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僕と薬袋梢  作者: 七橋綴
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済崩し

 薬袋とのくだらない仲の始まりは、案外素敵な出会いだったのかもしれない。

 それはあくまで薬袋だからこそであって、そして僕だからであって――――?

 ん、本当にそうなんだろうか。


「だから嫌だったんだ」

 バイト先からの給料も入っていないのに、ノリと勢いで宴会を開くのは大概にして辞めてほしい。ただそれをはっきりと言えない自分ももちろん悪い。

 気持ちは言葉にしなければ、ほとんどの場合伝わらないのだから。

 振り返って改札口の電光掲示板を見ると既に灯りは失われていた。駅を降りた人間はわずか四人と片手で数えるほどだったし、なんといっても全員サラリーマン。

 サラリーマンといえば、最近子供を注意できない人が増えてるとかいうけれども実際はどうなんだろうか。僕の個人的な意見とすれば、子供のマナーの悪さに感けて大人だってルールを逸脱した行為をしているんじゃないだろうか。

 同じ改札を通ったサラリーマンはわざと駅改札口から正面のコンコースを避けて通って行った。

「おいおい」

 大人が大人を注意できない。それじゃ子供を注意する以前の問題じゃないか、と僕は目の前の光景を見て嘆息する。酔っぱらった会社員が小学生らしき小さな女の子にえらい大声で注意をしているじゃないか。

 あれ、でもこの場合どう判断すべきなんだろうか。

 確かにこんな深夜に小学生が外を出歩くのなんて普通は両親を常識を疑うところだし、子供も子供だ。危機感が足りなすぎではないだろうか。

 会社員の足は言葉を紡ぐたびにふらふらと揺れて、いったいどこに向かって言葉をぶつけているのだろうか。最近の小学生は、とか。こんな深夜に親は何をしているんだ、とか。

 俯いた状態のままの小学生がちらりとこちらを見る。サラリーマンは自分の熱弁に陶酔しているのか、小学生の目線の先に気が付かない。

「あのぅ」

 どちらにしろ、と言い訳するのもおかしな話だろうけども、結局は弱いほうを味方しないといけないんじゃないだろうか。でも仮にサラリーマンが酔っていなかったのなら、僕はどちらに味方するだろうか。それとも、それは良しとして立ち去るのか。

「なんだぁ!?」

 声を掛けただけでこの怒られようである。

 僕は一歩引き下がる。決して恐怖の為じゃない。豪快な唾の飛沫を避ける為だ。決して恐怖の為じゃない。

「うちの妹が何かしましたか?」

 案外咄嗟の嘘だというのにすんなりと出たものだ。

「お前の妹か!?」

 さらに声を増して怒り出すサラリーマン。何なんだ、この怒りスイッチ。どこで反応しているのか分かったもんじゃない。どんな言葉を出しても、怒りの収めることは無理そうだ。

「あ、パトカーが」

 遥か向こうの山を指して僕は叫ぶ。

 それが号砲の合図。サラリーマンが戸惑った様子で、遥か向こうの山を見る。

「ほら走れ」

 僕は小学生の手を引っ張り、走り出す。くだらないドラマのような出会い。そして二人は逃げ出して恋に落ちる。

 あ、でも相手は小学生だからどう見ても犯罪だ。

「ふぎゃ」

 今から思うと、ドラマはやっぱりドラマであり、現実では不可能な場面が結構あることが分かった。繋がった手の延長線上には、見事にコンコースに顔を正面からダイブした小学生。僕の走り出した勢いもプラスされ、見事デッキブラシのように数センチ分コンコースをブラッシング。

「おい、こらぁ!いねぇじゃねぇか!?」

 更に怒り狂うサラリーマン。でも警察いなかったほうがよかったじゃないですか、と宥める言葉は口にせず。考えてみれば大学生が走り出したって、小学生が追いつけるはずもなく、それが手を繋いでいる状態なら猶更まずい。

「足、震えて」

 やっとの思いで紡ぎだしたのか、小学生の足は数時間正座に耐えきったように力が入らないようだ。

「早く言えよぉぉぉおおおおおおお」

 サラリーマンに引けず劣らず叫びながら小学生を担ぎあげる。所謂お姫様抱っこ。大学生が小学生をお姫様抱っこ。しかし時間帯は深夜一時。どう考えたって逮捕ものだ。そうなると本当に警察が来たらまずかったのは、どうやら僕のようだ。

 まるで警察官から逃げるように、僕は走りだした。


 深夜一時の小学生と一緒に逃避行。相手は酔っぱらったサラリーマン。

 何にもないこんな小さな町で起こった――――何だろう?

 喜劇、悲劇、不幸、天災、なんだかどれも違うような気がする。

 

 言うならば、そう、単なる出会いなんだろう。



「人生終わったかな」

 ぶつけた場所が悪かったのか、小学生の額からの血はなかなか止まらなかった。一度拾った小学生をそのまま置いて帰るのもどうかと思い、家に連れ帰ってしまったのだが、よくよく考えると世間体的にはアウトなんじゃないかと、手当てを終えてから気が付いた。このまま警察に通報された場合僕はどうなるのだろうか。そんな考えをしている時点でかなり危ないんじゃないだろうか。

「あの、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

 こちらこそ、なんだ?

 これじゃあどっちが悪者かわからないかもしれない。

「とりあえず、子供がこんな深夜歩るのはよくないよ」

 僕はよく金網に張られたサングラスをかけた不良の兄ちゃんが車から子供に向かって飴を差し出す看板を思い出した。あの看板の理解に苦しむのが、本当に誘拐しようものならあんな方法を取らずとも、そのまま後ろから担ぎあげればいいんじゃないかと思う。

「そうですね、いろいろと否定したいところが満載なんですが、まずは本当に助けていただいてありがとうございました」

「偶々通りかかっただけだけどね」

「偶然でも必然でも助けない人は助けてくれません」

 助けない人は助けない―――か。

 よくヒーローもので、「目の前の人が救えなくて、何が世界を守るんだ」とか言っているけど、実際のところ、結局は目の前の人しか救えないんじゃないだろうか。ヒーローにとって全人類を救うことは何よりも重要なことだろうけど、それは絶対に無理だ。

「まぁ、どちらにしろ僕も君を傷つけたけどね」

 小学生の額には大きなガーゼが張ってある、少し大きすぎたかもしれない。

「それについては、否応がなしですね。どちらにしろ怪我する運命っぽかったですし」

「運命? それはわからないんじゃないかな?」

「ん、失言でした。でも、だからといって私はあなたを責めているわけじゃありません。むしろ感謝していますから」

「それでも事実は変わりはないけどね」

 僕が傷を負わせた事実はどうやったって消せないし、変わることのない事実。

「事実は消えません、でも傷は癒えます」

 そして、もう一言。

「私はあなたを責めていません。助けてもらってこの言いようはないと思いますが、あなたが勝手に自分を責めているだけ――――です」

「君、小学生とは思えないくらいしっかりしてるね」

 ――というよりも、なんというかえらい我がしっかりしているというか。

「そこです、あなたが勝手に勘違いしているようですが」

 すると女の子は鞄の中から財布を取り出した。薄いピンク色の、女性らしいカードとか小銭が入りそうな大きなタイプ。財布の銘柄なんかに詳しくないので、メーカーなどはわからないけれども、小学生が持つには少し大人っぽい。

「私は大学生です」

 すっと出されたカードはどこかで見たことがある学生証。僕の大学と同じカードだった。しかも二つ下。

「え――コラじゃなくて」

「コラを作って、私に何の得があるというのですか?」

「うーん、カラオケとかの入店時間回避とか?」

 高校生から下のカラオケやボーリングの入店時間は制限があるはずだ。

「完全に私が小学生やら中学生と勘違いしているようですね」

 小学生――いや、彼女の溜息の付き方には、なんだか苦労を重ねたような重みがあった。

「わかった、どちらにしろ僕に嘘付いても何のメリットもないしね」

「いいえ、メリットならありますよ。18歳以上か以下には大きな壁があります」

「言わんでいい」

「そうですか、それは重畳」

「……」

 そもそも重畳とか使う小学生はいないだろう。つまりは一人暮らしの男性の部屋に来ていることは、きちんと危機感を抱いているようで助かった。

「というか、珍しい苗字だな」

 彼女の学生証をもう一度まじまじと見る。

 下の名前は(こずえ)と普通だが、苗字は、薬に袋と書いて、薬袋(みない)

「いけません、個人情報が」

 さっと、学生証を財布へと戻す彼女。

「まぁ、いいや。で、どうする?」

 ここで彼女の方に主導権を握らせることにする。下手にこちら側から泊まるように言うと、いろいろと警戒がされそうだと推測しての提案だ。

「こういうときは普通男性側がリードするもんですよ」

「どういうときだよ!?」

「こういうときです」

 あぁ、この状況のことを言ってるのか。

「わかった、君は話が早そうだから率直に言ったほうがよさそうだ」

「薬袋でいいです。梢と呼ぶのは恋人になってからです」

「……わかった。じゃあ薬袋、僕が君に提案できるのは二つだ。ここに泊まるか、家に帰るかだ」

「ふむ、ここで戦うか、母国に帰るかですね」

 母国って、お前どこから見ても日本人だろ。

「帰るのなら、不甲斐ないかもしれないけど僕が送っていこう」

 ただし距離にもよる。手当てをしている間にとっくに終電は過ぎている。察するにたぶんこの近辺に住んでいるわけではないんだろう。

「ここで襲われるか、送り狼されるか、どちらかの一択ですね」

「そんな選択肢は両方捨ててしまえ!」

「でも友人は言ってました、無償で男性の家に泊まるときは身体を払わなければならないと」

「むしろお金では払えない大切な物を失ってるよ!」

「身体が大切かどうかは、本人が決めることです」

「それは間違ってると思うが」

「間違っているのは、どっちですか? 現に身体が大切ならば自殺する人間などいるはずがないのです」

「なんだかその話をしている間に朝が来そうだ」

「それはむしろ好都合なのです」

「泊まる気満々だな」

「なんですか、あなたは女性に泊まらせてくれと言わせる気ですか?」

「いや、男性が言うのも、いろいろとまずくないか?」

「そうですね」

 あっさりと認めやがった。

「でもですね。性別云々ではなく、他の要素を鑑みるに私がお願いできる状況ではないんですよ」

「君が言いたいのは僕が家主だから――って言いたいんだろうけど、天秤に掛けるといい勝負だぞ」

 確かに家主は僕なんだけれども、女性に宿泊を勧めるのもなんだかなぁ。

「ここで一つ、追い出すという選択肢もあるんですがね」

「そのくらいだったらタクシー代を出せばいい」

「はっ! その手が」

「気づかなかったのかよ」

 この時間帯ならまだぎりぎりでタクシーが止まっているかもしれない。終電を逃した社会人など、お酒を飲んだ社会人がよくタクシーを利用する時間だし。

「しかしタクシー代ってお金かかるじゃないですか」

「ちなみに家遠いのか?」

「んー、駅数で言うと確か十駅分ですね」

 結構遠い。ここらへんは田舎のほうにあたるので、一駅あたりの間隔は都心と比べて長い。タクシー代も結構な額に上りそうだ。

「ちなみにお金を借りる気も、もらう気もありませんのであしからず」

「なんだよ、お金借りるくらいなら問題ないだろ」

「借りるのはいいとして、返すのが面倒なんです」

「今更だけど、薬袋と俺、一緒の大学だぞ」

「―――――は?」

「いや、だからね」

 僕は、薬袋と同じように学生証を財布の中から取り出す。薬袋は二年生だったのだが、対する僕は院生。既に大学四年生は卒業しているが、修士課程の一年生であり同じ大学に籍を置いている。

「早く言えよ」

「キャラ変わってる!」

 というか、仮に同じ大学生だったと言っても、それとこれとは違うんじゃないだろうか。

「いいえ、違います。多少の信用には繋がります」

「地の文を読むな、地の文を」

「確かに同じ大学でも十人十色、聖人だっていれば、犯罪者だっています」

 両極端だな。

「でも、ニートと大学生では大きな差がありますよ」

「ということは、僕はニートと見られてたってことか」

「そうとも言います」

「そうとしか言わないだろ」

 確かにそう言われれば頷かざるを得ない。

「でもですね、設楽さん」

 学生証を出したがために、名前が判明してしまったわけだけども、この際考えないことにした。

「ニートの定義って知ってますか?」

「確か働く意思がない人のことを指すんだっけ」

「はい、その通りです」

 そもそもニートって何かの頭文字から来ていて、そこから派生した言葉だった気がする。働いたら負け―――なんて言葉もあった。

「……」

「話は終わりかよ!」

 どうやら、あまりニートに関して話を膨らますことができなかったようだ。

「いえ、話題がないわけではないんですが、実は英国では十六歳から十八歳までの人のことを指すんです。ちなみに日本は十五歳から三十四歳なんですよ」

「へぇ、じゃあ三十五歳の無職の人はニートじゃないんだ」

「えぇ、ニート卒業です。どちらにしろ無職ですが」

「悲しいな」

「えぇ、世の中は非情です」

 世の中が非情かどうかは別にして、就職できない側にも問題があるんじゃないだろうか。

「で、何の話だったんだっけ?」

「設楽さんがニート説についてです」

「そうだったな。で、学生ということが判明したわけだ」

「学生証が偽物でなければの話ですが」

「疑い深いな」

 大学内にあるカードリーダーに通せば確実に学生証が本物だと証明できる。でもそれができるならば今の状況はとっくに打破できているだろう。

「まぁいいです。同大学だとしても、助けてもらったことには変わりがないんですから」

 薬袋は救急箱を床に下し、卓袱台の上にルーズリーフと教科書を用意し始めた。

「仕方ないので、宿題でもします」

「何が仕方ないのだろうかね」

 朝まで居座る事でどうやら決定していたようだ。

「でもですね、終電と始発ってそれほど時間が離れているわけじゃないんですよね」

「確かにな。だいたい五時間あるかないかってところか」

 都心や地方によって差はあるだろうが、深夜一時くらいまでは電車があるわけだし、始発の電車だって五時代があるわけだから、五時間といわず実質四時間ってところか。

「で、ここの微分方程式ですが・・・」

「ナチュラルに聞くなよ」

 あまりに自然すぎてテキストとルーズリーフを見てしまったじゃないか。女の子らしい丸っこい字で、女の子らしくない電気回路が書かれている。

「というか、珍しいな」

「何がですか?」

「いや、工学部に女の子がいるって」

「全体的には少ないですが、あながち珍しいってほどではないと思いますが」

「ん、まぁそうなのかな。そんなに工学系好きだったのか?」

「いえ、ノリと勢いで」

「そんなので大学決めるなよ」

「ノリと勢いを馬鹿にするなんて見過ごせないですね」

「え、怒るのそこなんだ。というか、悪いの僕?」

 そんなので将来を左右する大学選びを決めてしまってもいいんだろうか。もうちょっとこう、ロボットに興味があるとか、コンピュータに興味があるとかあってもいいような気がするんだけど。

「はぁ、まぁいいです」

 何故か溜息をつかれてしまった。

「私の母曰く、学生の間に結婚してしまえと」

 無駄にキリッとした顔で答えられた。

「働く気なしだな、おい!」

「主婦になってしまえば、働く気がなくてもニートではありません」

「確かに」

 迂闊にも納得してしまった僕だったけど、それじゃ今度は結婚できるかできないかの話にならないか。って、あれ、話から推測するにもしかして工学系の大学に入ったのって、

「もしかして男が多いから、工学部に入ったのか?」

「え、あぁ、そういえば、婚活という観点で見れば有利ですね」

「考えてないのかよ!」

 なんだか深読みしすぎて損をしてしまった。

「でも案外理工系の男性って近寄り難いイメージが」

「ん、言いたいことはわかる」

 先入観で語るけれども、あっちこっちで固まって携帯ゲームをやってる風景が目に浮かぶ。周りから見ればさすが理工大学で片付くんだろうけど、こうも日常茶飯事だと結構邪魔になったりもする。

「大学に婚活科とかあれば、結婚に有利なんですけどねぇ」

「ねぇよ、そんな大学」

 憶測で物を言っているので、たぶんだけど。そもそも何を支援するんだそんなところで。合コンとかの設定でもしてくれるのだろうか。でも、それはそれで需要はありそうだ。

「あれっ、でも専業主婦って。一応業種の一部ではあるんですよね」

「業が付いてるからな」

 言葉の通り主婦が専業なんだから、業種の一つとしてカウントしてもいいんだろうか。

「でも第何次産業なんでしょうか?」

「どれも当てはまらないよな」

「いえいえ、設楽さん。ではメイド喫茶は第何次産業だと思いますか?」

「んんっ、サービス産業だから第三次じゃないか?」

「その通りです。ならば、主婦も位置的には第三次産業じゃないんでしょうか?」

「否定できないな」

 口から嘘がぼろぼろと飛び出る。主婦ってどう考えても業種じゃないだろうと。

「でもこの時間帯に働いてる方はだいたいサービス残業です」

「うまくないから!残業手当出さないと法律違反だから!」

 しかも理系であることからサービス残業ってかなり笑えなかったりする。

「って、別に薬袋は結婚するんだったらサービス残業とかないだろ」

「結婚できれば―――の話ですがね」

「むしろ午後五時以降は残業だ、なんて言われれば主婦のほとんどが残業持ちになるな」

「そうですね。実際は旦那が仕事に行く前に食事の用意したり、旦那が帰って来て食事作ったりと勤務時間だけ見れば旦那よりも長いんですね」

 仕事の内容や質はともかく、そう考えると早起きは必須なわけだし、旦那が帰ってこなければ就寝時間が短い可能性だってある。

「全部旦那にやらせればいいんですよ」

「結婚のメリットが嫁にしかない!」

「けどドラマであるじゃないですか、『君だけがいればいい』ってやつ。結局飼い殺しにしたいって意味ですよね」

「お前はどんだけ捻くれてるんだよ」

 というか殺すって、むしろ生きててほしいんじゃないだろうか。でもとりあえず自分の傍から離れるなという意味では、やっぱり飼い殺しなんだろうか。

「正直反吐が出ますね」

「キャラぶれてるって」

「とにかくドラマとかの名言って現実的にみると結構無理なもんなんです」

 随分と直観的な考え方なような気がするが、でも否定材料がないのも事実。

「って、友人の田中さんが言ってたんですけどね」

「お前じゃないのかよ!」

 しかも嘘か本当か分からないけど、どこにでもありそうな名前に作為的なものを感じる。

「しかし微分とか将来何の役に立つんでしょうね」

「話が戻りすぎだ。読者の方がついて来れないよ」

「今は微分の話をしているんです。微分の話」

 何故か二回繰り返された。

「その手の就職先には役に立つんだろ」

「随分と局地的な就職先じゃないんですか?」

「そうでもないぞ。力学とかは当たり前なんだけど、生命保険での死力やマグロ漁の予測だったり案外知らないところで使われてるんだよ」

「生命保険とマグロ漁じゃ両極端な例ですよね」

「突っ込むのはそこか。ま、想像付かないところまで微分ってのは使われてるんだって」

「何年か経てば、愛とかも微分できそうですね」

「恋愛は数値じゃ測れない――――って、テンプレ的な事言わせんなよ!」

 というかそれで何が求められるんだ。

「違いますよ、虚数のiですよ」

「じゃあ、何年も昔から微分できてるよ!」

 いい加減このやり取りにも疲れてきた。

「というかこれ教科書の問題だろ。解答なんか後ろのページに付いてるじゃないか」

 ルーズリーフに書かれた回路図は基本的なもので、逆に教科書に載っていなければおかしいような問題だった。

「あぁ、これ? 話題作りです」

「回路図を話題作りにする人を初めて見たぞ」

「そうでしょう。私も初めてです」

 理系ならではというか、この場合薬袋ならではといったところか。しかし回路図一個でここまで話題を繋げるとは。

「そこまでして話題作りがしたいのか」

「そうでもありませんが、設楽さんが欲しがってたみたいだったので」

「決して欲しがってない」

「またまたご冗談を」

「冗談を言うメリットがねぇよ」

 ここらへんで会話をヒートダウンさせとかないと、たぶん隣の住民に迷惑がかかりそうだ。安物のアパートなので何気に壁は薄く、壁に耳をあてると隣の部屋のテレビの音が聞こえてくる。

「まぁ落ち着いてください」

「うん、いろいろと言いたいことがあるけど、落ち着こう」

「話題がとうとう無くなりました。次は設楽さんの番でどうぞ」

「え、これターン制だったの?」

 ずっと薬袋のターンだったような気がするが。

「そうしましょう」

 さて、家主の了解も取らぬままにターン制の会話バトルということになってしまった。何が勝ちで、何が負けなのかいまいちわからないけれども。

「あ、ちなみにちゃんとドローしてくださいね」

「え? カードゲームなの、これ?」

「もちろんです」

 なんだかよくわけのわからないゲームになってしまった。

「ドローしたカードの話題について語ってください」

「じゃあ、ドロー」

 とりあえず何も無い机の上でカードを引くふりをする。

「はい、じゃあその話題で喋ってください」

 僕はエアカードを眺めるふりをして、しばし沈黙する。とりあえず、引いたカードの話題は任意で決めていい設定なんだろう。

「じゃあ、『大学』のカードを引いたので、大学の話題で」

 自分でも無難なところを攻めたと褒めてほしい。薬袋との共通点は現在同じ大学に通っていること。これを攻める以外に方法はなかった。

「トラップカード発動っ!」

「何ぃ!」

 薬袋はまたも場に伏せられていたエアカードをひっくり返す。というかこれ、相手側はトラップカード伏せてるとか完全にわからないよね。

「追加効果!話題『大学』に『一番恥ずかしかった事』を追加!」

「追加カードって、おかしいだろ!普通に打ち消してやれよ!」

 何なんだこのゲーム。

「更にトラップカード!『小学生』を追加!」

「ねぇよ!そんな話題!」

 なんなんだ、『大学』『一番恥ずかしかった事』『小学生』ってどこかの三題噺じゃないんだから。それもノンフィクションで語れと。

「というか、トラップカードってそんなに発動できるのか?」

「言葉の数だけ存在します」

「もういいよ、投了で」

「逃げるんですか?」

「というか、完全に積みだろ!『大学』と『小学生』って共通点ないだろ!」

「いいえ、積みなんかじゃないですよ」

 何故かカードゲームの主人公のように目を煌めかせて喋る薬袋。無駄に輝いている。

「だって、小学生と大学の恥ずかしい話をそれぞれすればいいんですから」

「あ、話題は分けて話してもいいの? てっきり一つに纏めるのかと思った」

「はい、その方が設楽さんの恥ずかしい話が二つ聞けますから」

「そういう魂胆か!」

「いえ、トラップカード出した時に気が付きました」

「素直すぎる」

 しかしこのゲーム奥が深いような、浅いような。とにかく会話の組み合わせによっては、謎の可能性が秘めている。

「ほら、大学生にもなって小学生に如何わしい気持ちを抱いた、とかでもいいんですよ」

「それは危なすぎるな」

「しかしあれですね、どうして熟女は良くて幼女は駄目なんでしょうか?」

「どっちも駄目だと思うけど、確かに熟女はいろいろな意味でセーフだな」

 というか十八歳を超えているかどうかの観点から言うと、幼女は確実にアウトだろう。

「でも幼女って何歳から何歳までの定義なんでしょうか?」

「年齢関係なく幼く見えたら幼女じゃないの?」

「では仮にですよ、九十歳くらいのお婆ちゃんが幼い容姿をしていたとしたらそれも幼女ですか?」

「む、そもそも存在があるかないかで言ったら、ありえないんだろうけど」

 幼いという言葉の修飾の行く先によって考え方が変わってくる。年齢的に幼いのか、それとも容姿的に幼いのか。

「もしもその答えが是ならば、必然的にそのおばあちゃんを好きになった人はロリコンってなりますよね」

「飛躍しすぎな感もあるけど、おおよそ間違ってないかも」

「というかそれって演繹っていうんだっけ?」

「まぁ、三段論法ですね」

 というかそもそも話の論証が瑕疵しているような気がするのだが。

「でも、そもそもロリコンの意味って逆ですから、演繹でもなく誤謬でもなく、単なる言葉の間違えですね」

「意味が逆?」

「はい、逆なんです」

「というとショタコンって事になるんじゃないのか?」

「何処を逆にしてるんですか。そもそもロリコンは『少女が中年男性を好きになる』って意味だったんですよ」

「まじか?」

「えぇ、まじですとも」

 少女が中年男性に恋する事って良くある事なんじゃないだろうか。初恋は小学生の頃の先生だったり、幼稚園の保育士さんだったりと。

 仮に薬袋の論が本当だとすると、結局ロリコンって年齢とともに卒業するということじゃないか。被害者か加害者かの問題であり、年齢が全て解決してくれる。

「ちなみにショタコンの語源は正太郎コンプレックスですよ」

「……」

 ある事ない事、言ってないだろうか?ロリコンの説はまだ納得できるのだが、さすがに正太郎コンプレックスって文字ってるだけなんじゃないだろうか。

「あっ、疑ってますね? じゃあネットで調べてみてください」

 言われた通りに僕はパソコンを起動させる。御馴染の起動音を鳴らし、ユーザーログインを済ませる。

「まじか……」

「えっへん」

薬袋の言ってた事は本当の事だった。ちなみにロリコンの方も。

「え、これ、ページの上にanとかunとか否定入ってるサイトじゃないよね」

「事実なんですよ」

 まるで試合に負けた選手に現実を受け止めさせようとする熟練の監督の様な薬袋の声だった。というか、何でこんなコアな部分に詳しすぎるんだよ。こんなの知ってるんだったら、その分微分回路を覚えた方が有意義だと思うのだが。

「結構私たちの知らない間に言葉が反転していることが多いんですよ」

「まぁ、その議論の的がロリコンやショタコンじゃ、せっかくの議論も枯れちゃってるよ」

「ほら最近常識のクイズとかであるじゃないですか。言葉の問題」

「それは否定しないが。まずロリコンやショタコンが問題として出ることはないと思う」

「いい加減ロリコンから離れてください」

「え? 俺が悪いの?」

「ちなみに『役不足』だって間違って使用してる人多いですよね」

「そうだな。けど文字通り受け取るんだったら、足りないってニュアンスがあるよな」

「この幼女はロリコンの俺に取って役不足だ、みたいな」

「ロリコンの話を出すなって言ったのは、何処の誰だよ」

 たった数回の会話の内に会話制限が解除されている。

「設楽さんは駄目なんですよ。だって男性が言うのと、女性が言うのってニュアンスが違うじゃないですか」

「差別だけど、納得はする」

「大人になりましょうよ、設楽さん」

「お前に言われたくないわ!」

「ちなみに私の容姿は子供ですが」

「……」

「突っ込んで下さいよ」

「突っ込めねぇよ!というか間違ってないだろ」

「これぞまさしくロリータコンプレックスですね」

「うまい!でもそれ自虐ネタだ」

 確かにこうも小さいと自分の身体の小ささにコンプレックスを抱くのも仕方ないだろう。僕だって身長は平均くらいなので、背の高い人を見ると羨ましく感じる。

「いえ、けどこの身体で色々と得していますから」

「言いたい事は分かる」

 おそらく子供料金で映画や電車が乗れるって言いたいのだろう。

「でも子供って何歳までが子供なんでしょう」

「広義に捉えると、やっぱり成人なんじゃないか」

 つまり親から見れば、ずっと子供なわけなんで、その話は除く。

「ふむ、でも私はちょうど二十歳なんですが、子供じゃないですか?」

「容姿の事を話してるのならともかく、年齢が定義の元になるんじゃないか」

「だとしても親の脛を齧ってるのは変わりないですね」

 薬袋の言っている事は至って当然で、大学生である僕たちは今も親の援助を受けて暮らしている。それはやっぱり子供ってことなんだろうか。

「薬袋の言い方だと、じゃあ就職したら大人か?」

「うーん、近い気がしますけど。言うなら『一人立ち』ですかね」

 即ち完全に親の援助が必要ないという事。

「でも、これも男女違うのかもしれません」

「というと?」

「つまり暗喩的に言うと、例えば女子高生が『大人になった』って言う―――」

 とっさに僕は薬袋の口をふさぐ。

「もう言わんでいい」

「何ですか、いたいけな少女の口を塞いで。どうせ『もうこの手は洗わないぜ!』とか思ってるんですよね。やらしー」

「やらしーのはどっちだ」

「ちなみに男性だったら『一皮むけた』とかですかね」

「もう喋るなよ」

 容姿と似ても似つかないほどに下ネタトークを加えてくる。早めに家から追い出してた方がよかったんじゃないだろうか。

「そもそも薬袋、そんなに口が達者なら、さっきのサラリーマンも回避できただろうに」

「いえ、その結果アレだったのです」

「酒入ってたからか」

「たぶん素面だったら楽だったんですが、お互い日本語が誤変換のオンパレードでしたから」

 確かにあのサラリーマン、あまり言葉が通じそうではなかった。逆に言葉でやり込めようとした結果、逆上したのだろう。去り際、もとい逃走際には市議会議員がどうのこうの叫んでたし。

「さすがに口は達者でも、格闘技関係は達者ではないのです」

「そりゃな、その容姿で格闘技ができるとは思えないな」

「本で読んだんですが、マーシャルアーツというのがあって、護身術にいいとか聞きました」

「なんだそれ、格闘技か?」

「はい、どうやら格闘技全般のことを差すらしいんです」

「へぇ」

 元海軍の人が格闘技のようなダンスでダイエットするDVDが流行ったなぁと回顧。けどあれって実際に効果はあるんだけど、途中で挫折したって人が多くなかったっけ。一概に全部とは言わないけれども、通販商品のダイエットが友人の中で成功したって話を聞いたことがない。もちろん年齢層が僕たちと一致してない部分が多かれ少なかれあるだろうけど。

「私の場合はリーチがなくて無理でした」

 あぁ、薬袋の場合は体格差が格闘技の習得では埋められないことが分かったのだろう。

「だから魔法って憧れませんか?」

「魔法少女とかってことか?」

「そうです」

 僕の場合はやっぱりヒーロー戦隊とか、日曜日の午前中にあった番組に憧れた記憶がある。逆に薬袋は同じく日曜日の午前中に放映される魔法を題材としたアニメに惹かれたのだろう。

「魔法のアニメって結構少女が多いじゃないですか。それって体格差による差別を暗に否定してるんだと思うんです」

「まぁな、最近の魔法少女ってやたら巨大な敵にも立ち向かってるしな」

 最近のアニメなんてそもそも敵が人類じゃなかったりする。あれはいくら力があったって立ち向かうのにはちょっと勇気がいるんじゃないだろうか。触手がうねうねしているやつとか。

「決して日本がロリコン化してるとか、そういうことじゃないと思うんです」

「それは確かに認めたくないな」

 いやだよ、日本国民が全員ロリコンになったら。むしろ男性も問題だけれども、この場合女性は二十歳前後で見向きもされなくなるということの方が問題のような。

「というかビジュアル的に、筋肉隆々の男が魔法使ってたら嫌だしな」

「それはまたコアな層に人気が出そうですけどね」

 うーん、どうも想像がつかない。有名な冒険ゲームだってそういった男はMPが少なかったし。逆にどう見ても町娘の容姿の少女が魔法で雑魚モンスターを木端微塵に爆発してたり。

「つまりそういったアニメは『人は見た目で判断してはならない』ってことを我々に伝えようとしてるんですよ!」

「直接口で言えばいいものの」

 本当にそうなのかアニメ界は。どう考えたって大きいお兄さんを視聴率という目標に向かって釣り上げているような気がするのだが。ただ魔法が使えるという夢に関しては別に否定する気も、論破するつもりもない。

「けど男の子向けも女の子向けも、両方とも変身シーンは必須ですね」

「あぁそういえば」

「主に男の子の場合はガッチガチの鎧で固めてきますね。そして武器はだいたいバイク」

「バイクは武器じゃねぇよ。というかそれ一部だろ」

 確かにバイクで敵を轢くようなシーンもあったが、それはバイクの本来の用途ではないはずだ。

「でも拳で殴るよりも、明らかにバイクの方が攻撃力ありますよね」

「それを言っちゃおしまいだけど、変身シーンだってかなり無防備だぞ」

「最初っから武装しておけよ、って話ですよね」

「変身シーンが否定されてるよ」

 一部の層にとっては変身シーンが垂涎のものって話を聞いたことある。アニメ界も不必要なものだと分かっていても数字の為に削除することはできないんだろう。

「これも大人の事情なんでしょうね」

「残念だけどそうなるな」

 他にも最初から変身してるなら、はっきり言って俳優とか要らないんじゃないか。

「で、魔法の話なんですが、設楽さんがもし魔法を使えるなら何が使いたいですか?」

「うーん、回復魔法とかいいんじゃないか?」

「回復魔法ですか、夢がないですね」

「夢ありすぎだろ! 人類の夢なんじゃないか?」

「いいえ、設楽さん。一説によると回復魔法とは時間操作と言われてるんですよ」

 時間操作って、つまり過去に戻ったりとか未来に進んだりとかするやつだろうか。

「傷の部分の時計を進めるか、もしくは戻すんです」

「あぁなるほど治癒を進めるんだな」

「そうです。まぁざっくりと言うならば、割れた壺を時間を巻き戻して元に戻すって手法ですね」

「と言うことは、逆の場合って回復魔法を使うたびに老化するってことだよな」

「その通りです。つまり回復魔法の上位魔法が時間魔法と置き換えてもいいと思います」

 なるほどね。時間魔法でも傷は治すことができるということか。それも過去に戻す魔法ならば、むしろ若返るし最強なのかもしれない。

「つまり時間魔法って実は不老不死なんですよね。まぁ即死の場合を除きますが」

 即死の場合は魔法は使えない。ただ即死って可能性的にそんなに起こり得るものなんだろうか。

「まぁ回復魔法云々の話は分かったけど、じゃあ薬袋は何の魔法が使いたいんだ?」

「そうですねー。みんなを幸せにする魔法です」

「おぉ、ヒーローっぽいな」

 皆を幸せにするって確かに魔法でもないとできないような気がする。

「ちなみにヒーローって救う者なんで、前提条件として誰かが不幸でないといけません」

 誰かが不幸だから存在することができるのがヒーロー。不幸な人間が誰もいなければ、それは意味を持つことはできない存在。

「なんか深いな」

「設楽さんが浅学なだけです」

「……」

 ずばりと澄ました顔で言ってのける薬袋。先ほどの駅の件ももしかしてこの毒舌が原因なんじゃないかと思い始めてきた。

「けど、それって可能なのか。というか人類の夢じゃないのか?」

「理論的には簡単ですよ。人の幸せって人によって違うんですから」

 人の幸せは人によって違う。国によって物価が違うのと同じように、幸せの定義ってロリコンの定義なんかに比べてもっと難しいものだろう。それこそ定義なんて人の数だけ存在しているような気がする。

「けどさ、人の不幸がその人の幸福ってこともないか?」

「ありますね。人のミスは蜜の味って」

「ということは、誰かが不幸にならないと実現できないような」

「別に幸せの形なんて一つじゃないんですから。人の不幸でしか幸せになれない人間なんて人間じゃないです」

「おい」

 これって論理的に破綻していないか。

「こほん。つまりですね、所詮人間の行動範囲がその人間の世界であって、世界という表現も千差万別なんですよ」

 バツが悪そうに眼を逸らす薬袋。結局論議は安定した飛行を見せることは叶わなく、落ちどころという着地地点は分からなくなった。

 そもそも何の話をしてたっけ?

「ヒーローだって目の前の人間しか救えませんしね」

「いちいち自分の主張に土嚢を積まなくてもいいぞ」

 自分で自分の理論に補てんを加えてるけど、普通は他人からの賛同によって補うものだぞ。だいたい誰がこんな穴だらけの理論を崩落させようと考えるのだろうか。陥落させた時点で何の得もないだけ。

「ここで最初に戻りますが、結局それだけの話なんです」

「何が?」

 というか最初ってどこが最初なんだろうか。

 いや冗談でなく、本当に。

 ロリコンの話?ショタコンの話?それともヒーローの話?

「目の前の人間を助けれるかどうか、それだけなんですよ」

 あぁ駅前の話に戻るのか。

「でも、例えばの話だが、あれが不良の兄ちゃんだったら助けてなかったかもしれないぞ」

「例えばの話をいくら詰め込んだとして、そこに起こった事実は揺るぐことはありませんよ」

 薬袋の言葉には一滴の淀みもなかった。掛け値もなにもない。ただ単純にまっすぐな言葉。

「言葉は過去を変えることはできません。変えれるのは未来だけです」

 これからも、この先もずっと。

「どこに行ったって、前を見るしかないんですよ。というか前を見なくても前に進んでるんですから」

「時間ってそういうもんだからな」

「はいそうです、平等で、でも残酷だったりします」

「平等が残酷ってのもおかしな話だ」

「でもヒーローだって平等じゃありませんよ。基本弱い者の味方ですから」

 存在そのものが不公平―――。他の人間より強いから、ヒーローになれる。他の人間より弱いから、誰かに助けられる。

 だったら、何が公平で、僕たちは生まれてきたことを後悔して生き続ければいいのだろうか。

「でも―――――でも、それでヒーローは残酷ですか?」

 僕はその質問に即答することはできなかった。ヒーローは残酷なんだろうか。弱い者だけを助けて、強者を叩き潰す。

「残酷では――――ないんじゃないか? そもそも敵が悪いことをしてるからだろ」

「そうですね。でも話し合いで解決したかもしれません」

 そうすれば、傷つけずに事を済ませることもできたかもしれない。

「なんだかあべこべだな」

「あかべこですね」

「誰が会津の郷土玩具を言えと」

 それもアナグラムにすらなってない。一文字違いだけど。

「ま、というわけで過去はもう変えられないんです」

「そりゃな、タイムマシンとか発明されなければな」

「けど、言わば私たちは等速で進むタイムマシンに乗ってるんですよね」

「いちいち面倒な言い回ししなくていいよ!あんまりうまくないから」

 この世界の全てのものが時間に乗って、生きていく。時間が壊れなければの話だけど、と僕は部屋の丸時計をじっと眺める。

「おっ」

 会話に夢中で気が付かなかったけれど、もう始発の電車は走り始めている時間帯だ。思い返せば無駄な事ばかりを話していたと思う。というかよくここまで会話が流れたなと自分に感心してしまう。いやむしろ薬袋の話術にだろうか。

「あぁ、もうこんな時間ですか」

 少し残念そうに薬袋は時計をじっと見つめる。

「今度は、熟女について熱い議論を交わそうと思ったんですが」

「何でその間の話ができないんだよ。両極端すぎるんだ、お前は」

 それに議論ではなく、一方的な話だったような気がする。

「じゃあ設楽さんは、じぇーけーの話を御所望なんですね。今度仕入れときます」

 じぇーけー、ってJK――つまり女子高生の事だろう。というかロリコンと熟女の間って女子高生なのか?足して二で割ったら、ちょうど三十代前後になりそうなんだが。

「仕入れなくていいよ。というか薬袋がJKって言うと違和感を感じるな」

「まぁ容姿はじぇーしーですがね。なんか公共広告機構みたいですね」

「それはACだ!」

「ワシントンでもあります」

「それはDCだ!しかも"でも"ってなんだよ」

 というか、英文字の片方が一致すればいいから、これ結構パターンあるんじゃないか?ACなんて公共広告機構じゃなくて電源だってそうだし。

「では、また今度の機会にでも話題を築地から仕入れておきます」

 薬袋は足元においていた鞄を手に取った。

「魚だけに肴とか言うんだろ?築地だけに」

「・・・」

「図星かよっ!」

「いえいえ、私のネタを見抜くとはなかなかやりますね」

「魚だけにネタという落ちかよ!」

「話のタネが見つからなかったので、仕方なく」

 ネタの次にタネと、回文じゃないか。二文字だけど。

「こほん、というわけで私も最後に重大な告白があります」

「嫌な予感しかしない」

「好きです結婚してください」

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