マジシャンズ・アカデミア 17
ちょっと前までスーパーの展示なんて正月のレイアウトだったのにもうバレンタインですねM1です
今回の話10000文字もあるんですよね。2と3の無茶振りのせいで
「そう言えばあなた達の名前をまだ聞いていなかったわね」
正門を目指して歩いていると、前を進むエカリーナ先輩がくるりとターンを決めて俺たちに向き直りそう言った。
世間一般でいう美少女であるところのエカリーナ先輩がそう言う仕草をするとものすごくかわいく見えるんですが。
「……ダント。見ての通り竜人族。得物はナックル。得意属性は火」
俺とアキがおそらく同じ理由で直ぐに答えられないでいると言うのに、ダントの奴は事も無げにさらりと過不足のない回答をして見せた。
「…………」
「…………」
なぜだろうか、負けた気がする。
負けっぱなしは主義じゃないと何処かのラガーマンも言ってた気がするので、俺とアキはチャチャっと視線を交わして順番を決める。
「俺はアキ。風魔法が得意な悪魔族のガンナーだ。あれ、アーチャー? 俺の武器ってボウガンなんだけど、銃と弓のどっちか分かる人いる?」
「見た感じ魔力を飛ばすタイプみたいだけど、弦も張ってあるし分類としては弓なんじゃないかしら……」
少し呆れた様子で補足をするエカリーナ先輩と、天啓とばかりに手を打つアキ。そのくらい後でウィキれよ。
「俺はヒロヤ。まあ見ての通りだけど翼人族で得意属性は水。武器はスラッシュロッドだな」
「スラッシュロッドって、もしかして杖と剣が合体したようなアレ?」
「そうだけど」
「使ってる人始めて見たわ。そもそも現物すらこの辺りの周辺国では珍しいのに」
「へえ、そうなんだ」
そういやあのオッサンの怪しさと場違い度は尋常じゃなかったな。行商人って言ってたけど何処から来てたんだよ……。
まあソレを知ってるエカリーナ先輩も大概なんだけどな。可愛いから問題ない。
「貴方たちに倣って私も少し補足しておこうかしら。さっき名前は言ったからいいとして、武器はこの細剣よ。銘はグランローネで、私の大切な相棒」
腰からすらりと抜かれた刀剣は、何の素材でできているか分からないが白を基調とした色彩で、鍔や柄には金と黒の意匠が凝らされている。
「得意属性は水で、次に得意なのが風ね」
歳は16なので俺達と同じはずなのに、剣を鞘に戻すそれだけの動作が洗練されている。学年でいうと先輩にあたるが、それでも年齢は同じらしい。まあその辺りは何も言わないでおこう。学校が違うからな、制度とかも違うんだろ。
いや、そうなると敬語の方が良いのかな?
でも年齢は同じだし。かといって実力差は明らか……。
「……アキとヒロヤは先輩の魔法の使い方、参考にできそうだな」
「ん~。レベル差でかいから微妙じゃね?」
ツレの2人がタメなので俺もタメでいこうと思いましたまる。
「さあ、そろそろ行きましょう」
一応最低限とはいえ俺たちの自己紹介が終わったため、改めて正門を目指す。
俺たちが任された姉妹校というのは、このカレイドア学園から見て南の方角にある聖ファルシェム学院のことだ。創立年から考えると向こうが姉になるな。
それにしてもエカリーナ先輩は目立つ。
正門に向かいながら、俺は現実逃避気味にそんな事を考える。
そもそも他校の制服というのはかなり目立つのだが、それに美少女という点が加わることで半端ではなく目立つ。
そして必然的にその後ろを歩いている1年坊主も目立つ。つまり俺達も目立つ。俺が現実逃避している理由はそれが原因だ。
若干ビビりながらも、視線を集める事に慣れている様子のエカリーナ先輩の陰に隠れるようにして歩く。
ちょっと話題は変わるんだけど、毎回エカリーナ先輩って言うの面倒なんだよね。
いっそのことリーナ先輩とか愛称っぽく呼んでみようか。心の中で呼ぶくらいならまあバレないだろうし、人格者らしいからバレても怒られることはない、と信じたい。
そんな訳で、エカリーナ先輩は俺の中でリーナ先輩にクラスアップした。どのあたりがアップしたかと言えば言い易さがアップした。
リーナ先輩はあれから振り向く様子も見せないので、俺はダントを挟んで、ダントの頭の上でアキと言葉を交わす。
「……ケンカを売っているなら買うけど」
「そんなつもりは毛頭ないな」
「ちなみに買うならいくらで買う?」
「……27円(税込)」
「安すぎるだろ!」
言葉と共に放たれるアキの突込みを難なくダントが躱すいつものコントをしていると、前方から冷た~い視線とため息がプレゼントされた。
「……遊びじゃないのよ?」
そのあとは流石の俺達も自重しました。
特に面白い事もなく正門へとたどり着きました。
「そだ。なあ先輩、目的地までどれくらいかかんの?」
正門を出た所で、アキが伸びをしながらリーナ先輩に尋ねる。
「ここからだと馬で5日と言ったところかしら」
「5日!?」
確かこのゲームは現実世界と時間がリンクしているから、マジで5日間馬に乗らないといけないことになる。
「そんな顔しなくても、姉妹協定を結んでたりする学校や施設同士には特別な移動手段があるの。今回はそれを使うわ」
そう言ってリーナ先輩は正門脇にある大きな校章に自身の通う学校の、つまり聖ファルシェム学院のものと思われる学生証をかざす。するとリーナ先輩の足元を中心に半径1mほどの魔方陣が現れた。
「おお!?」
一番近くに居たアキが驚いて半歩飛び退る。
「入って。外に居たら飛べないわよ」
「……飛ぶ。そうか、ワープ。つまり転移魔法」
「よく知ってるわね。その通りよ。普通は貴方たちのレベルだと使えないんだけど、私達の仕事は普通じゃないし例外事項になるのかしら」
そういうことか、と納得したアキがまず陣の中へと入り、俺とダントもそれに続く。
「それじゃあ行くわよ」
リーナ先輩がそう言った瞬間、周囲が光に包まれ、気付いた時には全く別の場所に立っていた。
「お、おお!」
「……これが転移魔法。実際に体験できるなんて」
「便利さここに極まれりって感じだな」
俺たちが初転移の感慨にふけっていると、こちらは慣れているのか感慨なんてかけらも感じていなそうなリーナ先輩が腰に手を当て、呆れた様子で俺たちを見ていた。
「確かにすごく便利だし始めて使った時は驚くけど、普通そこまでじゃないわよ」
……分かっていないな。
いや、それも仕方ないだろう。なぜならリーナ先輩はゲームの中の住人だから。
俺たちゲーマーは転移魔法の便利さを知っている。だから便利さについてはそこまで驚いてはいない。それどころか、これが普通のゲームだったら驚くことすらなかっただろう。
しかしこれはバルカスで走るゲームであり、ほぼ五感全てで転移を感じる事が出来るのだ。初めて体験する光の奔流と瞬時の空間移動。
この感動をリーナ先輩が理解できるはずもない。マジシャンズ・アカデミアがリリースされた暁には、いったい何人のゲーマーが感動に打ちひしがれる事だろうか。
「――そういう事だから。質問はあるかしら」
ん?
「ないぜ。よーし、やっとメインストーリーが進行するな」
「……楽しみ」
あれ、俺が一人語りしてる間にリーナ先輩ってば説明終えちゃった?
「行くぞヒロヤ」
「お、おう」
……やばいぞ。何一つ聞いてないから何も分からない。
仕方ないので怪しまれないよう細心の注意を払いつつ俺は殿についた。
事情が理解できないまま俺は細い街道を歩く。細いと言っても通学で使われているのか貧相な様子はない。ところでどこ行くの?
「……この学院周辺はまだ異常は起きてない。だから最近作物の被害が出てる近くの村に行く」
ダントの後ろで最後尾を維持していると、顔だけでこちらを振り返ったダントが小声で俺に聞かせるように言った。
…………聞いてなかったのバレてるし。
「……貸し1つ」
「りょーかい」
ダントの装備に使えそうな素材がドロップしたら交渉なしで譲るとでもするか。
「止まって」
先頭のリーナ先輩の言葉で、俺たちはハッとしながらも即座に臨戦態勢に入る。
「心構えは十分だけど、そんなに気を張ってたら大事な時にもたないわよ」
苦笑しつつ、リーナ先輩は茂みの向こうを指す。
「あそこにベイウルフの群が見えるでしょ。その中の1匹、1番左のに注目して」
言われて俺たちは指の先を辿る。思ってた以上に遠かった。よく見つけれたな。
「あの1匹以外、僅かだけど黒っぽいオーラみたいなのに包まれてるのが分かるかしら。さっきも言ったけど、あれが狂暴化した魔物の特徴よ。他にも、この距離だと分からないけど、近寄れば明らかに普通じゃない感じがする事も見分けるポイントね」
そう言われてみれば見えないことも無い。
狂暴化した仲間の異常を感じ取ったのか、唯一まともなベイウルフは徐々に後退していき、距離が離れた瞬間森の中へ逃げて行った。
「あれはまだまだ弱いけれど、放っておくとだんだん酷くなっていくの。今の内に倒すわよ」
リーナ先輩は手で指示をしながらそろそろと近づいていく。
「(ある程度は仕方ないけれど、この森は国有地だから威力が高くて範囲のある魔法は森を壊してしまうから使えない。あなた達の力、当てにさせてもらうわよ)」
「(……分かった)」
何となく3人を代表してダントが頷く。数は20ほどいるが、リーナ先輩もいるしたぶん大丈夫だろう。
「(行くわよ)」
静かに言い残して、リーナ先輩は狂暴化したベイウルフの群に走り込む。
「はっや!」
僅かに遅れて俺たちが到着した瞬間、リーナ先輩の剣が1匹のベイウルフを切り裂いた。
「負けてられないな」
俺も杖の先から刃を出して近接武器に切り替える。
「アキ、援護は頼んだぞ!」
「任せろ!」
一足先に戦闘を開始していたダントが殴り飛ばした犬っころを走る勢いのままに切り落とす。
刃の厚みが薄いからか、想像以上の切れ味でもって魔力の刃はその胴体を断ち切った。
たまたまだとは思うが、俺の硬直を狙ったかのように襲い掛かろうとした1匹には一瞬にして幾本もの光の矢が突き刺さり、飛び上がる事すら出来ずに絶命する。
「やっべ! この武器ハマるかも!!」
「ハマるのは良いけど絶対俺らには当てるなよ!」
「……ヒロヤ後ろ!」
「はいよっ」
ダントの忠告に合わせ、大いに翼の力を利用してとんぼ返り気味にウルフの真上を取った俺はそのままの体勢で頸椎を切り裂く。
「ちぃ、浅いか」
「……連拳」
俺の討ち損じたウルフはダントの拳によってHPを根こそぎ削られて吹き飛ぶ。
「ダント、適当に縛るから合わせろ」
俺は対象を指定せずに、なにも無い空間に水の鎖を出現させる。突如バックステップで飛び込んできたリーナ先輩が縛られそうになるが、バク天の要領で回避して体勢を立て直した。
「外してるじゃない!」
巻き込まれかけた先輩が流石に怒ったように言うが、それは最後まで見てから言ってほしい。
俺の出した鎖は1匹も縛れてはいないが、魔法を解除していないためそこに残っている。そして障害物として残った4本の鎖によって、ダントを狙っていた5匹のウルフが1か所に固まっていた。
セイバータイガーに襲われ逃げる為に空撃ちした時に分かったのだが、この魔法は対象を指定すれば巻き取るように現れるが、縛るものが無い空間を指定して放てば必ず決まった形で鎖が飛び出る。
「まさかこれを狙って?」
リーナ先輩が驚いたような声を上げるが、まだこれで終わりではない。
「……流石ヒロヤ。戦い方がせこい」
新調したメタリック・モーターを腰溜めに構えたダントが意味の分からない速度で距離を詰め、左拳を打ち出した。その一撃だけで4匹を屠り、残りの1匹を即座にアキが打ち抜いたのは流石に予想外だったが、リーナ先輩が驚いた顔をしていたので結果オーライだろう。
「ナイスお膳立て! てかなんだよダント、その馬鹿みたいな威力」
最後の1匹に過剰な攻撃を加えながらアキがこちらに走ってきた。
「……これはこの武器のスキル。溜めれば溜めるほど威力が上がる。でもいろいろと面倒な制限もどきがあるから多用は出来ない」
「へえ~。そんな面白いの有るなら俺も買わずに錬金したらよかったな」
「……たぶんボウガンの錬金素材はあのタイミングじゃ揃わない」
「マジかよ」
「……うん。これ作る時に一通り見たから」
「じゃあもう暫くはお預けだな」
どんな時でも気楽そうに会話するアキとダントを唖然とした表情で見て、リーナ先輩は浮いたままの俺に顔を向ける。
「……貴方、最初からこれを狙って?」
「ん~。狙ってたわけじゃないけど、2人の動きは何となく分かるし」
「そんな……入学したての1年生の連携とは思えない。……彼が連れて来た理由が分かった気がするわ」
「いや~、でもさ、先輩の倒した数の方がちょっとだけ多いじゃん。連携できる3人より強いってのは凄いと思うけどな」
「……確かに」
「だな。俺等なんか先輩に比べたら遥かに下だよ」
「な……っ。褒めても何もでないわよ」
あ、ちょっとだけデレた。やばい超かわいい。
「まあそんな事より、これで俺らの実力はみせたけど評価は?」
俺は杖をしまって、ついでに飛ぶのもやめてからリーナ先輩に聞いた。たしかこの人には実力を見せろと言われたはずだ。
「ええ。連携は素晴らしいわ。個々のレベルはこれから上げていけばいいだけだし。十分に戦力になると思うわ」
「よ-し。取り敢えず第一関門クリアってとこかな」
「だな」
「……これで少しは舐められなくなる」
リーナ先輩はハイタッチを交わす俺たちを見て微かに笑い、気を引き締めるように一つ手を打った。
「さ、あなた達のお陰でパパッと片付けれたことだし、当初の目的通り村を目指すわよ」
街道に戻って軽く左右を確認したリーナ先輩はそう言ってまた先頭を歩き出した。
…………さっきの微笑み、スタッフさんの誰でもいいからスクショ撮ってない?
「……あそこからここまで一回も戦闘が無かった」
「ま、細いとはいえ立派な街道歩いてたしな」
「人が多い所の魔物は街道には滅多に出てこないわ。弱かったとはいえ狂暴化したベイウルフでさえ出て来てなかったでしょう。まああれ以上悪化したらどうなるかは分からないけど、今の所この辺りではそこまでの報告は無いわね」
「他のとこじゃあるって事か」
「そうよ。狂暴化した魔物を駆除する手が足りない所は特にね。狂暴化する理由についての説はいくつもあって理由ははっきりしていないけど、唯一分かっているのは、放っておけば置くほど強力に、そして凶悪になる事」
「……それは厄介」
「原因さえ解明できれば一気に鎮静化させることも可能だとは思うんだけど、なかなかそうも行かないのが現状ね」
「今はとにかく削るしかないのか」
「そう言う事。だからあなた達みたいに使える人が入ってくれるのは心強いわ」
先ほどまでの細い街道を抜けて主要道とでも言うべき太い街道に出た俺達だが、ここで俺とアキにはどうしても理解できない問題が出現していた。
なんでダントがリーナ先輩の横あるいてんの?
そう。何を隠そう奴は当たり前のようにリーナ先輩の隣に陣を構えているのだ。そしてもちろん残された男2人は仲良く忌々しい怨敵に呪殺の念を送っている。
ドラゴナイトみたく攻略とかそんなの埒外なのは分かってるぜ。でもな、ゲームの中でくらい美少女と交流深めても許されるんじゃないか?
それをお前は邪魔すると言うのか!?
2人分の呪怨を一身に浴びるダントは、しかし気付く様子もなく悠々と歩いている。
ダント許すまじ。
いや、少し脇道にそれてしまった。俺たちの今の目的はリーナ先輩としっぽりする事ではなく村の被害調査のはずではないか。
脇道と言えば、先ほどまで歩いていた街道から折れてまた細めの脇道に路線が切り替わっている。
「もう少しで到着よ。この辺りからはさっきの狼なんて比じゃないレベルで狂暴化した魔物も出てくるから気を抜かないでね」
弛んできている空気を感じたのか、リーナ先輩が俺たちに注意を促した。
とはいっても、先ほどリーナ先輩が言ってた通り街道でのエンカウント率は恐ろしく低い。普通に考えればまず出会うことは無いだろう。
そう、普通であればだ。
ゲームをしていればよく体験すると思うが、タイミングの悪い時に限ってやたらとエンカウントしたりレア敵に見つかったりするだろ?
俺たち同好会はその手の不幸に恵まれているらしく、今回もやっぱり出会ってしまった訳だ。
距離にするとざっと2~300mほど離れた地点に、熊のような魔物とそれに襲われる女の子なんていう超絶アナログタイプなイベントが転がっている。そしてこのゲームはドラ○エのように一旦戻って考えたり準備することは出来ないので、どうしても即時対応しなければならない。
まあどういう事かというと、我らがリーナ先輩が先陣切って突撃してしまったのだ。俺達ももちろん走って追いかけるのだが、初動の差で随分離されている。
「ヒロヤくんお願い、少しで良からあいつを止めて!」
間に合わないと判断したのかリーナ先輩が俺を頼ってくれた。平時であれば攻撃魔法をぶっ放すだけでいいのだが、今回はすぐそばに保護対象が居る為うかつなことは出来ない。
何かさっきから制限された戦闘ばっかだなぁ。
愚痴をこぼしつつも、頼まれたからにはやるしかない。というよりもすでに準備は整っている。
「せーの、とうっ!」
今まさに振り下ろされようとしていた熊魔獣の腕が鎖によってその場に固定される。
システム的にギリギリの距離だったので冷や汗モノだったが結果オーライだ。
そうこうしている間に距離を詰めたリーナ先輩が白銀の剣で熊のひざ裏をバッサリと切り裂く。
「うわ、痛そう……」
少し前を走るアキが呟くと同時に、送れて到達した俺たちがやっと戦闘に参加する。
アキが矢を連続で熊の横腹にぶち込み、ダントはリーナ先輩が斬った位置と同じところに拳を叩き込む。……あいつ鬼だろ。
と思った次の瞬間、反対側でリーナ先輩がまたしても足の腱を断ち切って熊に膝をつかせる。
あの人が一番鬼だよ。
さてここで問題です。腕を振り上げた状態で固定して足を潰したらどうなるでしょう。
答え、半宙づりになる。
あまり攻撃力のある魔法は持って無いから俺はアクアチェインの維持に集中してるけど、残りの三人がやってることただの拷問だからね。
動けない熊など俺たち三人+リーナ先輩の敵ではない。ものの数分もしない内に滅多打ちにされた熊は粒子となって消えていった。
「ねえ、大丈夫?」
こんなにも凄惨で愛の欠片もない戦いを終えたと言うのに、リーナ先輩は直ぐに女の子の安否を確認した。なんだ、場数の差か!?
「は、はい。助けていただいてありがとう御座います。買い物の帰りでいきなり襲われて」
女の子は未だ恐怖に身体を震わせながらも健気に質問に答えている。
「あなた、もしかしてソイユ村の人?」
「はい、そうですけど」
なるほど、向かってるのはソイユって村なのか。
「……小麦が名産らしい」
「ねえ、私たち聖ファルシェム学院の人間なんだけど、ここ最近で起こってる魔獣被害について色々と知りたいんだけど案内してくれないかしら」
「もちろんです。助けてもらいましたし、それに村のみんなも困ってますから少しでも何か分かるなら」
「ありがとう」
リーナ先輩が微笑むと、ようやく女の子の震えが止まった。
「私はエカリーナ=ポートランドよ。それで、後ろの三人は右からアキくん、ダントくん、ヒロヤくん。こう見えて割と強いのよ」
「(こう見えては余計だよな)」
「(なー。次の戦闘ではもっと本気出そうぜ)」
「(……賛成。少し試したいこともあるし)」
ひそひそ話を一瞬で終え、俺達も女の子にそれぞれ挨拶をした。
「わたしは、ミラノって言います。さっきは本当にありがとうございました」
多分この子の家のピザは美味しいんだろうな。なんてことを考えてるとアキと目が合った。あの顔は多分同じこと考えてるな。
「それじゃあ行きましょう。まずないとは思うけど、私たちも居るから安心していいわ」
リーナ先輩を先頭に、真ん中にミラノを置いて左右をダントとアキが、後ろを俺が固める。
「それにしてもきれいな景色だよな」
「だな~」
「……小麦が金の草原に見える」
「そのもの蒼き衣を纏いて金色の野に降り立つべし、みたいな」
「んなこと言ったらあれが全部触手に見えるだろ!」
「……それは気持ち悪い」
呆れた目でリーナ先輩がこっちを見てるが、ここで俺たちが話さなかったら無言で歩くことになる。それはあんまり面白くない。屈する訳にはいかないんだ!
ただ、いくら俺達でもその後に「救いようがないわね」みたいな仕草とため息を持ってこられたら精神的に抉られてしまう。結果としてぼそぼそとミラノとダントが話すだけになってしまった。
ミラノはパッと見13~4歳だけど、身長で同い年とか勘違いされてんのかもな。
チラリとアキを見ると、やっぱり同じことを考えていたようで目がニヤニヤしていた。チラリとダントを見ると全く笑ってない目がこっちを見ていた。
すげー怖いな!!
「ねえねえ、村まであとどれくらいなの?」
沈黙に耐えかねたアキが少し身をかがめてミラノ質問した。
「んーと、あそこの木を曲がったらすぐです」
「おー。やっとか~」
歩きながらアキが伸びをする。たしかにもう割と長い事プレイしてるよな。村に着いたら一旦ログアウトして休憩した方が良いかも。
確かバルカス被ったのが二時くらいだったけど、今は何時なんだろ。これ現実での時間も分かるようにした方が良いんじゃないかな。後で言っとこう。
「着きました。ここが私たちのソイユ村です」
そこは、田舎の言葉がぴったりと当てはまるようなとても雰囲気の良い村だった。
「おぉ~、ザ田舎って感じだな。いい感じじゃん」
「ええ、住みたくなるわね」
「老後とかこんなとこでゆっくり暮らしたいな」
「女の子の話に老後とか入れないでくれるかしら?」
「すいませんでした」
なんで俺が謝らないといけないんだよ。素直に感想漏らしただけなのにさ。
「こっちです。こっちに来てください」
ミラノは小走りでリーナ先輩を追い越し、俺たちを手招きした。
「どうしたのミラノちゃん」
「調べるなら先ずはおじいちゃんを紹介します」
「ミラノちゃんのおじいさん?」
「はい。おじいちゃんはこの村の村長なんです」
へ~、まあ、よくある設定だよね。ゲーマー三人の脳裏に益体もない考えが浮かぶ。
何の地位もない学生がいきなり押しかけて調査させろとか言ってもそりゃ無理だよな。何かしらのコネでも作らないと。それともリーナ先輩にはなにか伝手でもあったんだろうか。
「ここが私の家です」
なるほど。村長の家というだけあって周りよりも作りがしっかりしてるな。
「ただいま~」
「はいはいお帰りなさい。……あら、その方たちは?」
出て来たのは、年齢からみるにおそらくミラノのお母さんだろう。美人である。これはミラノの将来も有望だな。
「あのねお母さん。わたし帰る途中で魔物に襲われちゃって、それでこの人たちが助けてくれたの!」
「まあ、そうでしたか。本当にありがとうございます」
ミラノ母は俺達に頭を下げた後、しゃがんでミラノに視線を合わせた。
「あれほど危ない所には行っちゃダメって言ったでしょ」
「いえ違うんです。ミラノちゃんは街道の真ん中で襲われていて」
「そんな!」
リーナ先輩が経緯を説明する。
「そんな事が。街道にまで出てくるなんて、これじゃあ買い出しにも行けないわ」
「街道まで出てくることは相当まれだと思いますが、最低限の注意としてあまり一人で出かけない方が良いかもしれません」
「……そうね。村の皆さんにも伝えておくわ」
「ありがとう御座います。それで、そのことに関して村長さんともお話したいんですけど」
「ええ分かったわ。ただおじいちゃんは畑仕事に出てるから帰って来るまで上がって待っててくれるかしら」
立ち上がったミラノ母は俺達を中へ招き入れてくれた。
「特にお礼もできませんけど、ウチの畑の小麦で作ったクッキーです」
クッキーときたか。そう言えばゲーム内で食事するのは初めてだけどその辺りはどれくらい再現とかされてるんだろう。
「じゃーんけーん」
考える事は皆同じらしい。アキの音頭でそれぞれが手を出す。その結果
「……僕からか」
ダントが一つ手に取り口に運んだ。半分ほど齧ってゆっくりと咀嚼。そして飲み込んでからひと言。
「……美味しい」
「マジか」
「へえ」
俺とアキも美味しいと分かれば躊躇う意味はなくなる。既にとってはいたクッキーをそれぞれ食べる。
「おお、ホントだ美味しい」
どこかしっとりとした触感に控えめな甘さもグッドだが、驚いたのはその後に来る絶妙な香ばしさだ。
「凄いっすね。これ普通にお金取れる思いますよ」
「そう? ありがとう。そうだ、紅茶も淹れますね」
ミラノ母は微笑んで台所へと向かっていった。
「なんかお母さん今日は機嫌良いです」
「そうなの?」
「はい。怒るとすっごく怖いです」
「それは機嫌の問題じゃないと思うけど……」
もうすっかりリーナ先輩に懐いた様子のミラノは両手にクッキーを持ちながら愚痴をこぼしている。
「帰ったぞ~」
その姿をややほほえましく思っていると、玄関の方からガチャガチャと農機具でも片付けるような音が聞こえてきた。
「あ、おじいちゃんです。おかえりなさ~い!」
ほどなくしてリビングにまだまだかくしゃくとした様子の老人が入って来た。
「ミラノにお客さんかい?」
「ううん。おじいちゃんのお客さん」
「なんとワシに」
ミラノ祖父は大げさに驚くような振りをしてから俺たちの方に身体の向きを変えた。
「この度の魔獣被害を受けて、ようやく聖ファルシェム学院でも原因調査と簡単ではありますが警備をすることになりました。これがその書類です」
リーナ先輩は何処からともなく便箋を取り出した。このあたりゲームだと便利だよな。
「ふむ。封蝋も間違いないみたいじゃな」
「エカリーナさん達ね、すっごく強いんだよ。私が魔獣に襲われた時もすぐに助けてくれたの」
「魔獣に!?」
「ええ。それも街道の真ん中で。ですから、調査と警備、それに討伐のためにもご協力してくれますか?」
「そうか……街道にまで。わかった、村のものにも君たちの事は言っておこう。被害や目撃証言についてはある程度まとめた物がワシの部屋にあるから来なさい。話や説明もそこでさせてもらう」
「ありがとう御座います」
リーナ先輩はとても慣れた様子でミラノ祖父との会話を終わらせた。
「こっちだ、着いてきなさい」
「ほら、いくわよ。ミラノちゃんもまたね」
「うん。頑張ってくださいね!」
ミラノに小さく手を振るリーナ先輩はやっぱり可愛かったです。
「こらヒロヤ行くぜ」
「お前こそクッキー放せよ」
「……行くよ」
殴りやがったなテメェ覚えてろよ。
「いい加減行くわよ」
「「すみませんでした」」
そう言えば村長の名前も村の被害状況も何も決めてねーやwww
まあいつものことだよな