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晴は、腫れた顔にガーゼを貼って。
二回の窓から朝日を眺めている。
「はぁ~、今日も始まりか」
欠伸を掻き、コーヒーを入れタバコを吸う。
「あぁ~、目が覚めてきた」
玄関から、鍵を開け放つ音が聞こえる。
トトッと床を歩いてくる音が近づき、リビングのドアを開け、火砕が入ってくる。
火砕は、桃色の半袖Tシャツを着て。下は白のスラックスを履いている。
「おはよ、火砕」
「店長、おはようございます」
「コーヒー入れたけど、飲むか?」
「はい、いただきます」
マグカップにコーヒーを入れると、それを火砕に渡す。
「んっ…やっぱり店長が入れたコーヒーは美味しいですね」
「そうか?とりあえず、ありがと」
「はい、店長はコーヒーを入れることしかできない無能ですから」
「いつもの毒舌ありがとうございます」
コーヒーを飲むと、火砕は仕込みに入り。手伝おうと思い、厨房に行こうとすると不意にチャイムが鳴る。
「誰だよ、こんな時間に」
玄関を開けるとそこには、一人の小学生の女の子が立っていた。
「おとうたん?」
「えっ?ははっ、多分人違いです」
バタンとドアを閉めて、鍵をかけて。チェーンをかける。
晴は、自分に言い聞かせる。
(夢だ、今のは夢だ。まだ寝ぼけているんだ。俺は)
リビングに戻り、タバコを吸い。少しずつ落ち着きを取り戻した時。
ピンポーン
また、チャイムの音が鳴る。
「あぁ、まだ眠いな。寝るか」
「店長、お客さん来たみたいですけど。出ないんですか?」
バタン、バタン、ドン
いきなり声をかけられ、後ろのキッチン棚に頭をぶつける。
「大丈夫ですか、店長」
「あ、あぁ。俺は至って冷静だ」
「はぁ、それでお客さんは?」
「き、気のせいだよ。火砕くん、最近チャイムが勝手に鳴るんだ」
「まるっきりホラーじゃないですか、店長が出ないなら私が」
玄関に行こうとする火砕を晴は、足に抱き着いてとめる。
「や、やめてくれっ!た、頼む!」
「何必死になってるんですか?店長が、そこまで必死になって容認したくないもの…見たくなりました」
足にしがみついている晴をものともせず、火砕は玄関に歩みを進める。
「頼む、頼むよ!火砕、明かしちゃいけない謎だってあるはずだ!」
「これ、別にミステリーとかじゃないんで。謎は明かすべきですよ」
一歩一歩確実に近づき、玄関に辿りついてしまう。
チェーンと鍵を解除し、ドアを開ける。
「どちら様ですか?」
火砕は、下から視線を感じ。
視線を下に向けるとそこには、先程の少女が立っていた。
「お姉ちゃん、だれ~?」
「店長、この子は?」
いまだ足にしがみつき、少女に顔が見えないように地面に伏せている晴に視線が集まる。
「あっ、おとうたん!」
「お、おとうたん!?」
ギロッと上から視線を感じ、目を合わせないように晴は地面に伏せていた。
学校が終わり、キャットティアーズに急いで向かっていると。
電信柱に隠れている風華と出会った。
「あっ、風華さんですよね?」
ビクッと体を奮わせた風華は、こくこくと頷く。
「えっと、何されてるんですか?」
「こ、これは。あまり、人から見られないように。私、人と視線をあわしたりすると。き、緊張しちゃうので!」
「ははっ、そうなんですか……でも、それって反対に目立っていると思うんですけど」
「えっ!?そ、そんな」
しゅんとして、電信柱から離れ。普通に歩き出す。
「あ、そ、そういえば。私の方が高校生で、先輩ですけど。でも、バイトだと後輩で……。私、水辺さんのことなんと呼べば?」
「そうですね~…私のことは凍と呼び捨てでいいですよ?」
「なら、凍さんと呼びますね」
先程まで、前を見て視線をあわさず。話していた風華は、振り返り。笑顔でそういった。
凍の心がドクンとその笑顔を見て、跳ねる。
「は、はい。よろしくお願いします!」
ドクンドクンと跳ねる心を押し付ける胸を押さえる。
(私、何で心動かされてるの!目の前の先輩は、女の人!女の人だから!)
「ふにゅ?」
風華は、頭を可愛らしく傾げた。
二人が歩いていると、キャットティアーズに無事到着し。裏口に向かうと、晴が松葉杖をついてタバコを吸っていた。
「あっ、おはよ。今日もよろしくね」
相変わらず、バーテン服を着ている晴は整髪剤を使い。髪を軽めに立てていた。
「店長、どうしたんですか?松葉杖をついちゃって」
「あぁ、実は嫁が怒っちゃって」
目にも止まらぬ速さで、裏口に吸い込まれた晴は中でバキバキと骨が折られた音とともに、外に吐き出された。
「えっと……まぁ、こんな感じだから」
「て、店長。本当にいつか死んじゃいますよ」
ははっと晴は笑う。
「おとうたん、大丈夫~?」
裏口のドアを開けて、小さな女の子がヒョコヒョコと出てくる。
「て、店長さん?こ、この。この子は、店長の」
「いや、違う!俺は、この子の父親じゃない!」
「店長……」
二人は、ジト目で晴を見る。晴の額に汗が沸いて来る。
その時、携帯が鳴り。電話にすぐさま出る。
「あっ、お兄ちゃん~?若菜は、ついた?」
「若菜?誰だ、そりゃ?」
「あっ、お母さんの声だ!お母さん~!」
小さく二つに結ばれた髪をぴょこぴょことうさぎのように揺らす。
「うん、ついてるじゃん。良かった」
「おいっ、この子はお前の娘か?」
「そうだよ~、私と旦那の可愛いい若菜ちゃんだよ」
「若菜ちゃんだよ、じゃねぇよ!俺のこと、おとうたんって呼んでるだが!!」
「そりゃ、若菜には。お兄ちゃんのこと、そう呼んでって教えたもん」
「なんでそんな呼び方を?」
電話の向こうでふふっと笑う声が聞こえる。
「だって、きっとそれを聞いたらきっと。火砕さんにボコボコにされると思って」
「お前は、鬼か悪魔か!」
「えっ?私は、お兄ちゃんの妹でしょ?」
「くっ……」
若菜がお母さんと騒いでるので、晴は携帯をかわる。
「お母さん!おとうたんと会ったよ~」
「偉いね、じゃあ言った約束守れる?」
「うん!全然大丈夫だよ!」
そこで、若菜は晴に電話を返す。
「それで、お前仕事で外国に行くって言ってなかったか?」
「うん、だから少しの間。預かってほしいの。ってか、預かれ」
「急に命令口調だな、いいけどよ……いつまでだ?」
「わかんない、私の仕事次第かも」
「わかんないって、お前」
「仕方ないの。若菜を今回は連れていける場所じゃないから……」
電話の先で、重い空気を感じて。
晴は、溜息をつく。
「わかったよ、若菜は俺に任せろ」
「さっすがお兄ちゃん!じゃあ、よろしくね!」
ピッと電話を切ると、重く溜息をつく。
「ということみたいです」
「店長さんの妹さんって、お仕事はなにを」
「あぁ~、確かカメラマンだよ」
「カメラマンって、店長の妹さんは凄いお仕事されてるんですね」
晴のスラックスを若菜が握ってくる
「あぁ、若菜。今日からこの人達が、お姉ちゃんだぞ」
「よろしくお願いします」
ぺこりと礼儀正しく、おじぎをする。
「よろしくね、若菜ちゃん」
「はい、よろしくですよ。若菜ちゃん」
三人が、仲良く触れ合う姿を見て。
晴の心が、温かくなっているとドアごしから声をかけられる。
「話は、終わりましたか?早く、二人を入れてください」
「は、はい」
ドスの効いた声を上げている火砕に促されるまま二人を入れ、タバコを吸い直す。
「おとうたん、タバコダメだよー」
「ははっ。そうだよな、ごめん」
灰皿に押し付け、二人は中に入っていった。