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 踏み出さなかったのは、踏み出さなくても良いと思える程、深く落ちていたから。

 踏み出せなかったのは、怖かったからだ。



 大きな背伸び。欠伸のために目から滲んだ涙を指先で拭うと、ゆっくりと歩を進めた。

 朝。普段の出勤時刻より三時間は早い。まだ六時にもなっていなかった。少女との待ち合わせ時間はそんな早朝であった。

 点々と模様を描く雲が朝日の淡い光に照らされた空の下。待ち合わせ場所は勿論、あの公園、あのブランコの前である。


 一体いつからそこに居たのだろうか。待ち合わせにはまだ時間があるというのに彼女はブランコに揺られていた。これでも、待たせるつもりは全く無く、少し申し訳なく感じた。


「ごめんなさい、待たせちゃいました?」

「別に、大丈夫です」


 「今来たところ」なんてありふれた台詞を言わない辺りがとても彼女らしいと思った。


 普段とは違い、彼女はラフな格好だ。お洒落なキャップに合うようなちょっとダボダボしたTシャツにデニム生地の七分丈ズボンで見上げてきた。


「いい朝だね」

「そうですね」


 不器用な会話だとは思う。

 でもこれが今の彼女との距離で、居心地のいい彼女との距離なんだろう。出会った時とほとんど変わらない、この距離が。


 特別に何をするわけでもない。ただ言葉を交わすだけ。誰とでもできるはずのことだ。

 でもこの場所で彼女と話す時間は唯一無二で、何にも変えることができないことを知っていた。忙しない日々の中で忘れていたような、ささやかで、とても大きな憩いだった。


 だから、なのだろう。


 それ以上踏み出さなかったのは、踏み出さなくても良いと思える程、深く落ちていたから。


 踏み出せなかったのは、怖かったからだ。この関係が壊れるのが。安らぎを失うのが。


 そんな憂いを打ち消すようにして話続ける。自分のこととか、体験とか、そんなことを。そこに時間は存在していなかった。ただ娓々として話続ける。それだけだったし、それだけで十分だった。


 こんな、幸せに出会ったことが不幸なことだとは気がつくはずもなかった。



 それから一ヶ月後。彼女は忽然と姿を消してしまった。後には、ブランコの上に手紙が残されていただけだった。怖くて読むことができなかったそれを見たのはそれから二日後の事で、そこには綺麗な字が綴られていた。




 泣き崩れた。

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