水がらみ
このお話に登場する神村律子は実在(?)の神村律子とはまっっったく関係ありません。
「夏だからかな?人間は、『水』に対して恐怖を感じるという事でしょうか?」
「はい?」
突然の神村律子の発言に熊谷は当然疑問符を付ける。
神村は頬杖をついて、熊谷を見ていた。
「実は昨日ホラー映画を見ていて、ふと思ったんですよ」
「ホラー映画ですか・・・私はそう言うのは苦手であまり見ませんね」
神村の言葉に熊谷は嫌な顔をする。
恐らくは何かしらのトラウマが頭をよぎったのだろう。
「そうなんですか?」
「ええ。そういうの好きな人は好きなんでしょうけど」
「趣味が合う恋人同士って長続きするっていいますよね?」
「はい?確かに一般論的にそう言うのはありますけど。というか、神村先生。話が飛び過ぎです。確かにそういう突飛な所が面白い時もありますが・・・」
神村は喜んだ。
いや、狂喜した。
ここで一つ記しておかなければいけない事象がある。
神村は『面白い』と言うと非常に喜ぶのである。
それこそ『かわいい』とか『綺麗』とか言われるよりも喜ぶのである。
不思議な感性の持ち主である。
「ひゃっほう!らっほい。熊谷先生、今度のお休み空いてますか?」
「あ、空いてますが。どうしたんですか、いきなり?」
「今度のお休み一緒にデートに行きましょう!」
「嫌です」
神村はあっさりと振られた。
その週の休み。
神村の運転する車の隣には拉致された熊谷の姿があった。
「一体何処に行くんですか?」
「いい所よ~ん」
熊谷は今この車から飛び降りたら死なないかを本気で考えた。
「あれ?おかしいな。ここでいいはずなんだけど」
「どうしたんですか?神村先生、もしかして迷ったんですか?」
たどり着いたのは何の変哲もない田舎の風景。
「今度カーナビでも買った方がいいですね。今のカーナビ結構便利ですよ」
「嫌です。私は地図の読めない女にはなりたくないのです」
「神村先生、妙な所で頑固ですよね」
熊谷はあきれる。
「ほら、あそこに人がいます。あの方に道を聞いてみましょう」
神村が見つけたのはあぜ道をいく老婆。
「あの、ここってこの場所であってますよね?」
「んだ」
神村は地図を老婆に見せ、老婆はそれに頷く。
「・・・そうですか。ありがとうございます」
「んだ」
神村は老婆に会釈して、少し車を走らせ、止めた。
「熊谷先生。少しこの辺りを散歩しませんか?」
「ええ、いいですが・・・そうですね。たまにはこんなのどかな風景の中をゆったりするのも悪くないかもしれません」
「さすが、熊谷先生。分かってるー」
熊谷は微妙な笑顔を浮かべ、二人は村を散策した。
そして、帰りの車内での事。
「結局、神村先生は何処に行こうとしていたんですか?」
「さっきの所ですよ」
「さっきの村ですか?」
「ええ。正確にはあの村があった幽霊が出ると言うダムに行こうと思ったんですが・・・」
「えっ」と声を漏らし、熊谷の顔は強張る。
「思いがけずダムの底に行けました。貴重な体験をしましたね、熊谷先生」
「それはそうですが・・・」
信じられないと車の後方を見るが、そこにはもうあの村はない。
「熊谷先生、現実のホラーって結構怖いよりも面白いものも多いんですよ。怖いだけじゃない。そう思うとホラーも楽しめてきませんか?」
「え、ええ」
肝を抜かれた熊谷に返せる言葉は少なかった。
「それじゃあ熊谷先生、このまま何処かのホテルにしけ込みますか?」
「神村先生・・・そう言うホラーが一番怖いです」