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前編

 幼い頃から、ジークのことが大好きだった。

 自由奔放な姉とぼんやりした弟に挟まれて育った所為か、ジークは小さい頃からとてもしっかりしていたし、面倒見が良かった。何でも卒なくこなすから、幼い頃の私はジークに出来ないことなんてないと思っていた。

 ジークは父親と同じように、魔術師になることを志していた。魔力は遺伝性だから、優秀な魔術師を父に持つジークは、良い素質を持っているだろうと期待されていた。


 だけどジークは周囲の期待に反し、十二歳のとき、適正検査で跳ねられた。

 覚醒に耐えうるだけの魔力が無く、魔術師にはなれないと言われたのだ。彼は父親の魔力をほとんど継いでいなかった。

 幼い頃からジークに憧れていた私にとっては、これはひどく衝撃的な出来事だった。まだ幼く独りよがりな恋をしていた私には、夢があったのだ。大きくなったらジークから護りの指輪を貰うという、勝手な夢が。

 かつて、魔術師が魔力を持たない大切な人を護るために作っていたという、護りの指輪。私は魔力を持っているけれど、乙女の夢の前ではそんな細かいことはどうでもいい。ともかく、その指輪と共にプロポーズされるのが私の夢だった。古い時代のそんなプロポーズの話を聞いたときから、凄くおしゃれで恰好良いと、その指輪を貰う日を勝手に夢見ていたのだ。

 だけど私が七歳の時、その夢は叶わないということが決まってしまった。

 あの時、一番傷ついていたのは、当然ジークだっただろう。父親に憧れ魔術師を志すと決めていたのに、十二歳にしてその夢を断たれたのだ。

 それなのに、私は酷いことを言った。

 指輪をもらえなくなった自分のことしか、考えていなかったのだ。

「どうしてナーシャのパパもジークのパパも魔法を使えるのに、ジークは使えないの!? 魔法が使えないジークなんて、嫌いだもん! だいっ嫌い!」

 そう言って突き飛ばしたときのジークの傷ついたような表情は、十年近く経っても忘れることなんて出来やしなかった。

 あの日まで、私はジークにべったり纏わり付いていた。ジークが大好きで、いつもいつも彼にくっついていた。一番近くに居て、彼を慰めるべきだった私が、最も酷い言葉で彼のことを傷付けたのだ。

 元々親同士の仲が良かったから、ジークは両親や姉弟と一緒に、しばしば我が家を訪れていた。けれど、私が酷い言葉を向けたあの日以来、ジークは私と目を合わせてはくれなくなった。目が合った瞬間にふいと逸らされることが悲しかったけれど、自分から声を掛ける勇気が持てなかった。謝りたかったけれど、なんと言って声を掛ければいいのか分からなかった。

 いつもなら、ジークが来るなり飛びついていたのに、それが出来なくなった。ジークが、紫紺の瞳を優しく細めて話しかけてくれることは、なくなってしまったのだ。ジークの温かい手のひらが、私の頭を撫でてくれることも、私の手を握って遊びに連れ出してくれることも、なくなってしまった。

 私は結局、声を掛けられなかった。謝ることができないまま、そのうちジークは我が家には来なくなった。



 十二歳を迎えた年、私は魔術師見習いとして王城に上がることになった。意外なことに、私はジークとは違って、覚醒に耐えうるだけの魔力を持っていたのだ。ジークが持っていなかったものを私が持っているわけなんてないと、魔術師になるつもりなんて無かったのに──。予想外の展開に唖然としながら、私は生まれ育った家を出ることになった。

 王城に上がる前の晩、ジークの家族がちょっとしたパーティを開いてくれることになった。久しぶりにジークの家を訪れることが出来るとあって、私はジークに会えるのを心待ちにしていた。

 今更だけど、五年前のことを謝ろう。

 謝ったところで、以前のように親しくしてもらえるかは分からないけれど、このままもう一生口も利かないなんて、絶対嫌だ。私はそんな風に考えていた。

 だけど……私の期待に反して、ジークはパーティに現れなかった。「仕事が忙しくて来られないみたいなの」と、ジークのお母さんはとても申し訳なさそうに謝ってくれた。だけど、どんな仕事をしているにせよ、一日くらいは休めるはずだ。

 もしかしたら魔力を殆ど持たないジークに気を遣って、誰も彼を呼ばなかったのかもしれない。そんな風に自分を慰めたくもなったけれど、本当のところは、ジークがお祝いを言いに来てくれない理由なんて分かりきっていた。もう私の顔なんて、見たくも無いのだろう。酷い言葉を投げつけてきた可愛げの無い幼馴染の門出なんて、祝いたいはずも無いだろうから。



 結局それ以来、一度もジークに会うことの出来ないまま、気が付けば私は十七歳になっていた。



 ある日、私は見習い仲間のミナに引きずられるようにして、新人騎士の馬上試合を見に行った。正直興味なんて無かったけれど、ミナが一人で見に行くのは恥ずかしいというから、仕方なく付き合ったのだ。

 騎士というのは、その殆どが魔法を使えないらしい。

 はっきり言って、なんだか恰好悪いと思っていた。魔法が使えないから仕方なく剣で戦っているのかな、どうせ大したことないんだろうな、なんて考えていた。

 でもその日、私のそんな考えは間違いだったと知った。


 ──初めて見た馬上試合は、なんて言うかもう、凄かった。私の貧相な語彙力では、凄いとしか表現のしようがない戦いだった。 

 鎧を身に纏った二人が馬に跨り、コロシアムの中央で互いに剣を向けて争う。凄かったのは、黒鹿毛の馬に跨っている方の騎士だった。彼は華麗な剣裁きであっという間に相手を追い詰め、馬上から落下させた。仰向けに倒れた状態で、なすすべなく見上げてくる対戦相手の首元に剣をつきつけるさまは、なんていうかもう、すごくすごく恰好良かった。

 騎士なんてダサい、という私の持論は、一瞬にして崩れ落ちた。

 ただ構えて詠唱すれば手のひらから飛び出す魔術なんかよりも、うんと恰好良かったのだ。


 試合後、興奮冷めやらぬ状態でミナと試合について話し合っていると、歩いていたその廊下の先から、一人の騎士が歩いてくることに気が付いた。その瞬間、周りから一斉にきゃー、という甲高い悲鳴が沸き起こる。

「凄い歓声……」

 遠くから歩いてくる騎士を見上げながら呟くと、隣でミナが小さく笑った。

「そりゃあ、そうだよ。見習いの時から大人気だったもん。それが、新人試合であんなに恰好良く勝利したんだから。今日のでまたファン増えたんだろうなー」

 ミナの呟きに、私はぎょっとして振り返った。

「え、あの人、さっきの馬上試合の騎士なの?」

「そうだよ。気付いてなかったの?」

 ミナは些か呆れたように答えた。さっきまで鎧を身に着けていたし、顔なんて見えなかったから、全然気が付かなかった。私は驚きつつも視線を前に戻して、こちらに向かって歩いてくる騎士を見遣った。

 柔らかそうな栗色の髪は、差し込む陽の光を受けてきらきらと輝いて見える。制服だけは恰好良いよねえと思っていた藍色の騎士見習い用の制服をしっかりと着こなして、彼はゆったりとした足取りでこちらへ向かって来た。

 なんていうか、歩いているだけなのにその姿がさまになっている。ファンが多いと言うのも、納得できる。

「見習いの時から人気があったって、納得かも」

「そうでしょう。見習いの時の十人抜き試合とか、もうすっごく恰好良かったんだから」

 ミナは何故だか胸を張ってそう言う。

「何、十人抜き試合って。ミナ、それ見に行ったの?」

 騎士になんて全く興味がなかったから、ミナの話をいつも聞き流していた。なんだろう、十人抜き試合って。良く分からないけれど、なんだかその名前だけでも凄い感じがするんだけど。

「当たり前じゃない。あのときはね──」

 得意げに何かを語りだそうとした彼女は、ふと顔を上げて、小さく息を呑んだ。つられるように顔を上げた私も、同じように息を呑んだ。

 いつの間にかくだんの騎士は、私たちのすぐ傍に立っていたのだ。

 近くで見上げた彼は、遠目に見たときよりもさらにうんと恰好良かった。彼は綺麗な紫紺色の瞳で、じっと私のことを見下ろしていた。

 透き通った海の底を覗き込んだみたいに、澄んだ綺麗な色。深い紫紺の瞳に見つめられると、何もかもが見透かされているような気持ちになって、途端に落ち着かなくなる。

「あ、あ、あの、何か?」

 さっきまであの恰好良い試合を繰り広げていた彼が、至近距離から私を見つめているのだ。そう思っただけで、一気に顔に熱が集まるのを感じた。

 彼はどんどんと赤くなっていく私の顔を見つめていたかと思うと、ふいにふっと笑った。柔らかな色を浮かべた紫紺の瞳が優しく細められて、それだけで心臓を鷲掴みにされたように苦しくなる。何故だか懐かしいような、切ないような気持ちになって、訳も分からず泣きそうになる。

 ただ呆然と見上げている私の頭を、彼は軽く小突いた。

「久し振りだな、ナーシャ」

 聞き覚えなんてない、低いよく通る声で、彼は囁くように言う。久し振り、って、え? ──誰? 私、こんな人、知らないよ!?

 戸惑う私の腕を、ミナが強く引っ張った。

「な、ナーシャ、ジーク様とお知り合いなの!?」

 驚きを抑え込んだような声が、耳元に向けられる。だから、知り合いじゃないってば。誰なのよ、ジーク様って。そう返そうとした私は、口を開いた瞬間、文字通り固まった。

 ちょっと待って。今、ジークって言ったよね。ジークって、まさか。

 私は唖然として、目の前に立つ男性を見上げた。私を見下ろす紫紺色の瞳が、ふっと細められる。

「ジーク……なの……?」

 ぽつり、と漏らした問い掛けに、彼は微かに笑みを浮かべて頷いた。

「そうだよ」

「え、なんで? なんで?」

 なんでジークがここにいるの? 驚きの余り言葉が出てこなくて、私はただ口をぱくぱくと動かした。

 確かに、言われて見れば面影はある。子どもの頃はもう少し色が薄かったけれど、瞳は確かにこんな風に綺麗な紫紺色をしていた。優しげな眸の形だって、あの頃のままだ。髪の色だって全く変わっていない。でも私の脳内のジークは十二歳から成長していなかったから、いきなり大人になった姿を見て戸惑いを隠せない。

「おっきくなった、ね」

 私よりもずっと高い背を見上げてそう呟いたら、近所のおばさんかよ、と苦笑いされた。確かに、私の方が年下なのに、今の台詞は変だ。でも、私は十年前から少しずつ成長したけれど、私の脳内のジークは成長を止めていたのだから、仕方が無い。

「お前は相変わらず子どもみたいだな」

 ジークは私の髪の毛をわしゃわしゃと撫でて、悪戯っぽく笑った。

「じ、ジーク様、ナーシャをご存知なんですか?」

 少し硬い声で、ミナが口を挟んできた。はっとして隣を見たら、ミナの顔はほんのり赤くなっている。もしかして、緊張しているのかな。そういえばさっき、ジークのファンだというようなことを言っていたっけ、と思い出す。

「え、ああ。親同士が親しくてね。幼馴染なんだ」

 ジークはそう言って、ミナにふわりと笑いかけた。その途端、ミナの頬が茹蛸のように赤くなる。

「そ、そうなんですか!」

「君は、いつも練習試合を見に来てくれていた子だよね?」

「あ、はい。ミナと申します! ナーシャの友人で、魔術師見習いです!」

 ミナはそう言って、深々と頭を下げた。

「いつもありがとう」

 ジークは微かに笑みを浮べて頭を下げ返す。

「とんでもないです。あの、ジーク様、今日も凄く素敵でした。叙任式も、必ずナーシャを連れて伺いますね!」

 叙任式ってなんだろう? っていうか、私も連れて行くってなんで勝手に決められているんだろう。私は行かないよと言い返そうと思ったのに、ジークがなんだか嬉しそうな笑顔を浮かべて、ありがとう、なんて答えるものだから、何も言えなくなってしまった。ジークのそんな笑顔を見たのはすごく久しぶりだったから、嬉しいと感じてしまったのだ。

 ──とは言っても、ジークはミナに笑いかけたのだから、別に私に来て欲しいなんて思っていた訳ではないだろうけれど。



 そしてその一週間後、王城の南の棟の傍にある広場で、叙任式は執り行われた。私はミナに引きずられるようにしてその広場へ向かった。広場はギャラリーでごった返している。私とミナは人ごみの間をすり抜けると、二人分のスペースを見つけてそこに滑り込んだ。

「で、叙任式って、何なの?」

 隣に立つミナに囁くように問い掛けると、途端に呆れたような目を向けられる。

「魔術師にもあるでしょ。陛下から配属先を拝命する儀式」

 魔術師にもあるのは知っている。確か、見習いの最終試験である実習を終えた後で、配属先を任命される儀式だ。ただ、まだ受けていないから、どんな儀式かはよく知らない。

「魔術師のも恰好良いらしいけど、騎士様のはもうすんごくすんごく恰好良いんだから。楽しみにしてなさい」

 ミナは何故か得意げにそう言った。それからややして、陛下がやってこられた。警護の魔術師(デイラート)を数人引き連れて、厳かに歩いて来られる。陛下はもういい年をしたおじいちゃんなんだけど、不思議な貫禄があるのよね。

 陛下の直ぐ傍を歩いているデイラートを見上げて、私は思わずげ、と呟いた。遠かったからその声は聞こえていないはずなのだけれど、私の憧れの黒い制服を着たその人はガバッと顔を上げると、一直線に私を見つめてくる。それから、引き締めていた表情を崩して、にやりと笑った。からかうような、いやな笑みだ。何、あの笑い方。

 別にやましいことなんて無いはずなのに、ジークの叙任式を見に来ていることがばれて、なんだかいたたまれない気持ちになる。

 っていうか……。お父さんは、ジークが騎士になったこと、知ってたのかな。いや、知ってたんだろうな、あの顔は。ようやく気付いたか、みたいな人の悪い笑みだ。私は唇を尖らせてお父さんを軽く睨みつけた。その瞬間、辺りに歓声が響いた。

 皆の視線を追いかけるように、広場の入り口の方に目を向ける。三人の騎士が歩いてくるのが目に入った。ジークと、あとの二人は知らない人だ。三人とも、藍色の見習い騎士の制服を身に着けている。三人はまっすぐにこちらに向かって歩いてくると、並んで立ち止まった。

「ジーク=ノーディス」

 陛下が名を呼ぶ。はい、と大きな声を出したジークは一歩を踏み出し、陛下の御前で片膝をついた。ジークは腰に差していた長剣を抜くと、その柄を陛下の方に差し出して、深く頭を垂れる。

 陛下はその柄を握ると、その剣の面でとんとんと、ジークの肩を叩いた。

「ラルヴィータ第十五代国王の名に於いて、我汝をイーレン第二隊の騎士に任命す。勇ましく、優しく、誠であれ」

 陛下はゆっくりと剣を肩から離すと、それをジークの眼前に持っていく。あ、危ない。びっくりして息を呑む私をよそに、ジークはその剣先に唇を寄せた。

「有難き幸せ。私、ジーク=ノーディスは、この身朽ちるまでラルヴィータに尽くすことを誓い、謹んで拝命致します」

 その瞬間、わあ、と大きな歓声と拍手が沸き起こる。私も皆と同じように、拍手をした。その儀式は絵本の中の出来事みたいで──、私はどこか夢心地だった。


 叙任式の後、私とミナは部屋に戻るために王城の廊下を歩いていた。

「三人とも恰好良かったけど、やっぱりジーク様がダントツだったね。あー、私もあんな風に、騎士の誓いを捧げられたい」

 ミナはさっきの叙任式を思い返して、うっとりしたように言う。

「騎士の誓いを捧げられたいって、王様じゃあるまいし」

 思わず笑ってそう言ったら、ミナはばっと私を見下ろした。

「え、な、何?」

 その勢いにびっくりして、少し引き気味に問い掛けたら、ふふんと小馬鹿にしたように笑われる。

「ナーシャ、もしかして知らないの? あのね、騎士は国や陛下だけじゃなくて、自分の最愛の人にも誓いを捧げることが許されてるんだよ」

「どういう意味?」

「だからね。結婚相手にも、同じことを出来るの。ジーク様に、この身朽ちるまであなたを愛し守ります、なんて言われたら……きゃー!!」

 ミナはそう言って、ひとりで身悶え始めた。私はミナと同じ想像をしそうになったけれど、すぐに恥ずかしくなってその妄想を打ち消した。

「ねえ、この間から思ってたんだけど、ミナってもしかして、ジークのこと、好きなの?」

 恐る恐る問い掛けたら、ミナはきょとんとしたように私を見て、それからあっけらかんと笑った。

「まさか。私、競争率高い男って好きじゃないの。あれは観賞用。遠くから見てキャーキャー言ってるのが楽しいの」

 うーん。ミナのその気持ち、全然分からない。

 そうは思ったけれど、ミナの目は嘘をついているようには見えなくて、私は何故かほっとしたのだった。ミナがジークを好きだと言ったら、どうしようかと思った。

 ──。

 ……変なの。応援してあげればいいだけなのに。



 そしてそれ以来、ジークのことを、王城内でちょくちょく見かけるようになった。驚くべきことに、ジークの方は、とっくの昔に私の存在に気付いていたようだ。

「お前、なにも変わってないから直ぐに分かったよ」

 と、ジークは言っていた。最後に会ったのは、私が七歳のときだ。流石にあの時よりは、色んな意味で成長したと思うのだけれど……。


 ジークは、王城で私を見かけるたびに声を掛けてくれるようになった。掛けてくれるようになった、とは言っても、昔のジークなら絶対に言わなかったような、少し意地悪な言葉が多かった。いつも二つに結っている私の髪を軽く摘んで「いい加減この子どもみたいな髪型やめたら?」なんて言ってきたり、「ちょっとは背伸びたのか」なんて言いながら、頭をぽんぽんしてきたり。

 昔みたいに包み込むような優しさは全然無かったけれど、それでも、私はジークにそうやってからかわれるのは嫌いじゃなかった。ジークにそうやって声を掛けられると、嫌われてはいないんだって、どこかほっとした。

 今更かもしれないけど、十年前のこと、謝ろう。

 そう思ったのは、一度や二度じゃなかった。

 だけど結局、私には勇気が無くて──、言い出せなかった。

 ジークがあの頃のことに触れてこないことに甘えて、私は何も言えないままだった。


 ジークに触れられると、声を掛けられると、それだけできゅう、と胸が疼く。どうやら私は初恋相手と同じ人に、人生で二度目の恋をしてしまったようだった。

 ──ううん。多分私は、会わない間もずっとジークのことを好きなままだったんだ。だからミナがジークのことを好きなわけじゃないと聞いて、あんなにほっとしたんだ。

 そのことに気が付いても、もうどうしようもなかった。いくら私でも、あんな風に傷付けておいて今更「あなたのことが好きなんです」なんて言える図太さは無かった。私の恋は一方通行で終わることが決まっていた。

 ミナが言っていたみたいに、ジークもいつか大切な女性に騎士の誓いを捧げるのかと思ったら、胸がじくじくと疼いたけれど、私にはもうどうしようもなかった。


 全てが後の祭りだった。

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