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 たとえ手と手が触れ合っていなくても温もりは感じる事ができる。そんな大事なことに気がつくのは、温もりが雨に掻き消され、身体が冷め切ってからなんだろう。いつの間にか当たり前になっていたものを認識するのはいつも、悲しい出来事の後だ。

 できることなら、その温もりに気がつきたくはなかった。ずっと、鈍感なままでいたかった。そう思わずには、いられない。




 一転して広がるのはあっけらかんとした快晴。水溜りに跳ねる光が目を細めさせ、照りつける日差しは朝の涼しい空気と混ざり合い絶妙な心地良さを演出している。

 昨日のあれから、結局また一言も話す事なく少女は何処かへと行ってしまった。特に追いかけようとも思わなかったのは、彼女がそれを望んでいるように見えなかったのと、追いかけずとも出会った時よりは大丈夫な気がしたからだ。そのまま家路に着き、彼女は少しは救われたのだろうかなんて事を考えながら眠りにつき、今日に至る訳である。


 でも、もしも未だ彼女が悩んでいるとしたら、また一緒に雨に濡れてあげよう。そのぐらい訳のないこと。そんな風に思っていたのだが、それを嘲笑うかのような快晴だった。まるで彼女が助けを必要としていないように思え、自分の傲慢さで恥ずかしさがいっぱいになった。そうして頭を掻きながら、勤め先へと道のりを歩いた。


 そんな風に日々は流れていった。


 このまま何も無いのだろうとすら、思わなくなった五日後の夕方、その日までの良い天気が嘘のような土砂降りが襲った。嫌な胸騒ぎがした。あの少女が、また独りで悩んでいるような、そんな胸騒ぎが。


 職場からの帰り道。傘も差さずにあの公園へと駆け出した。身体が濡れるのは厭わなかった。杞憂であって欲しいと思わずにはいられなかった。


 ああ。


 そこには、傘も差さずに雨に打たれる少女の姿があった。




「……っ!」


 声にならない声を出して少女の元へと駆け寄る。彼女はそれに気がついたらしく、虚ろな瞳で此方を見ていた。

 その瞳には、何も映ってなかったように思えた。


「…………どう、したんですか」


 降り注ぐ大粒の雨に負けそうになりながらも、声を絞り出す。


「……訊いた所で、どうせ変わりませんよ」


 それを一蹴するように聞こえた彼女の声は、確かに小さいものだったのだけれど、それでも嫌なぐらいに耳に入り込んできた。


「質問するなという方が無理です。一体どうされたんですか」

「……聞いた所で、どうせ変わりませんよ」


 聞いた限りでは、先程と変わらない言葉だった。


 ああ、話したくないのだろうな、と思った。彼女のはっきりとした拒絶の意思がはっきりと感じられた。きっと何も話すつもりはないのだろう。


 それなら、それに応えてあげるだけだ。


「隣、いいですか?」


 彼女の悲しみを感じることはできないけれど、せめて一緒に濡れてあげること。ずっと決めていた事だ。


 そんなこの間と同じような言葉に、彼女は素直に頷いてはくれなかった。


「……どうして」


 ブランコに座り、俯いた顔を僅かに浮かせたように此方を見てくる少女は理由を尋ねてきた。


 だから、


「訊いた所で、何も変わりませんよ」


 戯けた感じで、彼女の台詞を引用して返す。正解とは程遠いけど、それでもこれが正解なような気がしたのだ。


 沈黙が流れる。大粒の雨を背景に。


 彼女は小さく溜息を吐いた。そして


「好きにしたら良いです」


 と。渋々といった具合で了承してくれたのだった。




「いやあ、雨、止みませんね」

「……そうですね」

「僕もう濡れるところないですよ、ほら」

「……見せびらかさなくても、私も同じです」

「あはは。でも、バカみたいに雨に濡れながらブランコっていうのも、童心に帰れていいですよね」

「………………そうかも、しれませんね」


 彼女の受け答えは淡白だったが、それでもしっかりと会話が成り立っていた。それは大いな進歩のような気がして、調子に乗って色々と話した。彼女は自分から話題を振る事はほとんどなかったが、それでも満更でもない様子で相槌を返してくれるのが嬉しかった。

 そんな話し相手をずっと求めていたのかもしれない。決して優しくはない職場環境で、人と他愛も無い話をするなんてことがめっきりと減っていた生活の中で、自分の話を聞いてくれる人が欲しかったのだ。


「おっ、雨、止んできましたね」

 辺りはもう既に夜が更け始めていて、薄暗く、一本だけある電灯だけが照らしていた。

 詰まる所、ほぼ真っ暗だ。電灯が無ければ互いの顔も見えない程に。

 だからこそ、だったのだろう。彼女のそんな言葉が聞けたのは。


「……また明日も、此処に来ますか?」


 遠回しなお願いの仕方が少しおかしかった。きっとそういう性格なのだろう。

 むしろ此方からお願いしようと思っていたのだ。願っても無い言葉に、思っている事とは反対の台詞を言うほど子供では無かった。


「もちろんです」


 それから公園を一緒に出て、また彼女はフラリと行ってしまった。女の子を一人で夜道を帰らせたくはなかったのだけど、やはり色々思うところがあるんだろう。少し残念な思いを抱きながら家路に着いた。


 見上げた高い高い星空は、やけに綺麗だった。

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