二人目 雷を掴む者
昨日は体力は使うが、楽な部類だった。幻影のレベルも低い。あの程度ならダンジョンには結構いたしな。むしろ走り回れないし、照明も暗いダンジョンで出会った方が手強かったかも知れない。
これでまず一勝。幸先の良い始まりではあるが、油断は出来ない。なにせ相手は対人戦になれた決闘士達なのだから。魔法以上に、対人に慣れていることが怖い。
自らの魔法に驕らず、常に上を目指して切磋琢磨しているだろうから。
次の試合のことを考えながら、柔軟体操をしていると、鉄格子の向こうから硬質な音が聞こえてきた。一度かかとを地面に擦らせるような特徴的な足音。恐らく昨日の迎えとは違うのだろう。
さあ、頭を動かそう。勝ち続けるために。
ディンレイ。次の対戦相手の名前だ。
最初決闘場に出たとき、誰もいなかった。俺が出て、少し中央に向け歩いたところで、ナレーターが相手の名を呼んだのだ。大仰な修飾語で飾った呼び名は、彼が強くそしてこの闘技場でも有数の猛者だということ、なのだろう。
ただ、実況の紹介に「瞬殺」とか「一撃」とかそういう単語が含まれているのが気になる。やはり今回も要注意すべきだろう。
対面の出口から現れたのは手足の長い、ひょろりとした男だった。無論、手足の筋肉はしっかりと付いており、折れそうな印象は全くない。あまり整っていない顔立ちと、乱暴に切っただけで手入れされていない髪の毛は、金具で補強しただけの粗末な棍棒を思わせる。見た目は雑だが、威力は十分以上、その印象は間違いではあるまい。
男は俺の前まで歩いてくる。審判らしき男が、俺と彼の立ち位置を示した。昨日の試合にはいなかったが、どういうことなのだろうか。
よく分からないが、指示には従った方が良いだろう。この場で俺は立場が低い。審判の機嫌を損ねるべきではないからだ。
俺は対戦相手の男の様子を観察する。彼は手に長い棒を持っていた。長い槍の穂先を切り取って丸めたような細長い木の棒だ。片手でしっかりと握り込めるほどの太さで、端から端まで、なにか金属のような長い板で補強してある。だがその金属の色がおかしい。磨かれ日の光を反射する、赤金色の金属だ。銅は柔らかく、武器には向かない。普通武器にするなら何かと混ぜる。青銅などが良い例だ。だが青銅などは磨かれるととても美しい黄金色をしている。物によっては白銀で、目立つ。だが、目の前の武器は純銅、もしくはそれに近い赤銅色。
審判が「構え」と短く言った。
目の前の男は棒を両手で持ち、槍のように構える。槍のように使うなら、難しいが対応は出来るはずだ。俺も審判の声に従い、盾を前に突き出すように構えた。
そういえばやけに歓声が少ない。観客席を見やると、人より空席のほうが多いくらいだ。奴の魔法に関係があるのだろうか?
観客に人気が無い。つまり地味で退屈、ということか。
一撃とか瞬殺というのはまさにその通りで面白くない、ということなのだろう。
要注意だ。
「始めッ」
審判が宣言した。俺は相手の攻撃に備え盾を構える。
が、攻めてこない。両手で棒を構えたまま、微動だにしないのだ。
奴の棒は長く、間合いは広い。だが所詮長い棒が一本。相手の攻撃を受け流せば、隙ができる。だからこのまま攻めても勝てる、とは思うが、何故か攻める気が起きない。しっかりと先端をこちらに向けて、隙がないからだろう。
時間だけが過ぎていった。俺も相手も攻めあぐねているのか。
そう思ったところで、風が吹いた。砂が舞い上がる。俺と男の足元を砂煙が包み、奴の棒が何かを叩くような音と共に一瞬だけ光った。
「うっ!?」
男は慌てて棒を上げる。あの光の形……電撃か!
と言うことはあの武器の金属板、補強ではなく、電気を通しやすい銅! くそっ、気付くんだった! このミスが無ければただの補強だと思い込んでいた。
棒から電撃ということは棒に触れれば電撃で一発、だがおかしい。もしそうなら、先手を打って攻撃してきてもおかしくない。むしろ、その方が手っ取り早く、今のように自分の力を晒すミスもない。動かなかった理由があるはずだ。
事実、男は風が止んだ今も動かず、俺を睨んでいる。
俺の盾は木製とはいえ、金属で補強してあるし、革の持ち手と盾を繋ぐのは金具だ。剣は持ち手こそ革を巻いてあるが、金属製だ。相手の攻撃を受けるのは危ない。
再度風が吹く。砂煙に棒が巻き込まれないよう、相手は構えを上げる。ディンレイの構えに隙が生まれた。構えを上げすぎたからだ。
待て。なぜ構えを上げた?
一度見えた。能力は分かってる。奴も承知のはず。なら、また見せたところで違いは無い、はず。見せるのではなく、砂煙に包まれるのが嫌、なのか。棒が砂煙に振れると、電撃が出る。それを避ける、理由。
待ち続ける理由にも繋がるのでは?
俺は盾の構えを下げる。覚悟を決めろ。ここは、攻めだ。
俺は駆けだす。それに合わせ、男が逃げた。俺はその背を追う。
奴は壁まで行かず、止まってこちらを向いた。覚悟を決めたか、いや、違う。壁に棒を振れさせたくないのだ。
男は棒を片手に持ち替え、体の後ろに隠す。空いた右手はまっすぐ俺に手のひらを向けた。俺は少し慎重になって手を浅く切りつける。
男は手を引き、剣を避けた。手から電撃が出るわけじゃない。棒は使わない。
そうか! 電撃を棒を通して放っているのではない。棒に雷を溜めているのだ。
時間を掛けて溜めて、一撃で電撃を相手に流し込む。これが瞬殺の正体だろう。
正否は問わん。この前提で、戦う。
俺は改めて剣を握り直し、振り上げて斬りかかる。奴は俺と剣を注視して、切り下ろしを横に動いて避ける。横に切れば後ろに下がり、切り終わりと共に前にでて後ろに下がらない。時間稼ぎか。
そうはさせん。俺は後ろに剣を引き、相手の向かって右側の腰を狙って突き出す。
奴は左に避け、俺はそこを盾の縁で殴る。仰け反り、動きが止まった相手の腹を蹴った。体を曲げて頭を下げた男ののど元に、俺は剣を添える。
「そこまで!」
審判の制止に、俺は剣を降ろした。
溜めるなんて愚図なことをするからだ。弱くても動きを止めることはできただろうに。それをしないノロマな雷など、敵じゃないさ。