■ 第四話 「術という技」
あれからさらに時間が経った。身体の成長は順調で、
視界も動きもほぼ問題ない。首も自由に動かせるようになり、
周囲の様子を自分の意思で確認できるようになっていた。
だが、それ以上に変わったのは内側だ。霊力の巡りは崩れることなく維持され、
丹田に集まり、練り、全身へ流す流れがほぼ無意識でも成立している。
量もわずかずつだが確実に増えている。
積み重ねがそのまま力になる段階に入っていた。
そんな中で、空気が変わった。
「……来てるな」
低い声。それだけで分かる。何かがいる。
「どのくらい?」
「浅い。だが数がある」
視線を動かす。次の瞬間、それが見えた。
黒いモヤ。
空間の端、壁際、天井の隅。いくつも漂っている。
煙のようで、霧のようで、だがどこか粘つくような違和感がある。
ただ浮かんでいるだけなのに、見ているだけで不快感がじわりと滲む。
あれが対象か。
男の手に札が現れる。白い紙に黒い線。
それを指先で挟み、霊力を流し込む。
同時に、手が動いた。
指が素早く組まれる。迷いがない。ひとつ、ふたつ、みっつ。
印を結ぶごとに、札に込められた霊力が変わっていく。
軽かった流れが沈み、圧を持つ。重さが生まれる。
「土気満ちよ、重みを与え、動きを止め、その場に沈め――急急如律令」
一息。
完成した術式が、そのまま解放される。
札が弾けた。
紙が一瞬で力を失い、灰のように崩れる。
同時に、込められていた霊力が外へと放たれる。
空気が歪む。
次の瞬間、黒いモヤの一つが叩き落とされた。
見えない力で押し潰されたように、床へと引きずり下ろされ、
そのまま動きを止める。じわじわと形が崩れ、薄くなり、やがて消えた。
「……捉えたか」
「まだいる?」
「ああ」
間髪入れず、次の札。
同じ動作。霊力を流し、印を結び、詠唱を乗せる。
「土気満ちよ、重みを与え、動きを止め、その場に沈め――急急如律令」
また一つ、消える。
黒いモヤは抵抗らしい抵抗もできず、押し潰されるように消えていく。
だが数がある。
三つ、四つ、まだ残る。札が減っていく。
一枚、また一枚。
使うたびに紙は崩れ、残らない。完全な消耗品。
「……残りは?」
「あと二枚」
女の声がわずかに張る。
男は迷わない。
「足りる」
短く言い切り、最後の二枚を使う。同じ流れ。同じ精度。
無駄がない。最後の一つが押し潰され、黒いモヤが完全に消えた。
静寂。
張り詰めていた空気が、ゆっくりと緩む。
「終わった……?」
「ああ。全部落とした」
短いやり取り。
だが、こちらの中では終わっていない。今の一連が頭の中で繰り返される。
札は一度きり。霊力を流し、型に沿わせ、印で性質を変え、詠唱で完成させる。
そして放つ。
完成と同時に、札は役目を終えて崩れる。つまり、あれは「使い捨ての術式」。
質が高ければ、それだけ強く、正確になる。
逆に言えば、質が低ければ威力も落ちる。
「……やっぱり減りが早いな」
男が小さく呟く。
「もう在庫少ないでしょ」
「ああ」
それだけで分かる。
この家は余裕がない。札の補充すら簡単ではない。
だが今は、それよりも。
術そのものだ。
頭の中で整理する。札が型。印が変質。詠唱が完成。
霊力が基盤。この四つが揃って初めて成立する。
だが自分には札がない。印もまともに組めない。
残るのは霊力だけ。丹田に意識を向ける。集める。練る。
圧をかける。崩さず保つ。
ここまではできる。
問題はその先。外へ出す。ほんの少しでいい。
押し出す。意識を外へ向ける。
――動かない。
押す。内側で圧が上がる。逃げ場がない。
さらに押せば、崩れる。直感と経験で分かる。
まだ足りない。力を緩める。霊力は崩れず、丹田へ戻る。
失敗。
だが無意味じゃない。外へ出す手前までは来ている。
あと一歩。
外ではすでに何事もなかったかのように静けさが戻っている。
黒いモヤも消えた。だが確かに、あれは存在していた。
そして、それを消す術もある。
陰陽師。
その技術は、想像以上に洗練されている。
――次は、届かせる。
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