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僕と薬袋梢  作者: 七橋綴
2/7

薬袋梢を知る

 済崩し的に現地解散となった薬袋梢との出会い。

 衝撃的な言葉を残した割には、薬袋梢の恥じらいやらその後の誤魔化しなんてものも何もなく、ただ淡々と駅まで送り届けただけであった。

 一期一会ということもあるだろうし、大学生活の奇妙な思い出として心の隅に留めておくことにした。

 強烈な出来事ほど、刹那的で印象も深く残る。

 それは加速度と同じように、早ければ早いほど受ける衝撃は大きい。

 その速さは個人の感覚になってしまうけれども。

 ただ不思議とその刹那を惜しみ、また追い続ける人々が出てくるのも頷ける。

 毎日だと疲弊してしまうけども、でもそんな一瞬があっても悪くない。

 いや、悪くなかったというべきだろうか。


「で、なんでいるの?」

「えっ」

 薬袋梢は意外そうな顔を浮かべるも、目線は本棚から抜き取った小説から離れない。

 翌日寝不足のまま大学へと向かい、校内をうろついていたところ補足されてしまった。

「たまたま目に入ったので、声をかけてみました」

 さも偶然を装っているが、どう考えても待ち伏せされていたに違いない。

 あえて学部生が多い時間帯を避けて校内の書店に向かったはずなのに。

「まぁ、設楽さんの性格から考えて、人が少なそうなところを探せば見つかると思いました」

 行動パターンが読まれている。

「ま、研究室に籠られていたらエンカウントしなかったかもしれません」

「僕はモンスターかよ」

「人の親だってモンスターになることだってあります」

 それはどこのご両親かな。

「人の本棚を見ると性格が表れるってよく言いますよね」

「そうか?」

「えぇ、設楽さんの場合、シリーズ物の巻数はそろってないですし、挙句の果てには上下巻ですら離れ離れになってますね。つまり、O型ですね」

「大ざっぱって言いたいのはよくわかった。それ本棚見なくてもわかるよね」

 ちなみに上下巻が離れ離れなのは、同時に発売していなかっただけである。

 基本的に読んだ順に棚に並べていくので、出版社や作者の並びもぐちゃぐちゃだ。

「ま、読んでるジャンルも見事にバラバラですね。統一感がないというか」

「好きな作家を読み終わったら、あとは表紙と帯で適当に買っているからな」

 薬袋は一冊一冊を手に取って、中身をぱらぱらと見聞する。

 見終わった本は床に置いて、どうやら出版社別に並べようとしているらしい。

「こうして重ねていくと出版社によって差がありますね」

「そりゃそうだろ、出版社によって出版する本の数は違うわけだし、好きな作家だって偏る」

「本屋に行くといつも思うのですが、何故出版社ごとに分けるんですかね」

「何故って、出版社ごとに並べた方が分かり易いからだろ」

「いえ、作者別に並べた方が探しやすくないですか?」

 確かに言われてみるとそうだ。

「それに作家によっては違う出版社で出してたりもしますし」

「著者別に並んでいる本屋もあるにはあるが、なんか背表紙とか揃わないからじゃないか」

「現に設楽さんの本棚がそうですしね」

「馬鹿にするな、出版社別にもなってねぇよ」

「それ、自分で自分を馬鹿にしてますよね?」

 強いて僕の本棚の並べた利点と上げるとするならば、読んだ履歴が追えるというところだ。

 別に利点でもなんでもなかった。

 とある出版社は背表紙はネイビーグレーに統一されているが、別の出版社は書籍によって全然違う。

 最近では装丁などで販売が左右されるとも言われているし、実際問題作者を知らない人間としたら、一番に目に入る情報が判断のベースになってしまう。

 冒頭を読んでみるのも一つの手だけれども、それだけだと時間が掛かってしまう。

 薬袋は出版社別の仕分けもそこそこに小説を読み始めている。

「おい。それ片付けの時に片付かないパターンだぞ」

「別に始めから片付けようとしてなかったですし」

「さてはお前もO型だな」

 既に薬袋はクッションに背中を預け読書に集中する体制に入っている。

 出会って二日目からこの図々しさである。

「珈琲でも飲むか」

「私はミルクと砂糖を一つで」

「ここは喫茶店じゃねぇ」

 勝手知ったるはなんとやらというやつだ。

 珈琲三杯分の水をケトルで沸かしている間に、珈琲ミルで豆を挽く。

「豆を挽くなんて本格的ですね」

「豆を挽いただけで本格的に入らんだろ」

 豆を挽く理由は、ただ単純に挽いた時の匂いが好きなだけだからだ。

 サイフォン式で珈琲を淹れるのも雰囲気を楽しむだけで、特に味に対してのこだわりからやっているわけではない。

「サイフォン式ってわくわくしますよね」

「最初だけな」

 買った当初はサイフォン式の仕組みに心を躍らせたけども、数日とやっているうちに感動は薄れてしまう。

 上部のフラスコに熱湯が上がってきたら、十回ほどスプーンでかき回して火を止める。

「まるで理科の実験ですね。小学生に見せると受けがいいかもしれません」

「でも小学生で珈琲飲まないだろ」

「まぁ、そこは牛乳入れてカフェラテにしておけばいいんじゃないですかね」

「一応言っておくが、エスプレッソではないからカフェオレな」

 珈琲が下のフラスコまで降りたら、上のフラスコを外してマグカップに均等に注ぐ。

 いつも牛乳は買っていないので、ポーションミルクを一緒に持っていく。

「わー、ありがとうございます」

 感謝の言葉を述べつつも、薬袋の目線は相変わらず本に向かったままだ。

「そんなに面白そうなのあったか」

「えぇ、やはり他人の本棚は自分にないものがありますから」

「そんなもんか」

「それに本はいいですね。無造作に時間が潰せるので」

「人の家に居座っときながら、無造作とか言うなよ」

 ただ薬袋の意見には概ね賛成だ。

 小説は時間を潰すにはもってこいだし、種類にもよるが知識も身に付く。

 本当に書いてあることが正しいこととは限らないので、吟味は必要だけれども。

「あと、素朴な疑問ですが、自宅で作る珈琲とスタバで作る珈琲って絶対味違いますよね」

「そりゃ豆が違うからだろ」

 抽出方法も違う。

「いえ、きっと同じ機材や豆を使ってもあの味は出せないでしょう」

「雰囲気の違いだろうな」

「そうですね、よく漫画とかでもあるじゃないですか、生きた心地がしなかったとか」

「いやまて、それは違うだろう」

 緊張しすぎて全く味が分からなかったとか。

「しかし生きた心地がしなかったって、貴方一回死んだことあるんですかと問いかけたくなりますよね」

「ならねーよ」

「そうですか? 何回転生したんだろうとか思いますけど」

「それって、前世の記憶引き継いでることが前提になってるけど」

 死んだ経験を覚えているならば、今頃犯罪者はもっと摘発されているだろう。

 いや、転生した時期にも依るから、そうとも限らないか。

「強くてニューゲームってやつですね」

「いや、ただのニューゲームだろ」

「いえ、知識など経験値はありますよね」

「なるほど」

 その引き継いだ知識が新しい世界で活かせるかどうかは甚だ疑問だけれども。

「しかも転生であるポイントは、登場人物が刷新されていることですね」

「ま、同じ時期に転生するはずがないもんな」

「えぇ。でもRPGとかでもありますが、レベルが上がっていくと経験値も更に多く必要となってしまいます」

「そうだな。結局、何時かは現状維持に近くなるんだろうな」

「しかし、薬袋ってゲームするんだな」

「まぁ、それなりにしますよ。特にRPGは好みますね」

「なんとなく分かった。薬袋ってシナリオ目線でやっているだろう?」

「よく分かりましたね。物語の続きが気になって夢中になっちゃうタイプなんですよね」

 レベル上げや強くなることがゲームの醍醐味であるかもしれないが、薬袋のそれはまるで逆だ。

 簡単に言い表すなら、動かせる絵本といったところか。

 コントローラで操作することは、つまるところページを繰る動作と同義となる。

「ですので、モンスターをひたすら狩るゲームとかは全くやったことがないです」

「ということは薬袋はファンタジー物とかよく読むのか?」

「そうですね、割とその傾向に近いものは多く読んでますね」

 逆に僕はファンタジー系の物語に触れていないことに気が付く。

 薬袋の部屋はそういった本で埋まっているのだろうか。

「逆に設楽さんは若干ミステリー物の方が多い気がします」

「というか、何がミステリーで、どれがミステリーではないのかわからないな」

「言い得て妙ですね。確かに小説には謎が付き物ですからね」

「だよな。逆に謎も何もない小説なんてあるのだろうか」

「デスノートですかね」

「それは暗に一コマあたりの文字数を指してるのか?」

 それにデスノート自体はただの名前と死因の羅列だ。物語ではない。

 というか、名前がノートだし。

「人が殺されたかどうかですかね」

「割と近いかもな。でもファンタジー物だって人死ぬけどな」

「ふむ、では現実的な殺され方をした場合というのはどうでしょう」

 現実的にという言葉が既に曖昧な境界条件となってしまっている。

「魔法で殺されればファンタジーってことか」

「えぇそうですね、科学で殺されればミステリー」

「魔法か科学かの違いについて話したら長くなりそうだな」

「ま、説明できるものが科学、説明できないものが魔法とかっていいますよね」

 昔はさぞファンタジーだったのだろう。なんか嫌だなこの言い方。

「隙間の神とは言ったもんだ」

「なんですか、その隙間の神って」

「現時点で証明できないような現象の事かな。科学的に説明できないから、それは神の仕業に違いないという、所謂軽蔑的なジョークだ」

「へぇ、端的に言うと妖怪のせいなのね」

「間違ってないが、メダルを差し込む時計などはないからな」

 比較の仕方があまりにも的確だった。

「ま、この話の面白いところは、神という言葉を使っているところだな」

「といいますと?」

「世界を創造したのが神であるならば、世界は科学で証明できないとか、科学的に証明できるものは、神は 関わっていないとか、この言葉に対していろいろな意見が出てるとこかな」

「ふぅん、なんだか深いような、浅いような」

「言葉遊びというか、言ってしまえば揚げ足を取り合ってるようなもんだな」

 そもそも神が存在しているかということが、隙間の神でもあるからな。

 話しに夢中になってしまって、珈琲はかなり冷え切ってしまっていた。

「けど、証明できないことを逆手にとって、偽証するなんてよくあることですよね」

「会話のテクニックでもあるけどな」

「よく自分がされたくないことは他人にするなって言われますけど、あれも一つの誤謬ですね」

「因果関係の逆転だな。必ずしも自分がされたくないことが、他人がされたくないこととは限らない」

「そうですよね、例えばご飯の上にマヨネーズをたっぷりかけたら喜ぶ人だっていますよね」

「ごく一部の層だろうけどな」

 むしろ嫌がらせのつもりだったのに、返って良いことになることなんて日常に置いてはありえないだろう。

 逆の場合は、ありがた迷惑としてよく聞く話だけども。

「ま、相手の思考や気持ちを全て理解できないからな」

「設楽さんは百にする努力もしなさそうですね」

 溜息をつきながら、薬袋は答える。

 百にならなくても、百に近づくような努力をする。

 確かにそれは必要なことだろう、と認識はしている。

 だけどもその認識とは世間一般の所謂普通というやつで、必ずしも普通とは限らない。

「普通は他人に合わせようとするじゃないですか」

「いや、今日は薬袋と一緒だけど?」

「え、まぁそうですが。そこでそれ言っちゃいます?」

 というか、むしろ一緒になったと言った方がいいか。

「それに普通とか平均って、結局その平均値に座っている人間なんてごく一部だぞ」

 例えばテストの平均点だって、実際にその平均点を取った生徒がいない可能性だってある。

 普通の方が、実は普通じゃなかったりするものだ。

 むしろ中央値の方が言葉の体裁といい意味といい、しっくりとくる。

「よく小説とかにも、絵にかいたようなって言葉があるけど、そんな人間の方が奇異だわ」

「理論的には納得しちゃいますけど」

「要はあれだ、元々特別なオンリーワンってやつだ」

「設楽さんの場合、ロンリーワンですね」

「それ、ロンリーとワンで二重の意味で孤独だな」

 狙って言ったわけではないのだろうけど、少しだけ悲しくなる。

「別に一人で生きられるとは言ってない」

 これは事実であり、一人で生きられるなんて傲慢な考え方もしない。

「んー、さっきの話で例えるなら、みんな百目指して走っているのに、設楽さんは一に向かって走っているような。逆走してますね」

「いや、逆走じゃなく、逆相だな」

「それ面白いですね。逆走ならばいずれバナナとか置いておくと引っかかりますけど、そもそも関わらないことを目指しているのですから、逆相ですね」

「お前はどこのサーキットを走ってるんだよ。しかもぶっちぎりの最下位のやつがやる戦法だろ」

「うまい! 最下位と再会をかけてますね」

「かけてねーよ。しかもうまくないし」

「そうですね、バナナの皮だけですし」

「皮はそもそも食べないから、うまいまずいの話じゃない」

 周回遅れで再会したところで、そいつゴールしているときもあるし。

「配管工のレースはさておき、そもそもみんなが百目指しているわけじゃないですしね」

「というかみんな同じ方向を向いているのであれば、仲間割れなんてそうそう起きないだろ」

 とある目標に向かって一致団結してなんていうけども、全員が一致することはまずない。

 目標は一緒でも、目的や過程は人それぞれだ。

「そうですね、大企業になるにつれフットワークが重くなりますし」

「お前はまだ社会人じゃないだろ」

「でも不思議ではありません? 大企業ということはそれだけ人がいるってことですよ?」

「それだけ仕事があるってことだろ」

 本当に仕事があるかはわからないけども。

 それに仕事量だって毎日均一になることなんてないだろうし。

「それに決定権だって分散化されるしな」

「一人のときは一人で決められますしね」

 ただ失敗したときは一人で責任を負うこととなるけども。

「ただ今の世の中、対価をもらわないと生きていけないからな」

 対するものがあるということは、一人ではないということだ。

「どこかの錬金術師みたいですね」

「いや、今の世の中等価ではないだろう」

「下っ端は連勤術氏となり、上司は部下の残業を透過するということですね」

「やめてやれよ」

 それに漢字的に少し無理がある。

「ま、私は専業主婦を目指すと昔から言ってますし」

「昔から言ってたのか」

 出会ったのが昨日のことなので、薬袋の過去については全く知らない。

「しっかしここはいいですね。読んでない本がたくさんあるとわくわくしません?」

「だったら図書館にでも行けよ」

「そうですが、あそこは閉館時間あるじゃないですか」

「ここは家主が閉館時間を決めるんだよ」

 決してフリーパスじゃない。

「昨日は特別だ」

「じゃあ、今日も特別ですね」

「それじゃあ特別とは言わなくなるな」

「いえ、さっき言ってたじゃないですか、普通ってことがそれが既に特別であるって」

 特別とは言っていない、奇異だといっただけだ。

 だけど特別なことが連続して起きることは普通だろうか。

 偶然が続くことは普通に当てはまるのか。

 単なる揚げ足取りの言葉だろうけど、その回答は今の僕では言葉として言い表せない。

「もういいよ、好きにすれば」

 僕はもうずいぶんとぬるくなった珈琲を口につける。


 まぁ、今のところ彼女を言い表すのであれば『例外』ってとこだろう。

 だけどそれを薬袋に伝えるのは、きっとありがた迷惑と僕は考える。

 因果関係の逆転―――いや、人間関係の逆転、なんて、それを百に向かう人だけしか言えない言葉だろう。

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