を描いたアニメを見たんですけど」

「メタいな題材が」

「まぁ、その中でアニメの監督が絵コンテを描いているんですけど、その絵が汚くて、絵が下手くそなひとでも監督やれるんだなと思いましたね」

 これは共感できる例えだと思う。アニメを作る人は決まって絵が上手な人しかなれないと思い込んでいたけども、脚本という目線を持った時に絵の技術は関係ない。

「確かに言われてみると最近の漫画って原作と作画が違うことって多い気がする」

「何事も分業制なんですよね。最近では完投型の投手が減ってきたのもそのためなんですね」

「なぜそこで野球ネタ」

 素人というか詳しく知らずに語るのであれば、昔の漫画は原作と作画は同一人物が多かった気がする。ただそれも物に例えるのであれば、話は逆転しているような気がする。

「分業制ってさっき言ってたけど、さっきの時計や携帯でいうのであれば逆行しているよな。物に対していうのであれば、一つでなんでもできるのが増えてるわけだし」

「そうですねぇ、私もそこは明確な答えは持ち合わせていないです」

 それでも、と薬袋は続けた。

「さっきのアニメの話に近いですけど、そういった絵が下手な人間の意見が取り入れられたから幅の広いアニメができてるんじゃないですかね」

「つまりそれは物も一緒だと」

「ま、こじつけですけどね」

 そこに来て、目的のカフェにたどり着く。よくあるチェーン店だ。

 そういえばカフェと言えば、コンビニが珈琲を売り始めてから売上が下がったって話をよく耳にした記憶がある。もうかなり前の話だけれども。

 ガラス張りになった外装から見える店内には人があまり入っていないのが分かる。

「こじつけかもしれないけど、まぁ理解はできる」

 理解はできるが、それが全てではないように思える。

「えぇ、私もそう思います」

 その感覚はどうやら薬袋も一緒らしい。どうにもすっきりしない気持ちを持ちつつも、万理に通ずる共通の答えというのはないような気がする。

「それにまぁ、だからといって最高のものになるかはわからないですけどね。だって発案者の意見を百パーセント再現できるかどうかは別の話でしょうから」

「それでも百に近づける努力は必要だろうけど」

「えぇ、ただ設楽さんの先ほどの逆行の話、私は逆だと思いますよ。つまり、逆の逆で同じベクトルだと思います」

「その心は」

「別に謎かけでもなんでもないですけど、分業制という言葉柄、分割しているというイメージを持ちますけどある意味一つのものを協力して作っているわけですよね。つまり機能が共存することと意味は似通ってくるんじゃないですかね。ま、これもこじつけですけど」

「テキサスの狙撃兵もびっくりなこじつけだな」

「そうですね。設楽さんの例えの通り、最初からこの議論には穴は空きまくりですから、どちらにでもこじつけようと思えばこじつけられますよ。でもまぁこのご時世、その結果職を失うひとも出てくるかもしれませんけど」

 そのこじつけは個人的には嫌いじゃない。でもそれを言葉にするのも憚れた。

「でもまぁ、やっぱり共存するうえでは相性ってものは必要ですね。私と設楽さんみたいに!」

 とりあえずその言葉は無視をして、僕は珈琲を頼むためにカウンタへと足を運ぶ。

 決まって砂糖とミルクを聞かれるのだけども、今日は断った。

「おや、今日はブラックなんですね」

「ま、無色よりかはましだろ」

「私はガムシロップみたいに甘々でもいいんですよ」

 ボケをボケで返さないでいただきたい。

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