第3話 無自覚過ぎる無防備な天然エルフ登場!
この家に、暖炉があることを忘れていた。
正確に言えば、「存在は知っていたが使ったことがない」。
古い家によくある、ただの飾り――その認識だった。
だから、その音を聞いた時、心臓が一瞬止まった。
――ドスン!
リビングの壁際。
暖炉の奥から、何かが落ちるような鈍い音。
「……今の、聞こえた?」
ソファに寝転がっていたレイナが、ひょいと身を起こす。
「聞こえたどころか、嫌な予感しかしない」
ここ最近、この家で「嫌な予感」が外れたことはない。
――ゴト、ゴトゴト。
今度は、明らかに「何かが動いている」音だった。
「いやいやいや……」
俺は一歩、後ずさる。
「地縛霊?」
「んー……違うかな」
レイナは首をかしげる。
「霊気じゃない。もっと……生きてる感じ」
その瞬間。
――ズザァッ!
暖炉の中から、何かが転がり出てきた。
「っ!?」
反射的に身構える。
床に落ちたのは――人影。
しかも、女の子だった。
長い金髪。
尖った耳。
全身、真っ黒。
「……っ、けほっ……!」
すすだらけになりながら、女の子が咳き込む。
沈黙。
数秒後、彼女は顔を上げた。
「……あれ?」
ぱちぱちと瞬きをして、周囲を見回す。
「ここ、森じゃない……?」
「……ですよね」
思わず、口から出た。
「あれ?」
女の子は俺を見て、首をかしげる。
「人間……? いや、家?」
状況が理解できていない様子だった。
その時になって、ようやく俺は“別の異常”に気づく。
――服装。
薄い。
というか、薄すぎる。
白い布が、体にふわりと巻き付いているだけのようなドレス。
しかも、煤で濡れて、ほぼ張り付いている。
……色々、見えている。
「……レイナ」
「ん?」
「この人……服、やばくないですか」
「うん、やばいね」
即答だった。
女の子は、俺たちの視線に気づいたのか、自分の体を見下ろす。
「あ」
一瞬だけ、間があって。
「……大丈夫」
なぜか胸を張る。
「これは、正統なエルフの衣装」
「嘘だ!!」
反射的にツッコんでいた。
女の子は少しだけムッとした表情になる。
「嘘ではない。森では皆、こう」
「絶対もっと布ありましたよね!?」
「……細かいことを気にするな」
気にする。
めちゃくちゃ気にする。
レイナが興味深そうに近づいた。
「へぇ、エルフかぁ。どうやって来たの?」
「転移魔法が、少しズレた」
少しじゃない。
「……それで、ここはどこ?」
「日本のシェアハウスです」
「しぇあ……?」
女の子は、聞き慣れない言葉を反芻する。
「ふむ……なるほど」
全然分かってなさそうだった。
「私はセラフィナ」
そう名乗ってから、彼女はぺこりと頭を下げる。
「しばらく、世話になる」
「……しばらく?」
「森に帰るには、魔力を整えねばならぬ」
そう言って、周囲を見回す。
そして、なぜか満足そうに頷いた。
「ここ、悪くない」
嫌な予感しかしない。
「……あの」
俺は視線を逸らしながら言った。
「せめて、その……着替えとか……」
「?」
セラフィナはきょとんとする。
「なぜ?」
「……見えてるからです」
数秒、沈黙。
次の瞬間、彼女の耳が、ほんのり赤くなった。
「……そ、そうなのか」
胸元を、慌てて押さえる。
「人間界は、不便だな……」
その仕草が、逆に無防備で――
「はいはい、そこまで」
レイナが間に入る。
「とりあえずシャワー。服も何とかしよ」
「助かる」
セラフィナは素直に頷いた。
俺は天井を仰ぐ。
暖炉からエルフが出てくる生活。
露出の多い霊界案内人。
そして、俺はツッコミ役。
「……なあ、レイナ」
「なに?」
「この家、どうなってるの?」
レイナは少し考えてから、笑った。
「境界線が、ゆるいんだと思う」
それは、あまりにも雑な説明だった。
でも――
妙にしっくりきてしまった自分が、少しだけ怖かった。
こうして俺のシェアハウスは、
また一人、住人が増えた。
しかも、無防備すぎるエルフ付きで。




