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第8話 唐突!サキュバスとデート?!

 その日は、珍しく家が静かだった。

 霊界案内人のレイナは「今日は向こうの都合で忙しい」と姿を消し、

 セラフィナは森の知人(本当にいるのかは怪しい)に会いに行き、

 エイルは回復と称して一日中どこかに籠もり、

 カナデはリモート会議だとかで外出。

 渚澪に至っては「今日は現実世界に戻る日」と意味不明な言葉を残して帰った。

 結果。

 シェアハウスに残されたのは、俺と――サキュバスのルシア、二人だけだった。


「……暇ね」


 ソファに寝転び、天井を見つめながらルシアが呟く。

 尻尾が所在なさげに揺れている。


「そうだな」


 それ以上、言葉が続かない。

 二人きりという状況自体が珍しすぎて、どう振る舞えばいいのかわからなかった。

 しばらくの沈黙の後、ルシアが突然、上体を起こした。

「ねえ」

「なんだ?」

「外、行かない?」

「外?」

「そう。ここにいても退屈だし……あなた、暇でしょ?」

 否定できなかった。

 というより、断る理由も思いつかなかった。

「別にいいけど……」

 その返事を聞いた瞬間、ルシアの表情がぱっと明るくなる。

「決まりね!」

 ――そして俺は、この時まだ知らなかった。

 彼女が“人間界の街”に出るのが、これが初めてだということを。

「なにこれ! すごい!」


 商店街に足を踏み入れた瞬間、ルシアは完全に別人――いや、別サキュバスになった。


「光ってる看板! 動いてる映像! ねえねえ、あれ全部魔法じゃないの!?」

「違う、全部文明だ」

「文明すごすぎない?」


 コンビニ、ガチャガチャ、自動販売機。

 見るものすべてに立ち止まり、いちいち感動する。


「ちょ、ちょっと待て、そんなに騒ぐと――」

「わああ! これ、押したら飲み物出てきた!」

「だから待てって!」


 周囲の視線が、じわじわと集まり始める。

 好奇の目、訝しむ目、そして明確な「変な人を見る目」。

 ルシアはそれに気づかない。

 気づかないまま、楽しそうに笑っていた。

 ――しばらくして。


「……ねえ」


 ふと、ルシアの声が少し落ち着いた。


「さっきから、みんな……私のこと、見てない?」

「……まあ、見てるな」


 彼女はようやく周囲を見回し、状況を理解したらしい。

 尻尾が、しゅんと下がる。


「……やりすぎた?」

「正直に言うと、少しな」

「そっか……」


 ルシアは小さく息を吐いた。


「人間界って、楽しいけど……目立つと、居心地悪いのね」

「まあ、そういうもんだ」


 その後、彼女は少し大人しくなった。

 歩幅を合わせ、声のトーンを落とし、必要以上に騒がなくなる。

 気づけば、ただ隣を歩く“普通のデート”のような空気になっていた。

「……ねえ」


 ベンチに並んで座り、缶コーヒーを飲みながら、ルシアがぽつりと言う。


「私がここに来た理由、まだちゃんと話してなかったわね」

「後で話すって言ってたな」

「うん。でも……」


 彼女は視線を前に向けたまま、静かに続けた。


「最初は、あなたの“性気”が目的だった。

 でもね、それだけじゃなかったの」

「どういう意味?」

「あなたの周り、変なのが集まりすぎなのよ」


 少しだけ、困ったように笑う。


「霊、魔力、異世界、結界……普通の人間じゃ、ありえない」

「褒めてないよな?」

「ええ、全然」


 それでも。


「でも……悪くないわ」


 そう言った彼女の横顔は、サキュバスとしての艶やかさよりも、どこか“人間らしさ”を帯びていた。


「ここにいると、吸わなくても……落ち着くの」

「それは……良かったのか?」

「ええ。不思議だけどね」


 沈黙が流れる。

 気まずさではなく、心地いい沈黙。

 ふと、ルシアがこちらを見る。


「今日は……楽しかったわ」

「それなら何よりだ」

「次は……もっと上手く、人間界を歩ける気がする」


 夕暮れの中、彼女は小さく笑った。

 ――この日、

 サキュバスと過ごしたのは“健全”で、

 そして確かに、“デート”だった。

 危険も、誘惑も、バトルもない。

 ただ、二人で並んで歩いただけの時間。

 だが、それが――

 この奇妙なシェアハウスの日常を、少しだけ変えた気がした。

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